龍神シリーズ・小話集

 

11、ファースト・コンタクト

 

この森に、入ってはいけません。

危険!立ち入り禁止!

ここで、遊ぶな!

 

この小さな森に入りこむことができるあらゆる場所に、

こんな立て札が立てられてから 何年になるだろうか。

信也は、ここまで大人たちのガードを固くした原因が

自分の行方不明騒ぎ以来だとは、聞いてはいたが、

どうしても納得いかないのだ。

先生や母親、それこそ近所の年寄りまで

あらゆる大人にきいてみても、明確な答え

は返ってこない。ただ、危険だから、とだけ。

そうして、言うのだ。

 

この森に絶対入ってはいけないよ。

特にお前は、今度入ったら

戻ってこられないかもしれないよ。

 

だから、何が危険なんだよ!戻るも何も、僕は

行方不明になんかなっていないっつうの!!

 

そんな信也の追及に答えたのは ただ一人 父親

だけで その答えも、信也の納得いくものではなかった。

『神様が許さないからな。』

ふてくされているように睨み付ける信也に、どこか遠い目をした父が言う。

『大切なものを人間の目に触れさせたくはないんだろう。』

『大切なものって?』

『お前は知っているはずだろ。』

『・・・父さん、ちひろを知っているの?』

ふっと笑んだその顔は、それ以上の追求を拒んでいて。

『お前がもう少し大きくなったら話してやるよ。』

これだから大人は!

ったく、腹が立つ。今、話せっつうの!!

 

神隠しに遭い損ねてから、4年。

高野信也は10歳になった。

そうして、再び禁じられた森の前に立っている。

あの時はすんなり入れた森が、立て札と有刺鉄線に

囲まれていて、人間の立ち入りを拒んでいるのだ。

 

今日こそ、ここに入る。それで ちひろに会うんだ。

 

危険!立ち入り禁止!

 

の立て札を睨みつけると、信也は有刺鉄線をきるために

持ってきたペンチを鉄線にあて、動かし始めた。が、

やばい!

瞬間固まったのは、背後から 感じる 強い気配のせいで。

ぎくっと振り返ったその先にいたのは、長い髪を後ろで

束ね、神社にいるようなかっこうをした女の人だった。

信也は思わず飛び退(すさ)る。と、

「いてっ!」

有刺鉄線が信也の背中に食い込んで 反射的に身を引き離し

たときはすでに遅く、信也の背中には血が滲んでしまった。

「あ〜あ、どじ。」

にやっと笑ったその女の人は、よろけた信也の腕をとるが、

信也は身をよじって逃れようとする。

背中の痛みよりもこの気配に、鳥肌が立つような感覚で。

いままで、感じてきた人霊(れい)の気配とはそのカラーを

全く異にしていて、信也は初めての感覚にパニックになりかかった。

「は、離せ。お前、誰だ。人間じゃないだろ。」

女は そんな信也に ヒュ〜、と口笛をふくと

「さっすが信也、お見通しだな。一応初めましてって言っておく。

俺の名前はリンっていうんだ。リン様って呼べな。」

「な、何がリン様だ。馴れ馴れしくするな。」

「て、言ってもな。お前とは長い付き合いになるからなあ。」

信也はそんなわけの分からない事を言う女?から少しでも離れようと

にじにじと後に下がる。が、

「ばっか。また刺さりたいわけ。ほら、治してやるから来い。」

そういうと、軽々と担ぎ上げられ、気づいた時には風を

突き抜けて、見知らぬ家に連れ込まれていたのだ。

背中の傷は思ったよりも深かったらしくだんだん熱く疼いてくる。

女は抵抗する信也をものとせず、そんな傷に手を当てると、数瞬の

うちに痛みが消えてしまった。

「・・・あんた、いったい?それにここはどこだ?」

あれよあれよの、まさに神業に 呆然としていた信也が、

やっと 口を開く。

「ここは、俺が守る屋敷の内にある俺の社だよ。」

「お社?って、あんた神様?」

「まあな。一応、稲荷神ってやつだ。新波の家の

屋敷守を司っているんだ。よろしくな。」

そんなことを言ってウインクしてくる稲荷神を、まじまじと見つめると

信也は不思議そうに問う。

「へぇ〜、僕 神様って初めて見た。って、あんた僕に何の用?」

「あんたじゃなくって、リン様。」

こんな非常識な事態にも落ち着いて対処している

信也の大物ぶりに 満足感を覚えながら、念を押すと、

『リン様』は信也の手を取り、ある部屋に連れて行った。

屋敷内の廊下は不思議とシーンとしていて、人の気配を

感じない。というか、人の世界とわずかに次元をずらしている

のかもしれない。ここは、現実の世界じゃないのかもな。

そんなことを思いながらつれられていった先には

まだ幼稚園くらいの幼い女の子が、一人でお人形遊びを

していて、その子はリンを見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「リンしゃま〜。おかえりなしゃい。」

舌足らずな言い方も可愛らしく、信也は思わず目を奪われる。

「・・・ちひろ?」

呟いた言葉に、リンはにやっと笑うと

「いや、名まえは 『にいなみ さら』っていうんだ。

ちひろとカラーが良く似ているだろう。

こいつを守るために 信也、お前の力を貸して欲しい。」

「この子 人間?てか、守る、のはあんたの仕事じゃないのか。」

「人間だよ。みりゃわかるだろ。」

そうして、リンは信也を取り込むべく、暗示をかける。

「こいつは、特別だからな。善、悪、光、闇、まあ言い方は

いろいろだけど神にも闇にも狙われやすいのは、

お前にもわかるだろ。一応、俺も全力をつくすけどさ。

お前の持っている力は、こいつを守るために与えられているんだ。」

「そうなの?」

「そうなの!」

力強く言い切る『神様』に、信也は呆然と言う。

「僕の力は ちひろを森から助けるためだと思っていたのに。」

幼い、といっても自分の力を自覚したのは、5、6歳の時で、

信也はそのときには森の中で、千尋と名乗る少女にあっている。

優しい微笑みと側にいるだけで心が穏やかになるような

心地好い波動を持つ少女。一緒に、おしゃべりをして、お茶

を飲んで、その一瞬一瞬を 今でも、はっきり覚えている。

森の中で、神とともに住むと言う少女。

そんな少女の存在を知っているのは

自分だけで(もしかしたら、父さんも?)、

大人たちにどんなに訴えても、森に

探しに行ってくれないのだ。

大人たちが危険だと言いつづけるたびに、ちひろは

そんな危険な所にいるのか

と、心配になって、会いたくて。

『龍神様が許してくれるかどうか。』

『大丈夫だよ。友達に会う事も許さないようなやつ、

僕が許さないから。』

幼いながら、心の底から出た誓い。

信也にとって、いつの間にか千尋は

助け出すべき対象になっていて。

しかし、この女神は言うのだ。

「お前、そんなおっそろしいこと、よく思いつくな。

まあ、気持ちは分かるけどよ。でも、あいつの側に

いることを望んでいるのはせん自身だからな。」

だから、ちひろのことは諦めな。

 

俯いて、肩を落している信也の手に暖かいものが触れる。

目を開くと、幼い少女が心配そうに覗き込んでいて。

「お兄ちゃんも神様なの?」

そんなことを言ってくる少女に目を見張り、思わず

ぶんぶんと首を振る。

「ま、まさか。」

そんな二人に、声を立てずに笑った女神は、少女の手を取ると

「こいつは、たかのしんや。

お前のおむこさんになるやつだ。」

「おむこさん?」

まん丸の目を見開いて、言葉もなく口をぱくぱくさせている

信也の顔をまじまじと見ている少女は、にこっと笑う。

「うん。さらのおむこさんね。しんやくん、

よろしくおねがいします。」

そんな少女にはっとわれにかえると、信也は

リンに食って掛かった。

「何言ってやがる。お前ほんとに神様か?」

「そうだよ。沙良を守る神さ。」

そんな、信也を見据えた神はその表情を

一変させ、絶対的な神託を与えた。

「だから、高野信也、お前に命ずる。

沙良は、お前が守るべき娘。

大人になり、この屋敷を正式に継ぐまで

我の代わりに 光闇を問わず、

沙良を狙うものから守りぬけ。」

体にびりびりとくるような圧力に耐えながら

それでも、文句を言おうとしたとき、

信也の目に沙良の顔が飛び込んでくる。

幼く、無垢で・・・ちひろとよく似ている魂を持つ少女。

そうして、信也は考える間も無く、頷いてしまったのだ。

リンはさらに繰り返す。

「沙良の守りとなること、承知せよ。」

「しょうち、しました。」

信也の言葉は言霊となって、

リンの社に吸い込まれていった。

 

ふと気が付くと、信也は先ほどの森の入り口に立っていた。

夢?首をかしげた時 後から声がして信也は飛び上がる。

「どっちにしろ、せんには会えなかったさ。」

「うわって、リンあんた、ちひろのこと知っているのか?」

「まあ、な。この森を支配する龍神が娶った人間の娘。

人間でありながら、龍神とともに生きることを望んだ娘。

そうして、俺の大事な親友さ。」

信也はその言葉に目を見張る。

「じゃ、ちひろに会える?」

期待に満ちた目は、リンが首を横に振ったことで歪められる。

「ま、無事に沙良を守り抜いて 嫁にできる頃には

龍神もちょっとくらい お前に会う事を許してくれるかもな。」

「ちぇっ、て、あんたそれ本気かぁ。僕、まだ10歳なんだけど。

それに、あの子なんてまだ、3歳くらいじゃないの?」」

「4歳だよ。てか、何言ってやがる。愛に年なんて関係ないね。

せんが龍神に見初められたのなんて、3つのときだぜ。」

「そ、そうなのか?」

「そうさ。だから、お前もがんばれな。

沙良はいい女になるぞ。ほんとなら、お前にだってもったいないくらいだ。

お前よりいい男がいたら、さっさと見限ってやるからな。」

なにを、どうがんばれというのか。

信也は呆れた気分で、リンを見やる。

「ほれ。」

と、そんな信也にリンが何かをほおってよこす。

「何これ。」

「お守りだよ。」

確かに、手の中の小袋からかなり強い気が出ていて、

それは、信也にとってどこか懐かしく心地好い気で。

「なんか、ちひろの手から感じた気に似ている。」

「せんの手作りの袋に俺の気が入っているお守りだよ。

俺と契約した以上、お前は俺の神子(みこ)のような

もんだからな。ま、とりあえず、明日それをたよりに

沙良のとこまで、自分の力で来てみろな。」

そう言うと、稲荷神は唐突に姿を消してしまった。

 

残された信也は、ぼうっとする。そうして、手の中の

お守り?を見つめる。

能力者であっても、平凡な小学生をやっていた自分は

明日からは、どうやら平凡と言う言葉とは縁がなくなりそうだ

と、自覚しながら。どこか、理不尽にも感じている事態なの

だけれども、確かに受け入れている自分もいて。

信也は沙良の顔を思い浮かべる。

そうして、どこかくすぐったい思いをかみ締める。

自分のお嫁さんに?とは、まあ冗談だろうけれど。

でも、あの子を守るのは悪くない。

そう、それが使命だというのならば。

 

新波沙良と高野信也が、初めて出会った日の話。

この日から 二人が心身ともに結ばれるまでに

12年の歳月を要するのであった。

 

 

 

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しんやくん、がんばれ〜。

リンさん、その強気が素敵よ。

てか、さくさくっと書いて拍手用にするつもりだったのに

予想外に長くなってしまったので小話集にのせます。

時系列でいうと、小話4、5と小話7の間のお話でした。