初心者向け望遠鏡の実態

●望遠鏡の正しい見かた

 普通は、天体望遠鏡はカタログ写真とこの仕様を見て買うのですが、実物を見ないとわからない部分が多いのも実状です。

 それなりの値段がするものであれば、それなりに作られていますので、あとは好みのレベルの問題で済むのですが、低価格で売られているものや通信販売やネット販売などで倍率だけ誇張されている場合は、写真でわからないところを見事に手抜きしてあるので、特に注意が必要です。

 では、実物を例にとって、初心者向け望遠鏡の実態に迫ります。


2005/08/16
●一番怪しい114mm

 某社(公称)口径114mmの反射望遠鏡です。
 口径114mm〜115mmの反射式は、一番怪しい口径なので、ベテランは手をつけません。


 「とりあえずニュートン式の反射望遠鏡としてオーソドックスな格好をしていて、とにかく安いやつ」という基準で買ってきました。それ以外の選定基準はありません。

 市販されているコレは、赤道儀とセットで、実売価格35,000円前後という、初心者にしてみれば『だいぶ高級』な部類のもの。一見すると鏡筒バンドも金属の丈夫なものが使われていて、ベテランでも普通に出来ていると見間違えるほどのデキ。クリスマスプレゼントや入学祝いにしてもチョット高価かもしれません。

 で、そのセット品の筒の部分だけです。

 ちなみに、カタログ上の公称の仕様(抜粋)です。
型式N●S R114-540
主鏡有効径114mm
焦点距離540mm
口径比1:4.4
極限等級12.1等級
集光力265倍
分解能1.02秒
希望小売価格57,000円(赤道儀とセット)

 ※えー、すでにカタログが間違えてますが、口径比は、114mm:540mm=1:4.7が正解です。


2005/08/16
●Check1 斜鏡支持金具が黒塗りされていない

 ここはカタログ写真を見るだけでわかる所ですが、あえて指摘しておきます。


  光の通り道にあるものは、コントラストを高めるために黒く塗っておくのがセオリーです。
 買ったあとに黒く塗れば済む話ですので、特に気にする必要はありません。

 たまに、主鏡を押さえる金具が黒く塗られていないこともあります。
 「墨塗り」は、買った後の楽しみの一つにしておきましょう。


2005/08/16
●Check2 斜鏡支持金具が鋳物で太い

  斜鏡支持金具が太いほど光条が強く発生し、特に二重星などの観測の妨げとなります。
 もっとも今回のものは口径が10cm程度と小さいため、事実上は全くと言っていいほど気になりません。
 斜鏡支持金具を鋳物(またはエンジニアプラスチック)で作るのが最近の流行のようですが、センタリング調整ができない反面、センタリングが絶対に狂わないという利点も持つため、あながち欠点とは言えません。むしろ初心者向けとしては利点だと思います。


2005/08/16
●Check3 光軸修正ネジの押しネジと引きネジ



 反射式は、光軸がズレやすく、定期的にチェック・調整する必要があります。
 通常、光軸調整ネジは、押しネジと引きネジがワンセットになったものが3か所あるのですが、押しネジと引きネジが互いに60度の間隔を置いて並んでいます。



 これは、教科書とは少々違うネジ配置なので気を付けましょう。

 一応、調整方法ですが、調整は押しネジ(写真上の方のネジ)をゆるめて、引きネジ(写真下のバネのついた方)で調整し、調整が終わったあとに押しネジで固定します。

 バネ付きの引きネジだけで調整できるので、調整そのものは簡単です。
 問題は、主鏡セルがプラスチックのため、ネジを回すとミシミシ音を立てます。(汗)
 調整が終わってから、押しネジで固定しようとすると、(せっかく合わせたのに)セルがひずんで光軸がズレます。
 よって、大まかに引きネジで合わせ、押しネジ3カ所を均等に力を加えながら、1つのネジを締めてズレた分、他のネジで補正するように、かつ、力を加えすぎないように締めていかなければなりません。

 この辺の加減は、慣れないと、難しいでしょう。

 なお、光軸修正はユーザーが行うものです。メーカーに依頼しても構わないのですが、有償(おそらく5,000円前後、送料を除く)のはずです。


2005/08/16
●Check4 ドローチューブの突出はあるか?



 接眼レンズを取り付けて、無限遠の対象にピントを合わせます。
 このとき、ドローチューブが鏡筒内に突出するような設計は、ニュートン式としては失格です。
 この反射望遠鏡は突出しませんでしたので、ここは合格です。


2005/08/16
●Check5 ドローチューブの内面反射

 ↓接眼部から接眼レンズを抜いて見た様子。(ちょっと斜めから)



 実際にのぞいてみると、案外コントラストが良くありません。
 何のことはない、ドローチューブ(接眼レンズを取り付けるパイプの部分)の内面が反射していました。

 斜鏡支持金具を黒く塗る前に、チューブの内面をつや消しの黒で塗っておきたいところです。(塗るのが面倒なら、サンドペーパーを丸めて押し込むと改善します。)


2005/08/16
●Check6 斜鏡が小さすぎるっ!!

 かなりマニアックになると「なぜ大きな斜鏡を使わないのか」とかいう話になりまして、眼視性能を追求するなら斜鏡は可能な限り小さい方が良いということになっています。
 斜鏡は小さいほど良いとは言っても、必要な大きさは確保する必要があり、設計するときはその辺のバランスが難しいところ。

 ところで、筒先からながめていて気が付いたのですが、口径114mm、口径比4.7という、かなり口径比の小さい設計の割に斜鏡が妙に小さいのです。

 ちょっと気になるので、計算してみます。

 この望遠鏡は、無限遠にあわせたときの焦点位置は、斜鏡中心部から約185mmの位置に来ます。(実測)


 ということで、斜鏡は焦点距離に対して34%の位置にあることになります。


 主鏡の光を焦点に100%導くには最低でも主鏡の大きさの34%、直径39mmの斜鏡が必要です


 で、実際に取り外して計ってみると、斜鏡の外径は32mm、反射面の短径はたったの25mmしかありません。

 …全然大きさが足りないじゃん!


このため、この望遠鏡の有効径は主鏡のサイズではなく、斜鏡の反射面のサイズで決定されます。

 そこで、有効径を実際に測定したら、なんと
有効径がたった68mm!!
でした。(斜鏡サイズから推定される理論値では73.5mmです。)

 カタログに書いてある数字と大きく違いますねぇ…。
 とりあえず、直しておきます。
主鏡有効径 114m 68mm
口径比 1:44 1:7.9
極限等級 121等級 10.9等級
集光力 265倍 94倍(斜鏡遮蔽分を考慮すると73倍)

 これでは排気量1500ccの普通乗用車を買ったのに、実は軽自動車の660ccのエンジンが積まれていたようなものです。

 チョット使うだけなら問題ないにせよ、期待される性能には遠く及びません。


2005/08/16
●有効径の測定

 有効径は、高倍率の接眼レンズをつけて無限遠にあわせ、接眼レンズからレーザー光を入れると、対物鏡(対物レンズ)から平行光束が射出されます。その光束の直径を定規で測ります。
 屈折式でも、どんな複雑な光学系をもったものでも、同様の方法で測定できます。


 ↑有効径の測定の様子。
  接眼レンズからレーザー光を入れてやると、主鏡から平行光が投影されるので、その直径を測る。


 通常、接眼レンズを付けずに接眼部をのぞくと、主鏡のすべてが見えます。
 しかし、斜鏡が小さすぎるので、どうやっても主鏡の一部しか見えません。

 ↓接眼部から接眼レンズを抜いて見た様子。(ちょっと斜めから)


 見ての通り、主鏡のフチが見えません。
 フチが見えれば主鏡を押さえる金具(ツメ)が見えるはずなのですが…。


 斜鏡の大きさに注目してください。斜鏡の外径が32mmですから、その大きさの割合から見ても、主鏡の有効口径は70mm前後しかない(口径70mm程度に絞っているようなもの)ことがわかります。

 倍率が低い接眼レンズを取り付けて、30cmぐらい離れ、ちょっと斜めから見ると、より正確にわかります。



↓普通、主鏡のフチが見えます。




2005/08/16
●鏡面形状

 ニュートン式(凹面鏡+平面鏡の形式)の場合、凹面鏡は放物面という非球面鏡が使われます。でないとシャープな像は望めません。

 この望遠鏡は、カタログには形状について何も書かれていませんでしたが、実際にフーコーテストを行うと、きっちり球面でした。鏡面形状に「精密球面」と書かれている場合は、要注意です。

 
 10cmクラスで精密球面を使っている場合、F値(焦点距離÷口径)が8以上、できれば10以上でないと、像がぼやけます。

 鏡面形状が書かれていない場合でも、口径114mm〜115mm(4.5インチ)で低価格なものは、まず間違いなく球面ですので、シャープな像は期待できません。もちろん、計算上の「高倍率」にすることはできますが、口径から期待される性能には至っていませんので、倍率を上げることに全く意味がありません。


 153mm(5インチ)は、一流のすばらしい鏡から精密球面、果ては公称「放物面」実はメチャクチャという鏡まで多種多様で、いい鏡を見分けるのがきわめて難しい口径です。初めて買う口径としては避けた方がいいかもしれません。

 反射式はいろいろな望遠鏡を覗かせてもらい、経験を積んでからでないと無駄な買い物をする可能性があります。


2005/08/16
●総評

 ま、何も考えないで筒だけ買ってみたんですが(7,000円)、「これほどまで手抜きされているとは。」というのが正直な実感です。

 プラスチック部品の多用・海外生産などの手法で低価格を実現している「良心的な手抜き」であれば納得もできますが、意図的に口径を68mmに絞って口径比をF8に上げ、仮に主鏡が球面鏡であったとしても(別途調べてみましたが球面鏡でした。)像は案外シャープになるという、設計ミスというよりは計画的犯行と考えるのが妥当な設計に唖然。

 では、屈折式なら安心かと言うと、口径60mm、焦点距離300mm(望遠鏡の全長が30cmぐらい)の「ちび望遠鏡」も、ドローチューブを繰り入れるとチューブ先端が対物レンズの真後ろに来て口径が35mmぐらいに絞られてしまうものもあって要注意。カタログ値を満足しないものが散見されます。

 口径60mmの屈折式でも、無闇に全長が短いものや、口径114mm(115mm)の反射望遠鏡の多くは、そういった「計画的犯行」品が多いと考えて良さそうです。

 結局、なにを基準に選べば良いかという話しになりますが、そもそも天体望遠鏡を1〜2万円で買おうとする方に無理があります。

 この価格帯は、後でクレームになっても「もっと上級クラスであれば、そういう問題は起きないんですが」と言って別のものを売り込まれたり、「ま、値段が値段ですから」と逆ギレされるのがオチ。

 初心者向けだからこそ、星を見ることに集中できる、しっかりしたものを選びたいものです。(強度不足でガタガタ・ユラユラでは、集中できません。)


2006/05/28
●改造

例の公称114mm望遠鏡、カメラ三脚と組み合わせて、こんな感じです。
 低倍率で楽しむにはいいかな、と。


 プレートの位置の都合、鏡筒バンドの間隔が広くなり、ファインダーが邪魔になったので、ファインダーを少し前にずらしました。

 んで、有効径68mmは、あまりにヒドイので、ミザールの45mmの斜鏡(3,500円)に換装しました。42mmぐらいが理想なんですが、そんなに小刻みに用意されていないので45mmです。
 これで全開口になります。(主鏡の有効径を測ったら112mmでしたが。)



 …しかし、球面収差がヒドイ。


2005/08/16

[戻る]