タカハシSKY90が発売になりました。
 私はFS-102を持っていますが、さすがに図体が大きいです。ビクセンFL80Sも持っていますが、今度は口径が小さすぎて、FS-102と比べると集光力・分解能に不満が出ます。FL80Sはコンパクトでいいのですが、ちょっとコンパクトすぎるきらいがあります。9cm。これですよ、これ。

 ...でなくて、注目したいのは「レンズ間隔を開けて収差補正している」という所。
お、この手があったか。
ということで、分離式アクロマート&アポクロマートの傾向と対策(?)です。
 なお、ここでは蛍石レンズに合わせる凹レンズにSK5を使っていますが、もちろん、SKY90のものとは違います。(F値も違いますね。)

残された自由度

前回、「色収差を補正し、球面収差を補正し、コマ収差を補正したら自由度が残っていないので、あとはどうにもならない」と書きました。実は、自由度としてはまだ3つ残っています。
  • レンズ間隔を広くする(レンズの厚みを増す)
  • 2つのレンズの焦点距離の比率を変える
  • 凸レンズと凹レンズの配置を逆にする
 凸レンズと凹レンズの配置を逆にするというのは、言うまでもなくフランホーフェル型とスタインハイル型の関係の違いで、収差補正をしてしまえば取り立てて大きな違いは生じません。
さて残る2点ですが、自由度としては残されているものの、原則として、変えてはいけません。

鉄則1:レンズ間隔・厚みを変えてはいけない

 ハルチングの解自体、厚み=0で算出されているため、最適解に近づくには2枚のレンズを、可能な限り薄く、そして近接(*1)させなければなりません。
 間隔を広くとるほど、そしてレンズの厚みが増すほど最適解からずれていき、収差が増します。
 また、レンズの厚さが増えると、良質の大きな光学ガラス材料が必要になってコストがかかったり、重さが増したり、冷えにくくなったり、透過するときの損失が多くなったりで、作る方にも使う方にも良いことはありません。収差補正上、劇的な効果がある場合を除いて、滅多に肉厚のレンズは使いません。
(*1)2枚のレンズの間隔が狂うと、著しく球面収差が発生しますが、その話とは違います。今は設計の話です。

鉄則2:2枚のレンズの焦点距離の比率を変えてはいけない

 2種類のガラスで薄いレンズを使って色消しにする条件は、
f1/f2=-ν2/ν1
です。使用するガラス素材を決めると、色消しになるための互いの焦点の比率は自動的に決まってしまいます。
 焦点距離の比率を変えると、色消しの条件に合わなくなります。
 前方の凸レンズで発生した色の分散を後ろの凹レンズで逆の色収差を発生させて打ち消すのが色消しの考え方です。凸レンズと凹レンズの間隔が長くなると分散量そのものが大きくなり、始末が悪くなります。
 なるべく早い段階で打ち消すのが原則。つまり可能な限り近接させなければなりません。
 したがって、レンズの厚みと間隔は可能な限り小さく、そして2枚のレンズの焦点距離の比率は変えてはいけないという鉄則が生まれます。

とりあえず、ハルチングの解で得られたデータを元に、レンズ間隔を広げて、球面収差とコマ収差を補正してみました。が、全く色消しになっていません。

あえて鉄則を破る

 さて、極端にレンズ間隔をあけると、凹レンズによる色の打ち消し効果が少なくなり、色収差が増えてきます。これを補正する意味で、凹レンズの度を強くしなければなりません。
 凹レンズの度を強くすると、球面収差やコマ収差が発生しますが、球面収差は、「( (」か、「) )」のベンディング、コマ収差は「( )」「) (」のベンディングで補正できることがわかっていますから、アクロマート化することはできます。
 さて、レンズ間隔をあけたアクロマートにどのような特徴が見られるか、ですが。

ということで、凹レンズの度を強くして、C線とF線で色消しにし、なんとかアクロマートになりました。
でも、このアクロマート、普通のアクロマートと比べても劇的な特徴はありません。グラフを拡大して詳細に検討すると、

という訳で、分離式でもアクロマートの設計ができることを示しただけに終わりました。おまけに、普通のアクロマートよりも色収差・球面収差が多く、何の利点もない(*1)こともわかりました。
 d線の球面収差がわずかに波打っていて、高次球面収差の影響が出始めています。高次球面収差と言えば...。
(*1)スタインハイルにすれば、良くなるかも。これは宿題。

Fの短いED/蛍石アポクロマートは製造不能?!

 さて、話は変わって、蛍石アポクロマートレンズ。
 EDや蛍石を使って設計すれば、いつも非常にシャープな像になると鵜呑みにしていませんか?
 色収差が非常に少なくなることは確かなのですが、球面収差は逆に多いのが欠点です。とりわけF値が小さいものは、その傾向が顕著です。

 F5.0の蛍石アポクロマートの設計を試みてみたのですが、各色のまとまりは良いものの、球面収差図がどうやってもまっすぐになりません。これではアポクロマートと呼べません。
 一般には、F値を充分絞ってF8ぐらいにする(左側の設計を採用し、周囲を絞る(グラフの上半分をカットする))か、どこかの面を高次非球面にするしか手がありません。
 「口径10cmでF4ぐらいの、小さな屈折望遠鏡が欲しいなぁ。EDとか蛍石使ってさ、良く見えるやつ。4枚玉の高級なやつでなくていいからさ。」というニーズは多いと思うのですが、このような事情ですので、企画段階でボツになっていたことは想像がつきます。

レンズ間隔を高次の球面収差補正に使う


 試しに、さきほどのF5.0蛍石アポクロマートを、レンズ間隔=「錫箔の間隔」から、10mm固定に変更して、諸収差が少なくなるように再設計を試みました。
 説明のために、かなり大幅に分離させましたが、分離式にすると、球面収差の傾向が密着式とは逆になっているのがわかると思います。
 ということは、ちょうど良い間隔を選べば、球面収差が非常に少ない、Fの短い蛍石アポクロマートの設計ができるということになります。