大口径アクロマートのひみつ


「螢石アポクロマートと言えども、口径10cmともなると色収差が目立ってくる」とまで言われている昨今、なんと15cmアクロマートが発売になりました。だいぶ前ですが。

 正直言ってびっくり。

 望遠鏡が大きいことはいいことなのですが、屈折の場合には限度があります。それでもなお使おうという執念には脱帽です。

大口径ほど不利な屈折

 屈折式の大口径のものは、まともに設計したら色収差が目立ってどうにもならなくなります。試しに、15cmF8を設計してみました。

参考までに、こちらは、5cmF8の場合です。


 え? 曲率半径と厚さは変わっているけど、色収差の大きさが全く同じじゃないかって?

 いーえ。この球面収差図は、横軸が「焦点距離に対して何%か」を示すスケールになっています。
 5cmF8の場合は、焦点距離400mm。0.1%とは、0.4mmのことです。グラフを読みとると、d線とg線のピントの差は、0.2%ほどなので、実寸換算で約0.8mmズレているということです。
 15cmのF8は、焦点距離1200mm。0.1%の目盛りは、1.2mmとなり、d線とg線のピント差は2.4mmにも達します。同じF8の設計図、同じ収差図でありながら、15cmは5cmの3倍色収差がひどいということです。

 反射式は色収差が皆無ですから、非球面を使えば球面収差もすべての色で皆無にできます。だから、技術的な問題さえクリアできれば、理論的に際限なく巨大な望遠鏡が作れます。しかし、屈折式は、色収差がどうしても残る関係で、ある程度の口径以上になると、色収差が多くなりすぎて役に立たなくなってしまうのです。
 ただでさえ口径が大きいと値段が高くなるのに、こういう事情のため、大口径屈折はEDや螢石を使わざるを得なくなり、さらに値段が高くなります。もっと口径が大きくなると、レンズ枚数を増やして段階的に補正しなければならなくなって、さらにさらに値段が高くなります。それが定説です。


 ということで、小口径アクロマートと同じ設計のまま、口径を大きくしたってまともに見える訳がないのです。

 大口径アクロマートで強行する場合は、眼視専用と割り切った設計を行います。色収差が目立たないようにごまかす手法=感じにくい青のピントを派手にずらす手法が使われます。

本当に青は感じにくい?

 人間の眼は、一般にd線(黄〜橙)近辺(550nm)が最も感じると言われます。ところが、薄暗くなると、波長の短い方に移動して、だいたい500nm程度(緑)が最も感じやすくなります。


 全体的に青っぽい色について感度が高くなるのです。

 あれ? 「青が感じにくいから」って言ってませんでした?

その望遠鏡で何を見るか、冷静に考えよう

 人間の眼は、ある程度の光量がないと色を感じません(*1)
 天体は大半が暗いものばかりなので、いくら望遠鏡の集光力があるとは言え、色まで楽しめる天体には限りがあります。限りがあるというか、太陽、月、五大惑星(水星、金星、火星、木星、土星)、明るい二重星...ぐらいですか。明るい彗星なんて、滅多に来ないですし。

 その中で、大口径屈折で何が見たいかといえば、やはり木星、土星、火星でしょう。

 で、木星、土星、火星って、どんな色でしたっけ?

 褐色とか赤いのとか、暖色系ばかりです。

 一方、星雲などの明るくない星は、皆白黒にしか見えません。白黒にしか見えない なら、色収差はあってもわかりません。無理に補正しなくてもいいのです。だから、「光量が低下したときの感度に合わせる」のではなく「火星、木星、土星などの色が良くわかる対象の観測に適した色消しにする」のが正解となります。
 「火星、木星、土星の青は感じにくい」からこそ、赤い方での色消しを重点的に行う(青色の色収差を故意に増大させる)のです。
(*1)おおむね3等級以下は色がわかりません。
(2002/12/24訂正)
 …と思っていたのですが、ちょっと違っていたみたいです。
 視細胞のひとつで、高感度な反面、白黒にしか見えない桿体は、感度が青寄りにあります。
 したがって、薄暗い場合は、赤いものより青いもののほうが見やすくはなります。
 しかし、桿体そのものの分布密度が低い(色を感じる錐体の1/10以下)ために像を詳細を見分ける能力がなく、頑張っても視力が0.1以下にしかなりません。(超低照度だとまるっきり細かい文字が読めませんが、これは全色盲の人が、弱視を併発するのと同じ状態なのではないかと思います。)

 調べてみたら、黄斑(網膜にある、像を詳細に見分けるために、視細胞が特に集中している場所)に分布している視細胞の9割は赤錐体と緑錐体(赤、緑に感応する視細胞)だそうで、像を詳細に見分けているのは、ほとんど赤〜緑の光によるものなのだそうです。ちなみに、赤錐体と緑錐体の感度分布にはほとんど差がなく、ほとんど黄色のフィルタとなっていて(だから「黄斑」になる)、赤錐体の感度のピークが緑錐体に比べ、わずか50nmほど赤側にズレているに過ぎません。
 青錐体は、ほとんど単独で青に感応しますが、青錐体の密度も高い訳ではなく、青画像のみの場合での視力はせいぜい0.3、白黒にしか見えない桿体は黄斑にはほとんどなく、むしろ視野周辺の方が密度が高いそうです。(目をそらした方が、星雲が見やすいのはこのため。)
 だから、青がピンボケでも、元々ボケたようにしか見えないので、「2色しか補正できないのなら、(ハッキリ見えない)青を無視することにしよう」というのが正直な理由みたいですね。


 アクロマートレンズで起こる青ハロをPhotoshopでシミュレーションしてみました。
 白鳥の画像ですが、青チャンネルだけぼかしてみました。

 白鳥が黄ばんでいる一方、青いオーラが見えてます。オーソドックスなアクロマートレンズの像っぽいです。
 右側の白黒画像は、青チャンネルのみを取り出して白黒にしたものです。めちゃくちゃボケてますが、カラー画像では割とシャープに感じます。

 一方、青ハロと同じ程度だけ赤チャンネルだけをぼかしてみました。

 緑と青はシャープなままです。
 この像を見てるとシャープなんだかボケているのかわからなくなってしまい、目が痛くなって吐き気がしてきます。
 眼視用ならば、最低限、緑〜赤で色収差を最小にしなければなりません。

(2002/12/24訂正、ここまで)…って、クリスマスイブに何やってんだろ。

色収差の制御

 色収差の大きさは、使用するガラスの種類で決まってしまうため、色収差量自体は制御できません。ただし、何の色に対して色消しを行うのか、という点は制御できます。
 一般的なアクロマートは、d線の前後の色であるC線とF線の2色が同じ焦点になるようにします。(図の6番目)
大口径アクロマートは、だいたい3番目か4番目ぐらいに位置する色消しを行っているものと思われます。(逆に、写真重視の場合は、乾板が短波長側に感度がある関係で、逆の10番目か、それより青を重視した設計をするようです。)
 以下に、r4を少しずつ変えて凹レンズの焦点距離を変えたものの収差図を示します。下に行くほど凹レンズの度が強くなり、色消しのポイントが青側にずれていく様子がわかります。
(r4しか変えていませんので、球面収差、コマ収差ともに変動しています。この辺は、一般の設計ソフトですぐできます。)











 【参考】3番と4番の中間ぐらいの状態で、球面収差とコマ収差を補正し、焦点距離を1200mmに合わせなおしたものの収差図です。