SP140SSとは

●Introduction



 140SSは、ハレー彗星ブームの時に発売された、シュミットニュートンという、ちょっと変わった光学系です。当時でも定価ベースでも\65,000程度(鏡筒のみ)と安かったように記憶しています。

 値段が安く、寸法も小さいためか、初心者向けのお手軽望遠鏡に見られていたようで、あまり注目されていないようでした。F6のニュートンでさえ「コマ収差が多くて実用的でない」とさえ言われることもあるのですから、F3.57という写真レンズに匹敵するF値は、「きっと良く見えないに違いない。写真専用設計で、精度的にも手抜きをしているだろう」と予測させるに充分な仕様でした。

 この140SSは、ハレー彗星特需対応望遠鏡と言い切ってよいでしょう。ようやく非球面の補正板を量産できるようになった時期にハレー彗星特需が重なって、この時期に作られたシュミットカセグレンは評判が良くありません。
 ところが、非常に精度の高い作りをしていることが後に明らかになります。


2005/12/05
●購入する

 SP-140SSそのものは、望遠鏡専門店にぶらりと行った時、中古\35,000で買えるなら安いもんだ、という短絡的な思考でした。
 どうせ良く見えないに決まっているから、低倍率で星雲星団を楽しむぐらいなら使えるだろう、というノリで。


2005/12/05
●使用してみて

 のぞいてみると、球面収差は皆無で、中心像は非常にシャープです。
 ところが、コマ収差や非点収差がひどく、高解像度が得られる範囲が非常に狭いのには困りました。

 コマ収差は、光の入射角に正比例して大きくなるため、倍率をいくら上げても視野内の相対的な収差量が変化しないのです。(入射角に正比例して大きくなる収差のことをコマ収差と言うからなのですが。)

 ということで、見かけ視界が広い接眼レンズを使っても、余分に流れている像が見えるだけなので、意味がありません。非点収差も多く、焦点内外像が楕円です。ピントがずれた状態で見る星像は、真ん中が黒くて楕円形。まるで目玉ににらまれているようです。見ていて気持ちが良くありません。

 口径が大きいだけがとりえなので、彗星や星雲など、形がはっきりしない、暗い天体に限定した使い方にならざるを得ませんでした。
 それでも、まともに使える望遠鏡の中では一番口径があったので、我慢して使っていました。

 中古で安かったから救われているようなもので、新品の定価で買うなら少々値が張っても15cmニュートン反射を買う方が正解です。前ユーザが手放すのも無理はないな、と思いました。


2005/12/05
●設計の考察

 140SSの原型は、シュミットカメラです。

 シュミットカメラは、球面の主鏡の球芯位置に開口絞りを置いて、コマ収差・非点収差を除去した光学系です。入射角がゼロのときと、任意の角度がついたときの光路図に違いは全くないと言えるほど同じです。このため、コマ収差と非点収差は発生しません。

 主鏡に球面鏡を使うので球面収差が発生しますが、これを絞りの位置にある非球面レンズ(補正板)で除去します。だから球面収差もありません。


 補正板は、非球面レンズではありますが、下手なガラス窓のガラスよりも何倍も平坦なガラスで、一見するとただの保護ガラスにしか見えません。


↑補正板を通した風景。全く歪んだ様子がない。



↑斜めにして、やっとわずかに面に歪みがあるのがわかる。木の葉が流れ、軒がわずかに曲がっている。



↑息をふきかけると同心円に研磨したような、研磨痕が現れる。裏面は模様が現れないので平面。

 補正板は平面ガラスと言ってもいいようなものなので色収差はほとんど発生しません。唯一像面彎曲だけが残るのですが、視界を欲張らなければもほとんど無視できます。
 色収差僅少、球面収差皆無、コマ収差皆無、非点収差皆無、歪曲収差皆無、像面彎曲僅少となれば、まさに無敵の光学系と言えます。


2005/12/05
●シュミットニュートン(ショート・シュミット)とは

 シュミットカメラの最大の欠点は、全長が長くなる(焦点距離の2倍の長さになる)ことです。

 口径は大きいほど良いのは言うまでもありませんが、全長は短い方がいい訳です。(長焦点ニュートンが絶滅の一途をたどる一方で、シュミットカセグレンやマクストフカセグレンに人気が集まるのは、当然の流れでしょう。シュミットカセグレンも、コマ収差皆無という解と、全長最短という解がありますが、メーカーが採用するのは全長最短となる方の解です。)
 そこで、シュミットカメラの設計を崩して、全長を短縮します。




 もちろん、補正板の位置が変わるために収差の状態が変わります。

 まず、球面収差です。

 球面収差は、光軸に平行な光しか扱いませんので、球面収差を除去する役目をしている補正板は、どこに配置しても構いません。(のちに登場するVMCも、マクストフカセグレンの筒先にある補正レンズの位置を、副鏡前に変更したものです。)

 実際、3次の収差式に補正板の項が登場するのは球面収差の式だけであり、しかも球面収差の式には補正板の位置を指定する項がありません。補正板は光軸上であればどこに置いても良いということです。どこに置いてもいいなら、なるべく近い方がコンパクト化には好都合です。

 問題は、補正板(口径絞り)の位置がずれることでコマ収差と非点収差が発生することです。補正板の位置変更によるコマ収差・非点収差の増大を、どこまで許容できるかを検討しなければなりません。

 実際に収差式を使って収差量を計算してみると、補正板の位置を変えて、焦点位置まで持ってきたシュミットカメラ(ショートシュミット)のコマ収差・非点収差は、ニュートン反射の1/2程度しかありません。

 市販の短焦点ニュートンがF6ぐらいですが、コマコレクタがなくても充分実用になっています。それと同等の収差量で良いのであれば、ショートシュミットではF3まで明るくできるのです。安全パイを切ってF3.5にでもすれば、収差量はF7ニュートン並の高性能な望遠鏡です。これなら不満はないでしょう。

 …おそらく、そんな計算だったと思います。


2005/12/05
●なぜ実視界が狭いのか?

 ところが、この140SSは、視野中心部の2度ぐらい(実視界でなく、見かけ視界。40度とか50度という視界の中の中心2度)の範囲では猛烈な解像度をたたきだすものの、残りのほとんどはコマ収差と非点収差だらけで像が流れます。

 焦点内外像は楕円で、きっちり非点収差が残り、周辺像は見るに耐えられません。設計上は、F7ニュートン並の高性能のはずなのに、どうしたことでしょう?

 答えは、作図するとわかります。






 さきほど「収差式に補正板の項が登場するのは球面収差の式だけ」と書きました。つまり、収差式でコマ収差や非点収差の収差量を検討する式には、補正板の位置のずれによる影響を考慮する項がないのです。
 ここが設計上の盲点なのです。

 補正板は、高次の非球面(シュミット補正板は、4次非球面です。)ですから、補正板の中心以外に対称な軸を持っていません。実際に作図すると、補正板の中央を通った光は球面鏡に垂直に当たっていません。これでは斜めの光に対して上下非対称となることを意味し、コマ収差となって現れます。しかも、このコマ収差は、3次の収差式では考慮されていない、高次収差なのです。

 この高次収差の収差量は、それなりの式を使ったり、スポットダイヤグラムなどを描画して評価しないといけません。今ではパソコンで簡単に計算できますが、当時のパソコンはすべて8ビットですから、レンズ設計には役に立ちません。

 メーカーも、もう少しマシなコンピュータを持っていたと思いますが、大型コンピュータでさえPentium(無印)より性能が良くない時代です。高次項で発生するコマ収差や非点収差の具体的な量を、スポットダイヤグラムを描画して検討するだけでかなりの時間がかかります。おまけにハレー彗星は待ってくれません。

 ま、「満を持して」というよりは、企画モノとしての性能は充分ということでしょうか。


2005/12/05
●それなら、やっぱり、

 少しぐらい大きくなっても、良像範囲が広くなるなら、純シュミット化するしかありませんよね。


2005/12/05

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