■1998ネン

 師匠と呼ぶべき方に連れられ初めて本学の地を踏んだ。最初に入ったのは大砂防から1キロほど下流。フリーストーンとまではいかないが、変化に富んだ流れには小ぶりながらも、元気の良い虹鱒が棲んでいた。ただ、その地点に限っていえば、特に周りの景色が良いわけでもなかった。さらに下流域を少し歩いて初めての登校を終えた。

「徳富の本当の姿は上流にある」、帰路に師匠が言った言葉が引っかかっていた。

二度目の登校までにそう時間はかからなかった、台風一過の去った8月の週末、上流部を目指す日が来た。予定は往路4時間、帰路は3時間、炎天下が予想される空模様。

当時は砂防のゲートには施錠がされていたこともあり、そこから歩き始めることとなった。最初のプール、後に事務局長が大雨の後に良いサイズの岩魚を釣った場所である。この辺りから魚影は濃くなり、ポイントらしき箇所には少なくとも1匹の虹鱒がいた。2時間程上った地点から辺りの景色が変わってきた。

「本当の徳富川」、これがその意味なのか、使い古された表現で言えばジンクリアな水、気持ちよく抜ける風が暑さを飛ばしてくれた。テンポよくドライフライで釣りあがる、師匠は#10のカディス、自分は#12のビートル、フライは何でも良かった。時間の経つのを忘れて釣り上がった、4時間なんてあっという間に過ぎ、時計の短針タンシンは12時をまわっていた。何年か通って気付いたのだが、徳富川に「朝マヅメ」という言葉はあまり関係が無い気がする。ショカンベツ岳の麓から流れ出る水は水温が低く、日が照り初めて水温が上がらなければ魚は積極的には動かない気がする。

そろそろ、折り返し地点に到着する頃、その先に釣り人の姿が見えた。杖をついた初老の餌釣師。何時から入ったのか・・・軽く挨拶を交わし、自分たちは昼食を済ませ川を下り始めた。これも徳富の傾向、「一度叩いたらその日はお終い」、どの川にも共通だがこと徳富はその傾向が強い。なので、帰りはほとんどフライを投じない。時間的余裕も必要である。

当然のように帰り道はバテた。炎天下に体は水分を必要以上に要求する。ザックの中の飲料も残り1時間くらいのところで底をついた。師匠はひょうひょうと散歩感覚・・・登山家と一般不摂生男との違いを見せつけられた。さらに追い討ちをかけられた、先ほどの初老釣り師が下ってきた。息ひとつあがっていない・・・

この日のことは今でも鮮明に覚えている、この日を境に本学への入校を決意した。ただ、この年は仕事やその他の事情から月1回ペースでシーズンオフを迎えた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
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