■1999ネン

 一冬過ぎれば気合も抜けていた、5月までは海アメ、湖に通っていた。もちろん本学は雪代で釣りにはならない。6月を迎えて毎年の阿寒詣の季節となった。しかし、いつになくこの年の阿寒は不調、もちろん自分だけの話である。その週末も不調、思い出したように本学を目指して、日曜の午前中にウェダーを履いたまま車に乗り込み阿寒を後にした。後ろ髪、もちろんかなり引かれていた。

夕刻には大砂防の下に立っていた。水量も多くまだ雪代の影響を少し残しているようだ。道具立ては湖仕様、#6ロッドにフローティングラインしかない。なのに何故来てしまったか。来なければ良かったのかもしれない。

あまりの水量の多さにドライフライは通用しないだろう、なので特大トクダイのショット3連結の下にモンタナを結んだ。ガクンガクンとループなんてもんじゃない。ドボッとショットが激流に沈んでモンタナが岩盤のエグレの際を流れた(ように思えた)。2投目も同じレーンを偶然流れた時に根がかりのような感触?と思った時にTR-2は逆転を始めていた。

ラインの先は流に反して激流の流心に向かい、次は対岸まで一気にいかれた。全身を現した虹鱒はレッドバンドがこの距離からでも鮮明に見える。推定、あくまでも推定サイズ60クラス、ここまでの時間はおそらく数十秒、一度もリールを巻いていない、というか竿を立てられなかった。3発目か4発目のジャンプでフライが外れた。火がついた。

この日から他の川にはほとんど行かなくなった。もともと湖、海メインだったのでなおさらのことだった。

通った、いや登校した。皆勤賞もらってもおかしくないと思った。季節モノのを釣りに行く以外は、本学の主に中流から上をメインに歩く日が続いた。

この頃から砂防の上が好きなポイントになった、数少ない人工物がある教室「護岸ポイント」、その上の教室「癒し渓(系)」ではいい思いを少だけした。特に「癒し渓」では初めての40UPを手にすることができた。しかし、ここではオリーブのカディスに出た大きな三角頭に切られてしまった。

「護岸ポイント」、「癒し渓」、今では2教室ともにその姿は無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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