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ラッキー |
ピ〜ンチ |
0歳-16歳 |
(1)裕福な豪農の家に生まれる。農民なのに帯刀も許される。 |
(2)武士のお役人のイジメにあう。トラウマになり、根に持つ。 |
23歳 |
(3)藩を転覆させるためのクーデターに加わる。 |
(4)クーデター計画が、直前に身内に知れ、説得されて思いとどまる。 |
23歳-24歳 |
(5)親から大金をもらい、関西方面に逃れる。当時の経済の中心地であった関西で事業経営を学ぶ。 |
(6)当座の資金が底をつく。そこで就職したのが、一橋徳川家(自分が転覆させようとしていたのに・・・)。だが、徳川の権勢も落ち目。しかも、徳川慶喜の地位は低い。 |
26歳 |
(7)江戸末期のバタバタで、徳川慶喜が将軍に就任し、自分も引き立てられる。 |
(8)江戸幕府も命運つきそうになっている。 |
27歳 |
(9)慶喜から、パリの万国博覧会のために要人を送るので、鞄持ちで同行しろと命じられる。 |
(10)パリに行っている間に徳川幕府が大政奉還。その争いの中で、自分の縁者が多数死ぬ。 |
28歳 |
(11)トホホの体でパリから帰るが、海外での知識を買われ、明治政府に就職する。気がつくと大蔵省幹部に。「士農工商」の身分制度の撤廃を起案。 |
(12)大久保利通と喧嘩する。理由は、渋沢が予算管理システムを導入しようとしたため。大久保は、諸外国の脅威にさらされているので軍事費優先を主張した。結果、渋沢は明治政府を辞職する。 |
33歳-38歳 |
(12)辞職のおり、政府に対して「意見書」を提出する。内部文書だったはずのこの意見書が、なぜか新聞に掲載され、世間からやんやの喝采を受ける。気がつけば銀行の頭取になっている。 |
(13)伊藤博文から、外交政策の見栄えのために、東京商工会議所の設立を求められる。 |
35歳-69歳 |
(14)経済界との関係が深まり、とてもとてもたくさんの会社の設立し、あるいは経営参加を求められる。その多くが大企業に成長する。 |
(15)国際的に戦争の機運が高まる。シベリア出兵に反対表明、労働組合との親交などで白眼視される面も。 |
72歳-90歳 |
(16)民間外交で平和維持に貢献。日米の人形交換などを行う。フランスから勲章を受ける。 |
(17)逝去(享年91歳)。 |
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死後、自宅が空襲で焼ける。 |
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飛鳥山に記念館が建つ。 |
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