しろうと考えではありますが・・・

「鯨がつなぐ1,000キロ」事業
いつも夏の今じぶんになると、実現できなかった地域振興事業のことを想い出します。
私の妄想の中では、その事業はマスコミにも取り上げられて、NHKの報道番組に祭り上げられるはずでした(もちろん、たとえ実現しても、そんなことにはならなかったでしょうが・・・)。
その番組の筋立ては、こんな感じです。

画 面 ナレーション
国際宇宙ステーション全景 地上遙か400キロの虚空を漂う国際宇宙ステーション・・・。今、そこに、日本のHUBロケットによって打ち上げられた補給機「こうのとり」が、貴重な物資を届けようとしています。
「こうのとり3号」をつかむロボットアーム
タイトル挿入 「鯨がつなぐ1,000キロ」 
画面は日本列島に変わる その宇宙ステーションのずっと下。
私たちが住む日本列島です。
列島の俯瞰図は日本地図になる。
そして、さらに広がって、東京から南に矢印が延びていく
そして、首都東京から南方にさらに1,000キロ。地上と宇宙ステーションとの距離の倍以上のところに、一群の島々があります。小笠原諸島です。
東京から船で25時間。
でも、ここも東京都なんですね。
小笠原の自然 平成23年に世界自然遺産に登録された小笠原は、動植物の宝庫です。
海上にジャンプするザトウクジラ 小笠原では、ホエールウォッチングが楽しめます。シーズンは、12月から4月にかけてです。
白鯨のイラスト かつて小笠原は、捕鯨の基地でした。
小説『白鯨』でも、船長エイハブは、この近海から南太平洋へ白鯨を求めて船を進めます。
(映画『白鯨』の台詞)
「潮を吹いてるぞ! 鯨の王様だ!」
画面は変わり、昭島のくじら祭  その小笠原から約1,000キロ離れた、東京都昭島市。
毎年恒例の「くじら祭」で、賑わっています。
海から遠く離れた昭島で、なぜ、“くじら”なんでしょうか。 
昭和36年、市内の河川敷で15mの鯨の化石が発見されたのです。160万年前の化石でした。この化石は「アキシマクジラ」と名付けられました。
そして、鯨にちなんだ祭が始まりました。
本物と同じ大きさに作られた鯨の山車をシンボルに、パレードが練り歩きます。
160万年昔といっても、昭島はかなり内陸に位置していました。
どうして、こんなところまで鯨が来たのか。謎です。
(※現地のインタビューなどを挿入)
走り回る子供たち  暑さの中でもはしゃぎまわる小学生たち。
しかし、この子たちの中で、実物の鯨を見た子はごくわずかです。
「作り物でない鯨を、この子たちに見せたい」
昭島の親たちは、奮起しました。
子供たちの冒険譚 (・・・と、この先は、子供たちだけの一行が、船で小笠原に行き、現地の歴史を学んでいく様子が続く。)
別れのとき、客船を追いかける地元の船たち この風景は、この子たちにとって、生涯忘れられない思い出となることでしょう
昭島のくじら祭と、小笠原のホエールウォッチングの映像が交互に・・・ 華やいだ地元の祭ですが、それを支えている役員は、毎年、高齢化が進んでいます。
「自分たちでやれるうちは、何とか続けていこうと思ってます」(談)
子供たちの冒険は、地元の祭を受け継ぐ力につながってくれるでしょうか。
1,000キロ離れた昭島の夏は、今日も、小笠原に負けないくらい熱く燃えていきます・・・。
ということで、 
「鯨がつなぐ1,000キロ」事業を実現させたい!  

この事業を思いついたのは、昭島のくじら祭を初めて見物した時でしたから、もう、5年くらい前になります。
あまりの暑さに頭がくらくらしていて、突然、蜃気楼のようにストーリーが浮かびました。
地域振興の仕事をしていたので、昭島にとっても小笠原にとってもPRになって良いのではないかと、思いました。NHKが取材してくれれば、わざわざビデオを作る手間も省けます。

小笠原が、本格的に世界遺産を目指すのは、この後で、今はむしろ観光客増加の弊害が大きくなっているかもしれません。

でも、暑いくじら祭りではしゃいでいる子供たちを見ると、本物の鯨を見せてあげたくなるのですよね。


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