月夜裏 野々香 小説の部屋

    

恋愛短編小説 『偽名×偽名』

 

  

   

 バスに乗ってる理由は、就職するかもしれない会社の道順の確認と下見、

 そして、携帯の・・・

 “部長がバームクーヘン、待ってるからって。忘れないでね”

 “わかってる。いまバスだから切るよ”

 「・・・ったくぅ」

 テニス部部長に人気店のバームクーヘンを便乗で頼まれていた。

 もう一つの携帯の方は、メールが流れてくる、

 こちらは、小遣い稼ぎのつもりで始めた副業だった。

 今では仕送り額を上回り、大学生活を潤わせていた。

 とはいえ、出会い系サイトも寡頭競争が激しくなったものだ。

 新しい出会い系 “彦星&織姫” とテリトリーが重なって会員が引き抜かれてる。

 携帯に視線を落とし、カモネギかもしれない相手を誘う、

 “涼子さん、年上が好きなんです、今度会いませんか?”

 若い金持ちの男に成りきり、ポイントを使わせる文面を考え、送信する。

 やってることは、漁、釣りと変わらない、

 蒔絵をばらまき、ここぞというタイミングで釣り糸を垂らし、ポイントを買わせる。

 むしろ、漁か釣りをしてると開き直らないと良心が痛んで続けられない、

 “信長さん。学生時代テニスしていたのですか、是非会ってテニスを教わりたいです”

 「・・・・」 にや

 餓えたオバハンでも何度か騙されれば気付く、

 管理者がサクラで誘って会員を増やし、

 欲望をたきつけ、金を使わせ、

 適当な時期にダミー会員リストから本命会員リストに切り替え、引き合わせる。

 最初、抵抗があったものの、嘘をつくことも慣れた。

 “信長さん、いま、どちらですか?”

 厄介なのは同業者の侵入と評判落としだった。

 その手のサイト紹介は、自画自賛と商売敵の誹謗中傷の攻防戦の嵐といえる、

 そろそろ、出会い系サイトの名前を変えるべきか・・・

 “いま、都01バスの後部座席ですよ”

 しかし、同業者の侵入と妨害は、かなりえぐい、

 この涼子は、金持ちそうな婦人で用心深く、

 それでいて、積極的に当たりを付け、ドタキャンしやがる。

 同業者の気配がしてならない、

 “生け花を買いにいってる途中だから難しいかな。いま、なにが見えます?”

 『無理しちゃって、必死な涼子おばさんだわ・・・カマ掛けてみるか』

 “スペイン坂のサクラかな”

 “桜が綺麗な時期ですよね。黒っぽいチェック柄は桜と合いそうです”

 『サクラじゃないのか・・・』

 “偶然ですね。いま、僕は、黒っぽいチェック柄の服装ですよ”

 “本当に偶然ですね♪”

 “涼子は、いま、信長さんの右座席に座ってますよ”

 !?

 後部右座席で携帯を見つめ微笑んでいる涼子は、男に餓えた30代のオバハンではなく、

 同世代の若い男に見えた。

 “信長さん。女性も出会い系の運営をやってるんですね”

 “だましたわね”

 “どっちがw”

 次の停留所で降りようとボタンを押す、

 “信長さん、一緒に昼食でもしませんか。驕りますよ”

 よく見ると、端正な顔立ちの男性で、

 考えると、運命的な出会いだった。

 

 

 

 こういう出会いでなかったら、もう少し、違った気持ちで向かい合えたかもしれない、

 出会い系で、年齢詐称はともかく、

 性を偽っての登録は同業者の妨害工作しかなく、

 同業者との鍔迫り合いは、収入の増減に直結する。

 なにより、出会い系はヤクザの凌ぎになってることも少なくなく、

 同業者同士の接触は危険がともなった。

 もっとも、質素でカジュアルな服装と人のよさそうな雰囲気から

 ヤクザな人間に見えなさそうではあるが・・・

 とはいえ、同業者同士、

 若い男女がレストランで向かい合ってるのに碌に相手を見ず、話しもせず、

 文面を考え、片手で携帯を操作する、

 おかげで、周りの客の視線も集まり、

 「28歳で、お金持ちの信長さん、この店、にんじんスープが人気あるそうですよ」

 「じゃ それにする」

 「ところで、30歳で、若妻の涼子さんは、どこの出会い系の人かしら」

 「信長さんの “火遊びクラブ” に決まってるじゃないか」

 「帰る!」 がたっ!

 「はいはい “彦星&織姫” です」

 「「・・・・・・」」 しーん

 「涼子さん。はっきり言わせてもらうけど、妨害工作は、やめてくれない?」

 「“火遊びクラブ” こそ、やってるじゃないか」

 「“彦星&織姫” が先でしょ! 」

 「またまた・・・」

 「ふん!」

 実のところ、出会い系も群雄割拠の戦国時代、

 どこでもやってる、が実情だった。

 「でも、まだ女子大生だろう。よくやるねぇ」

 「仕送りだけじゃ 遊べないでしょ」

 「それは、どんな遊びかな?」

 「男の運営と違って、お手付きしたりしないわ」

 「おいおい、これでもシャイだし、年増が苦手な年頃なんだよ」

 「つまり年下狙いってことね」 じー

 ごほん!

 「信長さんの実名は?」

 「涼子さんが実名を先に言わないなら、教えてあげない・・・」

 ひそ ひそ ひそ ひそ

 周囲の客が異常さに気付き始める、

 「・・・出会い系に実名は野暮か」

 「僕はこのままでも構わないけど、名前を呼び合う時、注目されるし、仮名を交換しようか」

 「いいけど、名前を呼び合う関係を続けたいわけ?」

 「シャイな信長は、こういう偶然を手放したくないな。涼子さんは?」

 「信長さんが借金抱えた貧乏神か・・・」

 「ボール」

 「ヤクザな疫病神じゃ・・・」

 「ツーボール」

 「あれ、いま、掠らなかった?」

 「あははは・・・僕も脛かじりの大学生でね」

 「でも涼子さんの用心深いの、気にいったよ」

 「彼氏はいる?」

 「ノーコメント」

 「君が美人局(つつもたせ)を兼業し・・・」

 「そ、そんな危ない人と組むわけないじゃない!」

 「それなら食後、クエストイベントを用意してあげよう」

 「へぇ どんな?」

 「行きつけのプールバーに君のボトルを入れてあげるよ」

 「ふ〜ん、どんなボトルかな?」

 「3年物の赤ワインはどう?」

 「ふ〜ん、そういうとこ、行ったことないけど、危ないところじゃないよね」

 「表通りに面してるから」

 「じゃ・・・行ってみようかな」

 

 油断ならない同業者は、表道理から一つ裏路地に・・・

 『この詐欺師やろう・・・』

 そして、小奇麗なBARに入ると、

 「いらっしゃい、や・・」

 「あ、マスター。この娘と一緒のときは、信長って呼んでくれないかな」

 「信長さまですね。わかりました」

 信長は、場慣れした様子でマスターとワインを選び、

 涼子にネームプレートを渡す、

 「・・・・」

 「実名でもいいよ」

 「冗談」

 酒を買って自分の部屋で飲む方が安いと計算しつつ

 薄暗い店内を見渡す、

 赤青白の淡い照明がワイングラスを輝かせ、

 赤ワインの透明感を惹き立てた。

 深い茶褐色の木彫のテーブルの上を光の筋が幾重にも広がる、

 非日常的な環境と非日常的な出会いは、気分を一新させ、

 安定した椅子は心地よく、

 “涼子” と書かれたネームプレートを下げたワインのボトルは酒棚の中で白々しく見え、

 それでも自分の店という気分にさせる。

 

 プールバーが初めてなら、玉突きも初めてで、

 見様見真似の最初の一撃は、一直線に自分の白玉をネットに落とした。

 「もっと、先端を固定した方がいいな」

 第一次接触は、信長の中指と涼子の左の人差し指だった。

 「僕は、水曜日の16時と日曜日の12時に、この店に来るよ」

 「そう、単位と検討しながら前向きに善処させていただくわ」

 「「・・・・」」

 この種の仕事をしてると男女の絡みが統計的に見えてくる、

 あっさり寝る女はあっさり捨てられる、

 男の価値は経験で左右され難い、

 しかし、女は、経験に反比例して価値が低下する、

 別れ際の言葉も、売女(ばいた)と決まってる。

 用心用心と思いながらも独り身は辛く、

 女なら愛嬌も必要だろう。

 このまま、同業同士の疎遠で近しい関係が続くか、

 ずるずると男と女の関係に落ちていくか、

 互いに本名を言えるのはいつの日になるだろう。

 こういう出会いで、自分の収入と絡んでなかったら、

 もう少し無防備でいられたかもしれない・・・

 

 

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 月夜裏 野々香です

 220万HIT記念作品です。

 もうネタ切れです (笑

 なので、五月蠅くてしょうがない出会い系メールを恋愛小説に絡めました。

 しかも現実から剥離したトレンディ風で (笑

 

 もう、記念作品はやめよう。

 

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『思いつき短編集』

恋愛短編小説 『偽名×偽名』