Book Review 有栖川有栖編

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有栖川有栖『幽霊刑事(デカ)』
1) 講談社 / 四六判ハード / 2000年5月30日付初版 / 本体価格1800円 / 2000年6月22日読了

『双頭の悪魔』『マジックミラー』など緻密なパズラーで名を馳せた有栖川有栖の、新機軸となる「超本格恋愛小説」。講談社の文庫雑誌「IN POCKET」に連載された後単行本化された。

 結婚を間近に控えていた刑事・神崎達也は、凶弾に倒れこの世を去った……筈だったが、未練の所為か神の悪戯か、事件の一月後に幽霊となって現世に甦る。見ることは出来ても触れることも人とのコミュニケーションを取ることもままならず、恋人にも自らを殺めた犯人にも存在を察して貰えない己の儚さに呆然となる神崎。だが、イタコの血を引く後輩刑事・早川篤によって漸くその存在を察知されると、彼の協力のもと神崎は自らを殺害した人物を告発せんと尽力する――他ならぬ神崎の上司、経堂刑事課長を。
 だが、相手が相手だったため二人の捜査は難航する。幽霊刑事としての特殊能力を活用し、図らずもかつての同僚たちのプライベートを目の当たりにしてしまったり、また管轄内で発生した銀行強盗の捕縛に一役買ったりしながらも、肝心の経堂の犯罪を立証する事実はおろか、神崎が殺されなければいけなかった理由も見つけだせない。神崎と早川が手を拱いているうちに、事態は急展開した。神崎を射殺した経堂が、あろうことか警察署の取調室で、屍体となって発見されたのである――

 ミステリ世界にかつて取り入れられなかった概念を作中に持ち込み、その約束を読者に理解させた上で、約束を極力活用しながらも論理的に事件を解き明かす。この厄介な方法論を用いて成功している作家というと、山口雅也、西澤保彦という名前が咄嗟に思い浮かぶ。京極夏彦も傾向としては近い。本書において有栖川有栖も(恐らく)初めてその手法に取り組んだ、といった趣である。
 元々独特のリリシズムを漂わせた文体は健在であり、そこに恋愛という要素を持ち込んだことで旧作以上に文章に膨らみが感じられ、また随所に挟み込まれたユーモアもあって、思いの外「物語」としての楽しみも大きい。それでいて、すれ違い続ける恋人たちの描写も、主人公とその協力者、同僚たちとの漫才のような会話も、きちんと終盤の伏線として機能している。「幽霊」という設定は無論のこと、登場人物一人一人の設定や描写が無駄なく結末の合理的解決に寄与しているのが見事。何だかんだ言ってもこの人は「論理ミステリ」の作家なのだな、と久々に実感させてくれた。
 トリック一つ一つを見ると、展開からの必然的帰結としても些か強引という印象を抱かせる部分も少なくない。だが、一番大事な部分はフォローしつつ、きっちりと本格ミステリとして納得させられるまでに仕立て上げた手腕は見事。前半に冗長の感があるのが瑕疵とも言えるが、早めに作品世界に没頭できれば問題はない。愛読者は予め時間を空けて、至福の一夜をお過ごし下さい。

(2000/6/22)


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