Book Review 各種アンソロジー編

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津原泰水・監修「十二宮12幻想」
1) エニックス / 四六判ハード / 2000年2月11日付初版 / 本体価格1429円 / 2000年2月9日読了

 12名の作家陣が、「それぞれの属する星座宮と作中の季節を一致させる」「女性を主人公とする」といった統一されたシチュエーションの許で競作したオリジナル・アンソロジー。

小中千昭「共有される女王」――白羊宮
 恋人と共にインターネットを舞台としたベンチャービジネスに着手していた女は、だが自分が思いもかけない蟻地獄に投げ出されていたことを知る。
 ネットワークという、時として双方向性を欠き、距離感すら無に帰す対話手段が生じさせる悪夢の話。ただ、あまり恐怖と感じないのは、結末の潔さ故だろう。
図子 慧「アリアドネ」――金牛宮
 婚前旅行に出掛けた先で、女は婚約者と一緒に観光洞窟に潜り込むが、ふとした拍子に順路の外へ迷い込んでしまう。
 闇の深さとそこから立ち現れるものの描き方が秀逸。一読して、この結末は男ではすぐに出て来るまい、と思えた。展開よりもこの括りが沁みて怖い。
飯野文彦「さみだれ」――双子宮
 女は紫陽花が好きだと呟く。姉と連れだって訪れた廃屋で、彼女はその理由を初めて悟った。
 具象的に見える筋がどんどんと形を失い、最後にはちゃんと落ちがありながらより猥雑な混沌に投げ出された心地がする。共感する要素が見付からないと、「だから何?」になってしまうが。
早見裕司「月の娘」――巨蟹宮
 少女には自分と男性とを繋ぐ赤い糸が見えた。その恋が幻として打ち砕かれるたびに、糸が切れるのも見えた。少女が最後に紡いだ想いは、複雑に絡まっていった。
 文章の、それ自体が詩の如き美しさが傑出している。構成には傷があるのだけれど、それすら大らかに呑み込んでしまっているのだ。発端が14歳の頃であり、その成長の軌跡を辿っている辺りが業。なお、私にはこの人を否定することは出来ません。
高瀬美恵「ネメアの猫」――獅子宮
 恋人から貰った倹しいルビーを嘲られた夜、彼女はもう二つのルビーを拾った。黄金色の麗しい毛並みをした、ルビーの瞳を持つ猫を。
 発端はコミカルだが真っ向切った怪奇譚でもある。やや展開が駆け足に見えるのが難だが、プロットの巧みさとシュールな結末がいい。深川は一応この星座に属するが、自分自身ではこうまで即物的ではない、と思っているのだけれど……。
津原泰水「玄い森の底から」――処女宮
 縊られながら女流書家は今際の一瞬に世界をあり得る全ての視座から眺めている。己の来し方を顧みながら。
 圧倒的な文章芸の逸品である。豊富な語彙と表現力とに眩暈が誘われるほど。物語でもなければ結末の出来を云々する作品でもない点で読み手を制限してしまっているが。
我孫子武丸「ビデオレター」――天秤宮
 災禍に巻き込まれて落命した恋人から小包が届いた。離れ離れだった生前に幾度となく交わしたのと同じ、ビデオレターだった。
 天秤宮に相応しく均整の取れた一編。起承転結がはっきりしており、ラストの着地も決まっている。上手な短編ホラーの手本とも言え、それがやや物足りないと感じるかも。
島村洋子「スコーピオン」――天蠍宮
 己の才覚を確かめたいが為に、彼女は他人の投稿作を書き、七度の新人賞を得た。最後と決めた七度目の受賞パーティーで接点を得た偽りの受賞者は、凡庸な女に、見えた。
 ヒロインに「島村洋子」という彼我の差を奪う設定を課しているのが着眼。フィクションだろうと解っていてもその不安がこちらに感染してくるよう。その手管を「あざとい」と言い捨てることも出来ようが。
森奈津子「美しい獲物」――人馬宮
 彼女は、あなたはわたしを狂わせるんだと、深く交わった女に言われた。同性の愛人が離れつつあったその頃に逢瀬を重ねた男には、既に恋人がいた。だからこそ、安心して付き合うことが出来たと言うのに。
「痣」という要素を軸に、決して特異な現象など描いていないにも関わらず幻想的な、何とも妖しい雰囲気を醸し出している。個人的には、テーマの割に官能描写が温いと思った――私ぐらいかも知らないが。
加門七海「二十九日のアパート」――魔羯宮
 寝過ごして帰省しそびれたところに、折悪しく現れたのは、引っ越したばかりのその部屋で昔死んだ男の地縛霊だった。
 心地よいファルスといった趣で、バイトの休憩時間内(十分足らず)で読み終えてしまった。大筋はすぐに予測できるが、主人公と幽霊のやり取りが精妙で、そちらをこそ楽しむべき一話。読後感の良さもまた随一である。
飯田雪子「あたしのお部屋にいらっしゃい」――宝瓶宮
 余剰を省き簡潔に纏めるのが好きだった。そんな部屋を、恋人は暗に疎んじていた。やがて離別を告げた恋人に、彼女は毎年一度だけ逢うことを約束させる。彼女の誕生日、バレンタインに。
 情景と心象の積み重ねで静謐且つ清澄な印象が漂う。クライマックスに至る伏線と展開は美しいが、ラストが伝わりにくいのが難か。
太田忠司「万華」――双魚宮
 才能のあった母とその兄妹がいた。それに較べて彼女はあまりに凡庸で普通すぎ、優れた叔父への思慕を抱きその不相応ぶりに煩悶していた。誕生日の夕餉に、彼女は叔父から、叔母の遺品である万華鏡を受け取る――
 主人公の劣等感に説得力があり、殆どそれだけが行動原理になっていることに違和を抱かせない。ただ、顛末に結びつくある要素が些か首肯しがたい為に、ラストの据わりがあまり良くない。

 うう、ネタを割らずに粗筋を書くのがしんどい。割っていると感じたらご指摘下さい。
 我孫子武丸氏がWeb日記上で仰言っていたとおり、確かに粒の揃った短編集である。何れも視点の措かれた女性達の決断が、プロットに対しても受け持ちの星座宮に対しても不自然でないのがお見事。反対にこれぞ、と際立つような一編がないのが個人的に些か不満だが、読み手によって最愛の一本が大いに異なりそうで、読後に話題を供給してくれるという意味では得難い作品集だと思える。

(2000/2/10)


大多和伴彦・編『憑き者』
1) ASPECT / 新書版(A-NOVELS) / 2000年4月14日付初版 / 本体価格2000円 / 2000年4月21日読了

 ASPECT NOVELSがこの四月から面目を一新した。その筆頭を飾る一冊として刊行された、贅沢な面々の多種多様な書き下ろし短編を一堂に集めたオリジナル・アンソロジーである。
 以下、各編への所感を記す。今回は作品点数が多いため、粗筋は省略した。

服部まゆみ『最後の楽園』
 出だしの焦点が曖昧で即感情移入できる物語ではないが、後半に進むに従って真相が浮き彫りにされていく過程が、それ故に巧妙に映る。陰陽の逆転する結末も、予想はつくが着地として美しい。個人的には、作者の特徴である「……」の多用が本編に限って鼻についた。
水木嶺子『ママ』
 あまり展開に脈絡が認められず、「落ち」めいた決着もホラーとしては逆効果だったように思う。断片的なイメージは刺激的だったのだが……
藤木 稟『水晶の部屋にようこそ』
 全体が拙い。女性的な実感のみが目立つ平凡な地の文と会話、必然性の乏しい一人称→三人称の切り替わり、あくまでも「動機の解説」でしかない結末もかなりお粗末。ホラーというより、やや文法から逸脱したホワイダニット・ミステリといった風情があるが、そうと見ても不満の多い出来である。個人的には、主人公の心理的変遷も筋が通っていないと思った。あり得る感情だろうが、作中でその感触を与えられないのはまずい。
楠木誠一郎『理想の物件』
 着想は面白いのだが、展開が貴志祐介『黒い家』を彷彿とさせてしまっているのが残念。また、文体が「男性のイメージする女言葉」になってしまっているのは、狙いだとしたら成功していない。ただ、展開は綺麗で、ラストに付与されたミステリ的意外性もうそ寒い読後感を齎し、そういう意味で好感を持てた。
梅原克文『マン・トラップ』
 アイディア、文章展開共に古めかしい怪奇小説を想起させ、その古さをどう捉えるかで評価は割れるだろう。私自身は万事大袈裟な主人公の反応、悪い意味で「おっさんくさい」比喩の連続にかなり辟易させられた。
牧野 修&水玉螢之丞『ハリガミ』
 面白い試みだが、読者のイメージに依存しすぎていると見える処が、牧野氏の巧さを一度でも実感した身には物足りない。やはり文章のみの電波で魅せていただきたかったかな、と。水玉氏の茶々入れが楽しい。
犬丸りん『ゴージャス・ムッちゃん』
 奇妙な味、と言うとちょっとずれてしまうか。手触りが独特で、ホラーという雰囲気は希薄だが(道具立てはかなり異質だが)、読んでいて不思議なおかしみと心地よさがある。やたらと視点が切り替わる文章はマイナスと思ったが。
小林泰三『家に棲むもの』
 貫禄と言おうか、前半におけるクリーン・ヒットのひとつ。歪な家と闇に潜む異形、そして一切を受容してしまうラストまで、部品の配置に隙がない。
谷 甲州『馘』
 ホラー性よりはSF性の方が濃く、怖さより滑稽味の方が勝っている、という印象。どちらも双方に相通じる点があるとは言うものの、本編の場合は例外としたくなる。恐らく生首の説明に紙幅を割きすぎたのが原因だと思う。生首、という要素ひとつでは恐怖に到達するのは難しい。
西澤保彦『未開封』
 これまたホラーと言うよりホワイダニット。解明も、刑事と犯人の共感が一方通行でしかなく腑に落ちかねる。作品そのものの決着よりも、執念漂う粘着的な性愛描写の方に怖気を誘われた。
中山千夏『ランブリン・ローズ』
 前半のヒットその二。淡々とした文体の中に、狂気をさりげなく対比させているのが読後に異様な余韻を齎す。
柴田よしき『顔』
 これまた狂気に至るまでの過程を描いてしまい味わいはミステリ寄りだが、ルポルタージュ的な語り口と馴染んで効果は出している。ただ、結末のどんでん返しに至る伏線が不充分で、取って付けたような印象を残してしまうのが難。『ランブリン・ローズ』と並べたのは多分に意図的ではないかと思うのだが――
高橋克彦・楠木誠一郎・北上秋彦・大多和伴彦
特別座談会・「気もふれんばかりの恐怖の夜をあなたに』

 各人のホラー観の誤差が興味深かったが、却って「ホラー」というジャンル成立の困難さを克明にしてしまったような気もする。が、箸休めの狙いもあるだろうし、固いことは言うまい。
若竹七海『バベル島』
 これまた非常にミステリ的だが、構成の巧みさで恐怖を最後に結実させることに成功している。敢えて描かないのが巧い。寧ろそのそつのなさを難と捉えてしまいそうなのが欠点か。
図子 慧『地下室』
 傑出した幻想小説。一般読者にとっての「ホラー小説」像と一致するかは些か怪しいが、部品の扱いや美しい結末に美学があり、それだけでも許されて然るべき作品だと思う。
米山公啓『白い診療所』
 知識は確かなのだろうが、語り口も展開も素人臭さが滲んで失笑してしまった。常識から逸脱したものを語ることでの恐怖なのだが、人物描写に芯が通っていないので所々転けている。個人的に、一番首を傾げる出来でした。
霞 流一『スティーム・コップ』
 つらつらと並べられた猟奇的なシチュエイションが他の収録作にないおぞましさを讃えるが、それが最後まで連続することで滑稽味と奇妙な親しみを感じさせ、それが却って怖くなる。若竹以降の後半部分はヒットが多いが、個人的に贔屓のひとつである。
田中哲弥&朱目牌『はかない願い』
 映像と文字のコラボレーションに蓋然性は感じなかったが、相互にイメージを喚起しあう試みとしては面白い。アイディア自体はありがちだが、田中氏の狂気を描いて巧みな文章が既存作とは異なる迫真性を伴わせ、(作品の出来として)上質の手触りがある。
山田宗樹『スッキリさせたい』
 狂気、執着に着目したホラーとしてひとつの境地を極めた逸品と捉えたい。鏤めた部品が結末に於いて言い得ぬおぞましさを醸成している。本書中のマイベスト。
津原泰水『甘い風』
 文体の齎すイメージの豊かさは既に職人芸。『蘆屋家の崩壊』以来書き継がれている猿渡物の一編であり、シリーズものであるだけに旧作の読者に有利を与えてしまうのがアンソロジーではややマイナスか。好き嫌いのみで語っていいなら、大好きなんだけど。
北上秋彦『熱帯夜』
 サイコホラーと考えれば、その追いつ追われつの過程から沸き上がる恐怖(脅威)のみを評価しても構わないのだが、ラストで加えた捻りがその側面からすると邪魔だった。折角のサスペンスが最後で躓いてしまっている。
新津きよみ『卵』
 これまたテイストはミステリーそのもの。しかも結果として前出の作品と根っ子の発想が一緒であったため、驚きに乏しい。若干の、如何にも女性的な捻りがなかなか効いてはいるのだが。
山崎洋子『いとしのアン』
 或る意味自然な生態を描いているだけなのだが、それがお伽噺と溶け合うことで斯くもグロテスクになるとは。ラストのまるで説得力のない警句(誉め言葉です)が、全体の毒々しさを強調している。
山田正紀『バーバー』
 説明してしまうと興が冷める種類の佳品。愚を承知で語るが、「バーバー」という語感の一致からここまで悪魔的なエピソードを紡いでしまったあたりに敬服する。括りの一文が洒落ていていい。
とり・みき『木突憑』
 つくづく万能な人だと思う。映像によって綴られるからこそ、その不気味さが際立つ内容なのだ。エピソードそのものよりも、主人公の抱く憧憬に同調しかねない自分が怖い。
菊地秀行『求婚者たち』
 洒脱なミステリーであり、やはりホラーと言われると首を傾げたくなる。道具立てこそ間違いなくホラーなのだが、その小気味良い処理が恐怖をかき立てないのだ。しかしその巧さに異論はなし。
倉阪鬼一郎・大多和伴彦
ホラー歌仙「牛の首」の巻

 歌仙については無知故、肝心の連句にはあまり感興を抱かなかったのだが、対談で明かされるイマジネーションの交錯がスリリングで面白い。知的遊戯を鑑賞する楽しさ、と言おうか。
大多和伴彦『解題』
 これが一番の蛇足ではないか、と思えて仕方がない。特に763ページ後ろから四行目以降の一節、
さまざまなアプローチがホラーに持ち込まれることは、成功すればジャンルの可能性を広げる利点もあるがはたしてこれをホラーの範疇にいれるべきであるか、と首を傾げざるを得ない作品もそこに含まれるようになっていたと思う。
という行は、全編に目を通した私の印象からすると、収録作の多くを無自覚に否定し、作品集としての意義を損ないかねない危険を孕んでいるように思う。作品毎の解題も、仕方ないとは言え徒な賛美に終始してしまい、読者それぞれの読後感に悪影響を与えてはいまいか。作家の紹介が必要と思うなら、各編の扉なり冒頭なり末尾なりに置けばいい話だろう。ホラー歌仙についての解説と次回作への展望は気を惹くものがあるが、これらは「あとがき」に含めるなりすればいいことで、解題として斯様に長々と認める必然性があるとは思えなかった。結果的に本書中最長の文章となっているが、それ故に「余計」という印象が付きまとう。――ぶっちゃけた話、読んでいて退屈だったのだ。

 ――とまあ辛口気味に綴ったが、全体としては読み応えがあり、「短編小説」やコラボレーションの醍醐味を堪能させて貰った。何より、ホラーや各種アンソロジーが盛んな昨今にあってもこれだけのメンバーが集まることは滅多にない。大家、俊英それぞれの個性を一冊で見比べることが出来ることだけでも存在意義は大きいだろう。

(2000/4/21)


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