Book Review 『異形コレクション』編

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井上雅彦・監修『異形コレクション(12) GOD』
1) 廣済堂出版 / 文庫版(廣済堂文庫) / 1999年9月1日付初版 / 本体価格762円 / 1999年8月30日読了

 既に定評がつき、今更何をかいわんやの季刊アンソロジー。白状するとこれが初読。毎回コンセプトをどんな形で作家に伝えているのか不明だが、「神」というキーワード一つでよくもまあこれ程多様な発想が出てくるものだと感心させられた。以下、作品毎に所感を記す。ちょっとネタバレ気味ですが、短篇評論の性質上やむを得ないことと御容赦下さい。なるべく未読の方の興は殺がぬように努めましたが……

 安土 萌「その夏のイフゲニア」 荒涼たる世界で主人公に迫り来る異形の恐怖。具体的な説明は皆無なのにその超越者の存在感がひしひしと伝わってくる。迫力では本書随一。
 恩田 陸「冷凍みかん」 ……あー、某掲示板の悪影響でいけないものを想像してしまう……地方の寂れた駅舎にある売店にて、ひっそりと売られていた冷凍みかんの秘密。何故そこに、という違和感が却っていい。
 笹山量子「神様助けて」 何かの拍子に神に変じてしまった、という本書に頻出するシチュエーションの一番手。正直なところ、本書では最もオーソドックスな内容で一番の凡作。
 横田順彌「遊神女」 さるミルクホールにて、押川春浪が出会った女性の怪しげな言動。「神」というより、些か過剰な力を持て余す異能者としか見えなかった。所謂「神」ではなく、それに準えられる超能力者、という感じ。シリーズものらしく人物の会話が心地よい。
 TOMO「神犬」 コミック作品。独特な禍々しさのある映像空間は魅力だが、物語自体はありふれた改心譚。
 小中千昭「神佑」 対峙する男女の狂気が物語の進行につれて陰陽反転していく様が迫力。ただどうしてこういう括りになるのかが深川には疑問。私にホラーに対する知識が欠如しているからだと思うんだが。
 倉阪鬼一郎「茜村より」 編集者の古里・茜村に招かれた作家が異形の儀式に魅入られる物語。冒頭で視点の所在が理解しにくい、作家が主人公である必然性、など細々と気にかかるところはあったが結末は圧巻。「まつりばやし」で笑ったのはあくまでも私の嗜好が原因である。
 小沢章友「シャッテンビルト伯爵」 ある日本人外国にて出会った奇妙な紳士の謎。井上雅彦が触れているように一種のドッペルゲンガーだが、名前という形で具象化されたもう一人の自分という像はかなり怖い。
 竹本健治「白の果ての扉」 カレーの「辛さ」に魅入られ、飽くなき探究を繰り返す男。味覚の極限を追い求め、彼は遂に最後の扉を潜ってしまう。だが、本当に怖ろしいのは彼を喪ったあとの語り手に対して投げかけられる一言である。自らに置き換えて、果たしてこの誘惑を拒むことが出来るだろうか――?
 久美沙織「献身」 「神」そのものではなく、神を崇める聖女に比定されるほどの献身を主人公に施す女に纏わる物語。結末は見えているのだが、そこに至る主人公の心理描写に含蓄がある。
 速瀬れい「冥きより」 平安中期のさる女流歌人を題材にした怪異譚。全編に漂う曖昧模糊とした雰囲気をどう感じるかで評価は割れるだろう。決して何かに答を出している訳ではないが、それこそがこのむかしがたりに相応しい。
 篠田真由美「奇跡」 神の奇跡を盲信できない男の告白。本書では最もシニカルに客観的に、距離を置いて「神」というものを物語っている。最後に持ち出された現実的な恐怖を、他の作品と比較してどう捉えるか、だが。
 北原尚彦「下水道」 切り裂きジャックの暗躍した当時のロンドンの地下に突如現れた恵みの神。ディテールは巧みだが着想・結末共に凡庸。
 大場 惑「大黒を探せ!」 ある売れない探偵がやむを得ず巻き込まれた大黒像失踪騒ぎの顛末を描く。軽妙なテリングが愉しい。ただ、これ程の脅威がそうあっさりと阻止されるものかなぁ。その辺がちと疑問である。
 竹河 聖「DOG」 変調を来した愛犬と、恋人の奇行がいつしか主人公の古傷を抉り始める。駄洒落のような題名だが、本編の基調となっている主人公の依存心を過不足なく表現している。「白の果ての扉」同様、安息という名の危険な誘惑が結末に息を潜める。
 早見裕司「バビロンの雨」 都会の孤独な女達と、彼女達を裁く天使達の物語。神の定義は安易だが、決して理解し合えない者たちの哀しみと、滅びに直面した際の穏やかな諦念を秀逸に描き出す。この文章と世界観は、実は深川のツボだったりする。思わず傷に目を瞑ってしまいそうなほど。
 牧野 修「ドギィダディ」 不可解な教えの支配する別世界にて齎される、アバンギャルドな福音。冷酷に戯画化された受胎告知の物語である。敬虔な人なら嫌悪感に頁を閉じてしまいそうだが、それ程に真理を痛烈に射抜いている。
 田中啓文「怪獣ジウス」 心ならずも人々に忌避される怪獣と化した男の悲哀と瞋恚。漫画的な発想だが、尋常ならぬ語彙に支えられた心理描写によって主人公が狂気の縁に至る様をを克明に剔出し、小説として結実させている。要するにゴ○ラなどと暴いてはいけない。ところで駄洒落というのはジウスの逆さ読みのことか? 違うような気もするが。
 マーティン・エドモンド「Day And Night Do Not Love Each Other」 光と闇の相克譚。よくある昼夜分離の起源説話をイラストで表現しただけ。しかし二ヶ国語併記された文章と相俟って独特のインパクトがある。
 田中哲弥「初恋」 さる地方の奇祭に捧げられた少女への、息詰まるような思慕を描く。異様かつ凄惨な儀式を淡々と表現しながら、じわじわと恋情という名の狂気に身を窶す主人公の姿を浮き彫りにしている。肌寒くなるような結末はしかし恋心というものの真実を見事に突いている。
 山下 定「ゼウスがくれた」 受験という名の生存競争に秘められた残酷な真理。誰もが一度は通る道であるが故に、結末の不条理は胸に迫り、背筋が冷たい。類型的な人物描写が却って怖ろしいのだ。
 ひかわ玲子「生け贄」 ある日突然恋人の腕に棲みついた悪夢が主人公から全てを奪っていく。簡潔だが的確な描写が恐怖を煽るが、発想そのものは有り体のもの。だが期待を裏切らないことが切迫感を助長するのかも知れない。
 加門七海「小さな祠」 漁村が奉斎する小さな祠の不可思議と脅威。些末な好奇心のために越えてはいけない境界を跨いでしまう、という構図はありがちだが、その向こうに更なる異界を描くことで読者に幽冥の縁を垣間見せることに成功している。
 井上雅彦「夢見る天国」 都合五つの脈絡のない無慈悲を描写し、宛ら万華鏡の内側に超越者の姿を透かし見ようとするが如き実験的な掌編。表現の対象があまりに不明瞭なエピソードがあるために、こちらが充分に意図を捉えられたような気がしないのだが、その模糊たる印象こそがホラーたる由縁なのだろうか?
 菊地秀行「サラ金から参りました」 新興宗教の本拠に追い込みを掛けに赴いた借金取りが巻き込まれる、異能者達の暗闘。徹底した菊地秀行テイストと言おうか、どんな不可思議に直面しようと現実主義を覆さない主人公がなかなか痛快。神の物語とするには寛容な心構えが必要だが、シンプルな娯楽小説として受け止めたい。しかし彼はその後どうなるんだろうか。

 個人的には「白の果ての扉」と「初恋」がベスト。多種多様な文体の同居に慣れるのは骨だが、寧ろ交錯し合う各作家の個性を堪能するのが本アンソロジーシリーズの本懐なのかも知れない。

 あー長かった。

(1999/9/5)


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