Book Review 貴志祐介編

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貴志祐介「黒い家」
1) 角川書店 / 四六判ハード / 1997年6月30日付初版 / 本体価格1500円 / 1997年9月4日読了
2) 角川書店 / 文庫版(角川ホラー文庫) / 初版年月日未確認 / 価格未確認 /

 1997年度角川ホラー小説大賞受賞作品。
 面白い。最近、この手の公募賞では審査員の選評から過剰な期待をさせられてあとでがっくりくる、というパターンが少なくないのだが、これは掛け値無しに面白い、……怖い。
 前回の同賞受賞作「パラサイト・イヴ」があくまで「未知の存在」に恐怖の対象を絞っているのに対し、こちらは徹底的に「現実感」で責め苛んでくる。主人公・若槻がじわじわと殺人鬼に追い詰められていく、その描写自体の迫力もさることながら、若槻の体験している悪夢が決して荒唐無稽な妄想ではないことが、現実の資料によって傍証されていく、その読み手を蝕んでいくような物語の展開が怖い。登場するサイコパスの犯罪者・菰田幸子のような人間が、読み手にとっても身近な存在たりうることが実感されるような方法を採ることで、読み手に与える恐怖感をあえて増幅しているのだ。
 また、物語の閉じ方も上手い。恋人・黒沢恵の言葉に救いを残しながらも、菰田幸子の同類と思しき人物――恐怖の新たな到来を括りに叙述することで、きっちりと読者にとどめを刺す。ここでどちらか一方でも欠いていれば、読後感は極めて偏ったものになっただろうと思う。救いとも、果てなき悪夢への序章とも取れぬ結末を置くことで、この作品は見事にホラー小説として完成している。間然しようがない。審査員一同絶賛の上での受賞も、まさに然り、の名作である。


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