Ninpohcyoh Review

講談社文庫版
山田風太郎忍法帖
(1) 甲賀忍法帖
(2) 忍法忠臣蔵
(3) 伊賀忍法帖
(4) 忍法八犬伝
(5) くの一忍法帖
(6)(7) 魔界転生
(8) 江戸忍法帖
(9)(10) 柳生忍法帖
(11) 風来忍法帖
(12) かげろう忍法帖
(13) 野ざらし忍法帖
(14) 忍法関ヶ原
未完成ですが
既にリンクしてありますので、
飛んで遊んで下さい。
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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(1)
山田風太郎「甲賀忍法帖」
 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(2)
山田風太郎「忍法忠臣蔵」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(3)
山田風太郎「伊賀忍法帖」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(4)
山田風太郎「忍法八犬伝」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(5)
山田風太郎「くの一忍法帖」
 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/1999年3月15日付初版/本体価格571円/1999年9月28日読了

 講談社文庫版忍法帖第五回配本。オリジナル版は忍法帖として4作目に当たる。既に忍法帖というスタイルを確立していた風太郎が、更に"くの一"という概念を世間に浸透させた一作。

 大坂夏の陣から駿府に帰還した家康を待ち受けていたのは、豊臣秀頼の落胤を胎内に宿した女が存在するという、震駭すべき一報であった。真田幸村が己の麾下である五名のくの一に命じ、落城間近の大坂城内にて秀頼と交合させ懐胎せしめたのである。しかもそのくの一たちは、劫火に包まれた大坂城内から救出された千姫と共にあるという。一度は政略結婚の犠牲にした孫娘ながら、それ故に千姫に対して引け目のある家康は、服部半蔵の招聘した伊賀鍔隠れの谷の忍びの者たち五名に、秀頼の落胤を宿したくの一たちを探索し、千姫に悟られぬように誅戮せよ、と命じる。一方、陥落寸前の大坂城から千姫を救出した坂崎出羽守は、その節の功によって千姫を貰い受ける筈が、大御所からも千姫からも声がかからす、焦燥の挙句に千姫が許に遣いを寄越した。だが、千姫は苛烈に出羽守を拒絶し、己が今尚豊家の女であることを高らかに宣言する。豊臣家の落胤を孕む真田のくの一衆と、彼女らを暗殺せんとする伊賀鍔隠れの谷の忍者たちの熾烈な暗闘は、ここに火蓋が切って落とされた――

 本編は元々雑誌連載の段階では「短篇連作」という形で発表されており、単行本として纏められる際に初めて「くの一忍法帖」の題名を冠され、長篇の体裁を明らかにしたらしい。こうして通して読むと紛いなき長篇なのだが、確かに各章毎に山場が設けられており、そのため全体的に緩急の変化が激しく、一気読みするとどっと疲労を覚えるぐらい。加えて各人の行動が複雑に入り乱れて、ちょっと曖昧な読み方をしてしまうといきなり前後関係が把握できなくなってしまう。しかし換言すればそれは本書が如何に企み抜いた上で執筆されているか、の証左であろう。実在の人物、史実上の出来事と虚構を巧妙に噛み合わせ、間然しがたい物語世界が構築されている。また、本書の登場人物、特に歴史上実在する人物については、講談社文庫版の短編集『かげろう忍法帖』及び『野ざらし忍法帖』と密接にリンクしている部分があり、その矛盾のなさにも目を瞠るものがある。詳細に調べていくとそれだけで一大絵巻が作れそうだが、これは興味のある方自らやってみて欲しい。
 本書のテーマは至ってシンプル、「男vs女」である。時代背景を踏まえながら安易なフェミニズムにも陥らず、かといって間違っても男尊女卑には傾かない展開。命題の要求もあって他の作品と比してもエログロの度合いは高いが、仮に題名から喚起されるイメージによってのみ本書を忌避していた方にも、是非読んで戴きたい。凱歌を挙げるは果たして何れか――挙げたのは何れだったのか、とくとご覧ずれ。

(1999/9/29)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(6)(7)
山田風太郎「魔界転生(上)(下)」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/1999年4月15日付初版(上下とも)/本体価格各752円/1999年10月20日読了

 講談社版風太郎忍法帖第六回配本。当初の題名は『おぼろ忍法帖』といい、忍法帖の第15作品となる。のちに『忍法魔界転生』となり、更に映画化を経て現在の題名となった。忍法帖としては異色のキャラクター揃いながら、その代表として数えられている一作である。
 発端は寛永十五年三月一日の夜、島原。掃討された切支丹軍の死屍累々たる中で、劇的な邂逅があった。小笠原家臨時雇いの軍監として掃討に参加した壮年の新免(宮本)武蔵と、彼に弟子入りせんと遠路遙々訪ねてきた由比民部之介――のちの由比正雪。その二人の眼前に展開した、妖幻奇異の光景。屍体が山積する地獄図絵の中を、二人の女を伴い徘徊するのは、討たれた筈の切支丹軍の参謀・森宗意軒。そして、女二人の腹腔を突き破って現出したのは、伊賀越えの復讐で名高い柳生流の名剣士・荒木又右衛門と、他ならぬ島原の乱の首魁・天草四郎時貞。武蔵らが呆然と見守る中、既に死していた筈の二人と、即座に宗旨替えした由比民部之介とを引き連れて、森宗意は海上に逃れ去った――
 その後凡そ十年に渉り、森宗意軒は暗躍する。軍学者として道場を構えるまでに大成した由比正雪を傀儡に、類い希なる才覚を持ちながらその大望を存分に満たすこと適わないまま死期を迎えつつある剣豪・勇士たちに巧みに擦り寄り、魔術を取り入れた忍術・魔界転生によって彼等を復活させていった――
 柳生新陰流に学び、優れた剣技によって丸亀における仇討ちを果たしながら、若くして労咳に冒された田宮坊太郎。
 島原の乱以後も力量に見合った仕官適わず、細川藩にて晩節を汚しつつあった新免武蔵。
 将軍家指南役として立身出世を果たしながら、その安穏たる生涯に石舟斎嫡流としての矜持を誇示しきれず煩悶する柳生但馬守宗矩。
「その槍法神に入る」とまで唱われながら、但馬守ら数名の剣士に一矢報いることのならなかった宝蔵院胤舜。(……ちゃんと字、見えてます?)
 柳生家の正統でありながら、激烈な性情により尾張に隠棲することを余儀なくされた柳生如雲斎利厳。
 そして、彼等を影のように率いた森宗意軒は、最後に「南海の竜」紀伊大納言頼宣に取り入り、転生へと誘った――全ては徳川家擾乱せしめんとの目論見。森宗意の真意を疑いながらも転生の誘惑断ち難く、頼宣は転生の器となる女を領内に求める。その網にかかった三人の女がいた――奇しくも彼女達は皆、尾張柳生の本拠に於いてある男の剣術指南を受けていた身であった。男の名は柳生十兵衛三厳。但馬守宗矩の嫡男にして昼行灯、だが真剣を持っては無双と噂される剣技の持ち主である。十兵衛の詭計が奏功して生じたルールの許、ここに転生衆七名と十兵衛の、熾烈な闘争が幕開く。

 忍法帖シリーズとして計上されながら、主人公たちは忍者ですらなく、実際に活用される忍術も森宗意軒の「魔界転生」と天草四郎の「忍法髪切虫」のみ。「魔界転生」というのは、ほぼ同時代に生まれながら互いに相見える機会のなかった剣豪たちを一堂に会させ、風太郎忍法帖最強のヒーローと言われる柳生十兵衛と対決させるための大仕掛けに過ぎない。他の忍法帖作品に登場するようなエログロ描写にも乏しく、本編の興趣はこの「十兵衛」対「転生七人衆」との決闘に絞られていると言ってよいだろう。複雑に入り乱れる計略によって十兵衛と各々の剣士との純粋な一騎打ちというのは結局ただ一度しか実現しないのだが(最終章において新免武蔵と十兵衛はかの巌流島を彷彿とさせる一戦を交える)、一切の部品が無駄とならない緻密な構成によって何れの戦いも読者の手に汗握らせ、巻置く能わざる迫力を伴っている。一人また一人と見方である柳生十人衆(自称)を喪いながら、じわじわと頼宣、引いては森宗意軒を追い詰めていく十兵衛。物語は意表を突く結末まで一切の予断を許さない。
 成る程と高評も頷かされる面白さ。あれこれ語るより実際に読んでくれ、と言う他ない。エログロが殆ど描かれていない分、それが理由で忍法帖を忌避していた向きにとっても好個の入門作となり得るだろう。また、これは偶然であったが、深川同様に「かげろう忍法帖」「野ざらし忍法帖」「くの一忍法帖」の順序で読んでいくと、実に興味深い年譜、人物相関図が読み手の裡に形成される。果たしてそれは風太郎の計算によるものなのか――真偽は量りがたいが、それこそ忍法帖世界の完成度の高さ、奥深さを何よりも如実に証明していると言えよう。
 ともあれ、今更の感は禁じ得ないが、改めて断言しておこう――本編を読まずして、忍法帖を語るなかれ。

(1999/10/27)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(8)
山田風太郎「江戸忍法帖」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫版)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(9)(10)
山田風太郎「柳生忍法帖(上)(下)」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(11)
山田風太郎「風来忍法帖」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(12)
山田風太郎「かげろう忍法帖」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/1999年8月15日付初版/本体価格629円/1999年9月20日読了

 講談社文庫版忍法帖選集初の短篇集成。解説によると続刊の『野ざらし忍法帖』と構成的に一貫しており、特に連作を意図して作成されたものではないが、一連の長篇忍法帖とはやや趣を違えた作品集として上下一巻の体裁を為しているそうだ。各編初出では思い思いの題名が付けられていたようだが、底本が纏められる際に『忍者〜』というフォーマットで統一され、曲がりなりにも一貫性が付与されている。以下、各編の解説。

『忍者明智十兵衛』
 朝倉義景の元に飄然と現れ仕官した明智十兵衛。甲賀卍谷で修行したと語るこの男は、切断された四肢を復元するという忍術を体得していた。君主の前でその技を披露して見せた十兵衛は、褒賞として土岐弥平次の君主・沙羅の輿入れを要求した。弥平次に思慕を寄せる沙羅は申し出を頑なに拒むが、その想いを見て取った十兵衛は弥平次におぞましい提案をする。
 風太郎忍法帖において「恋情」が重要なパーツとなることが屡々ある。だが、殆どの場合それは一般に期待されるような安易な着地に至らない。忍術と史実とを巧妙に絡め、最後に提示される本編独自の「本能寺」の真相は読者を戦慄させるだろう。
『忍者仁木弾正』

 伊達陸奥守忠宗の世嗣・巳之助丸は、野心家である伊達兵部宗勝によって放蕩を仕込まれていた。それに不安を覚えた侍女のお初は、兵部の陰謀を暴いて欲しいと原田甲斐に請う。巳之助丸らにつかず離れず監視の目を光らせ、お初と連絡を取りながら奔走する甲斐だったが、その影には、彼等の動向を虎視眈々と見据える仁木弾正らの姿があった。
『明智十兵衛』同様、本編においても「恋情」が重要な鍵となっている。山本周五郎『樅ノ木は残った』で綴られる伊達騒動の前哨の如き物語であり、本当の驚愕を得るためには伊達騒動に関する知識が些か必要だが、武家における「忠心」を描いた作品としても秀逸。忍者があくまでも(作品上の)道化役であるからこそ、この興趣が活きるのである。長篇のような忍者主体ではこうはいかない。
『忍者石川五右衛門』

 きらびやかな念仏踊りの演ぜられる大広間と襖一枚を隔てた座敷で、一座の笛吹の青年・城之介と淫蕩に耽っていた太閤の寵姫・淀の方は、だがその情交の最中に胎内に潜めた「楊貴妃の鈴」を掠め取られて愕然とする。至急かけられた追っ手は池畔にて一座を追い詰めるが、城之介の主君が遣わした後援によって一掃されてしまう。だが、一見城之介にいいように利用されていたかに見えた一座は、石川五右衛門を首領とする群盗であった。
 万華鏡のように状況が一転二転する様は眩暈がするほどである。伝説の大盗賊石川五右衛門が何故捕縛されたかを風太郎的解釈で描出する。宛ら際限のない叛逆の物語とも言え、終幕の余韻は虚しくも深い。
『忍者枝垂七十郎』

 江戸屈指の呉服問屋・大丸屋には、公儀御庭番の変装を賄うという裏の顔があった。女だてらに大丸屋の主となったお市が密かに恋したのは、そうした御庭番の一人、仏坂堂馬であった。傷ついて帰還した堂馬は、長い御用の前にお市に対して「枝垂七十郎」という敵の存在を教え、枝垂がここに現れたなら、この蔵の中に閉じこめてくれ、と頼んだ。その一年後、現実に姿を見せた枝垂に「堂馬は死んだ」と聞かされ、絶望しながらもお市は約束通り枝垂を幽閉、餓死させたが……
 忍者、御庭番、刺客らの常軌を逸した執念の物語である。彼等をお市という大店の跡継ぎながらあくまでも常識的な視線でものを見る娘の視点で語っているからこそ、闘争場面が僅かしかないにも関わらず、忍びの者たちの苛烈な生き様が浮かび上がってくる。終幕にはミステリで時として登場するリドルストーリーの趣向が用いられている。
『忍者車兵五郎』

 享保年間の赤坂溜池に二つの奇妙な看板が立った。「忍法指南、車兵五郎」そして同じ人物の「御厨一族の敵討ちは須く返り討ちにする」という主旨のものである。それは今後の対決を正当化する為の妙手であった。宣言通り、車は御厨の討手を立て続けに迎え撃つ。実の処車の目論見とは、ある一人の人物を誘い出すことにあった――
 相次ぐ刺客との争闘は初期忍法帖長篇を圧縮したような感覚があるが、着眼は車が仇討ちの対象となった契機であり、最後に登場する刺客との対決であろう。男女は斯くも火と水の如き、ということか。
『忍者向坂甚内』
 服部半蔵は大御所から群盗の詮議を命ぜられる。時を同じくして市中に遺棄され続ける、目と口を縫われた怪屍体とその群盗に関連があると判明したが故である。春から夏までを費やして、半蔵は群盗の尻尾を捕らえるが、彼等の腕を評価して談合を申し出る。既に盗賊家業に見切りを付けつつあった鳶沢甚内と庄司甚内はあっさりと提案を受け入れるが、一人大望を抱き頑として首肯しない男が居た。「忍法紅蜘蛛縫い」を繰り、北条家の遺児である桐姫に絶対の忠誠を誓う向坂甚内その人であった。
 中盤は割とオーソドックスな忍法帖の風情だが、向坂甚内と桐姫の造形自体が巧妙な伏線となって結実するラストは、長篇でも頻りに語られる忍者の執念をより克明に見せつけている。
『忍者本多佐渡守』

 土井大炊守利勝はある時本多佐渡守に呼び出された。佐渡守は大炊を自分に成り代わって大御所を補佐するに適任と捉え、これより自分が大久保相模守忠隣を徳川に益なき人物として排斥すると宣言、後継者としてその一部始終確と見届けよと伝える。過去に数多の功績があり大っぴらに放逐できぬ相模守を、佐渡守は周辺から追い詰めていく。その標的とされたのは、大久保家の傑物、金山総奉行大久保石見守長安であった。佐渡守は実子・本多上野介の秘書役すら利用して、真綿で首を絞めるようにじわじわと石見守を包囲する――
 本書では最長、中篇クラスの作品。佐渡守の深謀遠慮を大炊、石見守らの視線からサスペンスフルに追っていく。だが、本当に凄まじいのは、佐渡守が改めて自らの役を大炊に明け渡した、それ以降の展開である。本編に登場する忍者とは厳密には佐渡守ではなく彼に忠誠を誓う根来組残党の忍者兄弟のみなのだが、本当に恐るべきは大御所のためなら奸臣の汚名も甘んじて受け入れ、身内すら冷酷に切り捨てる「御役」という呪縛であろう。最終段における大炊の一言は、静かながらも衝撃的である。
『忍者玉虫内膳』

 いつ頃からか江戸城周囲に怪死者が頻出し始めた。躰の何処からか全ての血を流し、「上様お恨み」と記した書状を銜えて彼等はひっそりと絶命するのである。彼等の共通点が、花嫁が公方のお手つきとなって奪われた点にあると発覚し、柳沢出羽守吉保は奇策を講じる。御徒目付の息女・お葉を巡って対立する二人の御小人目付、稲富小三郎と玉虫内膳を召喚した吉保は、二人にある決断を迫る。お葉を大奥に召し抱え、公方のお手つきとすることで二人の何れかを下手人を誘き出す囮にするというのだ。加えて提示された千石の加増という条件に目が眩んだ玉虫は稲富を倒し、いざとばかり怪事の首謀者を待ち伏せるのだが……
 あまりに特徴的な忍術の乱用は、長篇などにおいてはその百花繚乱たる個性故に屡々個々が埋没しがちである。較べるに本編は実に無駄がない。欲望に真っ正直な玉虫というキャラクター、不可解な事件とその首謀者の秘技、一個一個の描写が見事にこの哀感に満ちた結末を導き出している。
『「今昔物語集」の忍者』

 小説ではなく忍法帖創作の舞台裏を垣間見せる随筆である。洒脱な筆致からして多分に修飾された話なのだろうが、「今昔物語集」における忍法帖を彷彿とさせる怪異談を風太郎の文章で語り興味深い。

 長篇と微妙に異なる味わいは、作品の視点が忍者そのものよりも周縁にいる人々に置かれている所為であろう。その違いを堪能するには長篇選集を一度手に取って戴きたいところだが、本書のみでもその外連味溢れる物語世界は充分に楽しめる。長篇ほどにはエログロもきつくないので、それが理由で躊躇っていた向きに入門編として読んで戴いてもいいだろう。

(1999/9/22)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(13)
山田風太郎「野ざらし忍法帖」
 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/1999年9月15日付初版/本体価格514円/1999年9月22日読了

 講談社文庫版短篇集成第二弾。第一弾『かげろう忍法帖』の項目でも触れたとおり、構成的に『かげろう〜』と一貫性を持たせるため、収録作は「忍者〜」の題名で纏められている。だが個々の作風は例によって百花繚乱の趣がある。以下、各編の解説。

『忍者服部半蔵』
  徳川家乱波(らっぱ)組の頭領・服部半蔵には頭痛の種があった。忍者の適正に欠き放蕩暮らしをする弟・服部京八郎である。不義の罪で手討ちにした部下に京八郎を放置していることを糾弾され、いよいよもって京八郎をどうにかせねば、と半蔵は焦る。その矢先に、京八郎が市井の女を娶りたい、と言い出し、半蔵はこれを大義に京八郎に修行を強要せんと画策するが――
 忍法帖シリーズでは長短編を問わず脇役として頻繁に登場する服部半蔵の、二代目を主人公とする物語。忍者の掟、という峻厳な世界を描きながら、地位というものの重みと虚しさを巧妙に剔出する。『かげろう忍法帖』収録の『忍者本多佐渡守』との絡みを想像しながら読むのも一興である。
『忍者枯葉塔九郎』

 筧隼人は駆け落ち一年目にして恋女房・お圭を煩わしく思い始めていた。あまりに武家としての誇りに執心するお圭を、隼人は鳥取にて貧乏を理由に遊女屋に売り渡すことを考える。それを偶々聞き咎めた枯葉塔九郎が、隼人に不気味な提案を持ちかけてきた。鳥取久松城で近々行われる、新規召し抱えを目的とした御用試合で自分は隼人にわざと負ける、その代わりにお圭を己に売り渡してはくれまいか、と――
 忍法帖と言うより忍者という化け物を相手取った恐怖譚という風情。あまりに身勝手で振る舞いの横暴な筧隼人にはあまり同情は湧かないのだが、枯葉塔九郎の駆る忍術の不気味さ、そして知らぬ間に筧の理解からはみ出していくお圭の行動。終始まとわりつくおぞましさは、「忍法帖」であると同時に「ホラー」とも呼べはしまいか。
『忍者梟無左衛門』

 田沼山城守意知が、御納戸方頭村上周防の娘・いさに目を付けた。周防の部下に当たり、いさに少なからず含むところのある梟無左衛門は愕然とする。いさには想いを寄せる男子があるが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの田沼家の申し出を拒むことは出来ない。窮余の一策として、無左衛門は封印していた忍術を用い、いさの躰に一時的な貞操帯を施す。果たして、山城守の元に送られたいさは三日後に返され、無左衛門らの計略は実を結んだかに見えたが……
 本書では太平の世に存在意義を失い、落日にある忍者たちの物語が数編収められており、本編がその第一である。短篇としては徹頭徹尾計算され尽くした伏線の妙を堪能して戴きたいが、他方梟無左衛門の、いさとその母親、二代に対する横恋慕の悲劇的な成就と読むこともできる。いずれにしてもこの深い無情感は長篇に引けを取らない。
『忍者帷子万助』

 戸祭藩に忽然と現れた室賀人参斎、娘の三登利、加えて帷子万助の三名は、一応お抱えの医師として藩から扶持を受けているが、実体は幕府から送り込まれた密偵であった。ある日、藩の家臣らが人参斎たちをはじめとして、未婚の年頃の娘がある藩士ら十組を城に呼び立てた。主君が病を得て余命短く、寿命までに世継ぎを成すために娘達を召し上げたい、と言うのである。隠密を炙り出すための奇策と悟った人参斎らは、三登利が既に懐妊していると偽ってその場を免れようとするが、懐妊が分明となるまで預かると言われ、いよいよ困窮する――
 たった一種の忍術に寄託した一発芸、と言ってしまうと身も蓋もないが、意想外のようでいて真理を射抜く結末はやはり風太郎の独壇場である。余人には思いもつくまい。
『忍者野晒銀四郎』

 伊賀での忍術修行から帰った野晒銀四郎は、知己や係累の殆どが江戸に移ったことを知り、早速と江戸へ旅立った。幼なじみのおゆうは主君・秩父守の側妾となり、銀四郎を伊賀へと世話した酒井内蔵は江戸家老となっていた。そして、酒井に忍びの者として抱えられていた野晒家の係累は、銀四郎との再会を喜ぶ間もなく、失態を理由に自刃して果てる。気付けば銀四郎は、三雲藩のお家騒動の渦中にいた。
 落日の忍者譚その二。一途さ故にひたすら利用されるばかりの銀四郎の有様がうら悲しい。そのくせ、用意された結末では一切の感傷を断ち切って見せる、相変わらずの手管である。
『忍者撫子甚五郎』

 天下分け目の関ヶ原の合戦前夜。東西両陣営にとって懸念の的は、松尾山に控えた小早川中納言秀秋の去就であった。徳川方の服部半蔵と石田方の波ノ平法眼、二人の乱波頭は期せずして同様の奇策に着想する。斯くして徳川方からは小笹と浮舟伴作、石田方からは撫子と弥勒甚五郎、男女の密偵が松尾山中に送り込まれた。
 際限ない腹の探り合いが本編の全て。情報の一つ一つにより目紛しく左右する戦況にあって、駒に徹する忍びたちの凄絶な葛藤の一幕である。
『忍者傀儡(くぐつ)歓兵衛』

 伊賀組小普請方の花房宗八郎は友人の九沓歓兵衛に奇妙な願い事をされる。「御内儀の人形を作ってみたい」と言うのだ。歓兵衛が言うには、彼の人形作法は一種の忍術であり、内儀の姿形に惹かれたのみではなく、修行に是非とも必要なことらしい。だが、人体から直に型を取るという手法では亭主である宗八郎の協力が要る。宗八郎には、徒に武家であるという矜持を抱え続け、ただ従順であることのみが取り柄であるような妻に言うほどの魅力があるとも思えなかったが、失われた忍術への興味も手伝って、歓兵衛の申し出を受け入れる――
 落日の忍者譚その三。ここまで来ると味わいは戦前戦後の探偵小説に近い。ここにおける忍術とは、海野十三や小栗虫太郎が駆使した人外のトリックと同義である。しかしそんな野暮な知識など放逐してこの巧緻な手捌きに身を委ねるのが本来だろう。
『忍者鶉留五郎』

 鶉留五郎の借金は嵩みに嵩み、ついには我が娘まで召し上げねばならないところまで窮していた。そこへ、留五郎にとって本来の職掌である隠密の任務が舞い込み、意気込んで出立するのだが――
 落日の忍者譚その四。実質五頁に満たない掌編であり、こうなると余計な解説も不要だろう。短いだけにその悲哀は明確であり、痛い。
『「甲子夜話」の忍者』

 前巻所収『「今昔物語集」の忍者』同様、忍法帖の舞台裏を垣間見せる随筆。「甲子夜話」中に登場する忍者のエピソードを引用し、常識では計り得ぬ能力を持つ者たちの悲劇を淡々と綴る。

 前巻『かげろう忍法帖』に較べると、隠密というものの価値が薄れてしまった時代背景などが多く用いられている分、忍術が宛ら往年の探偵小説におけるトリックの如き扱いである。山田風太郎の着想の妙と優れた騙りをとくと堪能して戴きたい。

(1999/9/25)

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講談社文庫版・山田風太郎忍法帖(14)
山田風太郎「忍法関ヶ原」

 講談社 刊/文庫版(講談社文庫所収)/1999年10月15日付初版/本体価格800円/1999年11月1日読了

 講談社文庫版短篇集成第三弾。先行する二冊に較べて一編毎の分量が多く、「中篇集」の趣が濃い。帯にはひとまず「完結」と打ってあるが売れ行き次第で続刊も充分にあり得るという――買うべし読むべし、という訳で各編の粗筋と解説。

『忍法関ヶ原』
 天下分け目の決戦前夜。鍵を握るのは鉄砲鍛冶の郷・国友村の挙措であったが、鍛冶の実力者四名の態度が未だ定かでないことに大御所は気を揉み、服部組の精鋭四人を派遣して鍛冶たちの翻意を促した。その動きを察した石田方も黙視せず、甲賀組の番卒を国友村に置き徳川を牽制する。だが、服部組の忍びにとって最大の敵は、一癖も二癖もある四名の鍛冶衆であった。
 忍法、と銘打ってはいるが、本編の慧眼は戦国時代を武将対武将というステレオな見地から描かなかった点にあると言えよう。忍法を持ち込んだのはその構図を明瞭に際立たせる為に過ぎない。終始道化でしかなかった忍び達の姿には一種寂寥に似たものを感じる。結末は当然終戦直後の関ヶ原を舞台としているが、この前後に『忍法撫子甚五郎』の物語が展開していたかと思うと興味深い。
『忍法天草灘』
 大坂の陣より前、まだ豊臣所領であった当時の長崎には着実に切支丹が浸透しつつあった。これを苦々しく思う奉行所の要請により、半蔵は男女一組の忍びを遣わす。彼等は切支丹の先導者格である八人を色仕掛けで惑わせ、如何にか道を踏み外させんと画策するが、八名の意志は思いの外強固であった。
『忍法関ヶ原』と並ぶと実に絶妙。ぶっちゃけた話、この二編は全く構造が同じなのだ。ただ鏡に映しただけと言ってもいい。それでもぐいぐいと読ませてしまうのが風太郎の剛腕たる由縁であろうか。
『忍法甲州路』
 麻耶藩では若君の婚姻を巡って陰謀渦巻き、密かな暗闘が繰り広げられていた。若君の意中の女性・お婉はその暗闘によって父を殺されたが、三名の眠りの幻術を操る忍び衆に鎧われ、間もなく敵討ちのため江戸に戻ろうとしている。麻耶藩江戸老中石来監物の指揮下にある三名の武士は、幻術をうち破る秘剣を編み出しこれを迎え撃つが――
 誰もが真剣に、傍目には滑稽な決戦を繰り返す、風太郎一流のシニシズムが横溢する一編。まるで冗談のような秘剣に依って忍び衆が倒されていく様も哀れで滑稽だが、やはり一切の皮肉を凝縮させたような結末が秀逸である。
『忍法小塚ッ原』
 小塚ッ原処刑場に当代無比の首狩り職人がいた。その男――鉈打天兵衛は、女の愛液と男の精液との混合水をもって、切断された四肢を接着するという忍術を体得していた。天兵衛の剣技に惹かれて弟子入りした香月平馬は、天兵衛の要請により日毎遊女と交わり淫水を生産した。天兵衛はそれを用いて、奇縁に繋がれた罪人達をモルモットに異様な実験を繰り返す。
 読んでいて何故か海野十三などの怪奇探偵小説を思い出した。人智を絶したからくりと幾つかの人体実験の決着などが、粗悪な紙に印刷されたグロテスクな物語や陰惨な挿絵を想起させるのである。例によって結末は皮肉。

『忍法聖千姫』
 大御所家康死後、千姫が再度の輿入れを控えた頃。戦火の大坂城から千姫を救出した坂崎出羽守は、その褒賞として千姫を貰い受ける約束が反故にされたことに憤り、刺客を送り込む。だが、その中でも千姫守護を仰せ付かっていた柳生一門に危険視されていた三人の剣客は、千姫の魅力に籠絡され、驚異的な用心棒となって坂崎一門を圧倒した。服部家に身を寄せていた柳生童馬は、面目を失った柳生一門のために、三人の怪剣士に果たし状を突き付ける。
 長篇『くの一忍法帖』後日譚と捉えることもできる、怪姫千姫譚。主題たる千姫の謎は明かされないが、それ故に結末の余韻は強い。因みに私はこの後『柳生忍法帖』に着手する予定だが、こちらにも千姫が絡んでいる。もしかしたら山田風太郎にとって一番お気に入りの登場人物なのだろうか?
『忍法ガラシヤの棺』
 伴天連の良き庇護者であった細川忠興夫人ガラシヤには人知れぬ悩乱がある。主不在の屋敷で彼女は苦悩する胸の裡をヴィンセンシオ神父に打ち明けた。それは、激烈な夫の所業からガラシヤの善意を鎧うように生まれたもう一人の珠子、細川家や忠興を劫火の如くに憎悪する、聖女ならぬ生身の女であった。答えに窮したヴィンセンシオとガラシヤの前に、忽然と一人の忍者が姿を現し、ひとつの提言をする――
 忍者の登場がえらく唐突の感があるが、括りの巧さで挽回している。主題は人間の内側にある明暗の狭間。粗筋を見れば一目瞭然ではないか、と思われるかも知れないが、――無論、そこには更なるどんでん返しがあるのだ。
『忍法幻羅吊り』
 奇妙な約定を交わして赤蔦屋の見習い女郎となった小式部。彼女は客を取らぬくせに他の女郎達に奇妙な「性技」の教えを施すなど、矛盾した行状から彼女には神秘的な印象が付きまとう。ある時彼女は件の幻術を一度に五人の朋輩に施した。そうして妙陰の技を携えた女郎達と交わった五人の侍達は、後日得体の知れぬ奇禍に見舞われた。
 不可解な展開から一転、事態がどういった方向へ推移するかは予測がつく。だが、優れているのはその過程である。小式部の呪術が本人の意図さえ越えて五名の侍を翻弄する様は、相変わらずのシニカルぶりだ。

『忍法瞳録』
 志摩藩十鬼組の春蔵なる乱波が駆使する、人間の瞳に動画情報を記録するという不可思議な忍法・瞳録の術。この秘伝を奪うために遣わされた服部組の干潟甲兵衛は、だが不首尾のままむざむざ春蔵夫婦を死なせてしまう。それから十数年後、春蔵が遺児に施した「瞳録の術」は、数奇な運命を経て再生されることとなる――
 本巻ではあまり描かれなかった、流派の確執が齎す悲劇。風太郎流の「ロミオとジュリエット」と読むのは穿ちすぎだろうか?
『忍法死のうは一定』

 国内に留まらぬ夢幻の野望を伴天連に開陳した信長を急激に襲った臣下・明智光秀の軍勢――即ちのちに言う「本能寺の変」。己の迂闊さに歯噛みする信長の前に、神出鬼没たる果心居士が現れ、奇怪な提案をする。信長を女の胎内に隠し、この場から逃げおおせようと言うのだ。だが、この忍術には危険な副作用があった――
 例によって忍術の発想も素晴らしいが、これを信長に施す辺りが見事。他の人物では、如何なる傑物であってもこのような展開には至るまい。そして信長でさえ呑み込む宿命の恐ろしさ。また一方で本編は「不可避の未来を知る」という、人間の抱きがちな願望に痛烈な一撃を加えるものでもある。
 例によって作品同士で登場人物・設定などがリンクしており、それを読み解いて年譜を作成することも可能だろう。やってみたいようなやってみたくないような……。
 それにしても風太郎作品の結末には何と皮肉が、無常観が満ちていることだろう、と改めて思う。しかもその救いのなさをあまり感じさせない圧倒的な筆力。どれがいい、悪いなどと(殊本書に関しては)言いようがない。この優れた娯楽を堪能してくれ、と言うばかりである。
(1999/11/21)

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以下続刊(?)

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