Book Review 馳 星周編
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馳 星周『虚の王』
1) 光文社 / 新書版(カッパノベルス) / 2000年3月30日付初版 / 本体価格933円 / 2000年5月16日読了1996年、『不夜城』にてデビュー以降、『鎮魂歌』で推理作家協会賞、『漂流街』で大藪春彦賞を受賞、直木賞候補にも挙げられるなど目覚ましい活躍を続ける馳星周の長篇第五作。
新田隆弘は苛立っていた。かつては「金狼」というチームを率いていた一人だった。だが、ヤクザを刺して少年院入りしている間にチームは消滅、気づけば自分はヤクザの下っ端として、チーム時代に痛めつけたことのある紫原という男の下で覚醒剤を売り捌いている。欲しいものもやりたいこともなく、腹の底に鬱屈を溜め込んでいた。
橋本潤子は欲しがっていた。サポート校と呼ばれる学校の教師を務める彼女は、母が買い与えてくれなかった人形に面差しの似た桜井希生を、気づけば追っている自分がいた。
渋谷のクラブに迷い込んだ潤子は、希生との接触を試みていた隆弘に利用された。隆弘は希生を通じて、渡辺栄司という少年の素性を探ろうとしていた。隆弘の上役である紫原が、栄司が舵を取っているという、女子高生の売春組織を横からかすめ取ろうと企んだのである――だが、格別喧嘩が強そうでもない栄司が、明らかな恐怖でもって渋谷の少年たちを掌握している様を目の当たりにするうちに、隆弘の中で燻っていた何かが蠢き始めた。受け身でしか生きられない潤子は、隆弘と栄司、そして希生に引きずられるままに、性と暴力と欲望に塗れた日々に己を見失う。
やがて彼らは狂っていく。栄司という少年の、彼らとは全く異質な人種の虚ろな生き様に、じわじわと侵蝕されていく――相変わらずの強烈な暴力描写、だが馳氏の旧作と大幅に異なるのは、本書の登場人物の世代である。例によって広域暴力団の陰が見え隠れし、強大な権力の掌の上で弄ばれる人々、という図式は健在であり、そうした組織の奥にいる人間も描かれるのだが、表舞台に立つのは概ね法的に「少年」の括りで語られるか、つい最近までそこに属していた者たちだ。
昨今激増している、と言われている「少年犯罪」(私の観点からすると、報道や一般人が気づかなかっただけで、昔からあったような出来事も「凶悪な少年犯罪」の枠に含まれてしまっているだけで、決して全体数が増えたわけではないのだが――閑話休題)について、マスコミなどでは度々「理解に苦しむ」「無動機な犯行」という説明の仕方を用いるが、本書はそういう逃げ口上を使わずに、心理の闇を解き明かそうと試みている点が目新しい。数年前の事件来、純文学などで若年層の犯罪を描いた作品が増えているが、多分こうした切り口は初めてではないかと思う。近い世代間ですら存在する、認識や価値観の乖離。
旧作と較べると紙幅の割に規模が小さく感じられるのが難点だろう。扱われている犯罪の規模も対抗しようとする人間の器量も、格段に小さくなっている。相対的に、主題となる「虚」さも、器の縮小に伴って大きさが伝わりにくく、予想より迫るものがない。徒に拡大しかかった物語を、ラストで強制終了させたような印象があるのも戴けない。これはこれで一つの解答ではあるが、理想とは言い難い。
相変わらず闇へ闇へと直走る筋書き、短めのセンテンスを積み重ねていく文体などは芸風として完成しており、旧作を愛読した方なら抵抗なく読めるだろうが、代わりに旧作ほどの衝撃は受けないはず。ノベルスという手頃なサイズと価格からすると、これから馳を読んでみたいと考える向きへの入門書としては有用かも知れない。ただ、愛読者には言わずもがなのことだが、後味が悪いことは予め覚悟しておく必要がある。(2000/5/17)