Book Review 柴田よしき編

『書斎』トップページに戻る
『若おやじの殿堂』トップページに戻る


柴田よしき『桜さがし』
1) 集英社 / 四六判ハード / 2000年5月30日付初版 / 本体価格1700円 / 2000年8月5日読了

 中学時代以来の友人同士である四人の男女と彼らの恩師、五人の周辺で発生する不思議な事件の数々と、それを通して迷い、悩みながら成長し、自分たちの道を歩み始める彼らの姿を描いた、連作短篇集。

一夜だけ:村落で生活している、かつての恩師であり今は新進作家となった浅間寺竜之介の元を訪れた、歌義・まり恵・陽介・綾の、中学時代の同級生四人組。道中で立ち往生していた男女を助け、彼らと共に楽しい一夜を過ごした四人だったが、一月後、新聞の報道に絶句する。
桜さがし:まり恵と綾は早咲きの桜を眺めに訪れた円山公園で、一人の女性から京都の開花時期を訊ねられる。まり恵たちの返答に落胆し立ち去った女性の素性は、意外にも歌義が知っていた。その女性は自らの潔白を、遅咲きの桜ほ発見することに託していたのだ――
夏の鬼:中学時代の陽介への片想いを引きずったまま、先へ進めない綾。後輩の一ノ瀬に誘われて吉田神社の節分祭を詣でた綾は彼と意気投合するが、思いがけず言い寄られて激しく動揺する。暫くして退学してしまった一ノ瀬には、当時失恋したという噂があったことを知る。そしてまた時を経て、綾の身辺で奇妙な騒ぎが持ち上がる。
片想いの猫:陽介の恋は世間的には不倫と呼ばれるものだった。相手である夏美と東寺の骨董市をそぞろ歩き、二人は陶器製の猫の置物に目を惹かれる。つい先刻、失恋したばかりというその猫を、夏美は買い上げた。その事実が、歌義がバイト先の仕事として行っていた事件の調査に意外な貢献をすることになる。
梅香の記憶:二月の梅の林にて。歌義とまり恵が大きな溜息を耳にして振り返ると、そこにいたのはスーパーモデルとして知られる鈴原美々がいた。美々が婚約した身でありながら浅間寺と逢瀬を持ったらしい事実を耳にしていたまり恵は彼女を尾行しようと言い張り、そんな彼女と諍いになって歌義は一人その場に取り残される。だが、そこへ突如舞い戻った美々に声をかけられ、歌義は相談を持ちかけられた。
翔べない鳥:ペンギンが空を飛ぶなんてことがあるのだろうか。携帯電話からそんな疑問を綾に対して投げかけた直後に、歌義は暴漢に襲われる。歌義の働く弁護士事務所で請け負った民事事件に纏わるトラブルであることは容易に知れたが、その件の訴訟相手には、弁護士を深く恨む理由があったらしい。その鍵がつまり、空飛ぶペンギンだった。
思い出の時効:間もなく京都を離れ、年下の恋人のいる北海道に移り住む綾とともに、思い出を手繰りながらまり恵は京の街を散策していた。途中で出逢ったのは、草鞋の形をしたお守りを探す一人の女性。道を示したあと、そのただならぬ様子からあとを追った二人は、ショッキングな光景を目の当たりにする。その日を境に、まり恵と綾、歌義と陽介、四人は新しい道を歩み始めるのだった……
金色の花びら:山中で悠々自適の生活を送っていた浅間寺の元を、ふたたび歌義が訪れた。ある決意の元にまり恵が切り出した別れ話に困惑し、相談に来たのだ。囲炉裏を挟んで語り合ううちに、歌義の働く弁護士事務所で引き受けた事件が話題に上った。その事件に於いて、容疑者と目されていたのは、浅間寺もよく知る女性陶芸家であった。彼女を救うためには、「金色の花びら」の謎を解く必要があった――。

 短篇集ということで、いつもなら一本一本について評価するところなのだが、今回は各編に長短が共通していると感じたので、粗筋の外は以下に纏めて語りたい。
 物語の軸は、浅間寺竜之介という元教師と、その教え子たちの恋愛模様であり、作品集全体としては彼らの心象風景にその折々の風物を絡めた謎解きを交えた短篇で構成している。10代の頃の記憶や想いを引きずりながらも、少しずつ大人になっていく彼らの姿を、深い共感と共に描く本筋は得難い魅力に満ちており、ほろ苦くもその読後感は爽快だった。
 ただ、問題なのはミステリ部分と彼らの物語との絡め方である。『夏の鬼』を除いて殆どの「謎」は彼らの生活や人生とは別の処にあったものであり、主要登場人物たちはそれに巻き込まれる形で謎解きを行うことになる。つまりスタイルとしてはミステリにおける「探偵役」を、主要登場人物たち全員で演じているわけだ。この場合、ミステリのみを純粋に描いているのなら、謎が彼らの外側にあってもさほど違和感を抱かせないだろう。だが、困ったことに全体の主題はあくまで主要登場人物たちの人間関係やそれに纏わる懊悩にある。つまり、各編毎に「ミステリ」と「恋愛ドラマ」の二軸が交わらずに併存してしまっているわけで、その中途半端な融和が最後までこちらに妙な違和感を齎し続けた。
 また、ミステリ部分の謎解きも、殆どが風物に纏わる知識に依存してしまい、やもすると豆知識の披露だけに見えてしまうところが惜しまれる。ささやかだけにそれぞれの仕掛けには説得力があるのだが、短篇といえどももう一ひねり欲しいと感じることが多かった。
 間違いなく「ミステリ」ではあるが、トリックの解明によるカタルシスや圧倒的な論理展開の美しさなどを求めるべき作品ではなく、主題である四人の恋愛情景と、彼らの成長を促す「謎」との関わりを、京都の風物や空気と共にゆったりと味わうべき作品集。「胸キュン」な物語が好きならば必読と言い切るが、ミステリそのものの密度や精度を欲する向きには満足できないかと思う。そういう意味で、読み手を選んでしまった作品集でもある。

(2000/8/5)


『書斎』トップページに戻る
『若おやじの殿堂』トップページに戻る