cinema / 『エネミー・ライン』

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エネミー・ライン
原題:“BEHIND ENEMY LINE” / 監督:ジョン・ムーア / 製作:ジョン・デイヴィス / ストーリー:ジェームズ・トーマス&ジョン・トーマス / 脚本:デイヴィッド・ペローズ&ザック・ペン / 編集:ポール・マーティン・スミスG.B.F.E. / プロダクション・デザイナー:ネイサン・クローリー / 撮影監督:ブレンダン・ガルヴィン / 音楽:ドン・デイヴィス / 出演:オーウェン・ウィルソン、ジーン・ハックマン、ホアキン・デ・アルメイダ、デイヴィッド・キース、オレック・クルパ、ウラジミール・マシュコフ / 配給:20世紀フォックス
2001年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 字幕:林 完治
2002年03月09日公開
2002年09月01日DVD日本版発売 [amazon]
2004年06月25日DVD最新版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.foxjapan.com/movies/enemyline/
劇場にて初見(2002/03/21)

[粗筋]
 アドリア海。ボスニアで発生した紛争は停戦交渉の段階にあり、NATOによって派遣されたアメリカ海軍原子力空母の乗員たちの主な任務は偵察・監視活動だった。戦いに参加するために従軍したクリス・バーネット大尉(オーウェン・ウィルソン)にとって退屈極まりない任務であり、我慢の限界に達した彼は空母の司令官レズリー・レイガード(ジーン・ハックマン)に退役願いを提出していた。だが、レイガードはクリスの言動が軍人というものを正しく認識した上でのものではないと看破し、あと2週間で出るはずの帰還命令を待てと告げる。
 そんな折に訪れたクリスマス、クリスはレイガードの命令により相棒の操縦士スタックハウス(ガブリエル・マクト)とともにF−18に搭乗し、恒例の偵察任務に出た。条約でルートは定められていたが、航行中不審な部隊が地上に集結しているのに気付き、これが偵察任務であることを理由にルートを逸脱、機体に内蔵したデジタルカメラで撮影を行う。――だが、地上にいた部隊――セルビア軍のロカー(オレック・クルパ)率いる部隊もまた、条約に違反して集結し軍事活動を行っていた現場を目撃されたと気づき、すぐさまクリスらの操縦するF−18を砲撃した。自動追尾ミサイル三機に追われたクリスたちは、二機までは躱したものの最後の一発に被弾、墜落するF−18から脱出し、厳寒の山中にパラシュートで降下する。
 幸いにクリスはほぼ無傷だったが、スタックハウスは足に深手を負い身動きが取れない。峻険な山の窪にある草原で通信も行えず、クリスはひとり本部と連絡を取るために山頂に赴いた。草原のど真ん中でひとり待つスタックハウスの前に現れたのは――大量のセルビア人民軍。山腹でその様子に気付いたクリスが望遠鏡で窺っていると、一旦は何もせずに退却するかに見えたが、最後に留まったひとり(ウラジミール・マシュコフ)が、スタックハウスに何事か話しかけたあと、彼を射殺した――!
 混乱し山頂に走ろうとするクリスに軍もまた気づき、一斉射撃でクリスを追い立てる。弾薬の雨の中から命からがら脱出し、山頂付近にて母艦との通信に成功、合流地点の指示を受けるクリスであったが、母艦でも混乱が生じつつあった。折しも停戦交渉成立直前の時期、ルートを逸脱した挙句に敵地の中に墜落した戦闘機の乗員救出のために作戦行動を実施すればこれまでの努力が水泡に帰す。NATOのピケ提督(ホアキン・デ・アルメイダ)に救出作戦の停止を命じる。苦悩するレイガードだったが、国際的利益に奉仕するという軍の至上目的のためには従わざるを得ない。合流地点に到達し、再び連絡してきたクリスに対して、レイガードが出来るのは安全地帯までの移動を命じることだけだった。
 絶望的な状況であったが、もはや体力の続く限り逃げ続ける以外にクリスの生き延びる術はない。紛争地帯各所に仕掛けられた地雷とトラップ、そして機密漏洩を恐れたロカーの命で暗躍する追跡者を躱しながら、クリスは合流地点を目指す。果たして彼は、生きて母艦に戻ることが出来るのだろうか――?

[感想]
 監督は元々報道カメラマンとしてキャリアを積み、軍役を務めていた経歴もあるという。その為に、通常の戦争アクションとは微妙に印象が異なる。特に顕著なのは、プログラムにおいて樋口真嗣監督が詳細に解説しているが、僅か数分の中に宛ら職人芸術の如く大量のカットを注ぎ込んでいること(撃墜の一場面では、ミサイル発射から墜落までの3分ちょっとに176カットが挿入されている!)、そして通常の映画撮影用カメラを使用しながらも、ロングショットや手ぶれの演出を多用しドキュメンタリー映像のように見せていることである。この2点によって、元々監督らの経験と知識によって緻密に研ぎ澄まされたディテールに更なる深みと説得力が付与されているわけだ。撃墜シーンもさることながら、廃工場でのワイヤーによる罠の発見から敵との遭遇→敵のミスによる連鎖爆発に至るまでの、スローモーションとやはりロングショットによる爆炎とそこから逃げるクリスの描写、そしてクライマックスの戦闘(興を殺がぬために詳述は避ける)など、熱狂的なスピードの表現が秀でているが、同時に最初の敵集団との接近遭遇の際に衛星によるサーモグラフィ映像と現場の捜索風景とを交互に見せることでギリギリのサスペンスを高める手法など、スローペースの表現にも巧みである。長編映画は初めてというが、この監督なかなか侮れない。爆破と戦闘シーンの見せ方、それに細かなガジェットで皮肉や真実味を添える手管はいずれもムーア監督の起用があってこそだというから、本編の出来もさることながら今後の活躍にも期待が持てる。
 が、全体のプロットそのものはこれでいいのかと思うくらいにシンプルである。もうちょっと窮地を脱するときに機知を示すとか、錯綜した状況から脱出口が見えてくるとか、登場人物の行動の上で知的なエピソードを挟んでも良かったように思う。あと、クリスと敵側の人物に一瞬でも接触があり互いの顔が具体的に見える状況をいちど用意した方が、スリラーとしての緻密さはましたように思う――が反面、そうした突っ込んだ描写を避けたからこそ単純に戦場を舞台としたアクションのみを堪能できる作品となったとも捉えられ、ここらはスタッフの匙加減であり嗜好の問題でしかないだろう。てゆーか、ストーリー原案のふたり、最後でトンデモになってしまった『ミッション・トゥ・マーズ』の脚本担当だもんなー……
 アクション描写とその緊張感こそが醍醐味であり、その観点からすれば議論の余地なく最先端に位置する傑作。爽快な気分を味わいたいならどーぞ。

 それにしても、作中最後までジャージ姿を貫き、殆ど台詞らしい台詞も発せず追跡者に徹したキャラクターに名前すら与えないというのが何とも素晴らしい。この追跡者はロシアで著名な監督兼俳優のウラジミール・マシュコフという人物が演じている。更に暗くしたジョセフ・ファインズのようななかなか味わい深い風貌で、オーウェンら主演陣以上に惹かれるものを感じたのであった。

(2002/03/21・2004/06/21追記)


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