cinema / 『家路 Je rentre a la maison』

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家路 Je rentre a la maison
原題:Je rentre a la maison “家に帰る” / 監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ / 文芸顧問:ジャック・バルジ / 出演:ミシェル・ピコリ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジョン・マルコヴィッチ、アントワーヌ・シャペー、ジャン・ケルトジャン / 配給:alcine terran
2001年ポルトガル=フランス合作 / 上映時間:1時間30分 / 字幕:石上まゆみ(うろ覚え)
2002年03月02日公開
2002年12月20日DVD日本版発売 [amazon]
劇場にて初見(2002/03/02)

[粗筋]
 ジルベール・ヴァランス(ミシェル・ピコリ)は長いキャリアと演技力で地位を確立した俳優。その日もいつものように舞台に立ち、『瀕死の王』を演じていた。舞台を降りると、ヴァランスの代理人であり振るい友人でもあるジョルジュ(アントワーヌ・シャペー)が悲壮な面持ちで彼を待っていた。ジョルジュが携えていたのは、妻と娘夫婦が揃って事故に遭い、病院に運ばれたときにはみな手遅れだったという一報だった――
 だが、暫くするとヴァランスの生活は平穏を取り戻す。残された孫セルジュ(ジャン・ケルトジャン)の面倒は娘夫婦の生前から家政婦以上の働きをしてくれた女性に任せ、自分はそれまで同様に舞台に立ち、自分の信義に基づいて仕事を受けた。休日にはパリの街を散歩し気に入った靴を買い、孫と一緒に遊ぶためにラジコンを買う。けれど、ジョルジュは必要以上に気を遣い、共演の若い女優と交際してみろと唆したり、実入りは良くてもヴァランスのポリシーにそぐわない仕事を見つけてきた。加えて、折角買ったお気に入りの靴は間もなく金欲しさにヴァランスを脅したジャンキーに奪われてしまった。
 上辺を繕ってみても、老いと欠落感という綻びは消えない――ゆっくりと、自分のペースで生きるのは、とても難しかった。

[感想]
 粗筋の書きようがない。そして感想の述べようがない。
 優れた映画である、その表現は覆せない。ばらばらのシチュエーションを羅列したように見えて主張は一貫しており、ゆったりとしながら最後まで魅せてしまう演出技量は、スピード偏重のエンタテインメント業界と並べてみると老練であり、それでいてカットの組み立てには斬新さすら窺われる。しかし、いざ粗筋を説明しようとすると、これが驚くほどばらばらで、そのままでは統一感を見出せない。
 ただ、だからと言ってぼんやり観ていると損をする。ヴァランス行き付けのカフェでは、ヴァランスが席を立つと申し合わせたように同じ席に腰を下ろす、ビジネスマン風の常連がいる。が、ヴァランスが孫のお土産を携えてやって来たときは、彼がちょっと長めにコーヒーを楽しんでいたために別の席に座ることを余儀なくされる。間もなくヴァランスが立ち上がり、まわりを窺いながらビジネスマンがいつもの席を確保しようとすると、目の前で別の人物に座られてしまった、という具合に。本筋とは別のところで、「思いのままにならない生活」というシチュエーションが丁寧に盛り込まれており、その一貫性が格別なエピソードのない本編に筋を通しているのだ。
 娘夫婦と妻の死から始まるこの映画、普通に演出したなら悲劇とラストでの感動が期待されそうな物語である。が、展開はその悲劇を失念してしまったかのように淡々としている。まるで人の死を超越したかのように、あるがままを享受しようとする老俳優の姿をカメラはゆったりと追いかける。その意固地さがあるからこそ、ラストの僅かな台詞がこの物語と呼ぶにはあっさりとした物語に深い余韻を与えている。
 正直に言うと、終わったときは「ほんとにこれで終わりか?!」と思った。だが、家に戻り胸の中で幾度も反芻しているうちに、やっぱりこれでいいのだ、と感じられるようになった。劇場を出てからもゆっくりと、家路に就きながら味わうのがこの映画の見方のひとつ、だと思う。その場の感情でぐちゃぐちゃ言ってしまうのは、どーにも勿体ない。……まあ、もっとぶっちゃけて言えば、「入りそうにない映画だ」とも思ったのだけど。

 ちなみに、本編は紛うことなき「ミシェル・ピコリひとりのための映画」である。最初から最後までピコリの役者としての深い懐を見せつけられ、それに圧倒されっぱなしの一時間半と言っていい。日本人にも馴染みの深いビッグネーム、カトリーヌ・ドヌーヴとジョン・マルコヴィッチのふたりの名前が見えるが、両者ともあくまで華を添えるだけの立場なのだ。
 ――とは言え、それでもこのふたりの演技には異様な存在感と味わいがあったりする。ドヌーヴは冒頭、『瀕死の王』で王妃のひとりを演じる女優の役柄で、マルコヴィッチは米仏合作の映画『ユリシーズ』撮影のためヴァランスにバック・マリガン役を急遽依頼するアメリカ人映画監督の役柄で、短い出番ながらもやけに印象深い演技を披露している。彼らに限らず、ミシェル・ピコリのための映画といいつつも、数語の台詞しかない登場人物にも表情と個性が窺えるあたりが、現役最長老(92歳)という監督の面目躍如ではなかろうか。

(2002/03/02・2004/06/21追記)


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