cinema / 『RAIN』

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RAIN
原題:Bangkok Dangerous / 監督・原案・脚本・編集:オキサイド&ダニー・パン / 音楽・録音:オレンジ・ミュージック / 製作:ノンスィー・ニミブット / 製作総指揮:プラチャー・マリーノン、ブライアン・L・マルカー、アディレク・ワタリーラー / 出演:パワリット・モングコンビシット、ピセーク・インタラカンチット、プリムシニー・ラタナソパァー、パタラワリン・ティムクン、クーキアット・リィムパパット / 配給:KLOCK WORX
2000年タイ作品 / 上映時間:1時間46分 / 字幕:金丸美南子
2002年1月19日公開
2002年05月24日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.klockworx.com/rain/
劇場にて初見(2002/02/06)

[粗筋]
 コン(パワリット・モングコンビシット)は生まれつき耳が聴こえない。そのために、幼い頃は虐められ、長じても身寄りも友もなく寂しく暮らしていた。清掃員として働いていた射撃場で、標的にかつて自分を虐めた子供達の姿を投影して銃弾を撃ち込んだことから拳銃に惹かれるようになる。そうしてある日、殺し屋を生業とするジョー(ピセーク・インタラカンチット)と彼の恋人であるダンサーのオーム(パタラワリン・ティムクン)に出逢った。
 互いに共鳴するものがあったのか、ジョーはコンに殺人術を教え込み、一人前のスナイパーに仕立て上げた。耳が聴こえない分を他の感覚で補い、淡々と仕事をこなしていくコンは理想的な殺し屋だった。仕事で巻き込まれた銃撃戦によってジョーは右手の甲を撃たれ、彼の分もコンは働いた。やがてジョーはオームと破局するが、オームは組織とコンたち殺し屋とのパイプ役として、哀しい関係を続けることになる。
 ある日コンは熱を出し、薬局を訪れた。耳の聴こえないコンは簡単なコミュニケーションでさえままならないのに、薬剤師として働く少女・フォン(プリムシニー・ラタナソパァー)は懸命に彼に語りかけてくれた。触れてくれた掌に、コンは感じたことのない温もりを知る。翌日もコンは薬局を訪れ、一所懸命にアプローチし、終業後に彼女を家まで送った。暗がりで、しかも並んで歩いているために読唇術もうまく出来ず、フォンはフェルトペンでコンの腕に文字を書いて問い掛ける。家に戻ったコンは、自分の両腕に残った彼女の文字を、穏やかな表情で飽きもせずずっと眺めていた……
 優しい時間は、だが長続きしなかった。デートのあと、名残を惜しむように夜道を歩いていたコンとフォンは、ふたり組の強盗に襲われる。金目当てでコンの体をまさぐった強盗は、コンのズボンの裾に挟まった拳銃を見つけてしまい――コンは一瞬のうちにひとりを殺し、ひとりに重傷を負わせた。その様に彼の素性を悟ったフォンは、逃げるように走り去っていった……
 ……同じ頃、オームにも不幸が訪れていた。コンたちのボス(クーキアット・リィムパパット)に仕事を斡旋していたマフィアの男がオームに色目を使い、なびかない彼女に業を煮やして部下と共に彼女を襲ったのだ。震える彼女の姿に怒りを爆発させたジョーはマフィアに復讐するが、それを組織が見逃すはずもなかった……

[感想]
 ……こーいうのが見たかったんです。いやまぢで。
 音を知らない殺し屋がいたら彼はどのように任務を遂行するのか、どのように困難に対処するのか、何が彼を惑わせるのか――物語は丁寧にその可能性をなぞっている。自分を虐げた者への恨み以外何もなかった彼にとって唯一の温もりであった人々が殺し屋であったために、何の疑問もなくその道に足を踏み入れ充実感さえ覚えているように見える。その殺人シーンを、彼の世界とシンクロさせるように言葉数少なく、場面によっては音を一切排除して撮しており、狂ったようなカット割りによって、派手な爆破やアクションを殆ど使わずに緊張感と興奮を巧みに煽る。
 同時に、一種残酷と喩えたくなるほどに、殺し屋を無垢な青年として描いているのが出色だ。自分を育て上げたジョーとその恋人にしか心を開くことがなかった彼は、フォンの純粋な思い遣りに初めて温もりを感じ惹かれていく。並行して迫り来る悲劇によってやがて彼は今まで目を向けることのなかった現実を知り、どうしようもなく哀しい結末に突き進むことになるのだが、それもこれも彼があまりに無垢で、一心にジョーとオーム、そしてフォンを想うが故に選んだ道なのだ。
 全て必然的な道筋を辿っているために、物語の骨子はシンプルで見る先から展開が読める(というのはすれた人間の言葉かも知れないが)。だが、ただ順を追うだけではない物語の見せ方、インパクトを心得た色使い、細かく刻むような画面演出、静と動とを見事に使い分けた音響などなど、表現の端々に鋭いセンスが閃くようで気を逸らさない。
 そうして、予定調和と言いきってもいい結末に辿り着くのだが、解りきっていてもこれ程涙腺を刺激されるとは思わなかった。ラストについては、兎に角見て涙ぐんでください(深川の涙腺は固い)とだけ記しておくとして、実は一番胸に来たのがオーム退場の一幕。これも出来れば自分の目で確かめていただきたい。
 アイディアを極限まで活かすために純化されたシナリオ、それを過激だが堅実に演出する映像と音楽。今年に入って鑑賞した作品はいずれもどこかしら秀でた部分がありハズレという感触はなかったが、ここまでクリーンヒットを喰らったのは初めてである。公開期間が三週間程度しかなかった、という現実が哀しくなるほどいい作品。たとえ否定されても私は推す。取り敢えず現時点で、『息子の部屋』『ムーランルージュ!』など世評の安定した作品以上に買っております。うあーもう一回見てー!

『RAIN』は邦題、恐らく日本人の嗜好を考慮したもので、原題は『Bangkok Dangerous』――多分タイ語では更に別の表現をしているのかも知れないが、ともあれ今後国際的には『RAIN』とした方が宜しいのでは、と思うほど作品の哀切さに馴染んだ名タイトルである。

 それにしても流石にタイ語はまっっったく理解できません。いや英語だって満足とは言い難いですけどね、それでもいい加減基本的な会話やニュアンスぐらいは把握できますし、フランス語・スペイン語も系統が同じですからなんとなくは解るんですけど、この映画の言葉はもはや異星の言語を聞かされているようです。何より、人名がどーいう構造になっているのかがさっぱりです。上の主要スタッフ一覧を作りながらも頭の中には?マークが群れ飛んでいるのでした。何でこんなに長いの? そのくせ何で本編の名前はそんなにあっさりなの?

(2002/02/06・2004/06/19追記)


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