cinema / 『竜馬の妻とその夫と愛人』

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竜馬の妻とその夫と愛人
原作・脚本:三谷幸喜 / 監督:市川 準 / 製作:富山省吾 / 撮影:小林達比古 / 録音:橋本泰夫 / 照明:中須岳士 / 編集:三條知生 / 音楽:谷川賢作 / 出演:木梨憲武、鈴木京香、江口洋介、中井貴一、橋爪 功、トータス松本、小林聡美 / 配給:東宝、博報堂
2002年日本作品 / 上映時間:1時間55分
2002年09月14日公開
公式サイト : http://www.ryoma.so-net.ne.jp/
劇場にて初見(2002/09/22)

[粗筋]
 幕末維新の寵児として新時代の扉を開いた男――坂本竜馬(トータス松本)。だが彼は自らが切り開いた新時代を目にすることなく、慶応三(1867)年に刺客の手で斬殺された。改革への功績のみならず、初めて写真機の前に立ち、初めて新婚旅行というものに出発し、様々な伝説に彩られたこの人物の生涯はつとに知られている――だが、肝心の恋女房、おりょう(鈴木京香)のその後はどうだったのだろう?
 明治13(1880)年、勝海舟(橋爪 功)らは坂本竜馬の十三回忌を催すことを決める。その会合の席で、久し振りにおりょうの行方が取り沙汰された。おりょうの妹きみえ(小林聡美)を娶り、生前の龍馬とも親交の深かった菅野覚兵衛(中井貴一)は勝の命を受け、西村松兵衛(木梨憲武)と再婚したおりょうの暮らす横須賀に向かう。
 かつて大店の若旦那であった松兵衛はすっかり零落し、覚兵衛から紹介された洗濯屋の仕事も首にされて今はテキ屋稼業と内職で細々と食いつないでいた。そればかりか、肝心のお龍は夜毎に酒屋で男を侍らせ、松兵衛と一緒に暮らす長屋を度々空けている。松兵衛の落魄ぶりにも、おりょうの自堕落な暮らしぶりにも失望する覚兵衛だったが、何よりいけなかったのは、この時期におりょうがひとりの浮気相手に入れあげていたことだった。
 男の名は、虎蔵(江口洋介)。松兵衛と同じくテキ屋稼業だが、横須賀一帯のテキ屋をまとめ上げ男振りも格段に良く、何よりその言動や思想に竜馬と相通じる点が多い。松兵衛という男がおりょう――竜馬の恋女房を娶ったことに納得しているわけではないが、竜馬の名を背負った女の身持ちが悪いのも更に外聞が悪い。十三回忌への参加を固辞するおりょうを説得するために頻繁に横須賀通いを続けながら、覚兵衛は彼女の心を松兵衛に振り向かせようと懸命の努力をするが一向に埒が明かない。
 そして十三回忌も近づいた秋、おりょうは暴挙に出た。北海道の屯田兵に志願するという虎蔵についていくと――要するに駆け落ちする、と言い出したのだ。

[感想]
 これだけ映画道楽が高じても、2年間を通して見た国産実写映画は僅かに6本。DVDを入れてもやっと10本前後だろう。本編の原作と脚本を担当した三谷幸喜の監督作品は2作ともDVDで鑑賞しているが、市川 準監督の作品とはまるで縁がない。従って、市川作品としてどうなのかは評価しがたいのだが、三谷幸喜作品としては――氏の監督2作よりも完成度が高い。
 三谷作品の特徴であると同時に欠陥ともなりうる事実に、登場人物が多い点が上げられる。監督作品である『ラヂオの時間』も『みんなのうた』も、いちおうの主要人物はいても個性の強い脇が林立して喜劇的な空間を作っているのだが、同時に展開を煩雑にするという弱点もつくっている。本編では、相変わらず無名の脇役に梅津 栄や嶋田久作など贅沢な俳優を使っているとは言え、物語を動かしているのは松兵衛、覚兵衛、おりょう、虎蔵の四人に絞られている。あとは空気作りに貢献していても、決して物語のなかで激しく主張しない。その為に、コメディ的な部分も恋愛ものらしい心模様も、複雑に絡み合いながらかなり明快に描かれていて、入りこみやすくなっている。この辺りは、原作である舞台がもともと少人数のキャストを前提に作られたものであったことが幸いしていると言えるだろう。
 三谷作品は昔から役者に恵まれている傾向があるが、本編もメイン四名の演技が際立っていた。映画畑で確かな実績を重ねてきた鈴木京香にムードメイカーの役割を着実にこなす江口洋介は無論のこと、本編では木梨憲武の貢献が特に大きい。主な活躍の場であるバラエティ番組で見せる表現力は端倪すべからざるものがあったが、本編ではその巧さを遺憾なく発揮し、情けなくも一途で、不思議な魅力を放つ道化を完璧に演じ、映画出演十数年振りとは思えぬ堂々たる主役を演じている。作中の大半で木梨の相方を務め、まるで往年の名コンビの如き息のあった遣り取りを披露した中井貴一との再共演も含めて、今後も銀幕での活躍を期待したくなる。
 ときおり挿入される、時代の空気を伝えるかのような細かなカットと、一場面を2つ・3つ程度の視点からじっくり描く手法のために、全体にやや間延びした印象があるが、寧ろコメディだからと言って変に駆け足にならない、落ち着きすら感じられる作品に仕上がっている。キャラクターに執着せず、しかし説得力のある変貌を巧みに描いたことで、ただのコメディではない――そう、一本筋の通ったラブストーリーを創出している。
 とは言え、私が最も秀逸と感じたのは一切決着したあとの「下げ」である。坂本竜馬が登場しない竜馬の物語、として本懐を遂げたといってもいい、見事な着地。あまりに見事すぎて、ラブストーリーとしての余韻を最後になってコメディ部分がうっちゃってしまった、とさえ感じられるが、いやなに、これを疵と考えるならはじめから合わないのだ。
 竜馬の功績は日本人が一番良く実感できるものだけに、海外でも通用すると言い切れないのが悲しいのだが、個人的にここ数年で見た国産映画の中でいちばんの名作と思う。本稿ではコメディ部分を高く買っているが、実はラブストーリーとしてもかなり上質の試みを成功させているのだ。
 しかし、見終えたときに何よりも実感したことは――トータス松本、本当に美味しいとこさらってったな、というものだったりする。その理由は御自身で確かめていただきたい。

 今回余談はあんまりないな〜……と思ったが、ひとつだけあった。
 この作品、予告編ではBGMとして英語の歌謡曲が用いられていた。明治を舞台とした本編の何処で使うのか、とちょっと楽しみにしていたのだが、結局欠片も登場しなかった。使われればテロップで曲名もアーティストも解るよな、と油断していただけに余計悔しい。一体誰の何という曲だ。

(2002/09/22)


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