cinema / 『スパイ・ゲーム』

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スパイ・ゲーム
監督:トニー・スコット / ストーリー原案:マイケル・フロスト・ベックナー / 脚本:マイケル・フロスト・ベックナー&デイヴィッド・アラタ / 音楽:ハリー・グレッグソン・ウィリアムズ / 出演:ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット、キャサリーン・マコーミック、スティーヴ・ディレイン、ラリー・ブリッグマン、マリアンヌ・ジャン=パティスタ / 共同提供:東宝  / 配給:東宝東和
2001年アメリカ作品 / 上映時間:2時間8分 / 字幕:戸田奈津子
2001年12月15日公開
2002年07月25日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://spygame.eigafan.com/

[粗筋]
 冷戦も終焉間近の1991年、香港。蘇州刑務所でコレラが確認され、その検疫のために刑務所内に進入した救急車の中に、CIA諜報員・トム・ビショップ(ブラッド・ピット)の姿があった。彼は仕事中に故意に感電事故を起こし刑務所の電力を止め、自らは仮死状態を装って内部に侵入、ある人物を救出する手筈であった。だが、些細なミスから水際で事態が発覚、トムは中国政府に囚われの身となった――
 その事実を、トムの師匠であるネイサン・ミュアーは早朝の電話で知った。職場に急行したネイサンは早速上層部に呼び出され聴取を受け、同時に極めて厄介な事態となったことに気付く。今回のトムによる作戦行動の主旨を、CIA上層部が把握していないのだ。折しもアメリカ大統領の訪中を控え、諜報員絡みの摩擦は極力避けたい、という上層部の意向は、即ち24時間後には実施されるであろうトムの処刑を、CIAが看過するという通告に他ならなかった。
 善後策のためにトムの行動の真意を把握する必要が上層部にはあり、その為にネイサンは会議室でトムとの馴れ初めから現在までを語ることとなる。その一方でネイサンは、自らがCIAに招聘し育て上げながらも袂を分かった愛弟子を救出するために、CIA内部を暗躍する。今日この日を限りにCIAを引退するはずだったネイサンは、本部から退出したその瞬間に、CIA職員としての権限を一切失う。上層部の執拗な妨害、限られた予算、そして刻一刻と迫る処刑の瞬間。過去を顧みながら、かつて伝説と呼ばれた男が古巣に対して仕掛ける最後の戦いが幕を開ける。

[感想]
 トニー・スコット――兄リドリー・スコット(『グラディエーター』『ハンニバル』の監督)とともにCM製作会社を設立してショービジネス界に参入した。『トップガン』、『クリムゾン・タイド』の監督。経験豊かで冷静沈着なベテランと、才能と意欲に満ちた若手との対立・交流を描かせて一流の腕前を持つ。また、考え抜かれたストーリーとその扱いにも定評がある。
 ロバート・レッドフォード――60年代のハリウッドを代表する二枚目俳優としてデビュー。プライベートを明らかにせず、スクリーンでも謎めいたヒーローを一貫して演じ続ける稀代のスター。役者としての活動に留まらず、『普通の人々』で監督業にも乗り出し数々の賞に輝く。同時にサンダンス映画祭などを主宰し若手の発掘にも意欲を見せ続ける。
 ブラッド・ピット――現代ハリウッドを代表するトップスター。下積みを経て、前述のレッドフォード監督作品『リバー・ランズ・スルー・イット』にて知名度を高めた。瑞々しさと血の気に満ちた若者を演じさせて一級、だが同時に徹底した汚れ役を演じても異様な魅力を放ち、若手きっての演技派俳優としての地位を確立する。良作を見抜く嗅覚に優れ、『セブン』『snatch』など出演作のレベルはいずれも高い。
 広告で前面に押し出されている三者の経歴について言及した。この三人が絡んだというだけで自ずと期待は高まろうものだが、なにぶん実物を見るまでは解らない。高すぎる期待とそれ故の不安とを綯い交ぜにした心境で、先行レイトショーの会場に足を運んだのだが――
 ……参りました。すごい。
 前述の通り、トニー・スコット監督はベテランと若手との対決や交流を描いて定評があり、緻密な心理戦・頭脳戦を視覚的に見せる手腕でも知られている。この両者をうまく溶け合わせた秀作が、ジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントンが対決した『クリムゾン・タイド』であるが、本編の印象はそれに近い。ただし、密室であった『クリムゾン・タイド』に対して本編はメインがアメリカと香港、だが主役2人の過去を描くために舞台が世界規模で拡がっている。また、『クリムゾン・タイド』が主導権を持つ人物2人の対立として描かれながら群衆劇としての性格を濃くしていたためヒーロー不在であったのに対し、本編はレッドフォード演じるネイサン・ミュアーが自分の職場であるCIAを相手取ってひとり(実際には秘書や各国の協力者にそれとなく接触しているわけだが)戦いを始めるという構図を選んだため、否応なくヒロイックな雰囲気が高まっている。
 この対決の構図に緊迫感を与えているのは、ネイサンが物語の一日を最後に引退する身分であるという事実だ。CIA本部に入る際、ネームプレートとIDカードとを手渡されるが、帰りにそれらを返却した瞬間、ネイサンはCIA職員としての権限を一切失う。同時に今日付けで引退する彼の行動範囲は既に限定されており、ネイサンは幹部達の目を誤魔化しつつ人脈に接触し行動を起こさなければならない。極度に制約を受ける中、遙か遠隔にいるブラッド・ピット演じるトム救出のプランを実現させるか――目的と圧倒的な障壁とが明確であるからこそ、シンプルながら緊迫感漂う頭脳戦を映像の中で演出することが可能になった、と言える。しかも、この筋書きと決着とに不自然さがなく、随所に鏤められた伏線が最後で一気に結実して思わず快哉を挙げたくなるほどなのだ。回想シーン以外では閉じ込められて殴られっぱなしのブラッド・ピットと較べて、役柄であるとはいえレッドフォードの何と颯爽たることよ。
 対するブラッドの見せ場は、全て会議室でネイサンの口を借りて語られる過去に集約されている。ブラッド・ピットが幾度も演じた、才能と意欲に満ちた若者像に若干辟易したが、その成長の過程と師であるネイサンとの関係の変化などに説得力を与える演技には改めて感服させられる。レッドフォードの一人勝ちのように見える本編だが、やはりブラッド・ピットの演技というエッセンスなくしては成立しない作品なのだ。
 そして、作品演出。こちらも堅実さと大胆さとが共存し、観る側を飽きさせない。取り分け面白いのは、回想シーン、ドイツでの計画のあとネイサンとトムが何故かビルの屋上で口論する場面を、同じ舞台に据えたカメラと旋回するヘリコプターからのカメラというふたつのポイントから撮影したあたり。計画における展開に動揺し憤りビルの周縁を忙しなく歩き回るトム、不幸な顛末にも関わらず泰然とし中央のベンチから一度も腰を上げないネイサン、激しく転換する視線がこのふたりの感情の温度差を示して、その後の事件への伏線を大胆にしかも巧みに演出している。ここに限らず本編では空撮を多用しているが、その大胆な視点の変化がツボを突いていて実に巧いのだ。オペラ風の旋律を取り入れたり、現在と過去を入れ替える際にロックを使ってみたりと捻りの利いた音楽も作品を引き立てている。
 兎に角、否定するところが殆ど見つからない。表情、小道具、カメラワーク、台詞のひとつひとつに至るまで気の利いた伏線に満ち、これぞスパイ映画と呼ぶべき圧倒的な頭脳戦の果てにこの上ないカタルシスが待ち受ける。まさに理想的な、今年度最大の収穫と断言しよう。これ一本と出会えただけで、この一年間映画館に通い詰めた甲斐があったというものです。いやまじで。

 本編は公開前にアメリカ同時多発テロ・報復戦という有事に突入してしまい、試写会ではロードショーが可能かどうか観客にアンケートを採る、という下調べを行っている。結果は、大半が「問題なし」という判断だったそうだ。事件の記憶を喚起するような場面を極力排除した、という悪条件こそ背負ったものの、私も何ら問題はないと感じた。そもそも創作の世界と現実とは切り離して考えるべきものだし、それがエンタテインメント、しかもスパイ行為よりもスパイとしての宿命と葛藤と、そして師弟の絆を描くことに執心した本編を、安易な比較検討で無視してしまうのはあまりに勿体ない。

(2001/12/9・2004/06/18追記)


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