cinema / 『ヴィドック』

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ヴィドック
監督・脚色:ピトフ / 脚本・脚色:ジャン=クリストフ・グランジェ / キャラクターデザイン:マルク・キャロ / 音楽:ブリュノ・クレ / 出演:ジェラール・ドパルデュー、ギヨーム・カネ、イネス・サストレ、アンドレ・デュソリエ / 配給:Asmik Ace
2001年フランス作品 / 上映時間:1時間38分 / 字幕:寺尾次郎
2002年1月12日日本公開
2002年07月05日DVD日本版発売 [amazon]
公式サイト : http://www.vidocq.jp/
劇場にて初見(2002/01/26)

[粗筋]
 1830年7月、王政と民衆との不和が最高潮に達し暴発寸前の剣呑な気配を纏ったパリを、『ヴィドック死す』の一報が駆け巡った。
 フランソワ・ウージェーヌ・ヴィドック(ジェラール・ドパルデュー)は極めてドラマティックな半生を送ってきた男である。犯罪者として投獄、脱獄をも経験したのちに、ある時期からパリ警視庁のスパイとして働きはじめ、やがて治安維持関連のセクションを率い警視総監から感謝状を賜るほどになった。不安定な国情のために解雇され、工場経営に失敗するという苦い経験のあと、世界で初めて私立探偵事務所を開設し、そうした半生を綴った著書はベストセラーとなっている――既に世間に知られる存在であったのだ。
 発端は2週間前に遡る。ヴィドックと相棒のニミエ(ムサ・マースクリ)が共同で経営する事務所を、かつてヴィドックを解雇した警視総監ロートレンヌ(アンドレ・デュソリエ)らが訪れた。先日、ふたりの人物がほぼ時を同じくして落雷の直撃を受け焼死した。犠牲者のひとりベルモン(ジャン=ボル・デュポワ)は兵器工場の責任者、もうひとりのヴェラルディ(アンドレ・パンヴェルン)は化学兵器の製造に貢献する学者。自然現象とはいえ、政治にも深い関わりを持つふたりの死に謀略の匂いを嗅いだ警視総監は、有能なアウトローであるヴィドックに全額前払いで捜査を依頼する。
 ヴィドックはニミエと共に兵器工場を訪れ、洗濯係に聞き込みを行った。幾ら落雷に見舞われたからといって、手の施しようもないほど火が点くことは滅多にない。ヴィドックが睨んだとおり、ベルモンの背広を洗濯する係であった男は事件の当日だけ、血文字でしたためられた手紙に命じられ背広に手をつけていなかったのだ。遺留品の検証に向かったヴィドックたちは、ベルモンの着衣が細工され、燃えやすい状態となっていたことを確認する。このとき、帽子の底を探ったヴィドックは、金色の奇妙な髪飾りを発見する。それは、東洋人の装いをして観衆を魅惑する踊り子プレア(イネス・サストレ)がつけたものだった――
 ヴィドックの伝記を執筆するという青年エチエンヌ・ボワッセ(ギヨーム・カネ)と警視総監、ふたりが別々にヴィドックの足跡を辿る。その先に覗くのは、鏡の仮面を嵌めた悪魔であった――

[感想]
 本編の監督ピトフは『エイリアン4』のセカンドユニット監督やリュック・ベッソン監督『ジャンヌ・ダルク』の特殊効果を担当した人物であり、元々その映像感覚を評価された人物である。今回が初の監督ということだが、確かに画面作りは斬新で、宛らフランスの美術をそのまま動画にしたような奇妙な感覚を齎す。この辺は、あの『スターウォーズ エピソード2』に先んじて採用されたソニー謹製のデジタル24Pカメラの功績もあるだろう。表情の肌理から滲む汗の粒に至るまで精細に捉え、撮影後に徹底したCG処理による調整を施せるメリットを、監督が最大限に活用したわけである。人物の顔を斜め下から見上げ輪郭が歪むほどに接近して見せたり、道路や対象人物を真上から撮影してみせたりと特徴的なアングルを多用し、画面全体や空の色調に細かく手を入れた幻想的な映像、それこそ本編最大の見所だろう。
 では、シナリオはどうか?――正直、突っつくことは幾らでも出来る。そもそも犯人が一連の殺人に至った真の動機がいまいち不透明である(あんな手の込んだことをしなければ発覚しなかったんじゃないのか)、行動や謎解きに充分な伏線が張られておらずミステリという観点から承伏しかねる展開が多い(釜戸のこととか、犯人の弱点のこととか、細かく言及するとネタバレになるので避けるが)、などなど。だが、それらは真実の論理的解明などに焦点を絞って評価した場合に出る嫌味であり、一種の怪奇冒険物語として捉えた場合ほぼ過不足なく、映画としても程良い尺に纏められた佳作ではなかろうか。そもそも、この映画はヴィドックと鏡の仮面との派手なアクションシーンから始まる。このアクションシーンひとつを取っても、ふたりとも何らかの武器を帯びているはずなのにそれを活用することなく、アクロバティックな格闘術でのみ相手に対しており、動作ひとつひとつにしても宛ら過激な舞踏のようで見せることに特化しているのは明らかなのだ。このくだりひとつをとっても、合理性よりも画面の美麗さやムードに重きを置いた作品を狙っているのが解る。
 一旦怪奇ものと割り切って見始めれば、殆ど不満は感じられない。グロテスクなガジェットもきちんと盛り込まれ、映像感覚こそ斬新ながら全体にはきっちりとした様式美が根付いている。演出にやや中弛みが認められるという難もあるが、98分という短めの尺もあってなかなかの娯楽作品に仕上がっていると言えよう。

 粗筋では未来の話となるため触れなかったが、ヴィドックという人物は実在の人物でありながらフィクションへの貢献が多大であり既に実像が曖昧になるほどに数多の虚像が存在する。『レ・ミゼラブル』のモデルとなり、バルザックの作品にも登場し、何よりその存在がエドガー・アラン・ポーにインスピレーションを与え探偵小説萌芽のきっかけともなった。最近では藤本ひとみや笠井潔の小説にも登場しているそうな。

(2002/01/27・2004/06/19追記)


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