cinema / 『裏切り者』

『cinema』トップページに戻る
『若おやじの殿堂』トップページに戻る


裏切り者
原題:The Yards / 監督:ジェームズ・グレイ / 脚本:ジェームズ・グレイ、マット・リーヴズ / 音楽:ハワード・ショア / 出演:マーク・ウォルバーグ、ホアキン・フェニックス、シャーリズ・セロン、ジェームズ・カーン、フェイ・ダナウェイ、エレン・バースティン / 配給:Asmik Ace
2000年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 字幕:松浦美奈
2001年11月23日公開
2002年03月21日DVD日本版発売 [amazon]

[粗筋]
 レオ・ハンドラー(マーク・ウォルバーグ)は刑期を終えて、ただひとりの肉親である母・ヴァル(エレン・バースティン)の元に帰った。親友のウィリー(ホアキン・フェニックス)らチンピラと連んで色々な悪事に手を染め、その末に自動車泥棒のかどで収監されたレオであったが、出所を機に有益な人間になろうと決意、叔母・キティ(フェイ・ダナウェイ)の再婚相手であるフランク・オルチン(ジェームズ・カーン)が経営する地下鉄整備会社エレクトリック・レールに就職の道を求める。
 フランクはまずレオに専門学校に進むよう薦め、手に職を付けてから正式に就職するべきだと諭したが、レオは一刻も早く母を支えられる人間になりたがった。自分同様に技術はないが羽振りのいいウィリーと同じ仕事がしたい、と考える。ウィリーもまた親友を引き立てたいと考え、フランクにキティ、それにキティの娘でありウィリーの恋人であるエリカ(シャーリズ・セロン)が顔を揃えた食事の席で自分の相棒になってもらう、と公言した。
 翌日、レオはウィリーに連れられ、地下鉄整備の権利を分配する入札の現場に立ち会う。エレクトリック・レールはライバル会社であるウェルテックから作業妨害の嫌疑を掛けられていたが、交通局の幹部は一蹴しそれまで通りエレクトリック・レール寄りの決定を下す。入札の直後、廊下でふたりはウェルテックのヘクトル・ガヤルド(ロベルト・モンタノ)に呼び止められ、落ち目のエレクトリック・レールからウェルテックに移れと誘うが、ウィリーは断る。その背中に、ヘクトルは捨て科白を投げた。「どう頑張っても、俺達は白人にはなれない」
 ウィリーの仕事とは、即ち裏工作だった。交通局の幹部らに賄賂を手渡し、暗い部分を知る者を懐柔し、そしてライバルの仕事を妨害する。レオはある夜、ウィリーに呼ばれて深夜の操車場に向かう。そこにはかつての仲間を含むチンピラ達が屯していた。訳も解らぬまま暗い操車場の真ん中まで連れ込まれたレオにウィリーは見張りを命じて、自らは管理室に向かう。戸惑うレオの前で、チンピラ達は日中ウェルテックが作業をした車輌に細工を施している。彼らにとっていつもの仕事の筈だったが、操車場の主任はその日に限ってウィリーからの賄賂を拒んだ。ウェルテックがより多くの札びらをちらつかせ、主任を陥落させていたのだ――思わぬ事態に、ウィリーは動揺した。一方、レオもまたたまたまやってきた警官に職務質問を受け、応えようもなく逃走・抵抗する。そしてあとには、管理人室にひとつの屍体と、前後不覚となった警官が転がるばかりだった……
 ただ有益な人間になりたいと願っていた、それだけの純粋な男・レオの人生は、この日を境に大きく軌道を変えてしまった――

[感想]
 鑑賞したのは12/15。色々あって感想を書くのが遅くなりました。ので細部の記憶が曖昧であることを御了承下さい。間違ってたらごめんね。
 近年珍しい、硬質な社会派ドラマである。現実に80年代のアメリカを震撼させたという地下鉄業界での汚職事件に取材し、アメリカの暗部を切り出しながら同時にある一族の崩壊と再生を描いている。
 娯楽としても鑑賞に値するが、それ以上に社会派ドラマとして洗練され研ぎ澄まされた感があった。単純な汚職の構造と崩壊とを描くのではなく、家族や恋人という関係の崩壊と再構築とを平行して描きむしろそちらを主軸として見せることで、暗部を見せつけられたが故の重苦しさのみならず深い余韻を齎している。輻輳した人物関係にも拘わらずシンプルにその心情が納得できるのは、演出技量以上に若手と大ベテランとが競い合うように名演を披露した結果と言えよう。取り分け、自らの立場とレオとの友情の間で煩悶するウィリーを演じたホアキン・フェニックスの巧みなこと。
 演出面でも、レオが刑期を終えて地下鉄で自宅に向かう場面から始まり、全てを終えて悄然と自宅に帰っていく場面で物語を括り(しかもエンディングクレジットには、地下鉄が去りゆく音を挿入する気の配りよう)、頻発する停電を巧妙に演出に応用しながらそれを最後に伏線として機能させたりと、気が利いている。それ故に非常に小綺麗に纏まってしまい、突出した部分がなく決定的なインパクトに欠いたのが、美点であると同時に最大の弱点だろう。
 もうひとつ特徴的なのは、ハリウッド製であるが故に「正義が勝つ」結末でありながら、不思議な痛みを伴う深い余韻を感じさせること。ある意味御都合主義的なクライマックスに、それまでの人間関係のある収束を取り入れることで、従来の社会派ドラマとは微妙に異なるインパクトを齎している。
 多くの観客にアピールし空前のヒットとなる作品でも監督でもなく、ひっそりと評価され玄人から賞賛を浴びるタイプの作品。でもひと月足らずで撤退というのはあんまりではなかろうか、と思わせるだけの力は感じさせる、実は得難い佳作。……わけのわからん物言いで申し訳ない。

(2001/12/22・2004/06/18追記)


『cinema』トップページに戻る
『若おやじの殿堂』トップページに戻る