星空のリベンジ

 

平成14年11月4日-5日

釣四郎は悩みまくっていた。

先々月、神奈川県馬堀海岸にタチウオ狙いで釣行したのだけれども、穏やかだった海は夜になって北風が段々強くなり、仕舞いには強力に吹きまくり、その影響で波飛沫をザップンザップン被って、しかもレインウェアは着ていたものの基本的に夏装備だったものだから寒いのなんの。トドメはバラシ一発の丸ボウズと来たもんだ。翌朝、リベンジを心に誓って海水でグッチャングッチャンになった靴を引きずりつつヨロヨロと釣り場を後にした。

10月一杯釣四郎は出張で釣りに行けずに精神がガタガタになって帰って来た。当然脳ミソの中は何処に釣りに行くかで一杯になっている。そんな状態で帰って来た正にその日曜日の夜、以前三崎港で知り合ったルアーマンからメールが届いた。

それによると馬堀海岸でタチウオが絶好調らしい。コイツは何が何でも行かなきゃあ!。釣四郎はそのメールを天の声と確信した。幸い5日の火曜日に休暇を取っていたのだ(一ヶ月間無休で働いた当然の権利だい!!)。

例の天の声メールによると、時合いは夜中から朝方にかけてらしい。であれば暗くなってからの出撃で十分と思い日中はペットの亀の世話やらでゆっくりと過ごした。そして防寒着などドカドカバックに詰め込んで、いよいよ出撃と言う時になってTVの天気予報がとんでもない事を言い出した。

「神奈川県に強風注意報!」

な、何だとおー!?。釣四郎の脳裏に先々月の馬堀海岸の波飛沫が鮮明に甦った。

前回の馬堀海岸は演歌の海だった

急いでネットを開いて詳しく見てみると、なんてこったい、あろう事か波浪注意報まで出ているじゃあないか!。

しかし風はそれほどでも無さそうだ。と言う事は前回のような事にはならないのかな?。いやいやまてまて、あそこは北風に特に弱い場所だけれども予報ではその北風だ。いやまてよ、いやいやそーじゃない。いやいやまてまて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

と悩んで、元々皺の少ない釣四郎の脳ミソは擦り切れてプルンとした剥き卵寸前となって来た。

そうしているうちにハタと気が付いた。馬堀海岸のすぐ近くには大津港があるじゃん。電車で二駅も行けば浦賀港だってある。よおしOK、避難場所確保!。悩んでいても魚は釣れん!。とにかく行ったれ!!。 釣四郎出撃!!!。

こうして釣四郎の馬堀海岸タチウオリベンジが決行された。

 

夜の馬堀海岸は予報通りやや風はあるものの穏やかであった。しかも釣り人は釣四郎ただ一人。ふと見た足元には魚をシメた後と思われる血糊がベッタリ。ルアーマンからの情報は大正解のようだ。あとはこれ以上風が強くならない事を祈るのみ。

この釣り場は、すぐ後ろに道路が海岸と並行に走っており、その街灯で明るい。足場はゴロタだけれども、それは人工的なモノで歩きやすく敷き詰めてある。このゴロタの真ん中にコンクリートで道のようなモノが道路脇の防波堤から海へ延びている。どうやら下水か何からしい。

釣四郎はこのコンクリートの上を今夜の釣り座とした。

21時50分ファーストキャスト。しかし気合はまだまだセーブしてのキャスト開始。本番は日付が替わってからなのだ。

釣り始めて30分くらいたった頃、「そりゃあっ」とキャストした瞬間ロッドにガンと衝撃が走り、「ブチッ」と言った感じの音と共にセットしたあったマールアミーゴが闇の彼方へすっ飛んで行った。

「ゲゲゲッ、ラインブレイク!?」

原因はダブルラインがガイドに引っかかってしまった事にあった。最近時々起こる現象だ。皆さんこう言った現象は起こりません?。おそらくリーダーの結び方がヘタクソなのだろうと思うのだが・・・。

そしてエライ事に気が付いた。リーダー用のラインを忘れて来ちゃった。クッソー、ファイヤーライン18ポンド直結しか無いじゃん。えーい仕方が無い。

それから黙々とキャストしていた23時過ぎ頃、釣四郎の眼の隅っこに何かの気配が映った。「?」っと思って振り返ると斜め後ろ10メートルほどのゴロタ場に何かがボーッと立っていた。「ハッ」として凝視すると携帯を持ったアンチャンであった。

すごくビックリした。一瞬見ちゃあいけない世界のモノを見ちゃったかと思ってビビッたぜ。釣四郎は大抵の場合夜の釣り場を一人で徘徊しているけれども、実はソレ系の話にすこぶる弱いのだった。

どうやら釣り場の下見だったらしく何処かへ消えちゃったと思っていたら、暫らくして二人で再登場してゴロタ場に入った。

まったくもってどうでも良い事だけれども、どうやらカップルのようで、釣っているのはアンチャンだけでオネエチャンの方は携帯でおしゃべりしているようだ。

この辺が釣四郎にはどーも判らん。デートには厳しい環境だと思うし、なんで二人でバラバラな事をして楽しむ事が出来るのだろう。ホントにどーでも良い事で大きなお世話だけれどもね。

23時30分頃、ヒョイヒョイヒョイと引いて来たバイブレーションが、後ろに有る道路の街灯に照らされて明るくなっている足元の海面直下を小気味良く泳いで戻って来るのが見えて来た。ピックアップ直前、そのバイプが急に止まった。

「はて、岩に根掛かったかな?」

しかし、そのバイブは左右にクンクンと揺れ動き、ロッドには生命感が僅かに伝わって来る。

「へっ、魚?」

「そりゃっ」と半信半疑で抜き上げると、重さと共に細長い何かが空中に踊った。それは正しくタチウオであった。アタリも引きも何にも無し。あまりにもあっけ無い、けれども記念すべきタチウオファーストゲットの瞬間だった。

コンクリートの上の置かれたタチウオは、特徴的な背びれをウネウネと妖しく動かし、街灯に照らされた魚体はギラギラとメタリックな輝きを放っている。

しかしあんな目の前で、しかも岸から1メートルも無い所で食って来るとは思わなかった。驚きの釣四郎である。

どうやら群れで動いているらしく、向うのカップルのアンチャンにも来たようだ。天の声情報では夜中の2時ころからアタリが出始めたとあったのだけれども、今夜はチョイト早目らしい。

ルアーをソフトルアーに替えた。

アタリが頻繁に出だした。が、モゾッとかコツッとか行ったようなショートバイトの連続だ。かなりデリケートな魚らしい。

ゴンゴン!

よっしゃああ!

ガシッとアワセを入れるとグインとロッドが曲がりガンガン引いてドラグが鳴る。無茶苦茶強力な引きだ。

「おおおっ!、もしや大型シーバスでは?」

と思った瞬間フウーッと軽くなった。

えーっつ!?、バ、バラシてしもたあ!。くっそーっ!!

と、失意と共にリールを巻いていると何だか変だ。

グングン。

「ありゃりゃっ?、まだ付いている?。」

足元まで寄せて来た時再び猛烈に抵抗し始めた。

「なんだこの魚は!?。」

それを「えいやっ」と強引に引き抜く。相当の大物と思っていたけれども、先ほどとあまり変わらない70センチオーバー。

初めてのタチウオファイト。強力なファイターなのか諦めが早い魚なのか、強靭だけれども直ぐに疲れちゃう魚なのか、何だか良く判らないヤツだ。

 

クククン!

よっしゃあ!

バシイッとアワセを入れるとスカーッと抜けた。

??????

ラインを切られたあ!?。

魚の重さも全く感じなかった。例の印象最悪、ギャング面、口の中全部がドラキュラのキバとも思えるあの歯にラインが触れたらしい。まるで剃刀がズラリと並んでいるようだ。「これは注意しなければ!」と思うのだけれども、どうにも注意しようが無いじゃんか。正に運次第と言うところか。リーダーを忘れて来ちゃったツケがこんな処で出てしまったようだ。

正面遠くに見える東京湾の反対側、内房に有るプラントの明りの遥か上空にサーッと星が流れた。

「おお、吉事!。」

そう言えば今夜は星が綺麗だ。空気が澄んでいるのだ。すっかり初冬の空気だ。何時の間にか風も治まった。ラッキー、出撃時の悩みはなんのそのだぜ。

しかーし、順調に続いていたアタリが途絶えてしまった。恐らく群れが移動してしまったに違いない。それと同時にカップルルアーマンも消えて行った。

次の群れが来るまで辛抱のキャストが続く。黙々とキャストを繰り返す釣四郎。

3時を過ぎた辺りだっただろうか。微かにモゾッと言った感じのアタリが伝わった。

おお、群れが来たのか!?。

暫らくしてガガンと力強いアタリが来た。

バシッとアワセを入れると例によってガンガンにロッドが曲がって引きまくる。

乗ったぜー!!

フウーっと引きが無くなってもガムシャラにリールを巻く。もうすっかり慣れちゃった特徴的なファイトスタイル。するとまたガンガンと引く。楽しいぜー!!。ヨイショと引き抜いてバッチリゲットオ!!。これも70センチオーバー。このサイズが今夜ここのレギュラーのようだ。

さあ次だ、次!。

しかし群れが薄いのか食い気の問題か中々来ない。時々ショートバイトは有るけれどフッキング出来ない。

ゴン!

ヨッシャア!とアワセをブチ込むとグッと重さを感じた次の瞬間テンションがフッと消えた。正真正銘のバラシである。ルアーを回収して見ると、ソフトルアーのシッポが食いちぎられていた。

そう言えば昔、横浜本牧でライブベイトでシーバスを狙って居た時、餌のサッパがタチウオに食いちぎられて胴体を半分にされた事があったっけ。タチウオは太刀魚と書く。英語ではサーベルフィッシュと言うそうな。それは姿の事だけでは無く、その歯の切れ味の事も言っているのあるまいかと思ってしまった。

ルアーをセットし直して再びキャスト開始。

コココン

よっしゃあ!

ビシイイッと力強くフッキングをかます釣四郎。

スカーーーーッツ

ドヒーーッ!。また切られたあ!!!!。

くっそー、こんなに簡単にラインを切られるとは思っていなかった釣四郎はジグヘッドを二つしか持って来て居なかった。

ならば再びバイブじゃ。幸いラパラのバイブを持って来ていて助かった。ヤワな構造のルアーではあっと言う間にボロボロになっちゃうだろうからね。

バイブでは釣果とフッキング率が若干落ちる気がするが、それでもタチウオのガンガンの引きを味わう事が出来た。

夜明けが近づくと地元のルアーマン達がワラワラとやって来て騒がしくなった。時間は5時を回った頃だ。最後の強烈な引きを堪能した後、釣四郎はロッドからリールを外した。

情報では夜明けにシーバスが釣れ出すとの事であったけれども本日は平日なのだ。釣り道具と防寒着をギュウギュウに詰め込んだ大きなバックを抱え、通勤ラッシュの電車の中でヒンシュクに満ちた冷たい視線攻撃を受けつつモミクチャになりたく無い釣四郎は夜明け前に馬堀海岸を後にした。

今夜の釣果はタチウオ8本。アタリは無数にあった。タチウオの引きはムチャクチャ強烈ですんごく楽しめた。もっとメジャーな陸っぱりルアー対象魚になっても全然おかしくないと思われるのだが、船からのジギングのイメージがまだまだ強い魚だ。欲を言えば途中で手前に走らずに最後まで強力にファイトしてくれればアドレナリン噴出爆出なんだけれども。

何はともあれ大満足のタチウオリベンジ。情報をくれたルアーマンに大感謝の夜であった!。

 

追記

今回、釣り場に到着する前に上の写真のお茶を買って持って行った。見ての通り寿司屋の湯飲みをデザインしたお茶カンで、お魚の名前がビッシリと書いてある。もしかしたら今回のリベンジにはコイツが効いたのかな?。