番外編 長崎で鯛釣り

平成15年12月14日

 

クリスマスソングが世間様の隅々に水か空気のように染み込んで来て、街中が何処もかしこもサンタクロースとトナカイに占領されていた頃、勤勉でマジメで働き者の釣四郎は遠く長崎の地において、過酷で悲惨な激務の嵐の中でヘロヘロのピーのヨレヨレのパーとなっていた。

それもようやく山を越え、やっと楽になって来た頃「釣り」の話が沸いて出た。船釣りでしかも餌釣りだけれども、いいかげん脳味噌がグッチャングッチャンになっていた釣四郎はあっと言う間にその話に飛びついた。まるでコマセに誘い出されるウブなお魚のよにね。

そんな訳で釣四郎は久しぶりに船釣りをやる事とあいなった。

 

日曜日の早朝、関東の釣り舟と比べると明らかに見劣りするその船は、我々を四つん這いでなければ動けない狭い船室に押し込んで、まだ暗くて静かな港を滑るように走りだし釣り場に向かった。

グゥイーーーーン、ズゥイーーーーン・・・・・、グラアアアアアアアアアアア・・・・・・・。

外海は東シナ海からのウネリか、遠く日本海からのそれか、はたまた遥か紅海からのものなのかは解らないけれども、その動揺は想像を遥かに上回り、ようやくエンジンがスローになり釣り場に着いた頃には、釣四郎のヤワな胃袋は既にヒクヒクと小さな痙攣をおこしていた。

冬眠から覚めた蟲のように狭い船室から這いずりでると、周囲は未だ陰鬱に暗く、空には今にも泣き出しそうな重い雲がドッシリとのしかかっていて、海は青暗く澄み、遥か彼方からのウネリが不規則な波動となって海面を揺らしていた。

上下左右にゆっくりだけれども大きく揺れる船の上を、船長は素早くチャカチャカと動き廻り、我々の為の道具や仕掛けを準備したりと忙しく飛び回っているのだけれども、釣四郎はそれを横目に、冷えた空気を肺に深く取り込みながら、なるだけ遠くのギザギザに乱れた水平線を観るようにしていた。しかしながら、それでも釣四郎の胃袋は胃液の外部放出を強く希望しており、脳裏に「早くゲロして楽になっちまいな」と言う何処かで聞いたような台詞がチラチラと瞬いた。

「それもそうだな」

素直に賛同した釣四郎は、スススウーーーッと皆とは反対方向に移動してこみ上げる酸っぱい液体を憂鬱の海にブチまけた。二度三度と苦痛を伴う内臓の激しい収縮の後、釣四郎は何とか立ち直り、気分一転演歌の海、漁師の海、男の海へと立ち向かった。

さて、遅くなったけれども釣り方とターゲットを説明しよう。

釣り方は浮き流し。ターゲットはタイ及び青物。

「浮き流し」

関東では全く未知の釣り方で要は浮き釣りなんだけれども、しかしながらこれがまた・・・・・。

浮が何と1メートルもありやがる。釣四郎は釣り竿かと思ったぜ。浮き下約30数メートル。道糸の末端に天秤とオモリ付きコマセカゴをセットし、その先に6メートルほどのエダハリスを着ける。針数は3本。

餌はアミ。コマセも付け餌と同じアミを使う。

船は流さないで錨でその場に固定し、仕掛けを潮にまかせて100メートルも200メートルも流してゆく。

何なんだこの釣りは・・・。豪快にして無茶苦茶やでまったく。

 

釣四郎が手にしているモノはロッドではない。なんと、これが「浮き」なんだよ。

へたなバスロッドよりも長くて太いぞ!。

今回の同船者は我々のチーム5人だけの貸切状態。

メンバーは、元航空自衛隊の「松」氏。小柄だけれども驚くほどのタフガイだ。釣四郎なんぞとは基礎体力が根本的に全然違っている。流石は自衛隊出身者だぜ。

次は、おだての「光」氏。この人の言葉に、つい調子に乗ってその気ななってしまうと大変な事になっちゃうので要注意だ。彼の巧みな話術は仕事ばかりでなく、プライベートでもすこぶるその威力を発揮しているらしい。

「渡」氏。彼の強引で強力で前方12時の方向しか見ないで突き進む仕事ぶりには脱帽だ。日曜の夜中だろうが何だろうがお構い無しに電話して、色好い返事が聞けるまで電話を切らない、切らせない強引な根性。しかも初挑戦の仕事と言うから驚いちゃう。

さて年齢不詳の「永」氏。普段は常にムッツリなので機嫌が悪いのかなと思うのだけれども、どうやらこれが普通らしい(確かに、毎日夜中の2時3時まで仕事してりゃあムッツリ顔になるわね)。何かの拍子に笑顔を見せると、これがまた子供のように人懐っこい純粋無垢ではにかむような顔となり、ほんまに同一人物かいなと思わせられる。恐らく20代前半だろうと思っていたのだけれども、聞くところによると全然違っていたのでビックリしちゃった。

そうして、あっと言う間に船酔いモードに突入してしまった釣四郎。

この5人が今回の突撃隊員なのだけれども、全員この浮き流し釣法初体験ときていた。

いったい、どうなる事やら。

釣四郎を除く突撃隊員。

こうして改めて見るとムサイね。

船長が一人一人に釣り方や電動リールの説明をしつつ仕掛けをセットしてくれた。釣り始めの頃は丁度潮止まりの時刻で浮きが流れず、釣りが出来るのは船の前後に釣り座を構えた2人だけだったが、しばらくすると釣四郎達にも釣りOKの合図が出た。

釣四郎もアミを針に付け仕掛けを下ろした。

と、隣で釣っていた「光」氏の電動リールが唸った。ロッドも重そうに曲がっている。

早い!。釣四郎は思った。「PEラインを通して、言葉巧みに魚を寄せたのではあるまいか?。もしかしたら、この人はコマセ不要の釣り人ではあるまいか?」と。

釣四郎が差し出したタモに収まったのは見事な大サバだった。そうして、このサバは「クソおやじ、騙しやがったな!。」、と言わんばかりにハリスをグチャグチャにしてしまった。

この反撃により「光」氏は暫く釣り再開不能となった。

釣四郎の浮きは、少し船から離れたかと思うとまた船べりへとよって来て、暫くするとまた離れ、またまた寄って、てな具合でなかなか流れて行かない。

餌交換の為に電動リールのスイッチをオンにした。

ウイーーーーーーーン、ガクウン。

グググググッ・・・・・。

????????。

何だか判んないうちに判んないモノが来ちゃったよ!。

タモに収まったのは立派なカツオ。

釣四郎は初めてカツオを釣ったけれども、電動リールじゃあつまんないね。リールにパワーが有り過ぎて魚のファイトと言えば良いのか、やりとりの醍醐味ってヤツが全然感じられなかった。

釣四郎のカツオも「これでも食らいやがれ!」と3本枝ハリスをグチャグチャにしようとしたけれど、そこはこう言う時だけ狡猾な釣四郎、そうなる前にササッと長いハリスを風下に流しておいた。おかげで釣四郎は直ぐに手前マツリを解いて戦闘に復帰出来た。

だがしかし、そのささやかな手前マツリを解く僅かな時間、どーしても手元を注視しなければならず、釣四郎の三半規管と胃袋はまたもやグラグラになっちゃった。そうしてアミの匂いを嗅ぎながらのコマセ詰めと餌付け。

来た来た来ちゃいましたあ。

自前のコマセ放出ううう!。

放出の合間を縫って餌を付け投入。

けれども、どうやら潮が逆になっちゃったらしくて浮きが船から離れない。そんな訳で船の逆サイドへ移動。

今度は投入した浮きがゆっくりと船から離れてゆく。

何度かの投入の後、そう・・・100メートルくらい向うに浮きが離れただろうか。

既にマッチ棒のように小さくなった浮きがスポッと水中に引き込まれた。

んんん?。

直後、大きなウネリがやって来て浮きの沈んだ水面を一瞬視界から消し、再び現れた水面にはやはり浮きは無い。

大きくロッドをあおって電動リールスイッチオン!。

ウイーーーーーン。

グンと曲がるロッド。

ふっふっふ、やったね。

重暗い水底から浮かび上がって来たその魚は、薄紅色に輝いた正しく鯛だった。嬉しい、確かに嬉しいけれども、しかしながらやはり電動リールの悲しさ。昔、ハナダイを釣ったけれども、あの時の方が引きを楽しめた。

鯛を釣り上げた釣四郎

 

数十メートルの深さから電動リールの高速でかつ強力な力で引っ張り揚げられた魚は、水面まで来た時にはもう息も絶え絶えで、何の抵抗も出来ずタモに収まる。

まあ何はともあれ「」。いや良かった。

この時も釣四郎は素早くハリスを処理して直ぐに戦線に復帰した。

直ぐにグチャグチャになる3本ハリスを捨て、1本針に変えて順調に数を伸ばした「光」氏。流石にヤルね。
ロッドを大きくあおりながらコマセを撒いて数を伸ばした「松」氏。流石は元ジャパニーズディフェンスフォース隊員。攻撃的な釣りだった。

遠くに流れてゆく浮き。段々見つめるのが辛くなって来た。船酔いもあるけれども、それにも増して眠い。釣四郎は座らずに立って釣る事にしたけれども、どうにも眠い。先ほどまで周りでもバタバタッと釣れたけれども、今はどの浮きもユラユラと潮に身を任せるのみになっている。

もーダメだ。リタイヤ。

釣四郎は激しい睡魔に屈して狭いキャビンへと潜り込みタイムアップまでミノムシのように蹲り浅い睡眠を貪った。

 

久しぶりの餌釣りで、目標魚を釣る事が出来たけれども何かが足りなかった。

そう、魚を掛けた直後の興奮、爆発的絶頂感。静から動への一瞬の転換。空白と化す思考。言葉にするのは難しいけれども、そんな何かが欠けていた。

シーバスも電動リール同様、魚を掛けてからの勝負が早い。だけれどもその短い時間の濃さが違う。シーバスはルアーから逃れようとジャンプし頭を激しく振り、走り、潜る。ルアーマンは彼の抵抗に即座に対応し、ロッドを寝かせ、ドラグを調整し、いなし、かわし、時には強引に勝負に出る。

ここが違う。釣四郎にとってこれは決定的で絶対的な違いなんだ。

そんな事を思いつつ、今回の釣行を終えた。

釣った魚は、何本かを今回の釣行の為にお世話になった方にプレゼントして、残りを皆で食ったけれども、それは美味かった。

鯛は勿論、カツオのタタキにサシミは絶品だった。

ちなみに、船長の話しでは3月が良いらしい。深場から大物がドカドカ入って来るとの事。と言う事は、今回我々が釣った魚は、此処では小物と言う事か?。恐るべし長崎の海。

 

今回お世話になった釣り宿「なぎさ」さんのホームページ。皆さんも長崎で浮きを流してみますう?。

http://www.fnqc.co.jp/ship/nagisa/a.html