第1章 6: 国王の紋章


  階段を上がるとそこは「祠の跡」でした。見たところ魔王城があった頃とほとんど
 変わりがないようですが、以前あった「神秘の床」のところが真っ黒に焼かれていて、
 試しにそこに立ってみましたが「声」はどこからも聞こえてきませんでした。
  「ディアーザの野郎・・・ どうやら大魔道師の言ったことは本当らしいや。さて、結
 界の一番強い場所を探さなきゃな・・・ 」
  そうです。レオンが言った通り「結界の一番強い場所」に‘スラックの護符’を貼
 ってディアーザの行き先を示す‘何か’を手に入れなければなりません。
  「『行けば判る』って爺さんは言ったよな・・・ ちぇっ、ちっとも判りゃしねえよ。」
  レオンはとうとうスラックのことを「爺さん」と言い切ってしまいました。それは
 ともかく、何とかして「結界の一番強い場所」を探さないことには、何のためにココ
 まで来たのか分からなくなります。試しに、怪しそうな場所で片っ端から‘スラック
 の護符’を「使用」してみましたが何も起こりませんでした。
  「その‘スラックの護符’ってのは本当に為に成んのかな? ただの紙っ切れじゃ
 ねえのか。」目的をなかなか達成できず、レオンも相当イラついているようです。そ
 れにしてもこの男、本当に大魔道師スラックを尊敬しているのでしょうか。
  スラックのことより、勇者はあのサイモンのことを考えていました。「出口で待っ
 てる」と言っていたはずなのに、その姿はどこにもありません。
  「ん? 出口? ということはココは出口じゃない・・・ 」勇者は考えました。「と
 なるとどこかに出口か、出口に向かう道がある。」
  勇者は一旦‘スラックの護符’を道具袋に収め、以前の「神秘の床」だった場所を
 「調べて」みました。すると・・・ 隠し階段が現れました。
  「まだ、先があったのか・・・ 」レオンが多少ウンザリした表情で呟きました。

  階段を下ると南へと向かう道がありました。「ラント東の洞窟」の‘一本道のフロ
 ア’と同じく左右にマックル像が整然と並んでいました。堂々と進む2人の前にモン
 スターは全く出てきませんでした。道はやがて西へと向きを変え、又、南へと向きを
 変えました。そしてしばらく行くと・・・ あのサイモンが立っていました。
  「よくここまで辿り着いた。思ったより早かったね。 ほう、‘祝福の花’も持っ
 て来たのか。さすがはスラック翁が選んだだけのことはあったようだ。」
  「ココが出口なのかい?」レオンが尋ねました。
  「この先が出口になる。さて、その護符を貼らなきゃいけないんだね。それはその
 椅子の背もたれに貼ってくれないか。」
  「何だよ、この小汚ねえ椅子は?」レオンの遠慮のない質問にもサイモンは静かに
 答えます。
  「以前、私が座っていた椅子だよ。」
  勇者はその椅子に見覚えがありました。確か、魔王城の中にあった玉座の椅子だっ
 た筈です。「あそこに座っていたって・・・ 一体誰なんだこの人は」 勇者の心を読ん
 だかのようにサイモンが答えました。
  「元々、あの城はグランデ国王、つまり私の城だったんだよ。おっと、これは失礼
 した。」そう言うとサイモンは体から光を発し、レンクルから元の姿であるマックル
 ロードへと姿を変えました。
  「今、私たちがいるこの島がひとつの国、つまりグランデ王国だったんだ。グラン
 デ王国は南にあるラントの町とともに世界中から人々が集まる、活気に溢れた国だっ
 たんだよ。元々、このグランデ大陸は気候にも恵まれ、作物も良く育つ良い土壌を持
 った大陸だったこともあるがね・・・ 」
  「お・・・ 王様であらせられられもうたので・・・ でしゅか。」目を真ん丸くして、驚
 いたレオンが慣れない敬語など使ったものですから、変な言葉になりましたが意味は
 通じたようです。
  「昔のことだ。そんなに恐縮しなくても良いんだよ。今はただのサイモンなんだか
 ら。話を続けても良いかな?」
  「は・・・ はい、どうじょ・・・ 」
  「ありがとう。そしてある日、あのディアーザがやって来たんだ。」サイモンの顔
 が急に険しくなりました。「ディアーザは、先ずラントの町を焼き尽くしたあと、東
 の洞窟をモンスターの巣窟に変え、そしてわが国にやって来た。もちろん、グランデ
 王国の兵士たちは勇敢に戦ってくれたのだが、結局は戦いに敗れてしまった。ディア
 ーザは清楚な城を一夜にして巨大な魔王城に造り替え、挙句の果てには、この大陸に
 一隻の船も着岸できぬよう海岸を岸壁と岩礁に変えてしまったんだ。」辛い思い出が
 甦ったのでしょう、しばらくサイモンは黙っていましたが、再び重い口を開きました。
  「私は王として最後まで戦うつもりだったが、側近達に半ば無理やり城の外へ引き
 ずり出されてしまった。私はそのあと側近たちを他の国の王に預け、いつかは君達の
 ような若い勇者がディアーザを倒しに来ると信じて『最後の祠』と『ラント西の祠』
 を造った。ディアーザに壊されないように、どちらにも結界を張ってね。」
  「え? ということは大魔道師スラックとお知り合いなのですか。」どうやら落ち
 着きを取り戻したレオンが尋ねました。
  「私が王位に就くよりもずっと昔からの友人だよ。共に大魔道師を目指して修行を
 積んだものだ。さあ、その護符を早く・・・ 」
  サイモンに促され、勇者は‘スラックの護符’をグランデ国王の椅子に貼りました。
 すると、護符は椅子の背もたれに吸い込まれるように消えていきました。
  「うん、これで良い。これでディアーザの行き先はコイツが教えてくれる。」と言
 ってサイモンは椅子に飾ってあったグランデ国王の紋章を取り外し、勇者に手渡しま
 した。「そいつは、ディアーザが辿っていった跡を君たちに教えてくれる筈だ。よく
 見てごらん、真ん中がコンパスになっているだろう。君たちがディアーザの残した妖
 気に近付くと、紋章が光ってコンパスの矢印が妖気の動いた方向、つまりディアーザ
 の向かった方向を教えてくれる。」

  勇者は「国王の紋章」を手に入れました。

  「あ、それから‘祝福の花’はラントの花職人に渡しなさい。その花はいつの日か
 きっと君たちの役に立ってくれると思うよ。さあ、もうココには用がない筈だ。早く
 行きなさい。」
  サイモンに促され、2人は出口へと向かいました。2、3歩歩いたところでレオン
 が振り返り、サイモンに尋ねました。「あなたはこれからどうされるのですか? ま
 たグランデ王国を築けば良いじゃないですか。」
  「王として多くの民を死なせてしまった以上、再び玉座に座るつもりはない。私は
 亡くなった人達のために、ここで静かに祈り続けることにするよ。」そう言ってサイ
 モンは初めて2人に会った時と同じように音もなく消えました。

  「さようなら。」2人はサイモンに別れを告げ出口へと向かいました。

                                   つづく




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