第2章 10:
「龍の国王と宝玉の袋」



  勇者が話し掛けると、閃光が走り・・・ 
 勇者たちと『ブラックドラゴン』のバトルが始まりました。が、ブラックドラゴン、と
 いうより、ブラックドラゴンの正体が話を始めました。勇者たちはとっくに臨戦態勢に
 入っています。

  「ぬーーっ! 貴様ら、どうやってここまで来おった! どうやって水門を開けた!
 も、もう少し・・・ もう少しでエンシェントどもの身体を、我のものにできたというのに、
 どこまで・・・ どこまで我の邪魔立てをするのだ! く、くそっ・・・ この身体では貴様ら
 と戦うだけ無駄か・・・ 何ということか、我が・・・ 我が闘わずして去らねばならぬとは・・・
 おのれーーっ! この屈辱を我の力に変え、貴様らに後悔という言葉を骨の髄まで叩き
 込んでやるからなっ! わ、忘れるな・・・ 絶対に忘れるでないぞ! 我は魔界の王・・・
 魔王ディアーザ・・・ そもそも、貴様らマックル如きが手の届く存在ではないのだ! い
 つの日か必ず、必ずや復活し・・・ 貴様らを地獄の底に送ってやるわっ!!」
  と、ここで突然バトルが終了し、倒れた『ブラックドラゴン』の身体から黒い霧が立
 ち昇りました。やがて霧はひとつの塊になり、西の方へ飛んで行きました。
  と、同時に、勇者の道具袋の中の‘国王の紋章’から光が消えました。

  「何や、長々と・・・ 『貴方たちには敵いまへん、ほな、ごめんなさい。』て、言うと
 るだけやないかい。」モンクが西の方をもの凄い形相で見ながら言いました。
  「『どうやって水門を開けた』とか申しておったな・・・ ということは水門を閉めおっ
 たのはディアーザだったのでござるか。」戦士が真実に気付きました。
  「水門を閉めたら、どれだけの人が困るか分かりそうなものなのに・・・ ディアーザと
 はそういうことを平気でやる奴なんですね。しかし、あのスラック翁でさえディアーザ
 の仕業だとは気付かなかった・・・ 目の付け所といい、閉めたタイミングといい、悪知恵
 だけは一級品ですね。」僧侶でさえも、怒りを隠し切れませんでした。
  「そうか・・・ マックル族を捕らえさせたのは、この国の‘異変’が外へ漏れるのを防
 ぎたかったのか・・・ でも、誰も傷付けずに済んで良かった」勇者だけは王と戦わずに済
 んだことでホッとしていました。

  一部始終を見ていた衛兵が、慌てて倒れたブラックドラゴン・・・ いや、国王の許に駆
 け寄り、王を抱きかかえ玉座に座らせました。暫くすると、部屋の外にいた衛兵たちも
 集まり、皆が王を心配そうに見ていました。
  王が意識を取り戻すのに、さほど時間は掛かりませんでした。よほど強い精神力を持
 っていたのでしょう、衛兵たちを見るとにこやかに微笑み、「心配はいらぬ。余なら大
 丈夫だ。下がっていなさい。」と言って、衛兵たちを少し下がらせました。
  「いや、しかしここ数日の記憶がない・・・ 余はいったい何をしたというのだ。」
  王の言葉に、衛兵のひとりが、ここ数日のことを王に話しました。話を聞いた王は・・・
  「何と! 余がそのようなことを・・・ 即刻、地下牢を開けなさい。」と衛兵たちに言
 いました。そして勇者たちのほうを見て「あなたたちが、私の身体から悪霊を取り除い
 てくれたのですね。本当にありがとうございました。」
  突然、国王から丁寧なお礼を言われたので、勇者たちはびっくりして、思わず直立不
 動の体勢になりました。
  王様が勇者たちに「あの悪霊は何者なのですか?」と尋ねられたので、勇者が黒い霧
 のことを王様に説明しました。すると王様は「あれはディアーザだったのですか、ディ
 アーザはてっきり消えてしまったものだと思っていましたが・・・ それで、あなたたちが
 あの黒い霧を追っていらっしゃるのですね。」
  「あれ・・・ 王様、王様の身体が・・・ 」僧侶が何かに気付いたようで、皆が王様の身体
 を見ました。何と、王様の身体の色がそれまでの黒から青に変わっていました。龍の国
 王はブルードラゴンだったのです。
  「はっはっは、そうか、あなたたちは黒い色をした私しか見ていなかったでしょうか
 ら、ご存知なくても致し方ありません。如何にも私はご覧の通り、普通のブルードラゴ
 ンですよ。この国の王位は力の強さや世襲で決めるのではありません。ま、ですから私
 のような未熟者でも王になれたんですけどね。」なるほど、龍の国王は城の外で聞いた
 ように、決して威張らず、国民に心から慕われているというのが、僅かな会話の中で勇
 者たちにも充分理解できました。
  「ま、私のことはともかく・・・ あのように黒い霧であっちこっちに飛ばれては、たと
 えまた見付けたとしても、ディアーザを退治するのは困難でしょう。そこであなたたち
 にお見せしたいものがあります。」と言って、王様は衛兵のひとりに何やら持って来る
 ように命じました。
  衛兵が持って来たのは、どこからどう見てもただの壺にしか見えませんでしたが、衛
 兵は大事そうに抱え、受け取った王様もその壺を慎重に扱いながら勇者たちに言いまし
 た。「この壺は‘悪霊喰らいの壺’というわが国に古くからある壺で、いつからあるの
 か、誰が作ったのかは定かではありませんが、とんでもない力を持っている壺なのです。
 この壺を悪霊に近付けるだけで、悪霊はこの壺に吸い込まれ、やがて完全に消滅させら
 れてしまいます。ただ・・・」
  「ただ・・・ 何ですか?」僧侶が聞き返しました。
  「まだ、これをあなたたちにお渡しする訳にはいかないのです。」王様が言い難そう
 に答えられました。「まだ、今のままでは見たままのただの壺でしかありません。この
 壺に悪霊喰らいとしての力を発揮させるには、4つの宝玉が必要なのです。」
  「4つの宝玉?」勇者たちが声を揃えて聞き返しました。
  「‘天空の宝玉’‘地平の宝玉’‘水平の宝玉’‘深層の宝玉’の4つです。これら
 4つの宝玉は、この世界のどこかの洞窟に納められています。その洞窟がどこかは判り
 ません。それに、手に入れた宝玉は特別な袋に入れないと、洞窟を出た瞬間に元の場所
 に戻ってしまいます。」
  「特別な袋?」また、勇者たちが声を揃えて聞き返しました。
  「この袋ですよ。」と言って王様が勇者に差し出しました。「あなたたちにお願いが
 あります。4つの宝玉を手に入れて、私の許へ持って来て頂けませんか? 本来、私が
 行かなくてはならないのでしょうが、私の力ではとても洞窟の中に入って行くことはで
 きません。」
  「公務があるからとか、忙しいからとか言えば良いのに・・・ 正直な王様だな」と勇者
 は思いました。そして、一礼をして‘宝玉の袋’を王様から受け取りました。
  「おお、願いを聞いて頂けるのですか・・・ 助けて頂いた上に、私の勝手な申し出まで
 引き受けて頂けるとは・・・ 本当にありがとうございます。 あ、その袋は普通の道具袋
 としても使えます。あなたたちの冒険に役立てて下さい。」

  勇者たちは王様に一礼をして玉座の間を退出し、城の外へ出ました。勇者たちによっ
 て、敬愛する国王が正気に戻ったことは衛兵から門番へ、そして城の外へと伝わってい
 たらしく、開放されたエンシェント族も含め、勇者たちは色々なドラゴンたちから「あ
 りがとう」という言葉を貰いました。
  「よう考えたら、ワイら、何もしてまへんで・・・ 」冷静に考えると、確かにモンクの
 言う通りでした。

  さて、少なくともこれまで入った「ラント東の洞窟」と「オスヤコディの洞窟」には
 4つの宝玉はありませんでした。ということは、カラッカ大陸にある「ディコスの洞窟」
 「海底トンネル」「トロン北の洞窟」「ランガート南の洞窟」のどこかにあるというこ
 とになります。勇者がいよいよカラッカ大陸に戻ることになりそうです。

  勇者たちはドラゴン族に見送られながら‘龍の王国’を後にしました。 
                                    つづく



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