「これからドッジボールをしようと思うよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
よく晴れた春の日。
突然エルフに屋外へ呼び出されたと思ったらコレでした。




熱狂ドッジボール甲子園 〜いつだって青空の下〜





「すまないが私は90過ぎているので辞退させてもらいたい・ゲホゴホ」
いきなりわざとらしく堰をしながらこの国のトップが告げました。
その手元には白いハンカチーフが握られています。この国王がそんなものを持っていること自体が少々不自然なことなので周りは「さては経験上この事態を察していたなこの人」と頭の中で瞬時に思いました。
全員の非難の眼差し(ハッキリ言えば殺意の眼差しです)を無視してそそくさと城内へ帰ろうとしたアラゴルンの服の裾を同時に踏んだのは、執政の家の父親とその次男でした。
その反動で元から裾の長い王衣が苦手なアラゴルンは頭から地面に突っ込んでしまいましたが(執政家の長男と王の腹心は悲痛な声を上げました)、その首謀者たちは倒れた王の姿など眼に入れず、互いに睨み合っておりました。
しばらく無言で向き合ってから、二人は口元に冷たい笑みを浮かべました。勿論眼は笑っていません。

「・・・そなた、王に対してその態度はどうなのだ。見ろ。こやつ頭から石畳に突っ込みよった。」
「父上こそ我らが王に対する敬意というものはないのでしょうか。こやつなどと呼ぶなど・・・、不敬もいいとこです。見てください。王の顔悲惨です」
「余はこやつを王と認めてはおらん。足を引っ掛けようが何をしようが勝手だろう。」
「認める認めないの問題ではないでしょう。人権的なことを言っているんです私は。」
ブツブツバチバチと笑っていない眼で会話を続ける二人の前で、倒れこんだままのアラゴルンはゆっくりと顔を上げました。
その顔から一筋血が流れると同時に眼にも涙が溢れてきます(それまで罵りあっていた二人もそれだけは逃さずチェックしておりました)。

「・・・う、・・・うぅぅ・・・」
「ああ、アラゴルン泣かないでくれ!うわ、血出てる・・・!・・おい執政家!このオニどもー!!」
「ちょっと!父上もファラミアもひどいぞコレは!!何を考えているのですか!!」
珍しくボロミアが怒りマークを顔全面に貼り付けて怒鳴ると、流石の二人もバツが悪そうな顔を返しました。ファラミアは最愛の兄の怒りの言葉に王衣の裾を踏んでいた足をそっとどけましたが、デネソールの方は未だに踏んづけたままです。
ハルバラドは未だにしゃがみ込んでいるアラゴルンの持っていたハンカチで鼻血を拭っています。


「皆さん楽しそうですねー★」
「いったいどこら辺が楽しそうなのか教えていただきたいもんだね・・・」
「あれ以上やってたらわたくし、黙ってませんけどね。」
「偉大なるヴァラールがデネソールを復活させたおかげで大変なことになっとるのう。張り合うつもりでおるファラミアとの相乗効果で王にかかる負担が大きい。」
「義兄上の性格改善とかやってくださってたら有難かったんですがねー。」
それまで黙って成り行きを見守っていた外野陣はそれらを見つめながら口々に呟きました。
ちなみにトゥック家のピピン、エルフの友ギムリ、アルウェン王妃、白のガンダルフ、イムラヒル大公の順番で発言したのですが、このお話の第一声を放ったエルフ、レゴラスはとても面白く無さそうな顔で珍しく大声を上げました。


「ちょっと皆。個々で勝手にくっちゃべらず私の話を聞いて欲しいな!これからドッジボールをやるんだよ!ほら見てこのボール!エルロンド卿がこの日の為にわざわざ残してくださったノルド印の逸品だよ!!」
レゴラスの右手にはちゃっかりとご立派なボールが握られています。オレンジに近い色のボールには格式高きフェアノール文字ででっかく「N」と入っていました。王妃や魔法使い、大公などはそれを「ほぉ〜」という顔つきで眺めましたが、アラゴルンはバッと勢いよく振り返り、少々行儀悪くレゴラスを指差しました。
「それがまず問題だレゴラス!私は嫌だからな!絶対問答無用で私が一番に狙われる!」
狙われる、の辺で恐怖の眼差しでさりげなく執政の親子を見ましたが親子の方はそれに気付いた風でもなく未だに睨み合っています。言われたレゴラスの方は心外だというように片眉を上げて腰に手を当てました。ボールは脇に挟んでいる器用さです。

「何言ってるんだいアラゴルン。きみ運動神経いいんだし、視力もエルフ並みでしょう。逆に君がノせばいいじゃない良い機会だと思うよ。」
「運動神経で私怨の力は覆せないことは多いんだぞ!それに人数も少ないだろう!」
アラゴルンの言葉にようやくその場にいる一同が周りを見渡しました。ここに集まっているのは戦のプロでもあるのでパッと見ればすぐに数えられます。
それはざっと11人でした。たしかに5:6では、外野の人数も考えると少し寂しいかもしれません。
レゴラスはボールを胸に抱えなおして顎にその優美な手を当て、少し考えました。

「そうだね・・・ほんのちょっと、少ないかな・・・」
その言葉にニパッと効果音のつきそうな笑顔を浮かべたのはこのゲームによる被害の多そうなアラゴルンです。
しかしレゴラスは朗らかな笑みを浮かべてこの中の一人に声をかけました。
「ファラミア、君の隊から一人出せないかな?」
声をかけられたファラミアは父親との睨み合いをやめてレゴラスに向き直ります。
そしてすぐに小さく頷き、少し得意げに告げました。
「ベレゴンドなら呼べば走ってきますよ」
「よし。じゃあ三分以内に呼んどいて。さて。これでちょうど12人だけど・・・」
「みなさん、何故私にお声をかけてくださらないのですかーーーー!!??」

突然聞こえた絶叫にも、一同の行動は冷静でした。
まずそれまでずっと王の衣の裾を踏んづけていたデネソールが、その王の襟首を掴んで自分の後ろに引っ張り、彼自身も一歩下がりました。その前に佇んでいた危機感のない集団も慌てず騒がず海を割るように左右に分かれます。皆より少し遅れてレゴラスが済ました顔で半歩下がると、次の瞬間それはやってきました。
ドゴォオンッ!
砂煙を巻き上げ轟音を響かせて現れたのは、一目見ただけでは少々判別しづらいものでした。
ハタから見てもそれは立派な装いから遠く離れているようでした。しかしこの場にいる一同は絶叫が聞こえた時点で何が襲来したのか見当付いています。
それは意外に兜の似合うローハン王エオメルでした。
その兜もいまは見事に吹っ飛び、軽い音を立ててデネソールの足もとに転がりました。ローハン王の兜を見下ろすデネソールの冷たい目にはエオメルが顔のいたるところから血を噴射している様が写っていました。それを彼の背後から見ているアラゴルンは眼を丸くするばかりです。


「あぁ、カワイソウに。無慈悲に走らされたんだね酷い主だよ・・・」
ロヒアリムの王であるに関わらず鞍から落ちてしまったらしい彼の少し手前では、哀れなメアラスが全身から汗を噴出し、激しく息を吐いていました。一同はやはりそちらの方に憐れみを感じているらしく、馬の周りで円になっています。
「ちょっと!私を無視しないで頂きたい!!みなさん、何故に毎回私を誘ってはくださらないのですか!?」
「君みたいな見た目からして体育会系はひねりがなくて面白くないからだよ」
「何をおっしゃる!!ボロミア殿も体育会系でしょう私と何の違いがあるというのですか!」
「兄上と義兄を同列に置くなどなんと無礼な・・・」
「あの、エオメル殿、血が噴水みたいになっているよ・・・。」
「あーあ・・・。気の毒なモンだねぇ」
エオメルの絶叫にレゴラスが冷たく答え、更なる応答にもファラミアが明らかに侮蔑の色を含んだ眼で一掃しました。
この中でエオメルを気にかけてあげているのはおそらくアラゴルンとギムリだけのようですが、その二人も本人に駆け寄ったりはせずメアラスについています。それに気付いたエオメルは涙を浮かべて石の国の王へ向き直りました。
「ああ、お久しぶりですアラゴルン殿!今回はエオウィンにもバレずに参加できます!」
「無理して参加しなくていいのに・・・」
声をかけられたわけではありませんが、どうやら多少仲間意識されているらしいボロミアが隣国王の参戦をあまり有難く無さそうに呟きました。


そのとき、この場へ姿を現した人影がありました。
それは先ほどファラミアに脳内で呼ばれ、何の電波かそれを聞きつけ「ファラミア様にお呼ばれされた!」と至福の面持ちで駆けて来たベレゴンドでした。
「ファラミア様!只今参りました!おや、皆様方おそろいで・・・!陛下もおられるのですか!」
やっぱりいつも元気一杯で語尾すべてに!マークがつきそうな勢いのベレゴンドなのでした。
しかし一同は困ったように眉根を寄せます。
当たり前といえば当たり前です。ドッジボールに限らず球技の類は均等に人数分けしてプレイするのが最適な方法ですから。

「困ったことになったな、いま全員で何人だ?」と珍しくボケない大将ボロミア。
「古代より何かと縁起の悪い13人だ」と渋い顔で何気にやる気まんまんらしい先代執政デネソール。
「どっかの馬王が遠慮知らずにやってきましたからねー」といつだって一部分の人に手厳しい執政ファラミア。
「なんならわしが抜けてもよいぞ。寧ろ何故わしがこの場にいる」とふと冷静になってしまった魔法使いガンダルフ。
「逃げないでくださいよガンダルフー。負けを認めることになりますよー」にこにことトゥックのバカ息子ピピン。
「そうです。あなたが抜けるなら私も抜けますよ」と常識ドワーフギムリ。
「ダメだよ!君が抜けるなんて許さないからねギムリ!」とドワーフとのアハハウフフなドッジボールを夢見るレゴラス。
「やはり私が退散いたしましょう。私には撮影係としての役目がありますからな!」とハンディカム持参のイムラヒル大公。
「皆様方!ドッジボールは気合ですぞ!そんなことでどうします!」とやっぱり体育会系エオメル。
「皆様、一体何のお話をなさっているので??」と走って来たとたん皆に嫌な顔をされてちょっとショックだった一兵ベレゴンド。
「エリアドールではドッジボールなんてろくにやりませんでしたよねぇ?」と昔を思い返す野伏卿ハルバラド。
「父上はブルイネンで水球を嗜んでましたけれども・・・」とあまり聞きたくないエルフの嗜みをもらすアルウェン王妃。
「・・・もうドッジボールなんてやらなくてもいいんじゃないかな・・・」とぽつりと漏らす苦労の多そうなアラゴルン。
しかしこの呟きで少々離れかけていた一同の意識を再び本題に戻しました。
発案者レゴラスは少し首を傾げ、ポンと手を叩きました。


「そうだ。アラゴルンが命二つで6:7でやればいいじゃない」
「え!!??」
「ああ、名案ですね!馳夫さんがんばって!」
「くれぐれも、本物の命を落とさぬようにな」
「同情するよ、アラゴルン・・・」
あの苦難の旅を共にした仲間に次々に言われて、アラゴルンは思わず青くなって固まりました。縦線が顔中を走っているなかで視線を他のメンバーにうつしますが。
彼らは「ピョーンピョーンピョーン」と効果音が付きそうな勢いで大またに大地を跳び、コートの面積をおおまかに測って、ライン引きで線を引いたり、ボールを弾ませて空気圧が通常であるかをみているようでした。彼らの検分の仕方はプロでした玄人でした。
アラゴルンは先ほどまでそれほど乗り気でなかった人もいるはずなのに、何故こんなことになっているのかと涙が出てしまいそうです。


その後、公正なるくじ引きで以下のようなチーム分けとなりました。

北コート:ガンダルフ、ギムリ、アルウェン、エオメル、ファラミア、デネソール、ハルバラド。
南コート:アラゴルン、ボロミア、ベレゴンド、ピピン、イムラヒル、レゴラス。



「・・・・・・なんじゃこら。」


呟いても、聞いてくれる人はいませんでした。







うわ。異世界。
ノリで読んでノリで流してください。
そして続いてしまうのです。

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