故郷の水を飲んだ英雄の謳歌。
鎖は冷たく、血が滴るばかりですが足を引き千切ってまで歩こうとする貴方の隣に、やはりわたしはふさわしくないのでしょう。
小指を切り落とした女が大事な子供を悼んで泣き叫びました。
それはろくに記憶にない母の姿と重なってわたしは眼を反らせない。
ご覧なさい。
我が祖国はこんなにも痛ましい。
父が狂ったように石の階段を駆け登ります。
白い塔は守る価値のある美しさで聳えていても、父には決して優しくない。
祖父と同じ名を刻んだ塔が揺れるのがわかる。
ご覧なさい。
我が祖国はこんなにも美しい。
弟が作り物の記念碑に花を捧げています。
日に日に花が枯れていくので、その小さな手でとりかえるのです。
記念碑にはいくつ目かの貴方の名前。
それを宝石のような目で見て、小さい花を添えるのです。
ご覧なさい。
我が祖国はこんなにも渇いている。
わたしの住まいは中身がありません。
腐った柱は虫に食われて死んでしまった。
父が母が弟が大事にしていた額縁が割れて、もはや何が収まっていたのかも分からない。
父は塔のうえから柱を見下ろし、
母は雲のうえから額縁を覗き、
弟は土のうえから花を置く。
民は涙を流して黒い雨に復讐を誓う。
民は喉を焼いて東の暗黒を睨む。
民は古き倣いを忘れず子に語る。
民は夢をみて空に声を飛ばす。
ご覧なさい。
ご覧なさい。
こんなにも、こんなにも我が祖国が愛しい。
わたしを愛してくれたのだから。
わたしを立たせてくれたのだから。
わたしを彼の地の落とし子にしてくれたのだから。
夢をみたことがあるのです。
泣きながら、鳴咽を漏らして、目が覚めたのです。
貴方の夢です。
わたしが、わたしが求めたのは、わたしが王になることではないのです。
わたしが、わたしが夢見たのは、わたしが民を救うことではないのです。
貴方を待っていたのです。
貴方は我らを、わたしを、気が狂わんばかりの苦しみの海へと置き去りにした。
大丈夫。
そのことはもういいのです。
その眼を見れば、わたしたちの傷は癒えるのだから。
その手はわたしたちを癒すものだから。
その、王の血が貴方を苦しめる。
王の血が貴方を傷付ける。
ああ、それでも貴方は美しいまま。
ああ、それでも貴方は気高いまま。
酷い運命かもしれません。
酷い言葉かもしれません。
だけど貴方は確かに目の前にいる。
水音が聞こえる。声が聞こえる。
遥かな記憶が蘇ったように思えました。
偉大な歴史をこの目で確かめましたが、何故でしょう。
あの頃、弟が花を贈っていたひとつの名前のほうが、わたしには眩しいものに感じるのです。
話して頂いたことはありませんでしたが、わたしは歓喜の涙を流しました。
ああ、貴方が。
貴方が呼吸をしていることが、こんなにも喜ばしいことなんて。
貴方が。
貴方が悲しむことはないのです。
欲を言うなら、慰みの言葉と祝福をわたしに。
声が聞こえるのです。わたしを呼ぶ声が聞こえる。
これが夢ならいいのに。
これが悪夢ならいいのに。
しかし鉄の味と土の感触、何よりもこの悔しさは消えてはくれないのです。
悔しい悔しい悔しい。
こんなことが、認められるはずがありません。
誇りはあります。
が、捨て切れないものもわたしにはある。
わたしの夢をお教えさしあげましょうか。
貴方の、その手をとって。
あの白い都へ帰ることです。
あの白い塔に貴方を案内することです。
ああ、案内する必要はありませんね。
しかしわたしにその手を取らせて欲しいのです。
そして、その手に口づけを。
この命を、心を永遠に誓わせてください。
貴方の隣で、わたしの役目を担わせてください。
目を。
目を閉じる前に。
慰みの言葉とキスをもらえませんか。
貴方に癒されたい。
貴方に誓いたい。
我が兄。我が王よ。
せめて、この剣にわたしは誓う。
我が王よ。
我が祖国が、こんなにも愛しい。
我が祖国が、こんなにも羨ましい。
我が祖国が。
輝いている。
我が祖国が。
命を取り戻す。
ああ、我が王よ。
どうかいつまでもそのままで。
ただ慰みに。
わたしを忘れずにいてくださると、わたしはとても嬉しい。
独りで逝くわたしを慰めてください。
唯一無二、孤高の(だけど決して孤独ではない)、気高いわたしの王。
わたしは貴方の癒しの手から、あなたを見下ろします。
ああ、何故だろう。
わたしは幸せを感じて、この生を終えた。