(後編)
一方あかねは。
蘭の家で久しぶりに女同士の友情を確認し合っていた。
昼間は蘭と一緒に出かけてショッピングを楽しんだり。
夜は夜で天真も交えて夕飯を取る。
「お兄ちゃんは先にシャワーで済ませてよね。」
お風呂に入る時、蘭がそう言った。
「お兄ちゃんが出たら、お湯をためてあかねちゃんと私で入るんだから。」
「あ? 俺はお湯に浸かったらだめなのかよ?」
「だってあかねちゃんと同じお湯なんて、何するかわかんないじゃない。」
「俺はどれだけ変態なんだ!」
天真が怒るのを、蘭とあかねがけらけらと笑う。
だが怒りながらも蘭に従う天真は、シスコンに間違いないだろう。
最初は楽しそうにしていたあかねだったが、二日、三日と経つに連れ元気がなくなってきた。
「あかねちゃん・・・、寂しいの?」
蘭が心配そうに聞く。
「蘭ちゃん・・・。」
あかねは素直にうん、と頷いた。
「おかしいよね。頼久さんの存在すら知らなかった頃はまるで平気だったのに。今はたった五日離れているだけでこんなに寂しくなるなんて。」
蘭はあかねの頭をなでた。
「それは当たり前でしょ? 頼久さんだってそうだよ、きっと。」
「そうかな。」
「じゃないと、こんなに早くあかねちゃんをお嫁にもらうわけないもの。」
頼久とあかねは、あかねが高校を卒業すると同時に結婚した。
頼久は、まだ早いと渋るあかねの両親を、それは熱心に口説き落としたらしい。
「蘭ちゃん。私、今日帰るよ。」
「え? でも頼久さん帰ってくるの明日でしょ?」
「うん。でもちゃんとお掃除してご飯作って、あったかい部屋で迎えてあげたいの。」
「そう。」
わかったよ、と蘭はあかねに言った。
「夜一人で寂しかったら電話して?」
何時でもお兄ちゃんをたたき起こして迎えに行かせるからさ、と蘭は笑った。
その日、あかねは早めに家に帰り部屋の掃除をすると、頼久の好物の下ごしらえを済ませた。
簡単に一人で夕飯を済ませ、シャワーだけ浴びるとベッドに横になる。
(こんなに広かったっけ・・・。)
いつもなら二人で寝ているベッド。
一人でいると、とても広く感じる。
あかねが寝るのはいつも左側。
頼久の左腕を枕にしながらあかねは眠るのだ。
(眠れないなあ・・・。)
何度も寝返りを打ちながら、あかねはなんとか眠ろうとするもののなぜか眠れない。
(頼久さん、寂しいよぅ。)
じわりと目に涙がこみ上げてきそうになって、あかねは慌てて枕に顔を押し付けた。
(・・・あ、そうだ。)
あかねは少しでも寂しさを紛らわそうと、ごそごそと何かをする。
そしていつも寝ている場所ではなく、頼久の場所へと移動した。
頼久の枕に顔を押し付けると、洗濯したにもかかわらずなんとなく頼久の匂いがするような気がする。
あかねは少し安心感を覚え、目を閉じるとまもなく寝入ってしまった。
頼久の方はと言うと。
仕事も順調に進み、思ったより早く終わった。
土曜日までかかる予定だったが、これなら明日の土曜日は帰るだけで済みそうだ。
書類も皆まとめてメールで社に送った。
「ご苦労さん。思ったより早く終わったな。」
頼久が部下二人に微笑んだ。
「明日の仕事の予定はなくなったから、観光でもして帰るといい。どうせ明日は休みだし。」
頼久がそう言うと、部下の女性が頼久に言った。
「じゃあ、今日こそは源さんも一緒に飲みに行きましょうよ。」
「ああ、そうだな。」
四日目にしてやっと頼久が応じてくれたことに、女性は心の中でガッツポーズを取る。
同僚の男性のわき腹をつついて、協力しなさいよ、と小声で囁いた。
「乾杯!」
居酒屋の一角に陣取り、ささやかな慰労会。
ビールを一杯飲み干した頼久に、女性がどうぞ、と瓶を傾ける。
頼久を酔わせて、部屋に送りついでに・・・、と考えながら。
ところが。
「あ、私はもう結構。」
頼久が手で女性のお酌を断った。
「え? でもまだ一杯しか・・・。」
それでは困るのに、と女性が慌てる。
「申し訳ないが、私はこれから帰る。今からならまだ最終に間に合うからな。」
「え?」
突然のことに、部下二人がびっくりした顔になる。
「すまない。君たち二人は明日ゆっくり観光でもしてから帰ってきてくれてかまわないから。」
「で、でも、今からじゃ着くのは遅くなりますよ? 明日ゆっくり帰ったらいいんじゃ・・・。」
なんとか引きとめようと、女性が必死で食い下がる。
「悪いが、奥さんが待っているからね。きっと寂しがってる。できるだけ早く帰ってやりたいんだ。」
少し頬を染め、会社では絶対に見せないような照れ顔で頼久が言った。
「は・・・。」
部下二人は一瞬ぽかんとして頼久を見る。
「そ、そんな今からだったらきついですよ? 仕事なんだからしょうがないじゃないですか! 源さんがそう言えば、きっと奥さんだって・・・。」
女性はなんとか引きとめようと文句を言う。
が、頼久は小さな声で、ますます照れたように言った。
「いや、寂しいのは私の方、かな。私が一刻も早く奥さんに会いたいんだ。」
それじゃそういうことだから、と頼久は多めに金を置いてそそくさと居酒屋を出て行った。
しばらくして。
「・・・もうあきらめろよ。」
ぽつんと男性が言う。
「そうね・・・。」
女性も力なく同意した。
あの頼久の顔を見れば、誰でも迫る気をなくすだろう。
とてもじゃないけど、頼久に余所見させることなどできない。
身に沁みてわかった二人だった。
日付も変わってかなり経った頃。
マンションの前にタクシーが止まった。
背の高い人物が降り立つ。
頼久が自宅へと帰ってきたのだ。
(あかねは天真のところか・・・。)
時計を見ながらため息をつく。
今日はもう遅い。
明日の朝あかねを迎えに行こうと思いながら、頼久はマンションのドアを開けた。
(・・・?)
なんとなく暖かい。
誰もいないならもっと寒々しい感じがするものだ。
玄関を見るとあかねの靴がある。
(あかね・・・、いるのか?)
頼久は大股で歩きながら寝室の前まで辿り着き、そっとドアを開けた。
(・・・!)
頼久の顔に、思わず笑みが浮かぶ。
ベッドの上であかねが眠っていたからだ。
(あかね・・・。)
そっと起こさないように近づく。
せっかく眠っているのを起こすのはかわいそうだ。
近づいてみて、頼久は胸がきゅっと締め付けられた。
あかねが眠っていたのはいつも自分が寝ている場所。
頼久の枕を抱きしめるような格好で眠っている。
しかし頼久の胸を締め付けたのはそればかりではなかった。
あかねが着ていたのは頼久のパジャマ。
頼久のパジャマの上を着て眠っていたのだ。
ぶかぶかのそのパジャマの袖口からは、あかねの指先だけが覗いている。
(あかね・・・!)
それだけで、あかねがどれだけ自分を恋しく思ってくれていたかがわかり、あかねへの愛しさがこみ上げてくる。
とうとう頼久は我慢できなくなった。
さっきまではあかねを起こすのはかわいそうだと思っていたのに。
「あかね。あかね。」
声を掛ける。
あかねのまぶたがピクピクと動き、やがてうっすらと目を開けた。
「あかね、ただいま。」
あかねの頬に一つキスを落とす。
「・・・頼久さん?」
あかねの目が、驚いたように開く。
そして時計へと目を移した。
「どうして、こんな時間に?」
まだ半分寝ぼけているのか、わけがわからないという風に時計と頼久を交互に見ている。
「あかねに会いたくて、一日早く帰ってきました。」
「・・・ほんとに?」
あかねがびっくりしたように目を丸くした後、嬉しそうに笑うと両手を広げる。
頼久がそれに応えるように、あかねの上に覆いかぶさった。
あかねが頼久にぎゅっと抱きつく。
「お帰りなさい!」
「ただいま。」
そしてそのまま愛情の確認作業に移ったのは言うまでもない。

結局、頼久は徹夜という形になってしまった。
仕事は休みなので、そのまま二人ベッドでごろごろと過ごすことに決める。
「眠いですか?」
とろんとした顔のあかねに、頼久は心配そうに言う。
「うん、少し・・・。」
あかねが頼久の胸に顔を寄せる。
あかねの耳には、トクトクと頼久の心音が聞こえてくる。
ああ、この音がなかったから夕べは眠れなかったのかな、とあかねは思った。
今こうして頼久の心臓の音を聞いていると、トロトロと眠ってしまいそうになる。
「眠そうですね・・・。夕べはほとんど眠れなかったでしょうから。」
「うん・・・。」
たぶん寝入って一時間くらいで頼久に起こされてしまったのだ。
「本当はあかねを起こすつもりはなかったんですが。」
頼久がすまなそうにあかねに言う。
「あかねが私のパジャマを着ているのを見て、どうにも我慢できなくなってしまいました。」
「あ、あれは・・・。」
あかねがしどろもどろになりながら言い訳する。
「なんかベッドが広いなあと思って眠れなくて。それで頼久さんの匂いがしたら安心できるかなって、それで・・・。」
「安心できました?」
「・・・うん。頼久さんに包まれているみたいで、とっても・・・。」
「そう。」
頼久が嬉しそうに微笑む。
今度は逆にあかねが頼久に話しかける。
「頼久さんはどうでした?」
「え? ああ、仕事は何も問題なく終わりましたよ。」
だがあかねの聞きたいことはそういうことではない。
聞こうかどうしようか迷っていると、頼久が続けた。
「思ったより早く終わったんで、私一人だけ先に最終で帰ってきたんです。」
「そうだったの?」
「ええ。奥さんに会いたいから早く帰ると言ったらあきれられてしまいました。」
「え? 頼久さん、そんなこと言ったの?」
あかねがびっくりして聞き返す。
「ええ、言いました。本当のことですから。部下たちには驚かれてしまいましたけど。」
そりゃあそうだろう。
でもあかねは赤面しながらも嬉しく思ってしまった。
「もうしばらく出張は勘弁願いたいですね。」
頼久があかねを抱きしめながら言う。
「こんなに長くあかねと離れているのは耐えられません。」
「私も・・・、寂しかった・・・。」
どうやらこの二人の愛の営みは、今日一日続きそうだ。
その後。
頼久の会社では、頼久はとんでもなく愛妻家だという評判が広がっていた。
頼久を狙っていた女子社員の間では、奥さんに対する羨望のため息と失望の大きなため息が漏れたらしい。
−終−
(2006.10.09)
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頼久さん誕生日コラボ作品第1弾です。
私の書いた話に、「K」のなかさんがイラストを付けてくださいました。
現代版ラブラブ新婚さんの二人です。
ブラウザでお戻りください。