共白髪



「神子様、今日のご予定はどうなさいますか?」

藤姫にそう聞かれるのは、毎日の習慣になっている。
いつも、その日来てくれている八葉の中から、共に行動をする人を決めるのだが、その日、あかねはいつもと違うことに気がついた。

「あれ、頼久さんは?」

毎日、必ず顔を出してくれている頼久の姿が見えない。
首をかしげながら藤姫に聞いた。

「頼久は、今日は体調がすぐれないとのことで、休みを取らせましたわ。珍しいこともあるものですわね。」
「え?頼久さん、病気なの?」

あかねはびっくりする。
これまで頼久が体調を理由に休んだことはない。
ということは、よっぽど悪いのか。
あかねは心配でたまらなくなった。
今すぐ飛んでいって、看病してあげたい。
あかねはおそるおそる切り出した。

「あ、あの、藤姫?」
「なんでしょう?神子様。」
「今日のお努めなんだけど・・・。」

そこまであかねが言うと、藤姫はにっこりと笑った。

「最近神子様はよくがんばっておられます。そのおかげで、後は青龍解放を残すのみですわ。五行の力もかなり上がっておられますし、今日一日お休みしても、差し支えないと思いますわよ。」

自分の気持ちを言い当てられて、あかねは顔を赤くしてもじもじしてしまった。

「あの、え〜と・・・」

藤姫はあかねに耳打ちするように囁いた。

「頼久のところに行きたいのでしょう?」

あかねの顔はますます赤くなる。
いったいどっちが年上なんだか。

「・・・どうしてわかるの? 藤姫。」
「そりゃあ、最近の頼久と神子様を見ていたらわかりますわ。らぶらぶですもの。」
「ら、らぶらぶ・・・。」

いつの間にそんな言葉を覚えたのやら。
きっと詩紋辺りが二人を見て藤姫に教えたに違いない。

「青龍解放には、頼久の力が必要になりますわ。頼久にはしっかりと回復してもらわなくてはなりません。神子様が看病して差し上げれば、きっとすぐに良くなりますわよ。」

藤姫の言葉に、あかねはありがたく従わせてもらうことにした。

「それじゃあ、また明日からがんばるから、今日はお休みさせてもらうね。ありがとう、藤姫。」

あかねはそう言うと、頼久のいる武士団の詰め所の方へ向かった。





「え〜と、頼久さんの部屋は・・・。」

あかねがきょろきょろしていると、天真が通りかかった。

「あかね、何してんだよ。」
「あ、天真くん。」

知っている顔にあかねはほっとした。

「頼久さんが病気と聞いたの。心配になっちゃって。」

天真は、ああ、とうなずいて、頼久の部屋まで案内してくれた。

「頼久の部屋はこっちだぜ。」
「頼久さん、病気って聞いたけど。どんな様子なの?」

あかねは心配そうに天真に聞いてみたが、天真の声に深刻さはなかった。

「ああ、ちょっと熱があるだけだ。朝の鍛錬の時に少し様子がおかしかったからな。おまえのところに顔を出すというのを、俺がやめさせたんだよ。無理してひどくなったら、よけい迷惑かけるってな。」

天真の言葉にあかねは少しほっとする。
ひどい状態ではないらしい。

「ここだ。誰にも邪魔させないから、ゆっくりと看病してやんな。」

頼久の部屋の前まで来ると、天真がニヤニヤして言う。

「もうっ、天真くんっ。」

顔を赤くするあかねに、手をひらひらさせながら天真は去っていった。





天真が去っていって、あかねは頼久の部屋の方を向いた。
引き戸は閉まっている。
トントン、と控えめにノックしてみたが、返事はなかった。

「頼久さん・・・?」

そっと戸を開けながら、部屋をのぞいてみると、褥の上で頼久が寝ていた。
眠っているらしく、軽い寝息が聞こえてくる。
あかねはそっと傍に座り、頼久の額に触れてみる。
ちょっと熱い。
やはり、熱があるようだ。

あかねはそっと部屋を出て台所まで行き、そこにあった桶に水を汲んで頼久の部屋に引き返した。
持っていた手ぬぐいを水に浸し、頼久の額にのせる。
手ぬぐいが熱を持つたび、あかねは手ぬぐいを水で濡らして取り替えた。
その合間に、乾いた手ぬぐいで、頼久の汗を拭く。

あかねは頼久の看病をしながら、考え込んでいた。
この時代は、軽い風邪すら命にかかわる場合もある。
薬もほとんどない。
病院もない。
医者もあまり役には立たないだろう。
あかねは祈るような気持ちで、頼久の傍についていた。

数刻経っただろうか、繰り返し取り替えた手ぬぐいのおかげか、頼久の体力があるせいか、かなり熱も下がってきたようだ。
あかねがほっとしていると、頼久が目を覚ました。

「・・・神子殿・・・?」
「頼久さん、大丈夫ですか?」

あかねの優しい声に、頼久はあわてて起きようとする。
それを制して、あかねは頼久を横にならせた。

「まだ起きちゃだめですよ。具合はどうですか?」
「・・・はい、大分いいようです。あの、神子殿はいつここへ・・・?」
「朝です。頼久さんが休んでいるって聞いて、藤姫にお休みを貰って押しかけちゃいました。」

へへへ、と笑うあかね。
頼久は額にのせてある手ぬぐいに気がついた。

「申し訳ございません。神子殿にこのような・・・。」
「いいんです。私、頼久さんの看病したかったから。迷惑だなんて、言わないで下さいね。」
「迷惑だなんて、そんな・・・。」

あかねの心が、頼久にはとてもうれしい。
頼久はあかねの方へ手を伸ばし、あかねの手をぎゅっと握る。
あかねが手を握り返すと、頼久は恥ずかしそうに言った。

「心配してくださったんですね。とても・・・うれしいです。」

あかねは、頼久のはにかむような笑みが大好きだった。

「はい・・・、心配しました。頼久さん。」

あかねも頼久を見つめ、微笑んだ。

「頼久さん、何か欲しいものはないですか?」

あかねが訊ねると、頼久は少し考えてから言った。

「のどか乾いたので、水が欲しいです。」
「水ですね。今持ってきますから。」

あかねは立ち上がろうとするが、頼久はあかねの手を握ったままだ。

「頼久さん、あの、手を・・・。」

あかねがそう言うと、頼久は名残惜しげに手を離した。
甘えてくるような頼久をうれしく思いながら、すぐに戻ってきますから、とあかねは台所に行き、お椀にお水を入れて戻ってきた。

「頼久さん、はい、お水ですよ。」
「ありがとうございます。すみませんが、飲ませていただけますか?」
「ええ、いいですよ。」

と、あかねは頼久を起き上がらせようとするが、頼久は起きようとしない。

「神子殿、まだ起きるとふらつくようなのです。」

じゃあ、どうしよう、とあかねが悩んでいると、

「神子殿が飲ませてくれるとおっしゃったではありませんか。」



(Special Thanks to Nacky of Random Network)


と、頼久はニヤリと笑い、あかねの唇にここで、と言うように指を当てる。
あかねは、えっ、と驚き、顔を赤くする。
再度頼久にねだられて、あかねは決心したように水を口に含むと、そっと頼久に口付け、水を流し込んだ。
唇を離そうとすると、頼久があかねの頭に手を回し、ぐっと押さえ込むと、深く口付けてきた。
あかねの口の中の水分をもむさぼるように、頼久は舌を使ってくる。
頼久から漸く解放されたとき、あかねは息もたえだえだった。

「神子殿、もう少し飲みたいのですが。」
「えっ」

あかねはますます顔を赤くするが、頼久のおねだりに負け、もう一度水を含み頼久に飲ませる。
水を飲み干すと、また頼久はあかねの口に舌を差し入れ、舌を絡ませてくる。
しばらく頼久のなすがままだったが、眩暈のような感覚がしたかと思うと、くるりと身体が回転し、気がつくとあかねは頼久に組み伏せられていた。

「神子殿・・・。」

唇が触れ合う距離から頼久に囁かれ、あかねは胸が高鳴る。
何度も啄むような口付けをされ、次第に深くなるそれに、あかねは慌てた。

「よ、頼久さん、ちょ、ちょっと待って。」
「何ですか?」

返事をしながらも、頼久はあかねに口付けることをやめない。

「頼久さん、調子悪いんでしょ?」
「もう、直りました。」

なおも頼久は、あかねの耳や首筋に口付けてくる。

「で、でも」
「欲しいのです。」

抵抗するあかねだったが、頼久のその言葉に、力が抜けていく。

「貴女が欲しい。」

頼久にねだられては、あかねは抗えない。
そのまま、あかねは頼久に身をゆだねた。





「もう、熱がぶり返してもしらないから・・・。」

すねたように言うあかねを抱き寄せながら、頼久はあかねに軽く口付ける。
二人とも、何も纏っていない姿のままだ。

「申し訳ございません。我慢できませんでした。」

しれっとして言う頼久に、あかねはふふっと笑う。

「何がおかしいのですか?」

頼久もどこかうれしそうにあかねに聞く。

「うん・・・、頼久さんがそう言って甘えてくれるのがうれしいなあって思って。」
「私は神子殿に甘えてますか?」
「うん、遠慮してくれないのが、すごくうれしいの。」
「そうですか。」

頼久にもあかねに甘えている自覚はある。
以前の自分からは全く考えられないが、不思議なことに頼久は自分よりもずっと年下のこの少女には素直に甘えることができるのだ。
頼久にとって、この少女が全てだった。
あかねがいとおしくてならない。

きゅっと抱きしめてくる頼久の腕に、あかねは幸せを感じずにはいられない。
この幸せを手放したくない・・・。
あかねは、頼久が寝ているときに考えていたことを、頼久にぶつけてみることにした。

「頼久さん、全てが終わったらどうするつもりですか?」
「鬼との戦いが終わったら、ということですか?」

頼久の声が、不意に真剣さを帯びる。
あかねを抱きしめる手にも、力がこもる。

「私は、神子殿のお傍を離れるつもりはございません。一生、貴女と共にいたい。」

頼久も常々考えていたのだろう。
迷いなく答える。

「貴女がここに残ってくださるのなら、私は全力で貴女をお守りします。もし、貴女がご自分の世界に帰られるのでしたら、私もお連れくださいませんか。」
「頼久さん・・・。」

あかねは、頼久が自分と同じ気持ちと知ってうれしく思う。

「でも、頼久さん。もし私に付いてくるとしたら、武士団の方はどうなるんですか?」

頼久は武士団の次期棟梁だ。
あかねはそれだけが心配だった。

「それでしたら、心配ありません。兄の忘れ形見がもう数年すると元服します。私が武士団を継いだとしても、私はそれが元服したら武士団を譲るつもりでしたので。私がいなくなっても、問題ありません。」

あかねは、頼久の顔を見上げた。
頼久もあかねを見つめ返す。
あかねは頼久をじっと見て言った。

「頼久さん、だったら私の世界に一緒に来てくれませんか? 頼久さんのことは龍神様にお願いして、向こうで生活できるようにしてもらいます。だから、どうかお願い。」

あかねの必死な様子を、頼久は少し不思議に思う。

「それはかまいませんが、何か理由がありそうですね?」

あかねは、うん、とうなずいて続けた。

「頼久さん、今回頼久さんが熱を出したことで、いろいろ考えたんです。こっちには薬もほとんどないのと同じです。今回は無事に回復したみたいだけど、こっちでは風邪でさえ命にかかわることがあると聞きました。」

頼久はうなずきながら、あかねの話をじっと聞いている。

「私の世界では、薬もいろいろあるし、病気を治す技術もこことは比べ物になりません。」

それに、とあかねは続ける。

「寿命だって、ここよりずっと長いんです。私、頼久さんとはずっと一緒にいたい。長く長く一緒にいたいんです。それには、ここよりも私の世界の方がずっと長く一緒にいられると思うんです。」

頼久は、以前あかねが話していたことを思い出した。
確かあかねの世界では、人の寿命は80年を越すと聞いた。
100歳以上生きている人も多数いるという。
こちらでの平均寿命を50歳と考えると、確かに比べ物にならないくらい長生きだ。

「それからね、頼久さん。私、これも大事なことだと思うんだけど。」

あかねの目は真剣だ。

「あっちではね、頼久さん、武器を持って闘う必要はないんです。人を刀で傷つけることも、傷つけられることもありません。こっちにいると、どうしてもお仕事でそういうことがあるでしょう?」

あかねの声がちょっと震える。

「頼久さんは優しい人です。仕事とはいえ、人を傷つけることが平気なわけない。それに、頼久さんがお仕事中に怪我をしないか、私は心配でならないんです。」

あかねは頼久にしがみついた。

「あっちではそういう命の心配はここよりずっと少ないんです。確かに慣れない生活で、頼久さんには苦労させてしまうかもしれない。でも、私一生懸命頼久さんが不自由しないようにがんばるから、だから、お願い。私と一緒に来て?」

頼久も、あかねをぎゅっと抱きしめた。
そこまで自分を欲してくれるのかと思うと、あかねの言葉がうれしくてならない。

「神子殿、承知しました。そこまでおっしゃってくださって、この頼久、とてもうれしく思います。神子殿のお傍にいられるのなら、苦労など厭いません。一緒に貴女の世界へ参りましょう。」
「ほんとに? 頼久さん、ほんと?」

あかねの目に涙が浮かぶ。
その涙を唇でそっとぬぐいながら、頼久はあかねの頬に手を這わせる。

「ええ、一生貴女の傍から離れません。」

再びあかねを組み敷きながら、頼久はあかねに囁いた。

「いやだと言っても、もう遅い。」
「頼久さん・・・。」

だんだんと熱を帯びていく頼久の口付けに答えながら、あかねはうわごとのように頼久の名前を呼んだ。

その日は、天真の言葉通り、誰にも邪魔されずに、二人の甘いときは朝まで続いた。





その後京に平和が戻り、あかねが自分の世界に戻るとき、その隣には幸せそうな顔をした一人の武士の姿があった。
そして、末永く平和な世界で幸せに暮らしたという。



−終−

(2005.5.4)



<あとがき>

バカップル・・・?
いや、二人は真剣なんです。(笑)
だって、50歳なんてすぐですよ。(筆者切実)
きっとできるだけ長く一緒にいたいだろうなあと。
それなら現代の方が、ずっといいですよね。
現代EDの髪を切った頼久さんもかっこいいと私は思います。




ランダムネットワークのナッキーさんから、
すばらしい挿絵をいただきました。
頂き物の部屋でもご覧いただけます。

ナッキーさん、どうもありがとうございました。




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