| 〜わたしとさくちゃん〜 動物にもそれぞれ性格、性質があると思います。 もしも、犬が飼い主を「家族」と思うとしたら、この「手乗り文鳥」は「恋人」と思うそうです。 1羽しかいなくて、「可哀想」と言われた事もありますが、ヒナの時から人間を親と思い育ってきた小鳥は仲間が増えても、受け入れるどころか、嫉妬やヤキモチで喧嘩になってしまう事が多いそうです。とってもテリトリー意識が強い、しいて言えば「わがまま」なのかもしれませんが、私には、その「わがまま」がとっても可愛く、この「文鳥」と言う小鳥を飼い続けています。
「さく」がおうちに来たのは、1991年5月4日。ヒナの入っているケースから一番に私に向かって飛んで来たのが「さく」でした。もう飛べるほど大きく育っていた中ヒナの「さく」は、手乗りにするには手遅れかも。。と思いながらも、可愛がればきっと大丈夫だろうと、自分なりに一生懸命育てました。
「さく」が4歳ぐらいの時から、母から、「あんたの足音が分かるみたいだよ。靴の音がすると鳴いて待ってるみたい。」と言われ、それはそのうちに「車の音」も聞き分けるくらいになってたらしいです。
「さく」・7歳冬、私の結婚と同時に、「さく」もおうちを出ました。
「さく」・9歳春・・・関東へ引越し。初めて乗る新幹線でも、騒ぐこと無く、とても良い子で、その頃から(きっと「さく」は私さえ居れば、どこでも安心してるのかなぁ)なんて、思いはじめました。
「さく」・10歳春。少しずつ異変が起き始めました。
11歳を過ぎた頃から、止まり木から落ちるようになり、「下に降りる」ことに不自由になってきました。
秋・寒くなる頃から、老化は目に見えて着々と進んでいました。
2003年、お正月、九州へ一緒に帰省。私のおばあちゃんの喜寿のお祝いもあり普段よりたくさん親戚が尋ねて来ました。叔母や従姉妹からは、「一緒に帰って来たね、さくちゃん元気だね」っとみんな言ってくれました。 |

| >お別れ・・・・2003年1月17日、その日は突然やってきました。 朝、「きよ」を見送ったあと、(昨日、寒かったし、さくちゃんにホッカイロでも、あてておこう)と寝床を覗きました。 AM7:23・・・・そこには、眠ったまま冷たくなってる「さく」がいました。。 うそ・・・どうして・・・・・ごめんね・・・・ごめんね・・・・ そうゆう言葉しか思いつかず、気が付いたら冷たくなってる「さく」を必死に温めてました。本当に何の変わりも無く眠ったままの姿だったので、温めると生き返るんじゃないかとしきりに思ってました。手のひらに乗せて「起きて」「起きて」と言っても何の返事もありません。 「きよ」に泣きながら亡くなった事を告げ、弟に短いメールを送りました。まだ家にいる時間だったので、おばあちゃんに伝えてもらえるかなと思って。。自分ではとても話せる状態では無かったので・・・ 「帰らなきゃ・・・・・」
実家で過ごした7年間、日当たりの良い縁側が「さく」の場所でした。縁側から見えるお庭に埋葬の場所を決め、両親が仕事から帰るまで待ってました。 ****************************************************************************************
11歳9ヶ月で亡くなったさくちゃん。
「さく」の声の無い生活。。一人ぼっちで何日も泣いて過ごしました。
随分掛かりましたが、やっとさくちゃんのお部屋も整理する事が出来ました。 2003年4月
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