エッセー
第13回

<コミュニケーションとIT化>

 よくITやICTなどと称され、日常的に使っていますが、この
ITは(Information Technology)の略で、「情報技術」と訳され、また、
ICTは、(Information and Communications Technology)の略で、「情報通信技術」と訳されます。

 しかし、いくらIT化が進もうとも、なんといっても、相互理解するためには、何度も相手と会って、よく話し合い、お互いを知ること以外の得策はありません。一番いいのは、一緒に行動し、一定期間でも生活を共にすることができれば、より相手を知ることができます。それらがかなわない場合や状況に応じて、手紙や電話、最近ではメールやスカイプなどのコミュニケーションツールも活用できるでしょう。
 例えば、私はスカイプ上で交流をもつたくさんの知人や友人もいますが、この場合、距離が離れていて一度も会ったことがないといった人がほとんどです。
 普段しょっちゅう会う友人であれば、すぐに理解できることでも、やはり『会う』という行為に敵うことはありません。
 一つの物事を説明するにしても、千万言を尽くしても、百聞は一見に如かずで、多くの時間を費やしても分からないことでも、会えばすぐにその真意まで理解できてしまうということが往々にしてあります。

 そのような中、視覚障害者がどのようにして、このような文章がパソコンで書けたり、印刷をしたり、メールができたり、インターネットにアクセスし、様々な情報を得ることができるのだろうかという素朴な疑問を多く耳にします。
 その時、単純に、「音声ソフトを使って行っています。」と答えるだけでは不十分です。この説明で分かる人はスクリーンリーダーというソフトがどんなものかを詳しく知っている人だけです。しかし、このソフトに詳しい人は一握りでほとんどの人は知らなくて当然のことです。
 そこで、視覚障害者を理解してもらうための一つとして、普段多くの視覚障害者がこのスクリーンリーダー(音声読み上げソフト)を使って、どのようにして晴眼者とコミュニケーションを取っているのかということを説明してみたいと思います。
 この他、視覚障害者の日常の疑問についてなど、あれば、何でもけっこうですので、文末のアドレス宛、お寄せください。

 パソコンで字を書く時、基本的には、スクリーンリーダー不使用の人と同じ手順です。少し違うのは、キーボードの配列を一番最初に記憶する必要があります。これが困難な方は点字タイプライター形式で入力することも可能です。
 タイプしたキーは音声で読み上げ、変換キーを押すと、漢字の候補が現れ、変換キーを押す度に次候補の文字へと変わっていきます。この時にどんな漢字が候補対象になっているのかを音声でガイドしてくれます。
 例えば、『今日』と書きたいとします。
 まず、キーボードで、[kyou]とタイプし、変換キーを押すと、『協・京・経・興・卿・鏡・凶・教・今日…』と候補対象が変換キーを押す度に変わっていきます。
 これらの字を音声でガイドしてくれるのですが、どのようにガイドするかといいますと、先ほどの例にそって、ガイド音声の読みを紹介すると次のようになります。ただ、このガイド音声はスクリーンリーダーの種類やバージョンによっても異なります。
 では、一つめの漢字から順に列挙します。
協は(きょうりょくするのきょう)
京は(きょうとのきょう)
経は(けいざいのけい、へる)
興は(こうふんするのこう、おこす)
卿は(すうみつきょうのきょう)
鏡は(さんめんきょうのきょう、かがみ)
凶は(きょうあくはんのきょう)
教は(きょういくのきょう、おしえる)
今日は(こんばんのこん、いま:にちようびのにち)
とのガイドがスピーカーから発せられます。ここでは最後の今日(こんばんのこん、いま:にちようびのにち)が正しいので、これで決定(エンターキー)を押すと確定されます。
 この時このガイド音声に耳をすませ、注意深く聞く必要があります。うっかりすると、誤った字で確定してしまうことになり、誤字を書くことになります。これがなかなか難しいことで、多分、私の今までのまた、今後の文章中にも、見ると笑ってしまうような誤字が見つかると思いますが、見つけたら笑ってもらえるとありがたいです。その後、お知らせいただけるとなおありがたく、私も笑い、赤面することでしょう。
 一度確定してしまった字をもう一度最初から、見直す(聞き直す)のは非常に困難です。というのは、一字ずつ右カーソルキーを押しながら確定された文字列をなぞるのですが、例えば、カタカナとひらがなの違いを聞き分けるのは至難の技ですし、長い文章になると、かなりの時間を要します。
 ですから、なるべく字を書く時に、間違わないように慎重に打つ必要があります。

 そして、このように文字が扱えているということは、私たちがこれらの文字の形を知っているかどうかということとは別の問題なのです。
 先天的に目が見えなかったという人は、文字の形を知らないといったことが多いです。
 ですから、文字処理ができるというのは、あくまでもパソコンなどの機器上で、漢字などの文字の用法を覚えるということになります。しかし、これさえできれば何らの問題はないのです。なぜなら、パソコンで書いた文字をプリントアウトすれば、手紙になりますし、メールソフトを使って送信すれば、相手にその文字がそのまま届き読めるわけですから。

 そして、逆に紙に書かれた活字をスキャナとOCR(Optical Character Recognition)ソフト(直訳すると光学文字読取ソフト)を使えば、テキストデータ化や音声化することも可能です。

 メールソフトや各種ソフトウェアの操作、IEなどのウェブブラウザを使い、ネットにアクセスするなどといった一連の作業も全てキーボード上から行います。目の見える人にとってはとても便利なマウスですが、私たちには使えません。

 またホームページによっては、画像を多用したものもあり、これらは音声化されないため、操作ができません。決定ボタンなどをフラッシュで作ったものや、認証キーの入力をgif(Graphics Interchange Format)画像の文字列を要求してきたりと。こういったことが、手続き上肝心な部分であると、最後の最後で処理を中止せざるを得ないといったことになります。
 ここ最近の世帯別のパソコンの普及率は、6割〜7割とも言われています。これにモバイル機器も含めると9割を超えています。誰でもが使いやすいハード・ソフトが今後益々重要視されるようになり、アクセシビリティやユーザビリティに配慮したページなどがいっそう求められることになってきます。
 2004年6月20日に、日本工業規格:「JIS X8341-3 高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス−第三部:ウェブコンテンツ」が制定されました。
 これによって、公共機関や公益法人をはじめ、民間企業のホームページなども、この規格に則ってページの構築を図ることが望ましいとされています。
 しかし、未だに大企業であっても、先ほど挙げたような、フラッシュやgif画像を用い、ユーザビリティを阻むページが多く存在します。

 これまでにも、折々に書いてきましたが、技術が進歩するに連れて便利になるばかりではなく、それが人によっては、不便や弊害も招いていることにも気付かなければなりません。

 多数を優先し少数を切り捨てるといったシステムの下、まかり通っていることが多過ぎます。
 それだけならまだしも、切り捨てられた者への思いやる気持ちや共感できないといったシステム人間が増えていることが、本当は一番恐れるべきで、温かい血の通った人間性が阻害されていっています。このことが、現代社会が背負っている一番の難問といえるのではないでしょうか。

 苦労をしなければ人間は磨けない。私はそう思います。また、努力したとしても、自己を過信し傲慢になり、人から学ぶことを避け、感謝を忘れてしまったなら、それは即ち『人生の敗北』を意味すると断言します。
 人の幸せを心から願い、行動できる人が一人でも増えていく社会であれば、必ず平和な世の中が実現できることでしょう。

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文章提供:中島敏明