NAID

「おチビ!おチビいる?」

放課後、けたたましく開く扉の音と共にクラブハウスに突如響き渡ったその声に着替えていたリョーマの手が止まった。

「何すか?菊丸先輩。」

「何すか、じゃないよ〜、探し回ったよ〜!」

その言葉の通り、菊丸は軽く息を切らしている。

「どうかしました?」

「どうかしました、じゃないって!あれ、どういう事?」

菊丸はきょとん、としているリョーマを睨む。

「あれ・・・って?」

「決まってるじゃん、昼休みのあれだよ。」

立てた指を、びし、とリョーマの目の前に突きつけて菊丸が言う。

「昼休み・・・?ああ。」

菊丸の問いにリョーマが小首を傾げ、やっと納得がいったように軽く頷く。

「あれは、別にどってことないっすよ。ただ、呼び出されただけ。」

「どってことない〜?」

リョーマの答えに菊丸の声が一オクターブほど上がる。

「じゃ、その後のアレ、もどって事ないの??」

「アレ・・・?ああ、アレっすか。」

そう言ってリョーマがちょっと目を見開く。

「もしかして・・・見てたんすか?」

「まぁね。」

ふう、と菊丸がため息をつく。

 

昼休み。天気のよさに誘われて、いつもなら教室で食べる弁当を屋上でのんびりと食べた後、教室に帰る道すがら、歩いているリョーマの姿を見かけた。

あらぬ方向へと歩いていく彼を好奇心満々で尾行していくと、体育館の裏手へと回り込んだ後輩は、辺りを見回すと、大きな木の下に人待ち顔で立っている女生徒へと歩み寄った・・・

 

 

「・・・大体さ〜、女のコに体育館の裏に呼び出されたら何が起こるかなんて察しがつくでしょ?」

「全然。だから行ったんじゃないっすか?」

呆れたような菊丸の言葉にリョーマは肩をすくめてそう言う。

物怖じしない、という性格はこういうところにも出るのか?あるいは単に鈍感なだけか?

菊丸はむぅ、と唸って天井を仰ぐ。

「・・・にしても人の後つけるなんて結構いい趣味してますね?先輩??」

「うん、今回ばかりはしまったと思ってる。」

いつにない愁傷な菊丸の言葉に皮肉を飛ばしたリョーマは調子が外れたように先輩の顔を見る。

「オレだけだったらよかったんだけどね〜・・・それ見たの。」

そんなリョーマに菊丸はため息と共に告げる。

「だからさ・・・その時一緒にいたんだよね・・・不二も。」

「・・・え?」

その言葉に固まって、目を見開いたリョーマに菊丸は肩をすくめる。

「だからせめてものお詫びに知らせておこうと思って慌ててたんじゃん。」

「・・・・・」

「不二は何も言ってないよ、様子もいつもと変わんないけどね。」

何か問いたげに自分を見るリョーマに、一番聞きたいだろう事をぽん、と投げ出すと菊丸はじとっ・・・とリョーマを見た。

「でもいくら何でもアレはまずいんでない?」

「・・・アレは別にしたくてしたんじゃないっすよ。」

ややあってリョーマが気まずそうにそう口を開く。

「見てたんならわかってるっしょ?」

「でもした事はした事だよね?」

そんなリョーマの言葉を冷たくいなして菊丸は腕を組む。

「・・・でどうするの?」

「どうする・・・って言われても、今更どうしろって言うんすか?」

「こら、おチビ!オレは心配して言って・・・」

肩をすくめ、ふてくされたようにそう言ったリョーマに菊丸が声を荒げかける。

「英二、いるの?」

と、不意に開かれた扉の音と共に菊丸にかけられた声がその会話を遮った。

「やっぱりここだったね?」

その声に菊丸がびく、と肩を縮め、やば、と小さな声で呟くと、

「にゃ〜、不二、どしたの?」

取ってつけたような笑顔を作ると声の主を振り返る。

「今日、君、掃除当番だろ?皆探してたよ?」

「あ、そうか、そうだったっけ。」

菊丸がわざとらしく声を上げ、にゃはは〜、とこれまたわざとらしく笑ってみせて。

「やっぱサボっちゃまずいよね〜・・・じゃ、ちょっと行って来るにゃ。」

 “早く謝っちゃいな、とりあえずのところね”

リョーマを振り返り、小声で早口にそう言って足早に出ていく菊丸。それと入れ替わるように不二がクラブハウスへと入ってくる。

「・・・やあ。」

不二は少し伏し目がちにリョーマに声をかけると自分のロッカーへとまっすぐ向かう。

そのまま黙って着替え始めた不二の背中を横目に映しながらリョーマはちょっと気まずそうに天井を見上げた。

 

 

今朝、下駄箱の中に入っていた手紙。差出人の名前に全く心当たりがなくてそのままポケットに突っ込んで忘れていたが、それに気付いて開けてみたのが昼休みの事。

話したいことがあるから来て欲しい、手紙にはそうあって。そんな呼び出しに応じる気になったのは指定された時間がちょうど昼休みだったのと、天気が良かったので少し外を歩いてもいいか、そんな程度の考えからで。

指定された体育館裏に行ってみれば、予想通り見覚えのない女生徒が待ち受けており、首を傾げる自分にいきなり、好きだ、と告げてきた。

そんな唐突な言葉に面食らいながらも、付き合う気はさらさらない旨を即答すると、そのコはしばし俯いていたが、何を思ったかいきなり距離を寄せ、自分の唇に唇を押し付けてきた・・・

 

・・・まさか見られているとは気付かなかった。

 

リョーマは黙々と着替えている不二をちらりと横目で見る。

彼女にキスされたのはそれほど長い時間ではなかったが、でもそれを不二が見ていたとしたらどう思ったのだろうか・・・?

それほど不二は口数の多いほうではないが、それでも2人きりともなれば何かしら話かけてくるのに、今日はそれがない。

その沈黙は意識してなのかどうなのか判別がつかず、リョーマは自分の方から口を開く。

「不二先輩。」

「・・・何?」

ややあって、こちらを振り返った不二は別段いつもと変わらなく見え、リョーマは思い切って聞いてみる。

「あの・・・見てたんすか?」

「・・・何を?」

「・・・昼休み、菊丸先輩と一緒だったんっしょ?」

自分から“キスしてたところ”とはさすがに言いにくく、リョーマは言葉の角度を変える。

「・・・まぁね。」

ややあって不二が言葉少なにそう返すと、リョーマから視線を外し、支度を続ける。

“やっぱ見てたんじゃん。”

内心でそう呟き、リョーマは肩をすくめる。

さて、どうしたもんだろうか。

菊丸は謝れ、と言ったが、自分は何も不二に謝らなければならない事はしていない。

そう思いつつ、一応リョーマは不二にこう聞いてみる。

「怒ってるんすか?」

「・・・何を?」

「何を・・・って見てたんでしょ?」

その言葉に不二がリョーマを振り返る。

「・・・君が女のコと一緒にいた事?それとも君がモテる事?」

不二は軽く肩をすくめ、リョーマを横目で見る。

「だって今に始まった事じゃないでしょ?両方とも。」

「何すか、それ?」

その不二の言葉にリョーマは思わずむっとする。

「自分だって人の事言えないくせに。」

女の子と見まごうばかりの優しい容貌に加え、切れる頭、そしてその人当たりのよさなどある意味完璧である不二に魅かれる人間は数多くいる。
それこそ男も女も問わないその人気に自分がどれだけやきもきしている事か。

“人の気も知らないで”

リョーマはじろりと不二を睨む。

「・・・・・」

不二はそんなリョーマから素知らぬ顔で視線をそらすとラケットバックを抱え上げる。

「・・・・・」

リョーマもそれ以上何も言わず不二から目をそらすと、黙々と自分の支度を再開する。

「越前。」

と、不意に自分の背後で不二が足を止める気配がする。

「・・・何すか?」

腹立たしさにまかせ、振り向きもせずにつっけんどんな返事を返したリョーマの背中が不意にふっと温かくなる。

「先輩・・・?」

どさり、と荷物の落ちる音。同時に背後からぎゅっと強く抱きしめられ、リョーマは戸惑ったような声を上げる。

「・・・人の気も知らないで・・・」

「・・・え?」

自分の髪に額を押し当て拗ねたように呟く不二に思わず後ろを振り返ったリョーマ。

そんなリョーマに不二は覆い被さるように身体を傾けると自分の唇を彼の唇にと重ねる・・・

「・・・ゴメン。」

・・・ややあって、唇を離しながら不二がそう呟く。

「これで忘れたから。さっきの事は」

そう早口に言ってリョーマから顔を背けた不二はどことなく恥ずかしげで。

そのまま自分の身体を離し、足早に自分から離れようとする不二の腕をすばやくリョーマの手が掴まえる。

「ね、先輩?」

掴んだ腕に力を込めてリョーマが問いかける。

「もしかして・・・妬いてくれた?」

「・・・忘れた、って言ったろ?」

その問いに一瞬詰まった後、いつもの彼らしくなく乱暴に答え、リョーマの手を振り解こうとする不二を離すまい、とリョーマはぐっと引き寄せる。

「ねぇ?」

「・・・さぁね。」

強引に引き寄せられ、自分の瞳を覗き込んでくるリョーマから不二はぷい、と顔を背ける。

減らず口はいつもの通りだが、よく見ると自分と目を合わそうとしない不二の頬がうすく染まっていて。

「・・・先輩。」

リョーマは微笑すると、そんな不二の頬に手を伸ばし彼の顔を自分の方に向けると、思い切り伸び上がる・・・

「・・・やっぱりキスはされるよりする方がいいね。」

不二に口付けた後、リョーマはちょっと笑うとまっすぐに不二を見る。

「オレからこうするのはあんただけだよ。」

「・・・知らなかったな・・・」

ややあって不二は軽くため息をつき、眩しそうに彼の視線から瞳を外して苦笑する。

「丸め込むの上手いんだね、君?」

「丸め込む・・・って、信用してないんすか?」

その不二の言葉にリョーマはむっとしたように声を上げる。

「オレは本気で言ってるんっすけど?」

その言葉に不二はその視線を再びリョーマに戻すと、彼をじっと見つめる。

「オレはあんたの事しか見てないっすよ。」

まるで何もかも見透かすかのようなその瞳の色にリョーマはむきになって言葉を続ける。

「オレ、あんたの事マジで・・・」

そう言いかけてふと不二を見れば、その目はいたずらっぽい笑いを含んでいて。

その不二の表情からどうやら言わなくてもいい事まで言ってしまった事をリョーマは悟り、顔を赤く染めた。

「僕の事マジで・・・何?」

そんな自分に追い討ちをかけるかのようにそう聞き返し、微笑する不二をリョーマは悔しそうに睨む。

「・・・ズルいっす。」

「・・・何が?」

すっかり立場を逆転させた不二は、むくれたリョーマが唇を尖らせ悔しそうにそう呟くのをすました顔でやり過ごすと、まだ帽子をかぶっていないリョーマの髪に手を置いてくしゃり、とかき回す。

「・・・っ」

その手を、頭を振ってうるさそうに払ったリョーマに不二は苦笑すると、落ちた荷物を拾い上げる。

「じゃ、お先。」

「先輩。」

クラブハウスの扉を開けかけた不二の手がその声にふと止まる。

「・・・あんただけっすから、ホントに。」

その言葉に振り返った不二の瞳をリョーマの瞳が捕える。

「・・・・・」

その眼差しに、扉のノブにかけていた不二の手がゆっくりと滑り落ちる・・・

「・・・越前・・・」

不二は軽くため息をつき、微笑するとリョーマに身体ごと向き直る。

「何すか?」

「・・・もう一度、キスしてくれる?」



 

“妬いてくれた・・・か”

一足先にクラブハウスから出た不二は先ほどのやり取りを思い出しながら苦笑する。

“あのくらいで妬いてるようじゃとても彼の傍にはいられないんだけどな。”

彼に魅き寄せられる人間は多い。それをいちいち気にしていては身が持たないのはわかってはいるのだけれど・・・

“僕も、まだまだ、だな。”

恋人のお得意のセリフを内心で呟くと、不二は空を仰ぐ。

抜けるように青い空に踊る日差し。まっすぐ自分へと降り注ぐその眩しさと熱さに不二は目を細め、そして微笑いながら目を閉じた・・・



                                                                           Fin

・・・何じゃこりゃ、って感じ?(笑)いや、メンバーにヤキモチ妬く話でも良かったんだけど、とりあえず別の視点から、と思って。

この話ではお互いがお互いをまだ完全に“自分のもの”と自信が持ちきれてない、ちょっと初々しい2人を意識したんですが、どうですかね?? 

・・・ちなみにリョーマ、全然罪の意識とかないです(笑)