Alkaloido

 
生徒会、その他もろもろの雑用に追われ、部の練習に間に合わなかった手怩ヘ、部活終了後、ひとり自分の練習メニューをこなしていた。

それを終える頃、辺りはすっかり暗くなっており、少し急ぎ気味に手怩ヘクラブハウスを目指していた。

 “?”

ふと見ると、誰もいないはずのクラブハウスに明かりがついている。

 “まだ誰かいるのか?”

自分以外の部員は残っていないと思っていた手怩ヘ眉をひそめた。とっくに部活は終っている時刻だ。
誰かクラブハウスを出た最後の人間が電気を消し忘れたのかもしれない。そう思ってよく見ると、コート側の窓が半分ほど開け放たれたままになっている。

 
 “戸締りもきちんとしていかなかったのか・・・?”

そう思いかけた手塚の耳に、ふとくすくすと押し殺すような笑い声が聞こえた。

 “やはり誰かいる・・・”

すぐ近くから聞こえたその声に、開いているその窓の隙間から何気なく室内を覗いた手怩ヘその目を見開いた・・・

 

・・・窓際から一歩下がった手怩ヘ持っていたラケットバックを乱暴に地面に置いた。

重々しい音が辺りに響き、その笑い声がふっと途絶える。
手怩ヘ軽く息を吐き出すと、一呼吸おいてからクラブハウスの扉を開けた。

 「・・・まだ帰ってなかったのか。」

 「あれ、手怐H」

クラブハウスに入ってきた手塚の姿に室内にいた不二は軽く目をしばたいた。

 「君こそどうしたの?今日は部は休むって大石が言っていたのに。」
 「部は休むといったが練習は休むとは言っていない。」
 「へぇ・・・練習熱心っすね、部長?」

無愛想にそう答える自分にもうひとつの声がかかる。

 「・・・お前に誉められても仕方がない。」

自分を見て薄く笑っているリョーマに露骨に眉をしかめてそう切り返すと、手怩ヘ持っていたバックをベンチに置き、その横に腰を下ろした。

 「でも手怩熨蝠マだよね?色々雑用に使いまわされてさ。」
 「・・・部長が完璧すぎるからいけないんすよ?」

そんな不二の言葉にリョーマが肩をすくめる。

 「少しは手を抜くとかすればいいのに。」
 「・・・でもいい加減な手怩ネんてありえないけどね。」

そんなリョーマに不二が静かにそう言い返す。

 「だって、僕らの部長だからね・・・違う?」
 「・・・言いますね、先輩。」
 「・・・・・」

2人の話題は自分の事だったが、手怩ヘその会話に口を挟もうとはせず、無言のままバックの中身を探りだす。

 「もしかして、これ探してる?」

・・・その言葉に顔を上げると不二がコールドスプレーの缶を手に手怩見ていた。

 「不二・・・」
 「足、筋肉麻痺してるんじゃない?」

目を軽く見開く手怩ノ不二はそう言って手怩ヨと歩み寄り、彼の足元へと屈む。

 「ほら、ふくらはぎの所、軽く痙攣してるよ?」

クラブハウス内に入ってくる際、軽く引きずっていた足の具合で不二にはそれと知れたらしい。彼の前では僅かな距離しか移動しなかったというのに、自分の異変を見抜いたその目の素早さに手怩ヘ内心驚きながら、それを知られた不覚に舌打ちしたい気持ちだった。

 「でもこれ、スプレーの前にマッサージしないといけないね?」

そんな手塚の気持ちをよそに不二の手が彼のふくらはぎに触れてそう言う。

 「ちょっと足伸ばして。」
 「いい、構うな。」
 「こんな状態でいきなりスプレーすると余計に筋がおかしくなるよ?ほら!」

いささか強い口調でそう自分を促す不二に、手怩ヘ渋々足を彼の前へと投げ出すように伸ばす。

 「どんな練習をこなしてきたの・・・?」

攣れた筋肉を器用に揉み解しながら苦笑混じりにそう言う不二を渋い顔をして見下ろしていた手塚だったが、ふとその顔を上げると、先ほどからそんな自分を見ていただろうリョーマと視線がぶつかる。

 「・・・先輩、オレ、先に行ってるっすよ。」

手塚と視線が合うやいなやそれをぷい、と逸らすとリョーマはそう言って、きびすを返しクラブハウスのドアを開ける。

 「・・・いいのか、不二?」

言葉を挟ませる余地もなく出て行くリョーマの背中を苦笑して見送った不二に手怩ェ眉を寄せる。

 「お前達、一緒に帰るんじゃないのか?」
 「いいよ、放っておけば。」

しかし不二はあっさりとそう言って手怩フふくらはぎをマッサージし続ける。
手塚は軽くため息をついてふっとそんな不二を見下ろす。

自分のように真っ黒ではない、いかにも柔らかそうな茶色のその髪。
その髪の切れ目から覗くうなじが不意に眩しく手塚の目に飛び込んでくる。

無造作に羽織っただけでほとんどボタンの止められていないカッターシャツ。
そこから覗く首筋、鎖骨の線。そしてなめらかに続く目を灼くような肌の白さと自分の足に触れているその指のしなやかさ。
それらが急にリアルに自分へと迫ってきて、手怩ヘ軽く息を飲んだ。

 「もう、いい。」

いささか乱暴に足を引けば驚いたような顔をして不二が手塚を見上げる。
さらり、と不二の髪が揺れ、その拍子にかすかな甘い匂いが辺りに散り、手塚の胸がざわめいた。

それは今までも、そしてこれからも自分を悩ませるであろう、不二の・・・匂い。

 「どうしたの?」

そんな自分を見上げる無防備な不二の顔と自分にまつわりつくその匂いから注意をそらすために顔を背ける手怐B

 「・・・・・」

そんな彼に不二がゆっくりとその手を伸ばす・・・

 「!」

不意に自分の腿に触れてきた手の感触に手怩ヘびくり、と体を震わせた。
見ると、不二の右手が自分の腿を包むように置かれていて、驚きの表情を残しているだろう自分の顔を笑いを含んだ目で見上げている。
その視線から慌てて手怩ヘ目を逸らす。
不二のしなやかな手指が自分の腿を探るように触れ、もどかしいくらいゆっくりと足の腺なりに滑っていく。

そんな不二の指から伝わってくるむず痒いような感覚にいつの間にか手塚は自分の手を固く握りしめていた。
心臓が破れるかと思うほどに激しく高鳴り始め、息苦しくなっていく・・・

「不・・・二っ!」

その感覚と息苦しさに耐え切れなくなって手怩ヘ乱暴に不二の手を振り払った。

 「いい加減にし・・・」

言葉を荒げて不二を見れば、不二は上目遣いに自分を見あげ、ふっと唇を吊り上げた。
・・・それは笑顔の形を取ってはいるが、挑むような、誘うような、それでいて冷たく底の見えない表情。

しかしその“笑顔”は今まで見てきたどの顔よりも美しく、手塚は目を奪われた。
 
固く握りしめられていた手がその緊張を解き、ゆっくりと開かれる。
そしてその指が何かを求めるようにじりじりと伸ばされようとする・・・

・・・不意に不二はそんな手怩ゥら視線を逸らし、その身を引いた。

同時に軽いスプレー音が室内に響き、手塚の足に一気に冷たい感触が走り抜ける。

「はい、おしまい。」

コールドスプレーを手怩フ足に吹き付け終えると不二はすっと立ち上がった。

 「急に動いたらダメだよ。」

外れていたシャツのボタンを止めながら不二は微笑して手塚を見下ろす。

 「あんまり無理しないでね?」

そう言って自分の荷物に伸ばしかけた手を止め、不意にくすっと不二が笑った。

 「・・・手怩ヘ優等生なんだから・・・」
 「不二?」
 「何でもないよ。」

荷物を手に取って手塚を振り返った不二がいつもの顔で手怩ノ笑いかけた。

 「じゃ、また明日ね。」

 

 

 

・・・不二がクラブハウスを出て行った後、手塚はしばし身動きすら出来なかった。
まるで無理やり眠りから起こされたように頭がぼんやりとしており、現実感が感じられない。
急に冷やされたせいで軽い鈍痛を訴える足と、そして未だ高鳴りする心臓の音がそんな自分をようやく現実の世界に留めているようだ。
・・・と、前触れもなく扉のノブがくるり、と回り、手怩ヘはっとした。

 「・・・不二?」

しかし扉を開けたのは不二ではなかった。

 「越・・・前」

室内に入ってきた人影に手塚は軽く目を見張る。

 「・・・不二ならもう行ったぞ。」

ややあってそう言った手怩ノリョーマはちょっと笑う。

 「ちょっと忘れ物したんで。」

 「忘れ物?」 

聞き返す手塚にリョーマは笑みを浮かべたまま、彼へと歩み寄った。

「ね、部長。」

座る手塚の目線に合わせて軽く腰を折ると、リョーマはそのまままっすぐ手塚の瞳を覗き込んだ。

「さっきの、見てたんでしょ?」

 「!」

いきなりそう切り込んできたリョーマの言葉に手怩フ表情に僅かな狼狽が走った。

・・・先刻、開いている窓から室内を覗いた時、目に飛び込んできたのは、自分より背の高い不二を伸び上がってかき抱き、その首筋に口付けていた彼。
そしてそれをうっとりと目を細め、喉をそらして受けていた不二の姿。

リョーマの言葉に“それ”が見た時のままの鮮やかさで脳裏へと蘇り、手怩ヘ思わず眉をひそめた。

 「やっぱり・・・」

そんな手怩ノリョーマはちょっと笑うと、するりとその腕を彼の首へと回す。

 「さっきオレ、先輩とキスしてたんすよ・・・この部屋で。」 

その言葉に大きく目を見開いた手怩ノリョーマがその笑みを深め、ふっと目を細めた。

 「あんたも・・・したい?」
 「!」

その言葉に瞬間、驚きで固まった手怩セったが、すぐにその眉間に怒りを走らせると、首に巻きつくリョーマの手を払いのけようとした。
そんな手塚の行動を予想していたかのようにリョーマの手が素早く動いてその手を押さえ込んだ。

 「・・・っ」

それは思いがけないほどの強い力だった。
そのまま右手首を壁に、左手はベンチに押し付けられて、息を飲むような思いで手怩ヘリョーマを見つめる。

 「・・・ねぇ?」

そう言って瞳を閃かせて自分を見るリョーマは手怩フ知る“彼”ではなかった。
いつもの不遜な瞳の輝きに加え、切れそうに冷たい光が自分を圧倒し、絡めとり、手怩ヘ動く事も出来ず、言葉さえも出せず、ただ彼を見つめ続ける。

 

そんな手怩ノリョーマは薄く笑うとゆっくりと身体を寄せ、その唇に自分の唇を重ねた・・・

 

 

リョーマの口づけは執拗だった。
固く閉じられたその唇を強く優しく吸いながら、それのほころびを促していく。
その刺激にうっすらと開きかけた手怩フ唇を強引に舌で割ると、リョーマは彼の歯列をゆっくりとなぞり上げ、その先を促す。
その求めに無意識に頭を振る手怩フ首筋をあやすように優しく撫でながら、さらに深く舌を差し入れ、喉の奥で縮こまる手怩フ舌にそれをゆっくりと絡める。

その刺激に慣れていないのか、手怩フ喉が苦しそうに鳴る。
でも、そんな彼に構わずリョーマは彼に深いキスを送り続ける。
ふたつの唇が立てる弾けたような音と、濡れたような音。
それが幾度となく繰り返され、喉の小さく鳴る音と共に室内に高く低く響く・・・

充分に呼吸できない息苦しさと身体の奥から湧き起こるむず痒いような感覚に霞み始めた手怩フ脳裏にひとつの面影が浮かび上がる。

白い首筋、その匂い、そしてあの・・・微笑み。

固く強張っていた体から徐々に力が抜けおち、その左手が何かを求めるように伸ばされかける・・・
と、今まで口付けていた唇を乱暴に離してリョーマが身体を引くと、そんな手怩フ左手を掴まえた。

「そんな目で見ないでよね。・・・オレ、理性持たないから?」

戸惑いと与えられた熱で揺れる手塚の瞳を見ながら、濡れ光る唇でリョーマはそう言うとにっと笑う。

「オレ、けっこうヤキモチやきなんすよ。」

まるで恋人に囁くかのようなセリフを手怩フ耳に落としてリョーマが瞳を閃かせる。

 「・・・あの人はオレの物だよ。」
 「!」

その言葉に霞んでいた手怩フ瞳が見開かれる。
その手怩フ瞳が“自分”を捉えた瞬間、リョーマは掴んでいた手怩フ手を自分の手ごとベンチに叩きつけた。

 「・・・っ」
 「オレは引かないよ。誰が・・・たとえあんたが相手でもね。」

苦痛に歪んだその顔に構わず、その手をぐっとベンチに押し付けながら、リョーマは今度ははっきりと手塚を睨みつける。

 「それだけは忘れないで下さいね。」

そう言ってリョーマはゆっくりと手塚から自分の手を離すと、今の衝撃でベンチから落ちたスプレー缶を拾い上げる。

 「じゃ、オレ、行きますから。」

スプレー缶を手の中で遊ばせながらリョーマがふっと笑う。

 「用事もすんだんで。」

そう言うとリョーマは手怩ノ口元だけで笑いかけると、きびすを返し、ドアを開けた・・・

 

 

 

クラブハウスを出て2、3歩歩きかけたところでリョーマはふとその視線を上げた。
自分から程ない距離。続くフェンスの一角に上体を持たせかけるようにして不二が立っているのが見える。

 「用、済んだの?」

フェンスからゆっくりと上体を離しながら、そう声をかけてきた不二にリョーマは、手にしていたスプレー缶を投げた。

 「・・・忘れものっすよ。」
 「・・・ありがとう。」

自分の顔面すれすれでそれをキャッチした不二がにっこりと笑う。

 「わざわざこれを取りに行ってくれたの?」

不二が微笑みながらリョーマに聞く。

 「そうだ・・・って言ったら感謝してくれるんすか?」

そんなリョーマの言葉に不二はくすり、と笑うとその目を細める。

 「・・・あんまり手怩いじめちゃダメだよ。」
 「・・・あんたこそ。」

笑いを含んだ声と視線でそう言った不二にリョーマは薄く笑う。

 「悪いひとっすね、あんた。」
 「そう?」

自分と同じような笑いを含んだリョーマの声に不二は唇を吊り上げた。

 「悪い人間は、嫌い?」

・・・ああ、綺麗だ。

 

リョーマは目を細め、不二が見せたその“表情”に見入った。
この美しさに捕えられ、その冷たさにぞくぞくするようなスリルを感じた時から、自分は堕ちたのだ・・・この人に。

リョーマは不二の腕を引くと、その唇へ唇を重ねる。

自分の腕を掴む力とは裏腹に、ただ唇を触れてくるだけのキスを彼から贈られた不二はくすり、と笑い目を細めた。

 「愛してるよ・・・越前。」

 

不二の言葉にリョーマはふっと冷たい笑いを唇に刻み、不二を睨む。

 

 「・・・嘘つき。」

 

 そう言った一瞬後には何処か別のところを見ているくせに。
オレに飽きたらそんな言葉も忘れてしまうくせに。
あなたは自分を酔わせてくれるスリルを求めてやまない人だから・・・俺と同じように。

そんな自分の言葉に淡く笑う不二をリョーマは力の限り抱きしめ、そして呟く。

「オレの物っすよ、あんたは。」

 

・・・掴んでもすり抜けていく残像と判っていても、そう囁かずに、追いかけずにはいられない。

決して誰の物にもならないあなたがいつか自分に堕ちる甘い夢を抱きながら・・・

そんなリョーマに不二は喉の奥で笑うと、まるで初めてキスをする少女のように、初々しく、優しく、彼に口付ける。

 

それは先ほどリョーマが不二にしたのと同じように、ただ唇を触れ合わせるだけのキス。
でもそれは先ほど手怩ニ交わした深い口づけよりも濃厚で暗い背徳の味がして、リョーマの背筋を震わせた。

                                            
                                                 Fin