Change!
「・・・あんたさ、言いたい事があったらはっきり言えば。」
深々とため息をついた後、やけに低い声でそう切り出したリョーマに不二は眉を寄せた。
「あんたっていつもそう。オレ、あんたが何考えてるかさっぱりわかんないよ。」
「!何だよそれ!!僕だって君が何を考えてるかなんてちっともわからないよっ。」
いつになく怒った口調でそう返され、はずみでつい荒く言葉を返せば、何か言いたそうに口を開きかけたリョーマだったが、
結局何も言わずに、ぷいと顔を背ける。
“・・・何だよ、それ。”
無言のまま、自分の先に立って歩き始めたリョーマに不二はむっとした表情を作った。
確かに・・・少し言葉が過ぎたかもしれない、けど、その態度はないんじゃない?
あからさまに怒りをにじませているリョーマの背中を不二は眉をしかめて見やると、深々とため息をついた。
このごろすれ違いが多く、あまり二人の時間が持てない状態が続いており、せめてたまには一緒に帰りたい,と雑用をこなすリョーマを
辛抱強く待っていたのだが、彼を待っているのは自分だけじゃなく、にわかに増えたファンも一緒で。
最近の派手な活躍のせいかリョーマのファンはうなぎのぼりで、あっちこっちでずいぶんと女の子に取り囲まれていた彼を見させられ、
からかい半分、ヤキモチ半分でその事をあてこすったらこの有様だ。
怒りたいのはこっちのほうなのに・・・
彼の背中を追いかけながら、不二はため息をつく。
彼にはわからないだろう。女の子と並ぶ彼に自分が感じている気持ちなんて。
彼だって男だ。居並ぶ女の子に言い寄られたら、気持ちだってぐらつくかもしれない。そうなれば男である自分が出る幕などないのだ。
全く、人の気持ちも知らないで・・・
そう思いかけると、追いかけていたリョーマの背中が妙に憎らしくなり、不二は歩調を緩め、ぷい、とあさっての方向を向いた。
・・・こんなの、らしくない。
そう思いつつも胸のもやもやは晴れなくて、不二は再度大きくため息をつく。
いったい彼は何を考えているんだろう、そして自分は彼の中でいったいどんな存在なのだろう・・・
僕は君の事、こんなにも思っているのに・・・
”・・・!?”
・・・と、不意に何かに躓き、体が大きく前へと傾ぐ感覚に不二は我に返った。
階段の滑り止めに躓いたのだ、と気づいたときにはふわり、と宙に浮いた体を意識した時で、遅ればせながら不二は慌てる。
視線の先にはリョーマがいて、階段から落ちかけている自分のことなど知る由もなく歩いている。
運の悪いことに自分の落ちていく真下にその背中があって。
「危ない!越前!!」
このまま落ちれば、彼まで巻き込んでしまう、そう思い、不二はとっさに叫んだ。
「よけて!」
振り返り、驚きに目を見張るリョーマに不二は再度、必死で叫ぶ。
「よけて!早く!!」
普通の人間なら避けることなど無理だが、彼なら・・・と望みをかけて再度そう叫ぶと不二は反射的に目を閉じた。
“・・・っ!”
次の瞬間、額から頭にかけて鋭い痛みが走りぬけ、ごん、という鈍い音が耳の奥で聞こえる。
・・・これはまずいかも・・・
ひろがっていく痛みと、その痛みに急速にかすむ意識の片隅で不二はぼんやりと考える。
“これで目が開かなかったらおしまいだな。”
“越前は大丈夫かな?”
“あの子の反射神経なら大丈夫だよな。”
“ああ、こんな事になるなら喧嘩なんかするんじゃなかった・・・ ”
思考が断片的に踊る中、怒ったリョーマの顔がフラッシュバックする。
ごめんね、越前・・・そしてどうか無事でいて・・・
その面影に胸の中で謝り、そして祈りながら不二はその意識を手放していた・・・
⁂ ⁂ ⁂
全く何考えてるんだか。
不二から離れて歩きながらリョーマはリョーマで怒っていた。
少しでも不二と早く帰ろうと、群がる女子達をようやく蹴散らして飛んできたというのに、そんな苦労も知らずに冷やかすがごとく言われて。
不二ほど器用に全てをさばくことなんてできない。そんな子供の部分を笑われているようで。
・・・オレだけがいつも熱くなって馬鹿みたいだ。
こんな気持ち、あの人にはわかりはしないだろう。
あの人の表情ひとつ、言葉ひとつに踊らされている気持ちなんか。
憧れて、好きでようやく手に入れた年上の恋人。だけど・・・
いったいあの人は何を考えているんだろう。ちっともあの人が見えてこない。
あの人にとってオレっていったい何なんだろう?
オレはあの人のことをこんなにも思っているのに・・・
「危ない、越前!!」
・・・と、背後からの突然の叫び声に振り返れば、不二が自分めがけて落下してくるところで、いきなりな展開にリョーマは
驚きに大きく目を瞬く。
「よけてっ!!」
そう叫んで落下してくる不二に、そんなわけにいくか、と、とにかく落ちてくる彼を受け止めようとリョーマは
両手を広げる。
“・・・っ!”
何とか落下してくる不二の身体の下になることには成功したが、その身体をしっかりと受け止める前に不二の額が激しい勢いで
自分の額に撃ち当たり、リョーマは大きくよろめいた。
次いで訪れた激しい痛みに一気に意識がかすみ、後数段を残していた階段を背中から滑り落ちながら、リョーマは踊り場へと倒れこむ。
“これ、マジでヤバいな。”
背中にも激しい衝撃を感じつつ、リョーマはぼんやりと思う。
“先輩、大丈夫かな?”
“身体の下には入れたから多分大丈夫だよな?”
“・・・ああ、こんなことなら喧嘩するんじゃなかったな”。
断片的に浮かぶ言葉の中、先ほど一瞬向けられた不二の悲しそうな顔が蘇り、胸をちくりとさす。
・・・ごめん、先輩・・・
目が覚めたら謝ろう。きっと謝るから・・・だからそんな顔しない・・・で
不二の面影に語りかけつつ、リョーマはその意識を手放していた・・・
⁂ ⁂ ⁂
・・・
・・・・・
・・・なんか鳴ってる。
耳の奥でじんじんと鳴る音に意識を揺すぶられ、リョーマは低く呻った。
風邪、引いたかな?
何だか身体が重い。軽く身じろぎすれば、脳天を突き抜けるような痛みが走り、その痛みにリョーマは渋い目を開けた。
・・・あれ・・・
横たわっている場所がいやに冷たく固いな、と思いつつ、2、3度瞬きをした後で、リョーマははっとした。
そうだ、確かオレ、階段から落ちてくる先輩を受け止めようとしたんだ。そして、それから・・・?
弾かれたように身体を起こし、視線を巡らせたリョーマは次の瞬間、驚きに固まった。
自分の下に誰かいる。そしてそれは・・・
「・・・・・」
たっぷり1分近くはその顔を見つめていただろう。いや、目が離せなかったといったほうが正しいかもしれない。
自分の下にいたのは事もあろうに自分自身だったのだから。
ホントに・・・オレ・・・?
目を閉じてはいるが、毎日鏡などでその顔は見ているから間違いはない。
間違いはないと思うのだが、じゃあ今こうして自分を見下ろしている自分はいったい・・・?
もしかしてオレ、死んだのかな??
死ぬと精神は肉体から離れる・・・そんなような話をどこかで聞いたことがあるが、今がその状態なのか・・・と考えていると、死んでいるはず
の自分が小さく呻って身じろぎをしたのにリョーマは目を見張った。
・・・え・・・
気のせいか、と息をつめ、その様を見下ろしていると、ゆっくりとその瞳が開く。
「・・・うそ・・・」
何で自分がここにいるのに・・・と、息を呑んでその顔を凝視すれば、彼(?)は、2、3度眩しそうに瞬きした後、ぎょっとしたような顔をした。
「これって・・・一体?」
弾かれたように身体を起こし、戸惑ったような声をあげながら、手を伸ばし、頬に触れてこようとする指をリョーマは慌てて身体を後ろに引いてよけ
ると、驚きに目を瞬く。
「君は・・・誰?」
伸ばした指を宙にさまよわせながら、硬い表情で問いかける彼。
「誰って・・・越前、越前リョーマ。」
反射的にそう答えてから、その声が明らかに自分のものではないことに気づき、リョーマは息を呑む。
「あんたこそ、誰?」
動揺を押し隠して、目の前の彼にそう問いかければ、その硬い表情が驚きに歪んだ。
「・・・不二だよ。」
「・・・え・・・」
「僕は、不二・・・周助。」
「っ!」
・・・こいつ、何言ってんだ? 不二・・・ってそんなわけないだろ??
あまりにあまりな答えにリョーマの驚きに怒りが混じるが、同時に肝心なことに思い至る。
・・・そういえば先輩は??
慌てて周りを見回すが、彼の姿はどこにもない。
そんなはずはない・・・と彼の姿を探すべく立ち上がれば、いつもより高い視界に息を呑む。
「君・・・」
立ち上がった自分をまじまじと見つめる顔はやっぱり“自分”そのもので、リョーマはこくり、と喉を鳴らす。
「君は本当に越前なの?」
「あんたこそホントに不二先輩?」
同時にそう問いかけ、見詰め合うことしばし・・・
「・・・もしかして僕達、中身が入れ替わった・・・のかな?」
「そうみたい・・・っすね。」
そう問いかける口調は声こそ違え、不二のものだとようやくわかり、リョーマはこっくりと頷いた。
どうやらこの異常事態を認めなければならないようだ。
突然起こったあんまりな出来事にリョーマは目を見張り、これも目を見張ってこちらを見ている自分の顔をした不二を呆然と見つめていた・・・