cheers!
“?”
最初に彼の異変に気づいたのはリョーマだった。
傍らに座る不二が、不意に腕を絡め、自分に擦り寄ってきたのだ。
これが二人きりだというのなら話はわかる。
でも、今はたまには息抜きしようよ、という菊丸の提案で、テニス部のレギュラー全員が集まっている最中である。
人前では手すら握らない不二のそんな行動に不審を覚え、彼を見れば、いつもは白いその頬がうっすらと赤みを帯びており、その目元もほんのりと赤くなっていて。
「・・・先輩?」
「・・・ん?」
目が合った瞬間、ふわり、と大輪の花のような笑みを返され、その美しさにリョーマはどきり、とする。
「ど・・・うしたんすか?」
でも、いつもとどこか違う不二にそう尋ねれば、
「別に、どうもしないよ。」
明らかにいつもよりも緩やかで、どこか甘えたようなふわふわとした口調でそう返され、リョーマは眉を寄せた。
「何?どうしたの、おチビ??」
そんなリョーマに目ざとく気づいたらしい菊丸が、話の矛先を彼に向ける。
「いや、ちょっと・・・」
「なあに、英二?」
「・・・不二?」
リョーマの言葉を遮ったその口調の緩やかさに菊丸も気づいたらしい。小首を傾げて不二の顔を覗き込む。
「不二、何か顔が赤いにゃ。もしかして熱でもあるの?」
「そんな事ないよ。でも、ちょっと暑いかも・・・」
そう言いつつ、不二が口にしている缶を見た菊丸はおや、というように目をみはり、次の瞬間、あーっ、と声を上げた。
「どうした、英二?」
頓狂な菊丸の声に場の視線が彼に集中する。
「不二の飲んでるあれって、もしかしてお酒じゃない・・・?」
「・・・え・・・?」
「最近CMでやってる缶のデザイン、まんまなんだけど?」
「あ!オレも見た気がする。確か売り出し中のアイドルがやってたやつっすよね?」
菊丸の言葉に桃城も頷く。
「ちょ、貸して!」
双方のその言葉に慌てたようにリョーマはその缶を不二からひったくる。
「アルコール度数 8%か、まずまずの値だな。」
もういくらも中身が残っていないその缶を脇から覗き込んだ乾が冷静に言う。
「確か不二はここに遅れてきたんだったよな。その時あいつの分の飲み物はテーブルに出ていなかったから、袋に入っているのを適当に選べ、と言ったんだよな。」
「うん、そうだった、そうだった!・・・って誰だ?こんなの買ってきたの??」
「飲み物買って来てくれたのは確か・・・大石と手塚だったよね?」
「こんな物買った覚えはない。」
「でもこれ、サンプル、って書いてあるっすよ。きっと店の人が入れたんじゃないっすか。」
「レジに行ったの手塚だったんじゃない?」
「そうだが。」
「あ、だから未成年に思われなかったんじゃないっすかぁ?」
「キサマ!失礼な事言うんじゃねぇよ。」
「でも、いくら間違ったとはいえ、未成年なのに飲酒してしまったんだよな・・・これが公になったら・・・」
「わ、大石、しっかりしろ。胃薬はどこだ?」
「今、水持ってくるよ。」
たちまちその場は蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、騒ぎの中心人物はほんのり赤い頬のままにこにこしている。
「どうしたの、みんな?」
そんな周りの景色を楽しげに見ていた不二だったが、やがてくすくすと笑いだすとリョーマを振り返った。
「・・・ねぇ、越前?」
どこか舌足らずな甘い声で自分を呼んだ不二の目は心なしか潤んでおり、見上げてくるその瞳の思いがけない色気に、リョーマはどぎまぎする。
「越前、えちぜん、えーちぜん!」
「どうしたんすか・・・?」
いきなり名前を連呼され、リョーマが戸惑っていると、首に手を回され、次いで柔らかな重みがのしかかってきた。
「ちょ・・・っ、う、わ、ああ!」
心の準備がなかったリョーマは、いきなり体重を預けてきた不二の身体を支えきれず、不二に押し倒される格好で、その場にひっくり返る。
「・・・っ・・・!」
倒れこんだ場所が畳だったため、痛くはなかったが、いきなりの出来事に目をしばたいていると、不二が再び、くすくすと笑いながら、首に回した腕に力を込めてきた。
「びっくりした?」
上気した頬と、潤んだ目のせいかいつもよりも艶っぽいその顔に甘えるような微笑みを浮かべながら頬を摺り寄せてきた不二にリョーマの鼓動がにわかに早くなる。
「せ、先輩・・・?」
「好きだよ、越前。」
「・・・え・・・」
「好き、好き、大好き!」
「す、好きって・・・うわ!」
滅多に聞けない言葉の連呼に戸惑っていると、ぐいっと不二の胸に引き寄せられ、かき回されるように頭を撫でられ、リョーマは目を白黒させる。
「ち、ちょっと・・・ぐ!!」
次いで、ぎゅっと抱きつかれたのだが、その力の強さにリョーマは思わず呻き声をあげた。
これでは抱きつかれているというより、絞められているといったほうがいいくらいだ。
いつもであればその感触と温もりを堪能するところであるが、抱擁を超えたあまりの力技に、リョーマはもがいた。
「ちょっ・・・先輩っ!苦しいってば!!」
情けない、と思いつつもあまりの苦しさに声を上げ、不二の背中を叩けば、ようやくその腕の力が少し緩み、リョーマはほっと安堵の息をついた。
そんなリョーマの耳元に不二が囁きかける。
「ねぇ・・・好き?」
「・・・は?」
「だから・・・僕の事、好き?」
「・・・え・・・?」
・・・一体どうしちゃったんだろう、この人?
いつもであればこんな事、口が裂けたって言わないし、自分からの愛の言葉だって、頬ひとつ染めるでもなくただにこやかに聞いているだけの人なのに・・・
普段の彼からは想像もできない言動にリョーマは戸惑いを超えて、テンパってさえいた。
その沈黙をどう捉えたのか、目の前の顔が口を尖らせる。
「意地悪。」
「・・・意地悪って・・・あ」
立て続けにありえない不二を見させられ、混乱していたリョーマだったがようやくあることに気づく。
この人、もしかして酔っ払ってる・・・?
よくよく見れば、頬の赤みは耳にまで移っており、自分を見つめる瞳は先ほどよりもずいぶん焦点が甘くなっている。
酔っているとしたら、彼が普通とは違うのも納得できる。
でも、酔うことでこんなに豹変するものなんだろうか・・・と驚きつつも、それならばそれで今の状況をリョーマは楽しみたくなってきていた。
「ねぇ?」
「・・・ん?」
「オレの答え・・・聞きたいの?」
「・・・うん・・・」
その顔を覗き込むようにすれば、こっくり、と頷く不二に、リョーマは目を見張り、そしてにやりと笑った。
「いいよ。でも、その前に・・・」
そう言って勢いをつけて身体を反転させると、リョーマは不二の身体を畳に押し付ける。
「軽く態度で示したいんだけど?」
不意に景色が変わったことに驚いたように目をぱちぱちさせている不二に、いたずらっ子のように笑いつつ、リョーマは、不二の顎を指ですくい上げるように上向かせ、自分の顔を近づける・・・
「えへん!えー、えへん!」
・・・もう少しで不二の唇にリョーマのそれが重なりかけた時、実にわざとらしい咳払いが複数、頭上から聞こえ、リョーマははっと我に返った。
・・・忘れてた・・・
この場にいるのは自分達ふたりじゃなかった。でも、焦点が合わないほど近くになった不二の顔を前にして、このまま止めてしまうにはあまりに惜しい。
「こら、越前!」
「!」
気づかなかったふりをして再び続きを始めようとしたが、時すでに遅く、襟首をがっしりと捕まえられ、ぐい、と後ろに引っ張られたリョーマは恨めしそうに周囲を見た。
「ほらほら、どいたどいた。」
「わ!!」
「不二、大丈夫か?」
「気分悪くない??」
まるで猫の仔の様にぽい、と脇に放り出され、むくれるリョーマを尻目に、あっという間に不二を取り囲んだ仲間は甲斐甲斐しく彼の世話をやきはじめる。
「そうだね・・・ちょっとふわふわする・・・かな?」
「大丈夫??横になる?それとも何かにもたれる??」
「うん・・・じゃあちょっと横になろうかな?」
「わかった。じゃあ隣の部屋に布団引くよ。」
「不二、立てるか。」
「うん・・・」
頷いて立ち上がろうとしたが、足元がおぼつかないらしく、不二はその場にへたり込んでしまう。
「ありゃ、こりゃダメだ。支えないと。」
「ちょっと、どいて。」
ざわめくその輪を押しのけるようにして不二の元に近づいたリョーマは誰よりも早く揺らめくその身体を支えた。
「大丈夫?」
そう言って覗き込めば不二はほっとしたように笑い、小首を傾げた。
「ね?君が支えてよ??」
「いいっすよ。」
指名されて不二の腕を取ったリョーマだったが、何かを思いついたのかにやりと笑う。
「・・・やっぱさ、目の前でオレ以外の奴に触らせたくないね。」
「!お、おい、越前!」
不意にお姫様よろしく不二を横抱きに抱き上げたリョーマに周囲はざわめいた。
「無理するなって。危ないだろ!」
小さなリョーマが自分よりも大きな不二を抱き上げている様子はいかにもアンバランスで危なっかしく、見かねた幾人かが手を出しかけるが、リョーマはひと睨みでその動きを牽制する。
「大丈夫っすから。」
おせっかいな動きが止まったところでもう一言念を押し、歩き始めたリョーマのその足取りは、少々おぼつかない所はあるが思ったよりもしっかりとしており、周囲からはほっと安堵のため息が漏れた。
そんな気配を察し、リョーマは軽く苛立ちを覚えつつもリョーマは慎重に歩を進める。
「大丈夫?」
「・・・;あんたまでそんな事聞く?」
腕の中の不二にまでそう聞かれ、顔をしかめれば、彼はくすくすと笑ってリョーマを斜め見る。
「だって落とされたら痛いもん。」
「落とさないっすよ。」
そんなかっこ悪い事死んだって出来ない。ましてや腕の中にいるのは不二である。
腕の中の不二は、幾度かふざけて抱き上げた時よりも重たく感じられたが、今、彼の全てを自分が預かっているのかと思えば嬉しくて。
後はもう少しスマートにリードできれば言う事はないのだが・・・とリョーマは成長過程の身体を少々恨めしく思いつつも、不二を抱き上げている腕に力を込める。
そんなリョーマの行動が嬉しくて、不二は彼の首を抱く手に力を込め、彼の胸へと頬を摺り寄せる。
伝わってくるリョーマの体温は自分よりも幾分高い。
自分を抱える事でかなりの力を使っているのか、その鼓動も少し早くて、不二はふと彼と肌を合わせている時の事を思い出す。
初めて彼が自分に触れてきた時、その指先の動きはぎこちなく、細かく震えていた。
その震えを見て、およそ物に動じることなどないだろうと思っていた彼が緊張しているのだとわかった時は、一瞬ためらった。
まだ幼いともいえる彼とこんな関係を結んでいいのだろうか、と。
でもどんな形でもいい、彼が欲しいと思う気持ちはどうしても抑えられなくて。
・・・そんな卑怯な自分の欲望を彼は知っていたのだろうか?
「ねぇ、越前?」
自分の呼びかけに瞳を落とすリョーマはまだ幼い少年の顔をしている。
そんなリョーマに罪悪感と、それ以上に誰にも渡したくない思いが巻き起こり、不二はその首を引き寄せる。
「な・・・ん!」
いきなりその唇に唇を押し当てれば、リョーマから驚きの声が漏れるが、不二は構わずリョーマの隙をついて深く求めていく・・・
「!だ、大丈夫か?」
順調に足を運びつつあったリョーマの動きが不意に止まり、しばしの静止の後、いきなり腰から砕けるようにその場に尻餅をついたのを見て周囲は驚きの声をあげ、彼の元へと駆け寄った。
尻餅をついてもなお、不二を腕から放さなかったリョーマではあったが、その頬を赤くし、憮然とした顔で不二をにらんでいる。
対する不二はといえばくすくすと笑いながらそんなリョーマを見つめており、何が起こったかわからない周囲はただただそんな二人を見つめるだけであった・・・
「・・・まだ怒ってるの?」
横たわった自分の傍らで姫を守る王子よろしく寄り添っているリョーマだったが、まだ消えない不機嫌そうな表情に、不二は苦笑を浮かべる。
「・・・怒ってなんかいないっすよ。」
ぷい、とあさっての方向を向きつつも、自分の髪を撫でるのをやめないリョーマに不二はちょっと笑ってそっとその指を絡める。
「ごめん、ちょっといたずらが過ぎたみたいだね。」
さっきとは打って変わって神妙にそう呟いた不二にリョーマの手の動きが止まる。
「先輩?」
「なんかさ、あれ飲んだらすごくいい気分になってさ、いつもなら出来ない事が出来そうな気がしてきちゃってさ。」
「先輩・・・」
「怒らせたんなら謝るよ・・・ごめん。」
そのまま目を伏せた不二をばつが悪そうにリョーマは見下ろす。
酒の力を借りたとはいえ素直に甘えてきてくれた不二に対して、自分はいいところをロクに見せられず、そればかりか拗ねてさえいた。
そんな自分を気遣う不二の謝罪の言葉に精神的にもまだまだ子供だと気づかされ、リョーマはため息をつく。
誰の前よりもカッコよくいたいのに、いつも素になってしまう、今の現実が悔しくて。
「・・・っ、あーもう!!」
「!え、越前!?」
いきなり叫んで自分に抱きついてきたリョーマに不二は目をしばたいた。
「え、越前?」
「あー、カッコ悪!ホント最悪!!」
そのまま不二の胸に顔を埋めて駄々っ子のように首を振るリョーマ。
「えち・・・」
「でも、好きだ。オレ、あんたがすごく好きだ。」
「越前・・・」
離すまいとするかのようにぎゅっと自分の胸元を掴むリョーマの髪を撫ぜようとした不二だったが、ちょっと笑うとその小さな背にその手を回す。
その身体はやっぱり少し熱くて、その温もりに不二は満足そうに目を閉じる。
「ねぇ、もう一度聞かせてほしいんだけど・・・」
「・・・・・」
「先輩、オレの事、好き?」
「・・・・・」
「・・・先輩?」
自分の問いかけに一向に返事がないのに、リョーマが顔を上げれば、自分に腕を回したまま不二は安らかな寝息を立てていた。
「先輩・・・」
いつかは・・・でも、そのいつかは手の届かないほど遠くじゃないよね?
その寝顔はいつもよりもあどけないように思え、その無防備さが嬉しくてリョーマはその身体をぎゅっと抱きしめる。
「こら、越前!」
「今離れると不二先輩が起きちゃうっす。」
周囲の声にわざとらしく声をひそめてそう返しながら、リョーマはその目を閉じた。