代償行動
カウント 6−0
あっけなく終わってしまった試合にリョーマは不満を隠し切れなかった。
“またか”
舌打ちしたいのを何とかこらえ足早にコートから出た自分にノートを片手にした乾が近づいてきた。
「・・・不満か。」
「・・・まぁ」
・・・どうやら不機嫌が顔にしっかりと出ているらしい。でもいまさら取り繕う気もなく、軽く肩をすくめてみせる。
「仕方ない。他校のオーダーまでこちらで決めるわけにはいかないからな。」
そんな自分に乾は彼らしく理詰めで返す。
大石率いる新体制になって、他校を呼んでの練習試合を頻繁に行うようになり、色んな相手と試合が出来るのはいいのだが、リョーマの実力がぼつぼつ知れ渡ってきた今も、ともすれば1年というリョーマの学年でオーダーをぶつけてきがちだ。
その結果、力の半分も出せずに試合が終わってしまい、その度に中途半端にくすぶる熱だけ体に残っていく。
「でも今の試合だって完璧だったというわけではないぞ。3ゲーム目に入ったところのサービスの角度だが・・・」
自慢のノートを繰りつつ、乾が脇で話し出すのを適当に聞き流しながらコートの一面に目をやれば、こちらも試合が終わったのかラケットを下ろし、不二が相手に握手を求めているところだった。
それを見たリョーマの眉がふっと寄る。
「先輩、試合終わったんすか?」
大してかいてもいないだろう汗をタオルで拭いながらこちらへ歩いてきた不二にリョーマが無愛想に尋ねる。
「うん。」
「カウントは?」
「6−0だ。」
乾が会話に割って入る。
「序盤から不二の流れで試合が進んでいたな。カウントを取るのにもそう苦労しなかっただろう。」
「そうでもないけどね。」
そう言う乾に不二は小さく苦笑いしている。
「謙遜か?まぁいいけどね。」
自分に話しかけつつも、見るところは抜かりなく見ているあたりは大したものだとリョーマは思う。全く器用な先輩だ。
「?」
・・・そのままつまらなそうに黙ってしまったリョーマに不二は小首を傾げ、その訳を求めるかのように乾を見る。
「代償行動だな。」
「代償行動?」
乾の口から出てきた言葉に不二が軽く目を見開けば、乾は軽く肯いて眼鏡のつるを押し上げる。
「そう、越前は自分が満足できるプレイができなかった分、不二の試合を見てストレスを発散させようとした・・・」
その乾の言葉にリョーマがじろりと彼をななめ見る。
「しかしそれは不二の試合がすでに終わっていることによって叶わなかったので越前は機嫌を損ねている・・・違うかな?」
「・・・・・」
「図星、か。」
そう言って低く笑う乾の笑い声が耳障りで、リョーマは思い切り眉をしかめる。
乾の言う事は当たっていた。
せめて不二のプレイを見ればこのイライラも少しは解消されるかと期待したのもつかの間、あえなくその考えは消え、しかもそれをあっさり乾に見透かされた事によって不機嫌はいっそう募った。
“もし、オレが先輩と当たってたらこんな思いはしなくてすむのに。”
乾と何やら話している不二をちらりと見て、リョーマはため息をつく。
とことん追いかけて追い詰めてやるのに・・・
コートではAコートの河村の試合が終わり、その後に菊丸と大石のダブルス、自分と不二の後に海堂と桃城がコートに入り、それぞれ試合を始めていた。
こちらは適度に骨のある相手らしく、どの試合もラリーが続いているのを見ながらリョーマは軽く舌打ちする。
これではしばらく試合は終わりそうにない。
しかも試合は始まったばかりで、このイライラはまだ発散することは出来ない。
親指の爪に軽く歯を当てながらじりじりする思いでコートを見ていたリョーマはふと何かを思いついたようにその視線を巡らせる。
乾は試合の終わった河村のところへ向かっており、部員達はみなそれぞれ付いたコートの応援に気を取られ、コートに立つレギュラーは試合に集中している。
そして・・・自分から少し離れた位置で試合を観戦している不二。
「・・・・・」
先ほどの試合の後も留めず、静かにコートを見つめているその横顔を少しの間見ていたリョーマは薄く笑うと帽子の鍔に手を当てた・・・
「先輩。」
呼ばれる声に試合から目を離して振り返れば、いつもより目深に帽子をかぶったリョーマがすぐ傍まで来ていた。
「・・・何?」
「ちょっと・・・」
そう言ってきびすを返し、歩き出した後輩に小首を傾げながらも、不二は素直にその後に従った。
そのままクラブハウスの前に立ったリョーマが扉を開けるように目で促すのにも別に深い考えを持たずに従った不二は、室内に足を踏み入れた途端、いきなりその背を突き飛ばされる。
「あ・・・」
とっさの事で踏みとどまれず、床に倒れこむように膝と手をついた不二は振り返りざまリョーマに体を組み敷かれ、軽く息を呑んだ。
「・・・な・・・に?」
「・・・しようよ。」
不二の身体に馬乗りになり、両手首を床に押さえつけながらリョーマは真っ直ぐ彼を見下ろす。
「今したいんすよ、すごく・・・」
「!」
いきなり投げつけられた言葉と、その大きな瞳が湛えている危険なほどの不遜な色に押されて一瞬不二はひるむ。
その隙を突いてリョーマはその唇を自分の唇で覆った。
柔らかな唇をきつく乱暴に吸い上げ、いきなり深く口付ければ、不二は苦しげに喉を鳴らし眉を寄せ、かぶりを振って逃れようとする。
そうはさせまいと不二の舌を深く絡め取り、強く優しく吸い上げればそれに反応するように細かくその身体が震えだす。
「・・・ぅ・・・く・・・ん・・・」
濡れた唇を甘噛みし、更に深く求めればその身体の戦きは大きくなり、リョーマへと伝わる。
・・・半ば強引に不二の身体に覆いかぶさる形でする口づけは、いつものそれとは違った刺激でリョーマを夢中にさせた。
いつもなら考えようもないことだが、たまりきった熱のせいだろうか。
まだ冷たいこの人の身体が心地よくて・・・憎らしい・・・
「や・・・めっ・・・!う」
・・・呼吸も奪うほどの深いキスを繰り返され、荒く息を乱しながらも不二は何とかそれから逃れようと小さくもがき続けていた。
その抵抗にようやくリョーマの唇が離れ、自分の手を戒める彼の右手の力がわずかに緩む。
その隙を突いて不二がリョーマの手を振り払えば、その手は勢い余って、鋭くリョーマの頬を打ちすえ、彼の帽子を部屋の片隅にまで飛ばした。
「!」
部屋に響いた乾いた音と手のひらに残ったその感覚にはっとして不二がリョーマを見上げると、彼は打たれたままの角度で深く首を俯けていた。
その表情は零れる髪の影になって見えない。
「えちぜ・・・」
そんな彼に声をかけようとした不二は、次の瞬間、俯いているリョーマが唇を吊り上げたのを見てはっとした。
・・・とっさに身を翻そうとしたが、既に遅かった。
素早く右手首と左手首をひとつにされ、それらをリョーマの左手が押え込む。
「痛・・・っ!」
再び床に縫いつけた両手首を容赦なく体重をかけて押さえつけ、先ほどよりも強く握り込めばその拘束に不二は小さく声を上げ、軽くもがく。
「逃がさないよ・・・」
鋭い、まるで獲物を追いつめるような目をして不二を見下ろしながらリョーマはそう言い放つと開いている右手を不二のポロシャツの下へと差し込んだ。
「・・・試合してたのにあんたの身体、まだ冷たいね。」
さらさらとして滑らかなその肌はその冷たさもあいまってまるで上質の陶器のようで、その感触を楽しむようにリョーマは腰のラインから脇腹、そして胸元へと手を這い上らせていく。
「試合、満足できた?」
そう囁きながらその胸を手のひら全体でゆっくりと撫で上げれば、その動きに不二が息を詰め、身を竦めるのがわかりリョーマはその唇に薄い笑みを刻む。
「・・・っ!」
加えられる刺激に固くなって立ち上がった胸の尖りをリョーマの指先が甘く咬み、その刺激に思わず声を上げた不二は、自分の立てたその声にはっと我に返る。
クラブハウスの窓は開いており、そこから外の喧騒が風とともに流れ込んでくる。
大きな声を立てれば外に聞こえてしまう。
試合の終わっているメンバーもいるし、レギュラーでないものも応援の名目で部活に来ている。
そんな人間達がいつこの部屋に入ってきてもおかしくはないのだ。
・・・もし誰かが気づいたら。気づかれないまでもドアを開けられたら・・・
そう考えている間もリョーマの手は肌の上で蠢き続けている。
いつもとは違う片手だけのその不自由な動きが、返って隠しておきたい欲求を煽り、不二は声を殺そうと唇を噛み締める。
「声、出さないんすか?」
そんな自分を見下ろして嘲るかのようにリョーマが言う。
「やっぱりあんたっていつでも余裕だね?」
「・・・・・」
そう言う自分から顔を背ける不二にリョーマは目を細めるとその耳元で呟いた。
「熱くさせてみたい・・・あんたを・・・」
「!」
自分の手首を押さえつけていた力が去るのとほぼ同時に下半身が外気に晒される感覚に不二は息を呑んだ。
「や・・・・!」
恐れは現実のものとなった。
出口を求めた熱が集まり、反応を見せ始めていたそれに唇をかぶせられ、不二は抗いの声を上げ、身を捩じらせる。しかしリョーマはそれを許さず、強引にその足を割り込み押さえつけ、更にその顔を深く埋めた。
「・・・う・・・ぁ・・・ぁ」
・・・自分の腿に散った後輩の黒髪が蠢くたび、背筋を、身体を電流のように駆け抜ける強烈な刺激に、不二は眉を固く寄せ、身体を突っ張らせるようにして耐え、必死で声を殺そうとする。
自分の頭を引き剥がそうと自分の髪を掴む不二に、そんな抵抗は無駄だと言わんばかりに、後輩はそれを舌と指でいっそう意地悪く残酷に煽っていく。
「・・・っく・・・ん・・・」
欲求を無理に押し殺そうとする反動なのか、皮肉にもいつも以上に鮮烈な快感が自分を包みこもうとする。
リョーマの髪を掴む手にも力が入らず、逆に招きよせるような動きを取ってしまい、目の眩むような思いの中、それでも不二は耐えようとする。
そんな不二に焦れたのか、不意に後庭に伸ばされた指が中を穿ってきたのに不二は身体を跳ねさせ、鋭く息を呑んだ。
「!っく・・・っ・・・ぅあ・・・あ!」
そのまま奥箇を探り、突き上げてくる容赦のないその動きに、不二は体を震わせ、たまらず声を上げる。
「・・・っ!・・・あ・・・あっ!」
・・・一度出してしまうと堰を切ったようにとめどもなく声がこぼれだす。
抑え切れなくなったそれを少しでも殺すため、不二は固く眉を寄せ、自分の指に歯を立てる。
しかしその身体をすでに知っているリョーマの動きは性急に、だが確実に彼を追い詰め、なす術もなくその熱に煽られ、不二はただ身悶える・・・
・・・と限界の近かった身体から不意にリョーマの身体が離れたのに不二は薄く目を開けた。
“・・・あ・・・”
次に彼が何をするかを悟った不二は、朦朧とした意識の中、体を反転させベンチへと手を伸ばした。
“これ以上は・・・もう・・・”
ベンチにすがりつき、身体を床から起こす。
何とか体勢を整えようとベンチに両手をついたところで、背後から捕らえられ、その手の力強さに不二は息を呑み、身を震わせた。
「・・・っう!」
そのまま背後から迫られ、力強く一気に穿たれた不二は両腕を突っ張らせると、その背中を大きくしならせ、呻くような声を上げた。
「先輩・・・」
・・・自分を深く銜え込んだままがくりと崩れ落ちたその身体。
その艶やかな白い背中を宥める様に撫でつつ、リョーマは唇を押し当てる。
「え・・ちぜ・・・」
力を失った上半身をベンチに預けた不二は荒い呼吸の下、のろのろとその顔を上げ、リョーマをななめ見る。
「・・・ごめん・・・」
紅潮した頬に乱れた髪を張り付かせ、潤みを帯びた目で自分を見上げてくる不二を背後から抱きしめ、リョーマが囁きかける。
「・・・この熱、鎮められるのあんたしかいない・・・だから・・・」
埋め込んだ腰を軽く蠢かせれば、固かったその身体が徐々に柔らかく自分に馴染んでいくのを感じ取りリョーマはうっすらと微笑む。
「オレの熱、受け止めてよ・・・」
軽く不二の肩甲骨に歯を立て囁けば、ひくり、とその身体が動き、小さく吐息が答える・・・
「・・・っ!・・・っ!・・・あ!」
・・・激しい愛撫を再開し、動き始めた自分にもう声を抑える余裕もないのか、艶めかしい声が不二の唇からとめどなくこぼれ落ちる。
「・・・身体、熱くなってきた・・・?」
淡く背中に浮いた汗、その艶めかしい肌から香る不二の匂いにリョーマは目を細め、その頬を摺り寄せる。
その摺り寄せる頬、自分に重なる身体こそ燃えるように熱くて不二はその熱に目まいを覚える。
この熱には抗いきれない。触れられ求められれば、たぶんそれ以上に求めずにはいられない・・・激しく、深く、きりもなく。
そんな隠しておきたい自分の激しすぎるほどの欲望を暴かれ、晒されて。
・・・そして理性が欲望に負ける。
「・・・先輩?」
・・・不意に不二が振り返り、肩越しに自分を見上げてきたのにリョーマは訝しげに眉を寄せる。
「君が・・・悪いんだからね・・・」
掠れた声とともに向けられたその微笑にふとリョーマがたじろぎの色を見せる。
しかしすぐにその口元に不敵な笑みを浮かべ、リョーマは不二を追い上げ始める。
「・・・!・・・」
・・・極みを迎え、ひときわ大きくもれた不二の声は、外の歓声とともに聞こえてきたホイッスルの音とともに交じり合い宙に弾けた・・・
・・・自分の髪を梳いていた指が離れ、傍らに座っていたリョーマが立ち上がった気配に、不二は閉じていた目をうっすらと開けた。
「・・・行くの?」
呟くように言った言葉だったが彼の耳には届いたらしく、立ち去りかけたその足が止まる。
「試合始まりそうっすからね。」
その言葉にうつ伏していた顔をベンチから上げ耳を澄ませば、先ほどまで賑やかに聞こえていた声が少し静まり、試合の切れ目を告げる外の雰囲気が伝わってくる。
「次は・・・誰と試合なの?」
「さあ・・・」
素っ気無いリョーマの返事に、不二は気だるげに乱れた髪をかきあげつつ彼を振り返る。
「楽しめる相手だといいね?」
そう言って笑みを湛えた流し目でリョーマを見上げれば、彼は軽く息を詰めて自分を見つめる。
「・・・そうっすね。」
しかしすぐにリョーマはその唇に不敵な笑みを浮かべ、そんな不二の視線に背中を向けてドアへ向かう。
その煽るような瞳に危うく絡め取られそうになる自分を感じ、先ほどより幾分熱くなった身体に自嘲の笑みを刻みながら・・・
君の中に燃えるその熱。
これからどのくらいの人間が君のその熱に触れ、夢中になるのだろう。
ドアの外へ消えるその背中を見送りながら、不二はふっと目を細める。
自分を追い詰めたあの瞳を思い出せば、背筋を戦慄のように黒い感情が駆け抜けていく。
・・・でも。
でも、どれだけの人間がその熱を受け止めることができるのだろう?
「・・・っ」
立ち上がるべく投げ出した下肢を捩った不二は奥箇から溢れ出てきた彼の名残にふと眉を寄せる。
“代償行動・・・か・・・”
その感覚に不二は軽く身体を震わせつつゆっくりと微笑する。
“君が思っているよりずっと僕の代償は高いかもしれないよ?”
・・・それは淡く、冴えざえとしていながらぞくぞくするほどの艶めかしい微笑。
まるで不二の本質を表すかのように底の見えない美しさを湛えたそれは、先ほどリョーマをたじろがせたもの。
内腿を伝い落ちていくそれは、彼に与えられる戯れにも似た甘さを思わせ、不二のその微笑をより深いものに変える。
「君が・・・悪いんだからね・・・」
先ほど呟いた言葉をもう一度唇の端に上らせ、不二はゆっくりと立ち上がる。
“僕を選んだ・・・君が・・・”
笑みを浮かべたまま、不二はコートへと向かう。
彼との行為を埋める新たな代償行動を起こすために・・・
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