an especial day



レ、越前リョーマは、クリスマスイブの朝を恋人のベッドの中で迎えていた。

…と言えば聞こえはいいが、実際のところは色気なんてあったもんじゃなくて。

頭は激しく痛み、全身を包む気だるさはハンパなく、一晩中熱い抱擁の果てに、オレの腕でまどろんでいるはずだった恋人は枕元に腰掛け、難しい顔をしてオレの脇から取り出した体温計を見て大きなため息をついている始末だ。

 「…もう、あんまり驚かせないでよね。」

 「…っス。」

 「来るって連絡もないし、来て早々これだもん、全く心臓に悪いよ。」

空港に着いた足ですぐに向かった彼のアパート。

突然の訪問に驚く彼を抱き寄せようとした腕が見事に空を切り、その場にへたり込むまで自分がここまで具合が悪いなどと思ってもみなかった。

慌てた先輩が今は医者の卵である大石先輩を呼んでくれ、大石先輩は知り合いの医者とともに来てくれたのだったが、過労と、それから来る風邪、と診断が下るまでのこの人の顔色ったらなかった。

 「ホントに君って子は自覚がなさすぎるよ。自分の立場ってものをわかってる?」

今は落ち着きを取り戻した先輩は、呆れたような、怒ったような口調でそう言ってオレを睨む。

そこそこ大きい試合にも出られるようになり、そこでもそれなりに順調に勝ち進んで、ランキングも上がってきている。日本でもぼつぼつ顔を知られてきていて、今が大事な時なんだよ?と強く言われ、オレは小さくため息をつく。

 「…ごめん。」

…頭が痛くてまともに思考が回らない。言いたいことはたくさんあったけど、先輩に余分な心配と手間をかけさせてしまったのは事実だ。ひとまずオレは素直に謝ることにする。

そんなオレの受け答えが意外だったのか、先輩は目を瞬く。

「…風邪くらい誰だってひくよね。」

ややあって、苦笑いしながら先輩はオレの額にそっとその手を乗せた。

 「少し言い過ぎたね…ごめん。」

先輩の手はひんやりとしていた。久しぶりの優しい感触といつものように柔らかくなった声に頭痛も和らいでいく気がする 。

「でも、どうしてこんな身体で長旅なんてしたの?こんなになるくらいだからここに来る前から自覚はあったでしょ?」

先輩の言う通り、数日前からなんとなく体の調子のよくない事はわかっていた。

でも帰国することばかりに気を取られていて、そんな事はすっかり頭から抜け落ちていた。

そう、この日に帰ってくることはオレにとって重要なことで。

「…今年は、今年こそは一緒に過ごしたかったんだ。」

「え?」

「あんた、オレがあっちに行ってからずっとひとりでクリスマスを過ごしてるって聞いた。」

それは英二先輩とのメールのやり取りから知ったことだった。

英二先輩はこの人の傍にオレがいない寂しさを気遣ってちょくちょく誘い出してくれているらしい。この人もそれに応じて気を紛らわせているらしいのだが、そんな彼が絶対に応じない日があると綴られていた。

それがクリスマス。

世間が一番盛り上がる日に一人は寂しいはずなのに不思議なんだよね。

もしかするとその日だけを一緒に過ごす奴がいるかも…などと余計なことも付け加えられていたが。

それを真に受けたわけではないけれど。でもずっとそんな華やかな時間をこの人と過ごすことからは遠ざかっていたから気になって。

 「こっちでは結構大きいイベントなんでしょ?その…恋人とかの。」

何を言われているのかわからない、といった戸惑った表情をしている先輩にオレは探るように尋ねる。

 「もしかして一緒に過ごす奴がいたり…する?」

 「…そっか。英二あたりだね。そんな事君に吹き込んだのは。」 

と、ようやく納得がいったのか、先輩は軽く目を見開き、ちょっと笑った。

 「確かにクリスマスって大きなイベントだけど、僕にとってはそんなに重要な事じゃないよ?」

 「?」

今度はオレが首をかしげる番だった。重要じゃない、っていうんなら英二先輩とかの誘いに乗って遊びに出たっていいわけで。

 「今日って日は僕にとってイブなんかよりもずっと意味のある日なんだけどな?」

わからない?そう小さく笑みを含んだ声で言って、先輩はオレの耳元近くに顔を寄せる。

オレを見つめるその瞳は優しく、甘く、艶やかな笑みを湛えた顔は息をのむほど美しく、頬が上気するのを感じる。

 「意味のある日…?」

心臓がうるさいほど高鳴って考えもままならないのはやっぱり風邪のせいだろうか。それともこの美しい人のせいだろうか。先輩の言葉をおうむ返しのように繰り返せば、その笑みがゆっくりと深くなる。

「…大切な人の生まれた日を他の人間と過ごすほど僕は薄情じゃないんだけどな?」

耳元でそう囁かれ、額に触れていた先輩の掌がオレの瞳を覆う。

視界を奪われた数秒後、頬に優しく温かな感触が触れた。

キスしてくれたんだ、そう気づいた時には目隠しは外され、少しはにかんだ笑顔がオレを見ていて。

「…おめでとう。」

 「え…」

 「今日は君の誕生日でしょ。」

 「あ…」

そうだ、そういえば今日はオレの誕生日だった。今の今まですっかり頭から抜け落ちていた。

 「もしかして忘れてた?」

その指摘に正直にこくり、と肯けば、先輩はおかしそうに笑って。

「毎年、山のようにプレゼントとかもらうのに?」

「クリスマスと一緒にしてる人、多いから。」

時節柄、ファンと称する人間からもらうカードの殆どにはハッピーバースディよりも先にメリークリスマスと書かれている。

それを見ていると誕生日を祝ってもらっているという気は全くしない。というか自分の中でも誕生日はクリスマスと一体化している感があって、それに慣れてしまっていたから。

 「僕にとっては今日は唯一無二の日だよ。誰ともなんて比べられない…たとえ神様でもね。」

そう言って髪を撫でてくれる先輩の手はとても優しくて気持ち良くて、胸が熱くなる。

この人は本当にオレを大切に思ってくれている。それが痛いほど伝わって。

「…ねぇ。」

 「?なぁに?」

「うつしたら、ごめん。」

そう断るとオレは彼の首裏を引き寄せ、その唇に唇を重ねる。

 「…会いたかった、すごく。」

 「…うん。」

 「あんたのことばっかり考えてた。」 

 「そう…」

 「話したいこといっぱいある。」

 「…わかった。でもとりあえずは少し休んで?」

 「うん…」

風邪をうつすかも、そう思いつつオレは先輩の身体が離せずにいた。

そんなオレを先輩も優しく抱き留めてくれていて、その温もりに心から安心する。

 「…産まれてきてくれてありがとう…」

…眠りに落ちる寸前、先輩が耳元でそう囁いたのが聞こえた。

オレを抱きしめる手に力が込められ、そして唇に落ちた柔らかな感触。

 あ…

抱きしめ返したかったけれど眠りに絡めとられて、力が入らない。

…目覚めたら、あんたを抱きしめよう。

抱きしめて告げよう。きっとオレはあんたに会うために産まれてきたんだ、って。

 愛してる…

呟きは声には出なかったけど、オレは満ち足りた気持ちでゆっくりと眠りに落ちていった…