“・・・流れ星が消えない間に願いをかけるとそれは叶う、と言われています・・・”
アナウンスと共にスクリーンの明かりが一気に落ち、濃さを増した空からひとつ、またひとつ星が落ち始める。
“さあ、みなさんも空に願いをかけましょう・・・”
「・・・本当に綺麗だね。」
長く尾を引く流星。それがいくつも空からこぼれる様は作り物とわかっていてもため息の出るような美しさだ。
「一体誰が思いついたんだろうね。流れ星に願いをかける事なんて。」
それは流れ星を見る事の珍しさに縁起を担いでの事なのだろうが、こういう光景を見ると本当に信じてみたくなる。・・・星が運んでくる幸運とやらを。
「・・・君は何か願い事ある?」
「願い事・・・すか?」
「君はどんな願い事をするのかな??」
そう言ってその視線を彼に向ければ、リョーマは戸惑ったような顔をしていて。
「・・・願い事なんて、しないすよ。」
「?どうして??」
「だって・・・自分の願いは自分の力で叶えるから。」
実に彼らしい返事だ。常に自分の足で地を踏み、前を見つめようとしている。
引く事なんて考えていない。仮に一度や二度失敗したとしても、いつか望んだ事は叶える、叶えられると信じてるその生意気さに一種の清涼感すら覚え、不二は淡く微笑む。
「越前・・・?」
・・・と、重ねられていた手のひらが意思を持って自分の手を握り締めてくるのを感じ、不二は軽く目をしばたいた。
「ねぇ?」
「ん?」
「・・・もしもあんたがオレの前から消えようとしても、それって無駄だから。」
「・・・え?」
「だって出会っちゃったし・・・もう始まっちゃったから。」
スクリーンの空から雨のように星が降りそそぐ中、そう言って自分を覗き込む彼の表情はその明るさの影となってはっきりとはわからない。
でも、その口調は恐ろしく真剣で。
「越前・・・」
「・・・オレの前から黙って消えるなんて、絶対許さないから。」
耳元でそう囁かれ、その熱さに心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「・・・じゃあ黙って、じゃなかったらいいの?」
そんな柄にもない動揺を悟られたくなくて、わざとおどけたように彼の言葉の揚げ足を取れば、
「あんた、人の話聞いてないの?」
呆れたようにそう返され、彼の指が自分の顎を軽くすくい上げる。
「言ったでしょ?もう始まっちゃった、って。」
「越前・・・」
「オレがあんたを逃がすほど間抜けだと思ってるの?」
・・・それは精一杯の虚勢。
常に不二に感じている不安と焦りとを悟られまいと何気ない風を装って、でも少しばかりの緊張を持って、リョーマは不二の瞳を覗き込む。
この瞳に映っているのが自分だけならいいのに・・・
“皆さんはどんな願い事をかけましたか?叶うといいですね・・・”
アナウンスが間遠くなり、少しずつ、空が明るくなり始める。
君は、星になんか願いをかけない、そう言うけれど・・・
まだ幼さの残るその顔を見つめながら、不二は胸の内で呟く。
僕は星に願いをかけるよ。・・・それが必ず叶えられるというのなら。
それは・・・
流星の雨も終わりに近づいたのか、一際大きい星がゆっくりとスクリーンの夜空を横切っていく。
その眩しさに目を細め、その願いを呟こうとした唇が優しい温もりに塞がれた。
閉じられた瞳の裏でゆっくりと夜が明けていく・・・
「・・・ひどいよね。」
「何が?」
「君が。」
自分の言葉にきょとん、としたような表情を向けたリョーマに、不二はくすり、と笑い返す。
「せっかく願い事をかけよう、そう思っていたのに邪魔するなんて。」
「願い事?」
「流れ星、消えちゃったんだけど?」
「・・・あ・・・」
その言葉にリョーマはプラネタリウムの上映が終わっていた事にようやく気づく。
「僕は君と違ってリアリストじゃないんだけどな?」
星空の下のキスに自分も酔ってはいたが、そんな事はおくびにも出さず、すました顔で不二はそう言うと、いたずらっぽい目つきでリョーマを見る。
「・・・それってオレには叶えられない事?」
「・・・え?」
「・・・だから、オレには叶えてあげられないことかって聞いてるの。その願い事?」
口調だけはいつものごとく生意気だが、それはどことなく不安そうで、たまらず不二は吹き出す。
「ちょっと!そこ笑うとこ?」
「・・・ごめんごめん。」
自分の反応が癇に障ったのか、不機嫌そうにじろり、と睨みあげてくるリョーマ。
“・・・あいにく君にしか叶えられない事なんだけど・・・”
そう言いたい気持ちをぐっと抑えて不二は彼をただ微笑みながら見つめる。
「・・・ありがと。」
「・・・答えになってないっす。」
「いいの。」
なおも不機嫌そうに自分を見上げてくるリョーマに不二は微笑みつつ、彼の顔にその顔を寄せる。
「!な・・・んなんすか??」
・・・不意に頬に唇を押し当てられ、その思いがけないリアクションに驚いて彼を見れば、そんな自分の反応を面白がるようににっこりと笑っている不二がいて。
「だから、いいの。」
・・・何が何だかちっともわからない。
こうしてにこにこと笑っている時の不二からは何一つ聞きだせない。
でも、その笑みは上機嫌な時のそれなので、リョーマは煮え切らない思いながらも肩をすくめる。
「・・・で、次はどこ行くの?」
「え?」
「願いをかけそびれたって言って、まさか二回もプラネタリウム見るつもりじゃないでしょ?」
「・・・そうだねぇ・・・」
・・・ちょっとはしゃぎすぎたかな?
リョーマのその言葉にここが公共の場だという事を思い出し、不二は苦笑する。
「とりあえず、ご飯食べようか?」
照れ隠しに勢いよく立ちあがると、不二はリョーマを振り返る。
「もうすぐお昼だもんね。お腹空いたでしょ??」
・・・そういえば・・・
今朝は寝坊して朝食どころではなかったし、すっかり忘れていたが、言われてみれば空腹だ。
「君、朝ごはん食べてこなかったんでしょ?」
そんなリョーマを見透かしたかのように不二がくすり、と笑う。
「ね、僕、行きたい所があるんだけど・・・」
「ちょうど座れてよかったじゃない?」
「はぁ・・・」
「お昼どきだから待つかな、と思ってたんだけどね。」
「・・・席はともかく、あんまりこういう所は待たないんじゃないんすか?」
リョーマは少々呆れたようにそう言って肩をすくめる。
ここはどこにでもあるファスト・フードの店。
それによりにもよって学校帰りに立ち寄る店と同じ系列のものときている。
「気に入らない?」
「・・・一応始めてのデートなんすよね?オレ達??」
・・・この店を見つけた途端、不二がさっさと中に入ってしまったため、仕方なく自分も後に続いたが、色気もそっけもないこの雰囲気はいただけない。
せめてファミレスくらいなら・・・と内心ため息をつくリョーマに対して、不二はといえば上機嫌な様子だ。
「僕は君と一緒に来たかったんだ。こういうとこ。」
そう言って無邪気に笑い、ポテトなどを摘み上げている。
「ね、越前?」
「何すか?」
「君はよく来るの?こういうとこ??」
「・・・よく来るって、まああんたよりは来てるんじゃないかな??」
好きではないが、学校帰りの空腹を満たすには手ごろな場所ではあるし・・・と思いつつ、不二を見れば、彼は自分の視線に小さく微笑み返してくる。
“?”
その笑顔の裏に瞬間ではあるが寂しそうな色がよぎったのを見つけ、リョーマは眉を寄せた。