サボテン今昔 22
エケベリア・サブリギダとカンテ

 美しく白粉をまとった大柄なエケベリアが「サブリギダ」として我々の前に登場したのはいつ頃のことだったか。正確な記憶はないが,昭和
30年代の終わり頃(1960〜?)ではなかったか。以来ほぼ40年にわたって多くの栽培家がこの植物を愛培して来た。

Echeveria cante(カンテ) Echeveria subrigida(サブリギダ)

 ところが、今から10年前アメリカのカクタス雑誌CactusSucculent Journal vo169No5 1997にこの植物をEcheveria subrigidaに同定するのは誤りで、植物学的に正しいEcheveria subrigidaは別の植物である。そしてこれまでEcheveria subrigidaとされて来た植物をカンテEcheveria canteと命名する。という記事が掲載された。2種の写真を見ると、誰が見ても別種と識別出来るほど違っており何故、この2種が取り違えられたか理解に苦しむ。

 この記事の執筆者(調査者)はCharles Glass (故人)とMarlo Mendoza-Garcia。記述によれば、サブリギダタイプのエケペリアはメキシコ中部の59箇所の産地が知られていて、そのうちサカテカス州北西の産の植物が本種(カンテ)と取り違えられていた、という経緯があるらしい。日本にホンモノのサブリギダが渡来したのは近年のことと思われるので、訂正の機会がなかった、という言い訳も出来ようが、取り違えの歴史は英米のほうがもっと長い。“少なくともこの半世紀の間Echeveria subrigidaというラペルをつけた植物が、アメリカでもイギリスでも、展示会で入賞を重ねてきだという記述、また、“Myron Kimnach(前Huntington公園園長)によれば彼が嘗てBerkeleyのカリフォルニア大学植物園に勤務していた1950年代にE.canteE. subrigidaというラベルで栽培していた。ホンモノのE.subrigidaSun Francisco近辺では栽培されていなかった”と言う記述もある。つまり、権威のある大学植物園に於いてさえも「サブリギダ」を名乗ってはいけない植物に「サブリギダ」のラペルを立てていて、しかも長い間それに気付かなかった、という事実が明らかになったのである。アメリカでは問違いラベルのサブリギダ(つまりカンテ)は1950年代から60年代にかけてかなり普及し、栽培容易な一般品という認識が定着していたようである。
 ホンモノの
Echeveria subrigidaについての記載を我々が見ることが出来るのはEnic WaltherEcheveria1972)である。この書から本体部分の記述を要約する。
Echeveria subrigida RobinsonSeatonRose
 最初の記載は
1903年ニューヨーク植指図誌。
幹は極めて短い。太さ5cm、箪頭。葉数は少い方で約15枚、密なロゼットを形成する。葉は長楕円形、長さ1525 cm。(学名のsubrigida は固くて曲がりにくい の意)。先端はとがる。葉縁はいくらか持ち上がり、時に美しく波打つ。葉色は淡青禄色で顕著に白粉を帯びる。葉縁は赤。
この稿で取り上げたアメリカのカクタス誌の記事は
.canteを正式に新種として記載するのが主目的であるから、.canteについての記述は詳細である。Echeveria subrigidaは比較対象として取上げているわけだが、はっきりした違いとして、E.subrigidaの葉が深くU字型に凹む点を挙げている。勿論花に於ても違いがあるが、この点はE.canteに関する記載紹介の折に後述する。

 Echeveria subrigida
基準産地(Type locality標準植物が採取された場所)はメキシコのメキシコ州トゥルテナンゴTultenango峡谷。鉄道線路沿い。マミラリア照光丸am.pringleiと共生。
 
 次にカンテについて。カンテという名前は新しくても、現物とは既に長いつき合いであるから、今さら詳細に特徴を列挙する必要もないと思われる。しかし、これだけの植物が植物学的に正式に取り上げられることなく長い間無籍だったことを考えると発表記事を鄭重に扱うのが礼儀というものであろう。要点を紹介する。

Echeveria cante  Glass Mendoza sp nov.
 記述:単幹。ロゼットの径3040 cm 葉数は3550枚。
 大株はそれ以上で密生する。葉は長さ1518 5 cm,幅6.57.5cm、基部は3cmまで。厚さは基部で10mm、先のほうで6mm。表面は殆ど平ら。僅かにくぼむが溝はない。裏面はややふくらむ。竜骨はない。葉色は淡青緑色で薄く紫がかる。濃く乳色の白粉を帯びる。葉縁は薄くピンクに縁どられる。時に葉先近くにひだを生ずる。花は晩夏。花梗は脇から上がり通常一本、時に24本。長さ4560 cm、大さ1cm38cmの間隔で凡そ5本の枝をつけ、それぞれに412花がつく。(以下花の詳細な説明がある)染色体数n=27
 基準標本(Holotypeその種の記載に使われた個体)G18073メキシコ サカテカス州。 1994619日採集。採集地Fresnilloの北西約40kmFresnilloSombrereteの間でChapultepec山地の45号線の西約1km。北回帰線のすぐ北で北緯23°28’、西経103°01’周辺は石コロだらけの山。共生植物はノリナNolina sp.、乱れ雪Agave filifera、アガペ・パリーA.parryi、御楯丸近似種Stenocactus ochoterene、コリファンタ・舞獅子近似種Cory.ottonis、マミラリア・メーレリアナM.moellerianaと鳩目丸.mercadensis。本体はCante標本室に預託。 No 2501 副標本lsotypeMexlco.
 以上が記載のあらましである。次に「比較」と題して
Echeveria subrigidaとの相遣にふれている。本体の遣いはそれぞれの種の記載の通り。花序はカンテのほうが短く横に広がる。各枝につく花も多い。花色はカンテのほうが赤く、白粉も多い。

E.canteの花 E.subrigidaの花

 サブリギダでない植物がサブリギダとして流布していることを訂正したいとC.Glassが考えたのは1969年以来のことである。カンテのHolotypeを採集したChapultepecの山を最初に訪れたのがこの年で、翌1970年のアメリカのJournalに発表した。更に彼は1979年のアメリカのJournal vol.51N0,4に“偽のサブリギダ”と題して両種(ホンモノとニセモノ)の自生写真を掲げて一文を発表している。
ECHEVERIA SUBRIGIDA IMPOSTERC. GlassR.Fosterより抜粋。
1970年に既に疑問を提起したが、これは1969年にドゥランゴ州の南で発見した植物である。これは種子で増やされ‘70年代にISIを通じて売り出された。その後E.subrigida,のタイプ標本をメキシコ州で観察する事が出来た。ドゥランゴ州のものと明らかに別種であることを確認した。ドゥランゴ州のものは確かに多肉植物の中で最も美しいものであり、[サプリギダ]と仮装することは止めにしたい。”とは言っているがこれに「カンテ」と命名したのは冒頭に掲げた通り1997年である。
 198912月メキシコのGuanajuatoSan Miguel de Allende でスタートしたCanteA,C.はメキシコの乾燥地帯に生を与える天然資源を評価し、保護を促進する非営利の植物園である。1991年メキシコに行きCanteの為に働く事になったC,Glassは、このすぱらしい施設を讃えるためにすばらしい植物に命名する決心をした。それは植物学的にも園芸的にもメキシコの為になることである。ここ10年間誰も記載していない優美な種ということでこのエケベリアを選びcanteと命名した。カンテとはパメーチチメカの言葉で「命を与える水」の意だそうである。
 愛培品のラベルを書き換えるき、もとの意味をかみしめていただきたい。

(最近は交配種も増え、美しいエケベリアが見られます。以下はBev.Spillerさんのコレクションから転載)

Echeveria aftergrow Echeveria ‘Baron bold’
Echeveria ‘Mexican Giant’ Echeveria ‘Raindrops’