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サボテン今昔 18 
「エケベリア」
   平尾 博
Echeveria
 いつも何種類かは身近にいる。特別に目をかけているつもりはないが、粗略に扱うこともない。もちろん植替えもさぼらない。枯らしても直ちに補給するほどの執着を持たないが、チャンスがあればまた手に入れて育ててみたくなる。私にとってエケベリアはそういう存在なのである。
 ご承知の通り、この仲間は適切な管理を怠ると真価を発揮しない。猛暑の期間はサボテンと同居というわけにはいかない。高温のダメージをそれほど受けない種類もあるが、どうしても間のびしたり、弱ったりする。やはり外に出して充分な通風をはかり、加えて出来る限り涼しい環境を与えてやるに越したことはない。熱帯夜などはないほうがよい。
 嘗てバンコックの同好者と文通していたことがあり、その人の栽培しているエケベリアの写真を見せてもらったことがあるが、熱心に作っているにもかかわらず、すべてがヌーッと育って面白くも何ともない。彼の地の気候ではこれが限界だと教えられた。マニラの友人の作品も同様であったことを思い出す。バンコックやマニラほど極端ではないにしても、種類によっては私の作は、例えば信州の高原の人の作にはとてもかなわない。ルンデリーなどはほとんど毎夏枯れてしまう

エケベリア・古紫 エケベリア・ドリス テイラー

 冷涼期間生長型の植物だけに、冬の光線は大切である。アガベやアロエのように冬の間棚下で我慢してほうわけにはいかない。生長期の光線不足は致命的で、とたんにダラシのない姿をさらすことになる。というわけで、植物の収容に最も頭を悩ます冬の間、そこそこ条件のよい場所を確保してやらなければならない。数多くの多肉植物・サボテンが冬の特等席を争うころになると、エケベリアはゼイタク植物だなァとしみじみ思う。決してコレクションの主役の座についたことはないが、温室から出したり取り込んだり、絶えず枯れた下葉を取り除いたりと、いつの間にか結構手をかけることになる。エケベリアは何か不思議な存在なのである
エケベリアがわが国に渡来したのはかなり古いらしい。日本原産種もある。オロスタキスに似ているので蓮華類と呼ばれていた時代もあった。サボテン界では余り注目されるグループではなく、Crassula、Sedumなどの他のべんけいそう科、Haworthiaなどのユリ科等と一緒くたにされて葉ものとして片付けられていた歴史がある。エケベリアがエケベリアとして記録に登場するのは“趣味の仙人掌栽培”(実際園芸増刊号1930・ 1931)で、同書の松沢進之助さんの記述が最初ではなかろうか。“エチベリア この属のものは俗にレンゲと云われるものであります。…あまり普及は致しておりませんが、鉢植にして書斎の一隅に置くなり、又繁殖は強いものですから、越冬さへ合理的に行けば美観を呈するもので一寸面白いものです。…として、錦司晃、月影、養老、陽明、松緑、金晃星、和唐内、七福神、祝ひの松、龍田鳳、軍旗の名を挙げている。
古いついでに大塚春雄著:仙人掌の種類と栽培(1929)を繙くと、巻末の多肉植物の項で取り上げられているのはどEuphorbia、StapeliaCeropegia 、Duvalia、Kleinia、Haworthia、Aroe、Mesembryanthemumその他であって、その他の中に次の4種のエケベリアが見られる。(属名は何れも当時の分類) 
曙 Cotyledon agavoides
鯱 Cotyledon agavoides cristata
金晃星 Cotyledon pulvinata
大和錦 Urvinia purpusii
(上記の和名・曙は現在“東雲”という名で流通している。)
 一部学名入りの整った形でカタログに現われた初期の文献として光兆園:シャボテン総目録(1932)を挙げておこう。ほかの景天(べんけいそう)科とごっちやであるが、エケベリアと覚しいものを列挙すると、東雲、鯱、月影、七福神、花車、祝ノ松、神楽舞、紅司、和唐内、平和、龍田鳳、立田錦、軍旗、白兎耳、大和錦の15種。
日本のサボテン界はこのあと戦時を迎えるまでいわば右肩上りの隆盛を示すわけであるが、この間とくにエケベリアに力を入れる人もなかったようで、新導入種の紹介などがほとんどないままに推移した。私の記憶でも昭和10〜16(1935〜1941)くらいの間は多肉植物といえばユーフォルビア、メセン(とくにリトープス)が話題の中心であった。尤も冷や飯を食っていたのはエケベリアだけではない。クラッスラやコチレドンなどの同科のものも同様、ハオルチアもそうであった。そういう時代だったのである。
 戦後いち早く出版された龍膽寺雄編:シャボテンと多肉植物(1953)という本の表紙に乙姫の花笠が登場して話題を呼んだが、同書巻末の「集めたいシャボテンと多肉植物 百種」の中にエケベリアとしては月影ただ1種が顔を出すだけである。続いて出版されて人気を呼んだ平尾秀一著:原色シャボテン1956)に記述されたエケベリアは17種。前記した戦前の文献に出ていないものは乙姫の花笠、寒鳥巣、塞鳥巣綴化、大和姫だけである。これを見ても、エケベリアは大戦を挟んでの20余年間、いわば鳴かず飛ばずの状態であったことがわかる。
 エケベリアの世界に新風が吹き込んだのは1965年ころである。この年、賀来得四郎さんの主導でサンフランシスコ在住のDr.Dodsonドドソン氏のハオルチア・コレクションをそっくり日本に導入しようという話が持ち上った。その経緯や経過についてはいずれ書かせていただくかもしれないが、ドドソンさんのコレクションはイギリスの著名なコレクターのものをまるごと引き継いだ上に、その後氏自身が原地株を取り寄せたりして極めて充実していた。これをそっくり日本に運ぶことは胸がおどる思いであった。
さて、交渉がすみ、ハオルチア以外のコーナーに案内されて、目を奪われたのはエケベリアのコレクションであった。これより先、カリフォルニア大植物園などで何種かの、まだ見たこともないエケベリアを目にしたが、ここにはこれ等を含めて色とりどりの美種がずらりと勢ぞろいしていた。管理は主にドドソン夫人がされているという。ことのついでにエケベリアもひと通り分けていただこうではないか、ということになり、かなりの数の野生種、園芸種がこの時われわれのものとなった。

エケベリア・カンカン(E.CanCan) エケベリア・パーティドレス・竜骨タイプ(錦玉園)

 長年いわはスター不在のエケベリアの世界に大小さまざまな新顔が一気に加わったことは、かなりのインパクトをもたらしたはずで、その後、趣味家のエケベリアを見る目は違って来たと思う。当時の記録が見当たらないので、私の記憶をたどるしかないが、この時導入した主なものを列記する。若干思い違いがあるかもしれないことをおことわりしておく。
古紫、魅惑の宵、相生傘、相府蓮、ブラドブルヤナ(E.bradburyana)王妃錦司晃、チワワエンシス(E.chihuahuaensis)、クレイギアナ(E.craigiana)、静夜、ドリステイラー(E.xDoris Taylor)、フランメア(E.flammea)、ギビフロラ・カルンフラタ(E.gibbiflora v. carunculata)、
ギビフロラ・メタリ力(E.gibbiflora f.metarica)、ギルバ(E.gilba)、花司、キルヒネリア(E.kirchineriana)、白兎耳、リンゼヤナ(E.lindsayana)、マクソニー(E.maxonii)、ミニマ(E.minima)、霜の鶴、パール・フォン・ニュー一ルンベルグ(E.Pearl von Nurnburg)、花うらら、ロゼア・グランディス(E.rosea-grandis)、ルンニョニー(E.runyonii)、サンチェス・メホラダエ(E.sanchez-mejoradae)、シャビアナ(E.shaviana)、
ほかに主として葉縁にフリルを表す園芸種、CanCan、Dorothy、Ella、など各種。

エケベリア・アーリーライト(錦玉園) エケベリアsp.(錦玉園)

 その後、多くの人がいろいろのルートから輸入したり、園芸種が作られたりしてエケベリアの世界はますます賑やかになった。原色多肉植物写真集に登載されている写真46種、保存に力を入れている営業家では100を越える種類が見られる。

原色多肉植物写真集
(1981年誠文堂新光社刊)
金晃星の花

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