サボテン今昔 23
寿命

 サボテン・多肉植物の寿命についての記述にはほとんどお目にかかったことがない。人間よりは長生きだからそんなことを考える必要はないと漠然と思っている人もいるかもしれない。もちろん長生きする種類は沢山あるが、思いのほかの短命のものもある。カクタスの場合、生長の最終形態は次の三通りになる。
(1)背が高くなる。
(2)仔吹きまたは分頭して群生株となる。
(3)綴化する。

黒牡丹綴化 ランポー綴化

(1)に属するものは沢山あって、枚挙に暇がない。ランボー玉、刈穂玉、玉翁、青王丸等々。
(2)も鳥羽玉や多くのマミラリアなどこれまた多数。
(3)は比較的少ないが、黒牡丹、姫牡丹、一部のフライレアなどにその例を見ることができる。
 はじめ球状または扁球状であっても、体径が限界に達すると、上に伸びることによって繁栄をはかる。背も高くなれず、仔も出せないとなると非常手段的に生長点が横にずってゆく、つまり綴化する。これでかなり寿命が延びる。

メロカクタス各種

 例外的なものはメロカクタス、ディスコカクタスのような花座球型種群である。この仲間は開花年齢達するまでひたすら成長を続け、開花のための花座を作るようになると、球体の生長はほとんど止まる。以後は年々花座が高くのびる。これが延命策かどうか分らないが、トルコ帽のような背高の花座を途中できってサボテンに接木したら開花結実したという報告があるので、花座が伸びきるまでは兎に角生きていることになる。花座自体が綴化することもある。
さて、背も伸びず、仔も吹かず、綴化もしない種類が限界に達したらどうなるか?死ぬしかない。

カブト作りこみ株

 このタイプの典型は、兜であろう。
「私ももう少し長生きしとうございます。親威のランボー並みに背を高くさせていただけませんか?」
「いかん、お前は今のままでよいのだ」
兜「それでは隣の鳥羽玉なみに仔を出すことをお許し下さい」
「いかん。お前が仔をつけてどうする。みっともないことを考えるな」
「それならせめて綴化させて下さいませ」
神「いかん。お前はどうしてそうくだらない事を考えるのだ。現在の姿が一番よいことが分らんのか」
「では、私はどうしたら宜しいでしょう?」
「寿命はきまっておる。死ねばよいのだ」
というようなやりとりが………あるわけないか。兎に角、兜は下手な小細工をしないで死にたい時に死ぬ。どれほどの名球を手に入れても長生きを期待しないほうがよい。兜の愛好家はそんなことは先刻ご承知で、親を超える名球の誕生を夢みて実生に励んでおられる。
 兜のほか、同じタイプのものに扁球で仔吹きしないギムノなどがある。バッテリ、怪童丸など。海王丸、天王丸も時には仔を出すものもあるが同タイプ。フライレアの士童なども同様。
 寿命の長短は種(シュ)、個体によって違うし、生育環境で大きく左右される。自生状態と栽培室とを比べてどちらが長生きできるか、という問題にも簡単に結論は出しにくい。しかし、寿命が短いのが宿命の植物とは、はじめからそのつもりでつき合うべきであろう。
 カクタスで寿命の長いものは何だろう。常識的には巨大種でしかも生育のおそいものということになる。弁慶柱などは数百年も行きそうに見えるが一説による約200年の寿命だという。
 原産地へ行くと枯れてスケルトンと化した株を見ることができるが天寿を全うしたのだろうか。数十本も枝打ちして傍のロバでさえ小さく見える武衛柱はもっと長生きしそうだが寿命のほどは分らない。原則的に仔吹きしない球型種では厳などが寿命は長そうだ。1978年コピアポアの巨大株が輸入されたことがある。その中に径18cm高さ50cmの孤竜丸C.columna-albaがあった。貫禄充分で、球体の片側には梅の古木に見るような苔が生えていた。とても50年やそこらではない風格を備えていた。本種は肉質が固く生育も遅いので200年くらいは経っているのではないかと感じられた。
 仔吹きするものでは例えばフェロカクタスの勇壮丸。群生株の径は4mを越し、マミラリアとは桁違いの大きさとなる。成球になって仔を出し、孫を出しという過程を考えると100年もそれ以上も生き続けると思われる。
 反対に短命のものは肉質が軟らかく、しかも生長の早い小型種ということになる。私の知る限りではフライレアのグランディフロラはこの条件に当てはまり、天恵丸や前記の士童より寿命が短いものと思われる。
 次に多肉植物はどうか、サボテンと違ってユリ科、キョウチクトウ科、キク科など多岐に亘るので、多肉植物の世界でない園芸家の経験やお説を聞く必要もあろうが、体験した範囲で筆を進める。開花後枯れるタイプのアガベは寿命がはっきりしている。センペルビブムもそうだが、花芽を形成させない栽培が可能なので、開花しなければ引き続き生長するし、親が枯れてもランナーでふえた仔が行き続ける限り寿命が尽きたとは言えない。アロエのピランシーやディコトマなどは自生地では大木となってそびえている。何年かかってあの大きさになるのか知らないが、いずれは寿命が尽きて弁慶柱のようにスケルトンと化すのだろう。原産地の見事な群落は悠久の時の流れの中で適当に世代交替することによって存続している。バハ・カリフォルニアの観峰玉、メキシコのボーカルネアBeaucarneaもそうであろう。

アロエ・ディコトマ(A.dichotoma) アロエ・ピランシー(A.pillansii)

 園芸界では株分け、カキ仔、分球(球根の場合)で繁殖する種(シュ)、品種が極めて多い。多肉植物の仲間でもコノフィツムの大部分、一部の品種を除くハオルチア、ベンケイソウ科のほとんど全部、犀角の仲間などいろいろある。カクタスでも杢キリン、大多数のウチワ類、白星、緋縅などのマミラリアほか相当数の種類が無性繁殖されている。こうしたやり方を続ける限り、何代カキ仔を繰り返しても、ある一つの個体の生命の連続であるから、もと親から数えて何年というのが寿命である。アロエ=ディコトマの枝を挿木して育てても、原産地で、もと親の寿命が来たとき、その枝も前後して枯れるはずである。実生して世代交替した場合にはじめてゼロからのスタートとなる。もしカキ仔や株分け繁殖が永久に可能だとすればその個体の生命も永久ということになるわけだが果してそうだろうか。

コノフィツム各種

 コノフィツムを例にとると、嘗ては丈夫でよく殖えて駄物扱いされた青梅波、桜貝、大典などが10年ほど前からあまりふえなくなり、私の所では遂に絶種してしまった。これ等の推定導入期は、1930年代後半。以来連綿として無性繁殖に頼ってきたわけだが、とうとう限界に達したと考えざるを得ない。輸入される以前に原産地で何年を過ごしたかは知る由もないが、無性繁殖歴50〜60年という種類があることは認めるべきであろう。導入年代が同じと思われる寂光、若鮎玉あたりはまだ異変はないようであるから、こちらはもう少し寿命が長いのかもしれない。反面、1961年渡来の何種かコノフィツムのうち幾つかが衰えを見せているような気がする。
 ユーフォルビアの紅キリンは日本にあるものはすべて♀で♂はないそうだから当然実生苗は出回らない。戦前導入されて以来、カキ仔繁殖が続けられていることになるが、近ごろ殖えにくくなったということはないだろうか。十二の巻、牛角などについても繁殖の専門家にお尋ねしてみたい。
 越前海岸や爪木崎のスイセン、各地にあるヒガンバナなどは時に種子がこぼれて世代交替ということなしに繁栄しているわけだから、これは大変な長生きということになる。サボテン・多肉植物にも弁慶柱どころではない長寿者がいてもおかしくはないわけだ。
 緋牡丹はカキ仔繁殖を繰り返していると、接木の活着が悪くなり、発色も衰えて使い物にならなくなる。生産者は随時、緋牡丹錦を播いてその中から緋牡丹のタネ親を作っている。緋牡丹は葉緑素を欠くという特別な事情があるので一般のものと同列に論じられないが、寿命は非常に短い。

リトープス群生株

 株分け、カキ仔に頼らず実生から育てるのを原則とする多肉植物の代表格といえば、リトープス、ディンテランタスであろう。リトープスの栽培法を確立され、その普及に努められた田中喜佐太郎氏(先代錦園主)が丹精こめて育て上げた数々のリトープスの大群生株を前にして私に言われたことがある。
 「大きな声じゃ言えないが、リトープスの寿命は40年ぐらいと思う。ここの大株が近ごろぼつぼつ枯れて行く」と。私のような下手くそには到底信じられない数十頭の大株の最後を見送ることになった田中さんの心境は如何ばかりであったろうか。“寿命”そのものを信じたくない気持が、「大きな声じゃ言えない」という言葉になったのだと思う。しかしながら原産地でも、世界中どの栽培場でも見られない素晴らしい群生株を僅々30〜40年で作られたのは田中さんの努力と手腕あってのことであり、リトープス以って冥すべしと言いたい。
 リトープスは自生地では100年それ以上も生きるものらしいが、分頭して群生株になることは稀とか。スプレッヒマンの著書によれば、単球に残存していた古皮を数えたら90何枚かあった由。しかも雨季で脱皮しない年もあるということなので、単頭のまま100年を生きたことになる。園芸家からすれば、たとえ30年で昇天しても1頭のままの100年よりは見事な群生株のほうが遙かに楽しい。ただ生きていればいいというものではないのである。というわけで、寿命の短い植物はそれなりに特性を十二分に引き出すことで生涯を全うさせてやりたいと思う。

Haworthia Crest 3316 Haworthia bolusii Crest H. Crest ‘'Fan of Woodstock’ Gasteria 臥牛綴化

ユリ科の綴化は非常に珍しいものだそうです。
(上記3種のハオルチア綴化はUKのHarry C.K. Mak氏のコレクションより)
サボテン写真をご提供下さいました趣味家の皆様に御礼申し上げます。
(Webサボテン今昔編集担当)