サボテン今昔 8 サボテンと先住民 
弁慶柱の実の収穫 収穫
 アメリカ大陸はコロンブスの“発見”とは何の関係もなく太古の昔からそこにあり、後に半ば軽蔑的にインディアンなどと呼ばれるようになった先住民族が暮していた。彼等は生活のために何でも活用した。サボテンが豊富に自生する地域に住む人達にとって、サボテンは生きるための必需物資であった。そうした先住者達とサボテンとの関わり合いの記録を拾って見よう。手つかずの自然が残っている地に足を踏み入れた人間は衣食住に役立つものなら何でも利用しようとしたことは想像に難くない。食えるもの、食えないもの、毒のあるもの、薬効のあるもの等々の識別は試行錯誤を重ねて会得された。

@食料・飲料
 まずサボテン本体の樹肉。ある種のものは生でも食えるが、余り一般的ではない。緊急サバイバルのため、飲料水が得られない場合は生食する。これ等は別に風味があるものではないので樹肉を削りとってチューチュー吸う程度である。メキシコ北部の数族が利用するものはエキノカクタス、フェロカクタス、時にエキノケレウスだという。 Backebergの著書の中に球形カクタスの大球の芯をえぐって口にしている写真が出ている。

ソノラ砂漠 ソノラ砂漠2
ソノラ砂漠風景
   saguaro1   saguaro2
現在でもソノラ砂漠に住む別のインディアンは弁慶柱Carnegiea giganteaの樹液を吸う。但し、これは苦いそうで、加熱して料理に使う例が多い。メキシコ中央部、東部、南部の多くの族が利用するのは扁平オプンチア、アカントケレウス(五稜閣の仲間)である。これ等の料理法は数千年の昔から余り変っていないそうだ。柔らかい幹の刺を除き、大抵は肉、卵、その他の野菜、野生のタマネギ(ノビルの類)、激辛胡椒、チョコレート、カボチャの種子、数種のトマト等を加えてシチューにする。史実によれば、肉は鹿、猪、七面鳥その他の家禽又は魚、タコ、イカ、エビ、カニなどが広く用いられるとか。これだけ聞けば美味しそうだが、さらに猿、コヨーテ、犬、イグアナ、トカゲ、ヘビ、イモリ、サンショウウオ、カエルなども使われるとか。コクを出すのにバッタ、植物の寄生虫、オプンチアやアガベにつくイモムシ、ウジ、蚊の卵、ボーフラなどの“珍味”が使われることもあるとか…こうなるともうヤミ鍋の世界だ。
 オプンチアはほとんどが扁平ウチワだが、キリンドロプンチアの松嵐C.bigelowiiも若い茎節は食用となる。セリ族はトゲを焼き、暖かいまま土に埋め、しばらくして掘り出して洗って食べる。
 
 テウアカン(プエブラ州メキシコ・シティの東南240km)地方の土中から巌Echinocactus platyacanthusの稜の一部が発見された。 BC200〜AD1540と推定され、調理されたものらしいと考えられている。
ウロコウチワ(ゲンコツウチワ)Cylindropuntia fulgidaなどは幹からヤニがしみ出す。セリ族はそれを利用する。そのまま又は焼いて粉にし、ハチミツやアガベから作ったジュースと混ぜて飲む。 ペニオケレウス(大和魂の仲間。ソノラ、アリゾナ、ニューメキシコ州に自生)の塊根が食料とされる例もある。武倫柱 バハ・カリフォルニアでは武倫柱Pachycereus pringleiの樹肉を家畜に与えることがある。但し、これを食った家畜の乳は苦味を帯びるそうで、餌に困ったときに止むなく与える程度とか。放牧の牛が武倫柱の大木の根元を齧ることもある。
 次に花。セリ族は武倫柱は、花弁、雄蕊、雌蕊ごとそのまま食べる。パパゴ族はキリンドロプンチアの蕾を食べる。ステノケレウス(新緑柱の仲間)、オプンチアの花弁はシチューに入れる。竜神木Myrtillocactus geometrizansの花もシチューに利用、または砂糖煮にされる。フェロカクタスでよく利用されるのは江守Feroc. covillei、金赤竜F.wislizeniiで共に蕾と花。
鯱頭F.acanthodesの花も食べられないわけではないが苦味があるそうだ。その他の属のカクタスの花も飲料の色づけなどに用いられる例がある。
 次は果実。カクタスの果実の大部分は食料となるだけでなく、水分、糖分が多いからジューシーで甘くて美味しい。生でも食べるが、レーズンのように干しても食べる。料理用としてシチューに入れたりシロップにしたり、プルケの香りづけにも使う。ある種のものは発酵させてアルコール飲料にもなる。大抵は地場産のものを利用するが、アステカ王国では利用植物は全土に及んだ。
 パイレスキオプシス・アクオーサPeireskiopsis aquosaという種類がある。ハリスコ、ナヤリットあたりに豊富に自生していて、果実は香り高く適当に酸味のあるおすすめ品らしい。チチメカ、サカテカその他の数族の間で広く利用される。この属では食料、飲料になるのは本種だけである。
鬼子角 扁平ウチワの果実は大抵が食用となるがキリンドロプンチア、コリノプンチア、グルソニアの果実はほとんど食べられない。鬼子角Cylindrop.imbricataの果実が料理に使われた例がある。扁平ウチワのうち大きくて美昧なのはFicus-indica系、robusta系などで、これらは多くの種族にとって重要な食料であった。そのことは糞化石、半化石で裏付けられる。
メキシコ北東部の砂漠地帯では土人ウチワ0.phaeacanthaがよく利用される。扁平ウチワの果実の利用は数千年前から行われており、はじめは生食または潰して煮る程度であったが、年と共に料理する方向に進んで来た。@薄いシロップAマーマレードB濃いシロップ@ペースト(ツナ・チーズ)などでそれぞれに製品名がついている。

美女丸(Helianthocereus huascha v. rubriflora) 果実から作ったジュースは消化を助ける。つぼに入れて密閉保存することもある。薄切りにして日干しにした果実を“ツナ・パサダ”といい今世紀はじめころまでは一般的であったが、今は市場ではほとんど見かけない。つぶした生の果実は漉してジュースに、または酒の原料となる(チチメカ族など)。
 柱サボテンの多くの種の果実も広く利用される。細ヒモ状のカクタス、三角柱や孔雀サボテンの仲間の多くは大きくてジューシーな果実をつけ、一般的に“ピターヤ”(Pitahayaまたはpitaya)と呼ばれている。日本でも食用三角柱が出廻っているのでご想像がつくと思う。

食用三角柱(台湾産)
ドラゴンフルーツ実生 ドラゴンフルーツ花
ドラゴンフルーツ収穫前 ドラゴンフルーツ
 太い大型の柱サボテンの果実も食用となる。ソノラ砂漠のインディアンは弁慶柱、武倫柱、大王閣Marshallocereus thurberi、当麻閣Machaerocereus gummosus、上帝閣Lophocereus schottii、土人の櫛柱Pachycereus pecten-aboriginumなどの果実を食用にする。大抵は生食、又はマーマレード、シロップ、ソフトドリンクを作る。又、発酵させて酒も作る。パパゴ族は主に宗数的目的に使う。武倫柱の果実を家庭薬として使う種族もある。赤痢に効くとか。当麻閣の果実からは強い酒が出来る。セリ族は初め度数の低い酒を作り、それに手を加えて強度数のものを作る技術を編み出した。
メキシコ中央高地では別の種族が土着の柱サボテンの果実を利用している。亀甲柱Neobuxbaumia tetezo、竜神木の果実は美味だそうだ。チチメカ、トルテカ、アステカの人達は白雲閣Marginatocereus marginatus、太郎閣、白焔柱Escontria chiotilla、雷神閣Polaskia chichipe、新緑柱その他数種の果実を利用する。
 フェロカクタスでは江守と金赤竜の果実。これはセリ族が利用。ヤキ族とモヤ族は金赤竜とヘレラエF. herrerae。中央高地では翔陽丸F.pringlei、文鳥丸F.histrix、竜虎F.echidne。ミステカ族とサポテック族は真珠F.recurvusを利用。これらの果実は“ポチヤ”Pochaという名前で店頭に並ぶこともある。
マミラリアの果実も田舎では商品となる。中央高地に豊富に見られる金剛丸M.centricirrha系のものが多い。コリファンタの楊貴妃C.erectaの果実も食べられる。
 次に種子。これは先住民にとっては貴重な栄養源である。ソノラの種族はオプンチア、パキケレウス、弁慶柱、ステノケレウス、フェロカクタス等の種子を利用して来た。現在も利用されている。生食もするし、加熱もする。トウモロコシ同様に粉にするが、脂肪が多い(特に武倫柱、土人の櫛柱)ので、バター状にしてトルティーヤに塗って食べる。その他の種子は煎って粉にし、水でこねて料理するのが一般的で、ひと頃は店で売っていたこともあったらしい。種子は果実や花と同じく家畜や鶏の餌にもなる。

土人の櫛柱A衣料、日用品
 翁丸Cephalocereus senilisの長い毛や花座の綿毛は糸として、柔らかいクッションとして利用される。巌やコリファンタの仲間の頂部の綿毛はそのまま枕の材料となる。また、ほかの繊維と混ぜて布地を作る。
 固い直刺は縫い針になる。フェロカクタスの丈夫なカギ剌を長い針の先にとりつけて、高所の木の実や柱サボテンの実をとるのに使う。もちろん釣針にもなった。
 扁平オプンチアの茎節は重い石を動かすときに滅摩擦材として使われた。同じ目的でアフリカの原住民はバナナの皮を使うそうだが。
 Pachycereusのpecten(原住民) aborigidum(櫛)の学名通りに和名がつけられた土人の櫛柱の果実はそのまま櫛として使用出来、いかにも髪梳きに都合のよいように揃った刺が密生している。そのほかの種類でも開花株につく弾力性のある刺は櫛になる。アステカ族は歯磨きに使用したそうである。
 丈高く育つ柱サボテンの維管束は格好の棒になる。狩や漁のための槍や鈷をとりつけたり、そのまま桿として高木(カクタスを含む)の果実を叩き落とすのに利用する。弁慶柱の皮をはいで天日に干し、繊維でカゴを編む(パパゴ族)。骨まで徹底活用の典型で捨てるところがない。
B建築材
 大型の柱サボテンの枯れた維管束は柱材、壁材、屋根材その他に利用される。家の骨組みが出来れば屋根はシュロで葺く。細い材はベッドになる。寝具はシュロやガマを織ったものを使うそうだ。もちろん垣根にも使うが、生きた柱サボテンを密植して生垣にしている例は現在でもメキシコの各地で見られる。生垣としてはほかにペレスキア、ペレスキオプシス、オプンチアなども利用される。
当麻閣 バハ・カリフォルニアの南部では武倫柱で家を建て、当麻閣の枯れ材で塀をまわしている例がある。当麻閣の材は細目だが腐りにくいということである。
 建築材の切れ端でいろいろな小物を作る。子供の玩具なども。アリゾナの植物園などでは土産品として弁慶柱の芯材を利用した灰皿、花瓶などを売っているが、インディアンの作品かどうかはわからない。C薪
 サボテンの枯れ材はよく燃える。キリンドロプンチアのよく乾かした枯れ幹は火力が強く、盛大な炎を出すのでタイマツによい。史家によれば、アステカの52年ごとのお祭には火を更新する。前の火はことごとく消し、新たな火をおこすという。これを怠ればこの世の終りとなると信じられている。
D二カワ、石鹸、酢、タンニン
 一部の種族は多くのカクタスが持つ粘液をニカワとして用いる。オプンチア、ステノケレウスが多いが、アリオカルプスからも採取するとか。紅文字Pachycereus hollianusは特に粘液が多く、大量のニカワがとれる。バハ・カリフォルニアでは大王閣の樹液を低温で煮つめてニカワを作る。メキシコの中央高地ではオプンチア単独またはオンシジウムのような別の植物の樹液や昆虫を混ぜてガムを作る。
 作ったニカワの用途は主に煉瓦作りである。泥やモルタルと混合して日干し煉瓦を作る。ニカワ質が接着力を強化する。また、煉瓦塀を作ったあと上塗りに用いる。
 ナバホ族は大和魂Peniocereus greggiiの巨大な塊根から石鹸(まがいのもの)を取る。メキシコ南部のある種族は柱サボテン、アガベ、フルクレアをつぶして石鹸代りにする。バハ・カリフォルニアでは当麻閣を細断して水溜りに浸しておく。これには毒成分があり、魚が浮くという。
 カクタスで作ったワインから酢を作る。ある族はエッチングに使うという。
 ピフ族ほかのインディアンは柱サボテンから化粧用のタンニンをとる。

住宅 ラグ バスケタリー
先住民の住宅 先住民のクラフト

コチニール発色E染料
 原住民のサボテン利用のうち、ヨーロッパからの新参者を驚かせたのはコチニールであった。彼等は最初、これはサボテンにたかる寄生虫とは思わず、植物体の異状生成物と思ったようである。インディアンはこの赤い色を皮膚に塗っていたらしい。もちろん布地や皮を染めるのにも用いる。コチニール虫(エンジ虫)は数種のカクタスに寄生するが、特にビロードウチワ0.tomentosaを好む。中央〜南部メキシコの部族はこの虫を飼育することを覚え、オプンチアの木立に植えつけて増産をはかった。アステカの支配者に従属民から多くの品々が献上されたが、金、高貴な羽毛、宝石などと肩を並べて乾燥コチニール虫とコチニール塗料が献上品に加えられた。

作業 少年

F装飾目的、植物園
 原住民の中には植物を植えて花を咲かせることへの興味が芽生えた。サボテンではニクトケレウスNyctocereus、ヘリオケレウスHeliocereus、孔雀サボテン類、金紐Aporocactus flagelliformisなどが栽培されていたらしい。金紐の原産地をイダルゴ州としている文献(Backeberg)もあるが、本種をヨーロッパに運んだのは山採り品ではなく栽培品で、本当の所は原産地不祥だとする説もある。何れにしても最初にサボテンを栽培したのはヨーロッパ人ではない。
 メキシコ産植物の植物園さえ存在した。この種のものとしては世界初という。それはモクテスマとネツァウアルコヨトルのもので、多くのカクタスを含み、ほんの数十年前までは先住民によって齎らされた植物を見ることが出来た。 1922年ブラボH.Bravoが太平丸Echinocactus horizonthaloniusを見たという記録がある。生き残った数木とその傍らには、おそらくは、こぼれダネから生えたであろう実生苗があった。現場は太平丸の自生地とは関係のないメキシコ・シティの北Cerro deI Riscoと記されている。
医療、儀式
 ヨーロッパから来た征服者と宣教師たちが記録したものが残っている。多くの場合、儀式の折に使用されるので純然たる医療目的の使用と区別し難い面もあるが、単なる‘まじない’とばかりは言い切れない用法がある。
 扁平オプンチアは鎮痛、腫れものの炎症治療に用いられる。剌を除き、薄く半分に切り、熱を加えて患部にあてる。ハップ剤の使用と同じである。アステカは歯痛で頬が腫れた時にこれを使用。セリ族は弁慶柱の幹をスライスしてリューマチの治療に使用。メキシコ南部の別の族は、別のカクタスを同じようにして用いる。
 オプンチアの皮をむき、つぶして水で割って女性に飲ませると避妊になる、また異常妊娠を正常にする、との古い記録がある。
 ソノラ南東、シナロアの住民は上帝閣を胃潰瘍、腫瘍に使うが5稜のものに限るという。これは現在でも薬草店で売られており「ムラロ」と呼ばれる。
ペヨテ
 儀式と結びついて用いられるものの多くはアルカロイドを含む植物である。烏羽玉類Lophophora(ペヨテ)が最も著名で、多くの族が神聖視している。アルカロイドはいろいろあるが、メスカリンの効果は大きく、チチメカ、トルテカ、アステカなどが医療に用いる。そのほかアルカロイドを含むカクタスとそれを利用している部族は次の通りである。
亀甲牡丹Ariocarpus fissuratus タラウマル族。走るときの忍耐に。
岩牡丹A.retusus ウィチョル族。毒として使われるが効き目は弱い。
精巧丸Pelecyphora aselliformis 烏羽玉の代用として、熱さましに。
高麗丸Coryphantha compacta タラウマル族。
月世界Epithelantha micromeris タラウマル族。視力を高め、長距離ランナーの持久力を増す。
御幸丸Mammillaria heyderi タラウマル族。上と同じ効用。
月宮殿Mammillopsis senilis タラウマル族によって神聖なものとされる。
尠刺蝦Echinocereus triglochidiatus タラウマル族。気分転換によい。
土人の櫛柱 タラウマル族。
 これらのカクタスはB.C.5000年ころからメキシコの原住民の間で治療用に使われていた。テオアカンの渓谷で岩牡丹の半化石が見つかっているという。その地層はB.C.6500〜4900年だそうだ。
  巌とアガベ  観峰玉と刈穂玉
(参考文献)Some Prehispanic uses of Cacti AmongThe lndians of Mexico、Arizona Highways、Desert Happy
The CACTUS FAMILY ほか。Topへ