サボテン今昔6 日本サボテン史を彩った人々

A 明治のカタログ Part2

Part1で述べたように、このカタログの全貌をお伝えするには、奥先生が再現されたものそのまま全部掲載するのが一番であるが、今回はその一部を原文のまま、又、他の一部を現代文に直して紹介する。
冒頭に「仙人掌序説」という一文がある。この当時、先頭を走っていた人達のサボテン・多肉植物の普及への熱意が伝わってくると思うので、全文を引用する。句読点のないのはその頃の文章の常であり、難解な部分もある長文ではあるが、敢て原文のまま掲載するので、ひと時、往時の雰囲気を昧っていただきたい。

岩石獅子 白龍丸 宝卵 金武扇 錦司光
翁獅々 龍舌 精工丸 七宝樹 四海波
このカタログの画は写真版ではなく当時有名な彫刻師久保井市太郎が一刀一刀心魂をこめて柘植の木を刻んだ木彫(小口彫り)である。ベルギーのデ・ラエト、ドイツのハーゲ・シュミットのカタログの写真を写したものと言われる。(上掲の版画画像をクリックすると拡大表示されます。)
 
 仙人掌は全世界幾多の植物中最も奇態變受形に富み且つ珍剌妙髯壮芒を特有する肉性的永久宿根観賞植物にして其種類の饒多なること賓に二千有餘の多きに達し中には十數尺の高さに伸長するもの或は矮生にして寸餘の大きさに過ぎざるもの又た或は紅白黄紫の美毛奇髯を以て武装するもの無毛滑澤珠玉の如きもの楕圓状にして龍頭蛇尾の如き變態のもの賓珠形にして珊瑚の如き多枝性のもの獅子形にして岩石の如き奇観のもの等變幻百出極まりなく何れも神出鬼歿にして賓に壮快烈絶のものゝみ多く加ふるに品位高尚優逸にして其風致深遠幽雅多越に渉り全く天巧の妙致を奪ひ殆んど破天荒の珍種ならざるはなく殊に最美妙麗絶麗なる奇形の花輪を自己の肉體上に直開する等の如き到底他の花弁盆養品などに比肩し得べからざる世界最高の珍種たり殊にその培養の如きも頗る容易なるものにして少量の潅水と適度の温暖とを給與する外何等の手數技術をも要することなく殆んど放長に任んじ劫て發育旺盛を極め兒球の繁殖迅速にして天然自然の好風妙致を増大ならしめ人工以上の貴品を得らるべく又た花弁盆養品の如く多くの地積を要せずして僅々二坪餘の花壇或は培養室を設置すれば優に數百種を観賞し得べき最便の植物なり
岩石獅子 龍舌発蕾(平尾宅・2004年末) 龍舌黄フクリン(伊東市2005年 精巧丸開花

 如斯本植物は如何なる狭隘の場所に於ても數百鉢を培養し得べく且つ取扱上極めて簡便にして何人の嗜好にも摘する等他の花卉盆養品に卓越する植物なるを以て一般世上の歓迎する處となり大に愛養の傾向を注がれ他の盆養晶に抜んで世人の寵愛を一身に蒐め現今の如く而かく一大流行の誠に達したる以所なり
 而して本植物は奇態變形美花妙髯に富むと同時に其性極て變化し易しく角より獅子形を生み獅子形より賓玉又は賓樹形を産み青より紅白或は黄斑墨斑を突出する等其培養土の興味實に至大にして多趣快絶なること筆舌に盡しがたきものあリ
 且つ本種は肉性的の特科植物なるを以て根部より榮養分を吸収する外に剌毛細管の作用により空気中より適當の水量と養分とを囁取して自己の體中に蓄積し數月間自ら生活する能力を有するにより他の花弁盆養品の如く日々多量の灌水浸肥を施用する時は却て自滅腐敗せしむる恐あり
 元来本植物は雨量少なき南洋無人の島嶼に野生し如何なる高度の炎熱旱魃にも耐久する力あれども降雨多き地帯又は寒気酷しき風土には到底適育せざる植物なるにより多量の濯水又は濃肥を施用する要なきは勿論雨量多き湿潤の時候に於ては其培養室をして乾燥の度合を保たしめ又嚴寒の時候にありては温暖の場所(温室なれば最も宜し)に安置し凍傷を受けざる様注意すれば素人と雖も断じて不成功に終る恐なし
 以上所説の如く仙人掌は其培養頗る簡単にして如何なる狭陰の場所如何なる繁劇の人又た婦人児童諸君等の如き素人にありても容易に培養鑑賞し得らるべき世界無類の珍植物なるを以て初め安價のものより御試養あらんことを乞ふ

金毛の紐 金紐(写真) 太平丸 太平丸(写真)

 続いて「仙入掌培養上の注意」として序説の約半分の量の文章がある。要旨を紹介する。
  1)露地栽培はなるべく乾燥した砂疎地を選びなさい。もし適地がなければ類似した客土をして強健種だけを植えなさい。
  2)鉢栽培は鉢底に粗大土を入れて排水をよくし、潅水は用土の乾き具合を見て少しづつ剌にかからないようにやりなさい。
  3)鉢は素焼、磁焼のどちらでもよいが側面に模様のあるものが映りがよい。
  4)用土は砂質が第一だが、赤土、真土でもよい。但し、赤土、真土には粗めの川砂を6割を限度に混用する、底に6mm以上の粗目のものを1.2cmくらい入れ、次に3〜6mmの用土を1cm敷き、1mm目の細土で丁寧に植える。植物が中央に来るように浅目に植え、鉢のふち一杯まで用土を満たす。こうすれば見映えがするし潅水過多にならない。
  5)植え付け後10〜15日潅水せず、直射日光を避け暖かい所に置く。その後適度に濯水すれば決して腐ることなく迅速に生長します。
  6)鉢のサイズは小さ目がよい(球体の周囲21cmならば鉢の周囲30cm)。植え土は植木コテでやや硬くおさえぐらつかないようにしなさい。
  7)栽培柵は60cm以上90cmの高さとし、降雨の泥はねを防ぐ。綿毛の種類は雨に当てないようにしないとよごれたり痛めたりするので注意。
  8)十分に根づいたらよく日に当て、温度も高くしてやれば、(以下原文のまま)発育迅速を極め、美毛妙髯を続出する特効あり。
 このカタログの末尾の注文規定を抄録する。
(1)必ず前金のこと。
(2)官庁、学校等の公文書による注文、従来取引きのある方は前金でなくてよい。
(3)代金引換扱いは注文額の1/3以上先払いのこと。
(4)発送は送費無料。案内状と共に即日発送します。(5)、(6)略。
(7)発送途中の枯死又は紛失の場合は、全部の責任を負い、迅速に代品を送ります。
(8)荷造りは多年の経験から堅固丁寧を極め厚板箱に入れて急送します。各地のお客様からお礼状が山のように来ています。
(9)大量の場合割引きします。
(10)ご不用品は適価でお払下げ下さい。個数、大小、を問いません。

鸞鳳玉 玉司 白烏帽子 金烏帽子

 以上、内容の概略をお伝えした。ここでちょっと余談。既にお気づきの通り当時はカクタス、サキュレントの区別なく“仙人掌”と表現した。多肉植物という表記がいつから使われだしたか詳しく調べたことはないが、手持ちの古い(といっても昭和になってからであるが)文献、例えば「趣味の仙人掌栽培」(昭和6年−1931−実際園芸増刊)に“渡来多肉植物に就て”小石川植物園・園芸主任 松崎直枝)という一文があり、緋の冠、銀月などの解説がある。本文の中でもごく自然に“多肉植物”という用語が使われているところを見ると、この用語の使用はもっと前からと思われる。ところが本書と同年の京楽園の「仙人掌目録」には白星、赤毛高砂、宇宙殿などのカクタスの列の中に識別マークが付されているが墨鉾、江戸紫、笹ノ雪などの多肉植物が同居している。識別マークの説明に曰く「爪又は蓮花等にて変化に富だ珍稀品」とあり、多肉植物という言葉は出て来ない。思うにそのころは学者系の人達は多肉植物と言ったが、一般ではれんげ類などと呼ぶのが普通だったのではないか。京楽園のカタログに多肉植物という表記が出たのは昭和7年(1932)組物として、
 「多肉植物許り」名月、万宝、軍旗、竜田、十二巻、剣山之縞、子宝、昭和、宝草、玉鳳。以上10種1円40銭。
 本題にもどる。奥先生によれば「仙人掌特科植物要覧」は東京三田育種場のほかに、埼玉県安行の中田好美園(中田億右ヱ門)からも全く同一の内容のものが出た。作者は草刈省三氏。彼はブローカー色の濃いサボテン屋で、版権を特っていたので上記2軒にそれを使わせ、併せて植物の融通をはかって商売をしたのだという。さらに半年後の大正2年(1913)編集人錦草庵主人(草刈氏)発行者後藤園芸場(後藤仙太郎)で「仙人掌図説」が出た。内容は「特科植物要覧」の値段の部分を消しページを入れかえただけで、もう一度同じ版を使って単行本形態にしたものという。「草刈氏にしてみれば結構人のふんどしで相撲をとっていた訳である」と奥先生は書いている。
このカタログの画は写真版でなく木彫である。当時有名な彫刻師久保井市太郎が一刀一刀心魂をこめて柘植の木を刻んだ小口彫りである。ベルギーのデ・ラエト、ドイツのハーゲ・シュミットのカタログの写真を写したもの。当時横浜植木会社が四六倍判100ページ程度の立派な画入り定価表を出したが、この画も全部久保井の彫刻である。
 奥先生はそこまで調べ上げている。「明治さぼてんカタログ」は「特科植物要覧」の紹介以外にも貴重な記述がある。機会があれば後日また取り上げたい。
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