松山の”小説家セイラー”日野さんから航海記の原稿が届きました。
実はこの航海記、昨年の舵誌に掲載(連載?)される予定だったのですが、諸々の事情によりボツになってしまいました。
文章だけなので少し読みにくいかもしれませんが、内容は充実。読み始めると止まらなくなります。
ヨットや自然に対する素直で素朴な感情。五島列島の魅力やすばらしさ。クルージングや人との出会いの楽しさなど、小説家ならではの表現にきっとあなたも五島にクルージングに行きたくなることでしょう。
それでは、ごゆっくりどうぞ。

日野さんの紹介と作品はこちら


初めての五島列島クルージング

いつかはマイヨットで、瀬戸内の島々や、天草、五島列島など島国をクルージングしてみたいなー。素敵な所なんだろうなー。と、夢々想っていた。
ある日、KAZI誌にて九州一周を計画している松岡さんと言う人がいる。と言う情報を入手。
早速、松岡さんに連絡を取ってみると、五島列島へも行くと言うので、小浜温泉から五島列島、ハウステンボスと、乗せていただく事にした。

そして八月。
私は荷物を抱え、どの様なクルージングになるのか期待を胸に、愛媛県JR松山駅を早朝に出発、八幡浜からWhite Hawkの西村さんが乗っているフェリーに乗って(この時点では、まだ西村さんと知り合いになっていなかったのだ)臼杵に行き、電車、バスと乗り継ぎ、夕方近く長崎は湯煙の町、小浜温泉に到着。(やれやれ、やっと着いた)
小浜温泉前のポンツーンに"でんぶく"(SS38 松岡さんの船の名前)を見つけた。
「こんにちわー」と、私がキャビンの中に向かって声を掛けると、キャビンの中から、鬚もじゃの、まるでハリー・ポッターに出てくるハグリットみたいな人が出て来た。
(うぉーっ!)私は驚きのあまり、頭の中はパニック。
返事を貰ったとは思うのだけれど、思い出せない。
とりあえずキャビンの中へと勧められ、荷物を持ち込み、二人で(オーナーの松岡さんと私の二人しか居ない)今後の予定を話し合う。
話によると、予定を変更し、五島列島へ行って見たいと言う私の為に、五島列島巡りツアーを計画してくれると言う。初めての私に、誠にありがとうございます。
感謝、感謝。
しかし話をして行くと、少し気になる。
私は何事もキッチリと決めなくては気が済まないタイプだと思うのだけれど、松岡さんは小さい事を気にしない。楽天的と言おうか、おおらかと言おうか、その要するに万事ケセラセラみたいに感じるのだけれど?・・。
果たして、この人とうまくやっていけるのだろうか?・・非常に心配じゃー・・・。
(ま、人それぞれ、色々な人がいるから面白いのかも。成る様にしか成らない・・・)
とりあえず、お風呂と言う事で、二人して小浜温泉へと出掛ける。
私は、よく汗を切ってから服を着たいので、お先に湯船を失礼して、ゆっくりと汗を切りロビーで休息していると松岡さんも出て来られた。
(あれっ?)観ると松岡さん、髭も剃られて普通の、おじさんに変身。(おお、少し安心)二人、レストランで食事を済ませ、ヨットで早めに寝る。
バウキャビンを勧められたのだけれど、八月と言う事もあり、コクピットの方が快適そうなのでコクピットで寝ることにした。(あーコクピットは涼しくて気持ちがいい)
ポンツーンなのでラインの調整は要らなくて良いのだけれど、ポンツーンの可動部分がキイキイと耳について眠れない。ポンツーンも考えもんじゃーのー。
なんて思っているうちに、いつの間にかウトウト。

朝になり、松岡さんも起きて来られて「そろそろ出発しましょうか」と、エンジンを始動、野母崎へと走らせた。
途中色々と面白い話をされる。
「ふんふん。ほうー。そうですか!」などと、話に聞き入り(さすが、ベテラン話の内容が、濃いのー)と感心。が、その時、「あんた、出航してから今まで一度も後ろ見とらんのー。それじゃーいかん」
ここでただ"いかん"と書いてしまうとニュアンスが伝わり難いのだけれど、きつくは無い、"いかん"です。
(エーッ。そう来ましたか)私は、話をする時はどうしても目を見て話をしてしまう。
その時、昔、友人から聞いた、自動車運転免許試験時の話を思い出した。

試験官と受験生が試験の為、道路を走っている。
試験官「アア、チョットその橋の上で止めてくれ」
受験生「は、はい」
受験生は試験官の言う通り橋の上で車を止めた。
試験官「なんで、此処で止めるんだ!」
受験生「は、はぁー?」
試験官「なんで、此処で止めるんだ。と、言っているんだ」
受験生「・・・」
受験生は試験官の言う事の意味が分からず返答に窮する。
試験官「此処は、何処だ」
受験生「此処は・・・・。この辺の事は良く知りません」
試験官「バカタレ!此処は、橋の上だろうが」
受験生「はい・・・??」
試験官「橋の上は何だ」
受験生は空を見上げ「何も有りませんが?」と答えた。
試験官「バカタレッ!橋の上は駐停車禁止だろうが!」
受験生「エーッ!」
試験官「エーッじゃーあるか!助手席に乗っているものが、此処で止めてくれと言っても、此処は駐停車禁止なので、と言って、橋の向こうの止めて良い所まで行かんといくまいがー。まだまだじゃーのぉー」
受験生「そんなー」
そんな事を思い出していると、
「船に乗っている時は、回りをいつも確認する事」と、松岡さん。
「はい。分かりました」と、私。
(でも、なんだか、言われたから、やっているようでいやだなー)
そう思いながら、辺りを確認していると「ラット、持ってみるかい」と、思いがけない言葉。
「いいのですか!」私は、そう言いながら驚きの顔で、松岡さんを見た。
「ああ、いいとも」松岡さんは、当然のように答えてくれた。
(ヤッター。ラッキー)私は、スタンで仁王立ちになりラットを握る。(おおー。気持ちいい)
「あの岬(野母崎)の鼻ずらへ向けて行ってみて」コクピットで松岡さんが指を指す。
私は、岬に合わせ、ずれないようにラットを切るが、中々難しい。
勿論、時々回りを確認する事も忘れない。
その時ふと航跡を見ると、青い海に白い航跡がジグザグに走っている。
(アチャーこれはひどいなー。我ながら、ひどいもんだ)
「少し、きりすぎだね」松岡さんが、ニコニコしながら、手は出さずに声を掛けてくれた。
そして、少し切って待つ、船が回頭し始めたら戻す。と、コツを教えてくれる。
その通りにやって後ろを見ると、航跡が緩やかに成っている。
さすがベテラン教え方がうまい。それもそのはずで、後で知った事なのだが、松岡さんは高松でヨットスクールを開いているらしい。
「オートにして、少し休もうか」と、松岡さん。
オートパイロットの使い方を教えてもらって、しばし休憩。(おー中々、面白かったなー)
すると松岡さんが「オートの動きを見てごらん。動かすのはあの位でいいんだよ」と、オートパイロットを指差した。言われてよく見れば、ラットはほとんど動かない。
それどころか動かない時もある。
(しかし、オートパイロットってやつは、けなげに、よう働くのー。
まるで生きているみたい・・・)感心していると、
「あの橋の下をくぐるよー」松岡さんはラットを握り、オートを切った。
マストの先が橋に当たるのではと心配したけれどすんなり通過。スリル満点でした。
野母崎の樺島に架かる橋をくぐり終えると再びラットを握らせて貰ったので、今度は、オートパイロットの様に動かしてみる。
航跡を観ると、オートの時の様に真っ直ぐじゃー。(やったね!)
しかし、慣れてくると、このSS38ものすごく動かしやすい。
(誰じゃーレーシング艇は直進性が悪くパタパタとヒールするなんて言っていたのは。
すごく直進性がいいぞー。ラットも動かさなくていいときが有るぞー。
純クルージング艇に乗った事無いけれど・・・)

そうこうするうちに、新上五島町、奈良尾旧港へと入る。
(キザッペさんたちは、北側の新港に入ったようでしたね)
さすがに港への入出港は松岡さんの出番です。
私は、デッキサイドで、舫いロープを持って待機。防波堤を見ていると、防波堤がまるで生きているみたいに、左のほうにだんだんと伸びて来るように見えるのは何故だろう?妙な感覚になる。

一番奥にあるポンツーンの右側に松岡さんが船を付けると飛び移り、バウ、スタンを舫い漁港の人に許可を貰い、スプリングを取って無事到着。
漁港の人も優しく五島列島のイメージ良好。(やったー無事到着じゃー)
まずは、松岡さんと乾杯。私は、お酒はあまり好きではないので、お茶です。
(さてと、それでは探検に出掛けるとするか)
松岡さんは、何度も来られているそうなので、船で留守番をしていてくれるそうです。
まずは、あちこち歩いていると役場を発見、そこで観光地図をゲットした。
(海岸線などもかなり詳しく書いてある。ラッキー)この地図を元に歩き回る。
子供を見つけたので、「どこか面白いところ無いかなー」と聞いたら。
「何も無いでー」の一言。
暫くして今度は、綺麗なお姉さんを見つけたので聞くと、"あこう樹"だと言う。
漁港の直ぐ近くに有ると言うので行ってみると何ともおかしな樹で、根っこが人の頭の上にある。
そう、ラピュタに出てくる、空に浮かんでいる樹みたいだった。
何処かへ逃げ出したいのかなー。変なの・・・。
写真をと、携帯で撮るが、樹がでか過ぎて収まりきらない。(ウウッ広角が欲しい)
結局、写真は諦めた。後は教会だけど車が無ければ無理だと言われ、船に戻る事にした。
船に戻ると、松岡さんが風呂に行こうと言うので、ついて行く。
温泉は漁港のすぐ北側の丘の上に在り、露天風呂のような素敵な風呂で奈良尾新港が見え、ごきげんじゃー。
明日は、早出と言う事で、私はコクピット、松岡さんはキャビンの中で二人早めに横になる。
しかし、私は、この事が、とんでもない事になろうとは夢にも思わず、楽しかった一日を振り返りながら、深い眠りに就いた。

次の日の朝、目覚めると薄明るくなっている。
(朝早いと言っていたけれど、いくらなんでも早すぎるか・・・もう一眠りしよう)
暫くウトウトして目が覚めると、辺りは完全に明るくなっている。(あれっ。朝早いと、聞いていたのだけれど?・・・早いと言っても、人によって違うしねぇー。時間をハッキリと聞いて置けばよかった)
再び、横になり目を閉じる。
しかし、日が昇り、人が歩き出しても松岡さんは起きて来ない。
(おかしいなー。どうしたんだろう・・・・・・・・。
まさか、死んだりしていないよねぇー・・・死んでてたらどうしょう・・・・・)
ソーッとキャビンの中を覗いてみる。
しかし松岡さんは微動だにせず、寝ているのか死んでいるのか分からない。
(どうしょう・・・もしも死んでいたら、この船、僕が高松まで回航する事になるのかなー・・・いや待てよ、オーナが亡くなったのだから、この船は売却と言う事になるかも。オオーッ!買ってもいいぞー)瞳キラキラ、胸ワクワク。
(待てよ、死亡と言う事になれば、一応、変死だから司法解剖となるわな。
そしたら医者が「もう少し早く発見していたら命は助かったのに」なんてことになったら、警察が「あんたは、朝早く出航するのが分かっていて、松岡さんが起きて来ないのを、おかしく思わなかったのか?」と、突っ込まれるかなー。「あんたは、船が欲しくて、ほっといたんじゃー無いのか!」そう言うかも。ウーどうしょう・・・。
誰も証言してくれる人などいないし、アリバイも無い。殺人犯になってしまうかも・・・下に行って声を掛けてみようかなー・・・でも寝ているだけだったら悪いしなー・・・)
そう思っていると、ガタゴト音がして松岡さんが、顔を出した。
(あ、死んでなかった)「おはようございます」
私は、挨拶をしながら、ほっと胸をなでおろした。(やれやれ)
「今日は、キリシタン洞窟を見て、奈留瀬戸を通り久賀島のとても綺麗な湾へ入り、玉之浦湾で教会を見て、荒川温泉まで行きます」朝食を取りながら説明を受け、今日も楽しい一日になりそうな予感がしてワクワクする。
漁港を出るとラットを取り(入出港は松岡さんが、やってくれます)ナビにて指示を受け、佐尾鼻をかわし北上してカズラ島の西にある無人の岬、白崎へと向かう。
その白崎の西側を北上していると
「もう直ぐ見えるよ」と、松岡さんが指を指した。
見ると、激しく侵食された断崖絶壁の洞窟に真っ白なキリスト像が立っている。
(ウワーッ。これ以上近寄れなくて携帯では写せない。ぼ、望遠が欲しい・・・)
しかし、よくもまあ、あんな危険な所に船を着け、人が住んだものだと驚く。
いかにキリストの弾圧がひどい物だったのかと心痛む。
人の心を封じ込める事などしてはならないことだし、出来もしない。
この海が美しく綺麗なだけに、当時の人たちの気持ちを思うと、楽しむ余裕など無かったのでは。と、不幸な歴史に気が重くなった。
現在の日本では、宗教の違う事などで人を殺める事などしない。よかったー。
そこに居たであろう人たちに別れを告げ、奈留神鼻へ向け針路を取る。
美しい空と海そして景色が、重くなっている気持ちを和らげてくれた。

「お昼にしょう」そうしていると松岡さんが、キャビンから昼食をコクピットに出してくれた。グットタイミングです。
ラットをオートにして、しばしランチタイム。
空気は美味しいし料理も旨い
「早く、早く」食事を終えキャビンに降りている私に松岡さんが声を掛けてくる。
何事かとコクピットに出ると、
「あれ、あれ」と、松岡さんが指を指している。
見ると、奈留神鼻をかわしグッと北上して島との狭い水道に入ろうとしているところなのだが、その真ん中ほどの海面が異様に盛り上がっている。
(ウワー!なんだ、あれは?)やがて、その盛り上がった海面上に到達。
下から海水が湧き出している、何か海の中から出て来そうな雰囲気に少し怖い。
海水に持ち上げられて少しグラグラと船は揺れたけれど難なく通過してほっとした。

奈留瀬戸を抜け、折紙鼻をかわし、女性の子宮のような久賀島の、久賀湾へと船を進めて行く。しかし、そこが入り口だと言われても、信じられない。
船を進めていくと、まるで扉が開くように視界が開けてくる。
奥へ進むと後ろで扉を閉じたように島が繋がってゆく。
「此処が久賀湾。一番気に入っている所だよ」と、松岡さんがコクピットで嬉しそうに言う。
四方を緑に囲まれ海も綺麗だ。穏やかなることこの上ない。
心がスーッと洗われるような気がする。こんな静かな所にアンカーを打ち、船を泊め一日中、寝そべる事が出来たら、誰だって幸せな気持ちになれると思う。
一番奥まで船を進めると、ちゃんと船着場がある。しかし今回は、そこへは寄らず反対側に有る、小さくて可愛い教会へと船を回し、船から教会を見た。
やはり此処でもカメラがネックで写すのは止めた。(カメラ買おうかなー・・・。でも、塩水に強く、広角と望遠のやれるカメラ有るかなー・・ゆっくり探そう)
あまりにいい場所なので、エンジンを止め帆走しょうかとエンジンを止めセールを揚げるが、風が無い。暫く漂うが走らないので再びエンジンを始動して久賀島を後にした。
玄魚鼻をかわし、姫島と柏崎の間を抜けるべく西へ針路を取る。
この頃になると、ラットは殆ど動かさなくていい事が分かり、別にオートが無くても、ええかのー。なんて思い始めて来る。

どう見ても亀に見える姫島を右手に通過して南へと玉之浦湾を南下して、井持浦教会ルルドに立ち寄った。
ちゃんと船を留めるところも有り、少し歩くだけで素敵な教会に着く。
マリア様を見て、難病に効くと言われる霊水を混入したと言われるありがたいお水を、一口、頂く。
これで病気にならないかも。
その後、本日の宿泊予定地、荒川温泉に向け出航。

荒川温泉近くには、新しくて大きなポンツーンが有り、東側がビジター用になっているらしい。漁船が二杯いたけれど、その間に泊めさせてもらい早速温泉に向かうが、途中、お爺さんとお婆さんたちがベンチで夕涼みをしていて、何処から来たのかと聞くので少し立ち話をした。

温泉に入り、食事を済ませるとヨットのコクピットに座り、夜空を仰ぎながら松岡さんが色々な星座の話をしてくれた。星空をこんな風に眺めるなんて何年ぶりだろう。
本当に松岡さんは色々な事を知っている。松岡さんと一日ヨットで一緒に過ごすだけでヨットに関係する事の一年分の知識を得られるように思う。
「明日の朝は、若松の潮の都合で早いけど三時に出ます」と、松岡さんが言う。
(えっ。松岡さんは、僕の思っていた事が分かるのかなー・・・。でもこれで、今朝みたいな事にはならないだろう)
はーい。と、返事をして、今日も一日満足してコクピットで早めに寝る。

夜中寝ているとカタンと物音がしたので飛び起きると松岡さんが顔を出す。
「おはようございます」まだあたりは暗く、漁港も、すべてが、まだ静かに眠っている。
だが全く見えなくは無い。舫いを解き荒川を出て暫くしてラットを握る。
暗闇の中、うっすらと青紫色に島影が見え、頭上にはキラキラと星たちが輝いていて、遠くでは、明かりを灯し漁船が漁をしている。
昼と違って、朝もやの、ひんやりとした冷たい空気が、すごく気持ちいい。
時よ、止まって欲しい。と願う一瞬だ。
少しずつ東の空が茜色に染まり、日の出を見た。
いつ見ても日の出は神々しくて、身震いする。
再び亀に見える姫島を左に見て通過してゆく。

田ノ浦瀬戸を通りカズラ島を左に見るようにして若松瀬戸へと入り、流れに乗りルンルン進む。
途中、桐カトリック教会などを見て若松大橋を通過。
此処で松岡さんより提案。
私の地図(役場でもらった観光地図)を指差し「この地図を見て中ノ浦カトリック教会まで行ってみようか」
「はい」(任せなさい。これだけ詳しく書いてあれば、ナビを見なくてもオッケーよ。フフフ)が、ヤク丸島を過ぎた辺りで入り口を間違えた。
でもそれからは、狭い迷路のような水路を間違えずに、中の浦カトリック教会へと、たどり着くことが出来た。
しかしポンツーンに先客のヨットがあり、止めることが出来ず眺めるだけでUターンして隣の笛吹浦も覗いてみた。
しかし五島列島は、何処へ行っても夢みたいに、人も場所も、いいところだらけじゃー、ホント。

そしてさらに北上。
野首の鼻と焼崎鼻の間を抜け、石油備蓄基地を右手に船崎の漁港へ入港した。
此処で何処へ止めようかと思案していると、おじさんがポンツーンで手招きをしている。
でもその前に松岡さんは止めるところを決めたらしく桟橋へと着けてしまった。
後で聞くとマイポンツーンなので此処へ止めたらと、言いたかったらしい。
ありがとうございます。こういう人がいてくれると、幸せな気持ちになりますねー。
五島列島に来てよかったー。
その間に、松岡さんは漁船のお兄さんと何やら話が出来て、お酒と漁具を交換するらしい。
二人とも、してやったりと嬉しそうな顔をしている。
(お兄さん!五島では酒は手に入らんのんかい?
どう見てもお兄さんの方が損していると思うでー?・・・。
それとも高いお酒だったのかなー?)と言う訳で出発が遅れた。
それからさらに北上、津和崎瀬戸を目指す。長いレグなので、さすがに此処はオートで行くことにする。

津和崎瀬戸に着くと、海が台風の後で荒れた川の濁流のように西から東へと流れていた。
ヒエー。さすがに私ではなく松岡さんの出番じゃー。どういう風に通過するのか興味津々。
松岡さんは、流れに対してどんどん直角に入って行く。
私は一瞬、津和崎瀬戸を西から東へと通過するのではなく、さらに北上するのかと思ってしまった。
そして野崎島へ乗り上げるのではと、思った瞬間、45度ほど船首を落とし流され、そのまま津和崎瀬戸を通過し野崎島の南端をかすめ北上した。
(なるほど・・・ああいう風に走らせるのか・・・)
おそらく私なら、瀬戸の流れに真っ直ぐに突っ込んで、南へと流され野崎島を捉えることが出来ず、かなり南へ離されてしまったことだろうと思う。
野崎島を左に見て北上していると、教会が見えた。(わぁー可愛いなー)
すると松岡さんが、歩いていけるよ。と言うので是非行ってみようと思う。
途中、東の方からヨットが現れ、先に野崎島漁港へと入って行く。
「しまったー。遅かったかー」私は、松岡さんの言う意味が分からない。
(誰かと、待ち合わせでもしていたのかなー?)
港に入ると、先程のヨットはポンツーンの北側に泊まっていたので、私たちは南側へ泊める。(この位置関係が大事)ヨットは"うみまる"松村さんでした。
舫いを取ってくれると言うので、渡そうとしたのだけれど、舫いロープが短くてうまく渡せず失敗したけれど無事到着。
この島は、野生の鹿が600頭、管理人が一人の島だそうです。今日はこの島で一泊じゃー。
早速先程見えていた教会、野首天主堂へと探検をかねて出発する。
松岡さんは何度と来ているそうなのでここでもパス。私一人で、しゅっぱーつ。
途中、鹿に出会う、出会う。興味が有るのか、こちらを見詰めている。
小鹿は、かなり近くまで逃げないので、こちらも鹿を見詰め返す。
親鹿は遠巻きに見て直ぐに逃げてしまう。
暫く歩くと段々畑の小高い丘の上にある、赤レンガ造りの素敵な教会に着いた。
誰もいないと思っていたら男女の大学生がグループで沢山遊びに来ている。
暫くすると一人の女の子がオルガンを弾いていてくれたので、なんだか厳かな気持ちになる。
歩いていた時、丘の上から砂浜にシーカヤックが見えていたので、行ってみることにした。
でもシーカヤックの持ち主は見当たらず、代わりに、京都からボランテアで来た。と言う二人の女子大生がいた。
一人は、いとこの恵美子によく似た、谷まりちゃん。
もう一人は、私の娘と同じ名前の、大平かおりちゃん。
まりちゃんは、恵美にそっくりなので顔を覚えているけれど、かおりちゃんの顔は忘れてしまった。ゴメン。
二人とも元気にしていますように。
一緒に夕食を食べようと誘われたのだけれど、バーベキュー会場で部外者の私は拒否されてしまった。残念。
いや、残念なのは食事でなくて、もう少し話がしたかったなー。
実は、携帯を買い換えたのだが、充電器を間違えて古い方を持って来てしまって殆ど電池が無く使うわけにも行かず、船に置いて来た。
したがって二度と連絡が取れませーん。
これも運命ですねー。間違えて持った時点から運命の歯車が回り始めてしまっている。
それではと、別れを告げ来た道を引き返し船に着くと、松岡さんが夕食を作って待っていてくれた。
(遅くなってすみませんでした。でもおかげで、とても楽しかったです)
松岡さんに感謝を胸に眠りに付く。
静かで涼しく、夜空も綺麗で、とても気持ちいい泊地でした。

朝になり、何やら係りの人が来て、連絡船が来るので南側は9時まで空けて欲しいとの事。
(そうか!松岡さんは、この事を知ってたんだ!)
「はーい。もうすぐ出まーす」そう返事をして松村さん達に手を振り、野崎島を後にした。
港を出ると、ラットを持たせて貰う。殆どこのパターン。
こんな素敵な旅になるなんて夢にも思わなかった。
多分、私が生きてきた中で最高の思い出になると思う。
九十九島へ向け、私はラットの後ろに立ちオートで走らせ回りを見ている。
松岡さんはビールを飲んで寝ている。
青い空と青い海に囲まれ、朝の穏やかな日差しに抱かれ、夢心地で、今この幸せなひと時をかみ締る。
後で分った事ですが、寝たふりをしていてくれたそうです。
でも、そのおかげで私は、まるで自分のヨットで旅をしているような気持ちになれました。
ありがとうございます。

そして黒島を回り、九十九島へと進めていると、一隻の漁船が10時の方向から白波を立て近づいて来る。
(ウーン。いい角度で来よるナー・・・)暫く様子を見る。
角度変わらず、どんどん近づいて来る。(ウーン。よけんナー・・・)なおも様子を見る。
心臓はもうドックン、ドックン、汗も出て来た。
(よけんナー。お兄さん。お姉さんかも知れんけんど、早めに転舵しょうやー・・・お、ね、が、い・・・)しかし、一向に転舵の気配なし・・・。
スロットルを絞るか、漁船に対して平行になるように、右に一気に転舵するか決断を迫られる。(待てよ。バックと言う手もあるナー・・・)この出来の悪い頭がフル回転。
(だめだ、もうこれ以上このまま進む訳にはいかん)そう思ったその時、漁船のスピードが上がったような気がした。
(ん?抜けるかー)やがて漁船は当然のように鼻先を横切り、去ってゆく。

陸の上でも、走っている車の間を縫うように走って行くバイク。
車の方は、危なく感じるけれどバイクにしてみれば、当たり前で、それほど危険だと感じていない。(実は、私もバイクに乗ると時々やってしまう。車の皆さん御免なさい)
毎日走っておられる漁師の人達も、同じ感覚なのかもしれない。(船が居たほうが楽しいけれど、真っ直ぐ来られるのは困るナー)
やがて、松岡さんに教えてもらいながら、入り口の潜水艦によく似た島を二つ左に右に観て、九十九島の奥深くパール・シー・リゾートへと入って行った。
ここでビールを調達し針尾瀬戸を通りハウステンボスへと向かう。
「針尾瀬戸は、狭いよー」と松岡さんが言うので、どんな所かとドキドキしたけれど、中ノ浦カトリック教会へ行く時と比べたら、ずっと広いのであまり驚かなかった。
勿論、松岡さんの適切なアドバイスが、あったからではありますが。

ハウステンボスで沢山のヨットを目にして、写真を撮りたくなり、ハーバーハウスへ携帯の充電が出来ないか聞きに行くと、当時のハーバーマスターの稲光さんが対応してくれて、私の携帯を持ち事務所の奥にある、スタッフの充電器に合うものが無いか調べ始めてくれた。
(あのー・・・そこまでしなくても・・・コイン充電器の在る所を教えていただければー・・・)
稲光さんのサービス精神に、頭の下がる思いがする。
「此処には、これに合う充電器は無いようですねー」稲光さんは申し訳無さそうに言う。
これにはこちらが恐縮してしまう。
「いえいえ、充電する機械があればと思っただけですから」と言うと「あっ。チョット待ってください」と何処かへ電話を掛け始めた。
(うひゃぁー。あの・・・そんなにしてくれなくてもいいんですぅ。まだ電池は残っているし。ヨットを写そうと思っただけなのでー)アセアセ。
「言われているものと違うかもしれませんが。ハウステンボス内にそれらしきものがあるそうです」
そう言ってハウステンボスの地図を広げ場所を教えてくれる。
この一件だけでもハウステンボスがヨットマンたちにとって夢の場所だと言われるのが分かるような気がした。
お礼を言う為、夕方、再びハーバーハウスへ行くと"WIN"の青木さんと言うかたが居て"WIN"に来ませんかと、招待された。
初めてで突然の訪問にもかかわらず、おもてなしを受け、さらに次の日、朝食に招待され松岡さんと二人で、お世話になってしまう。
"WIN"のオーナーの濱田さんや、クルーの人たちとの会話は楽しく夢のようでした。
濱田さんとは、それ以来の付き合いとなりました。

あの出発の日、携帯の充電器を間違えなければ、濱田さんたちとも知り合いにならず、又、違った人生の歯車が回っていたのだろうと、何か自分の意志ではない不思議な力を感じてしまう。
しかし、これが人生でも有り、運命と言うものだろうとも思う。

私の、五島列島クルージングの最後を見事に締めくくってくれた人達に乾杯・・・。
本当にありがとうございました。