統合失調症の陰性症状が与える社会復帰への影響



1.統合失調症の概要

 
(1)発症時期と生涯発症率
 思春期から青年期に発症することが多く、小児期の発症や老年期での発症もみられる。一般に破瓜型(解体型)に比べて妄想型は発症年齢が遅いとされ、30-40代での発病が多い。男性と比較して女性は平均発症年齢が遅く、閉経後にも小さな発症のピークがある。生涯発病率は約0.85% (120人に1人) であり、まれな病気ではない。民族や性差によって発病率は変わらない。
 母体妊娠中のインフルエンザ罹患や大きなストレス・産科的合併症・冬生まれ・子供のときの家ネコへの曝露やトキソプラズマ症などは、わずかながらも有意に統合失調症発症リスクを増加させる。統合失調症の患者は関節リウマチに罹患しにくいことが知られている。最近の研究によれば、およそ4倍前後の差があるとされる。

(2)分類
@妄想型 (ICD-10 F20.0)
 妄想・幻覚が症状の中心である。解体した言動が乏しい。統合失調症の中で最も多いとされている。30歳代以降に発症することが多い。
A破瓜型 (ICD-10 F20.1)
 思春期前半に発症することが多い。 解体した思考や行動(まとまりのない思考や行動)が主体である。激しい症状がない場合もある。未治療の場合、徐々に自閉的になり、周囲に関心を持たず不活発になり、外部と接触しなくなる。予後は不良である。
B緊張型 (ICD-10 F20.2)
 興奮・昏迷などの症状を呈する。同じ動作を繰り返す。上記2タイプに比べて稀である。
C鑑別不能型 (ICD-10 F20.3)
D統合失調症後抑うつ (ICD-10 F20.4)
 急性期の後に訪れることが多い、自殺などを招くことがあるので注意が必要である。治療法はうつ病にほぼ準じる。陰性症状と捉えがちであるが、陰性症状とは異なり、精神病後抑うつpostpsychotic depressionである。ICD-10では独立した病型としており統合失調症性疾患の後のうつ病エピソードが少なくても2週間は続くと規定されている。
E残遺型 (ICD-10 F20.5)
 陰性症状が1年以上持続したもの。陽性症状はないかあっても弱い。他の病型の後に見られる、急性期症状が消失した後の安定した状態である。
F単純型 (ICD-10 F20.6)
 陰性症状が強く現れ、陽性症状はほとんど見られない。破瓜型に似ているが、自我意識の喪失がない点が異なっている。


(3)原因
 一卵性双生児研究において一致率が高い(30 - 50%)ことなどから、遺伝的要因と環境要因両方が発症に関与していると考えられている。しかし原因は未だに不明である。
@ドパミン仮説
 中脳辺縁系におけるドパミンの過剰が、幻覚や妄想といった陽性症状に関与しているという仮説。実際にドパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬が陽性症状に有効であること、死後脳研究、陽電子放出断層撮影(PET)などの脳機能画像を用いた研究からも支持されている。
Aグルタミン酸仮説
 麻酔薬として開発され、のちに精神異常の副作用の為使用が断念されたフェンサイクリジンを投与すると、統合失調症様の陽性症状及び陰性症状がみられたこと、フェンサイクリジンがグルタミン酸受容体(NMDA受容体)の遮断薬であることがのちに判明し、グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の異常が統合失調症の発症に関与しているという仮説。実際に欧米を中心に従来の抗精神病薬とグルタミン酸受容体(NMDA受容体)作動薬であるグリシン、D-サイクロセリン、D-セリンを併用投与すると抗精神病薬単独投与より陰性症状や認知機能障害の改善度が高くなることが報告されている。将来的に、グルタミン酸受容体に作用する抗精神病薬の開発が期待されている。
B発達障害仮説
 統合失調症の初発患者において脳の容積が一部低下していたり、死後脳において脳の構造異常が見られたりする例があることから、脳の発達段階での何らかの障害が関与しているとする仮説。
CTwo-hit theory
 胎生期と思春期に、2回にわたる何らかの脳へのダメージを受けて発症するという仮説。
 その他、ウイルス説、前頭葉機能の低下仮説など様々な仮説が唱えられている。妊娠初期にインフルエンザに罹ると生まれてくる子供が統合失調症になる確率が3倍になるという研究がある※1
  ※1)月刊日経サイエンス 2004年12月号■TOPICS● インフルエンザで神経疾患に? 参照
D心因説
 かつて、二重拘束説(Double bind theory:親から2つの互いに矛盾するメッセージを受け取った子供が、それをうまく処理することができず、しかしそれに応えようとして発病するという仮説)や、high EE説(Expressed Emotion:否定的なメッセージを送りやすい家庭で育つことと再発率が関係しているとする仮説)などの心因説が、統合失調症の原因として唱えられ、患者の家族が不当に苦しんだ時代があったが、その後の研究でそれらの心因説は否定され、発病後の症状悪化要因ではあっても決して原因ではない、とされている。


(4)症状
 思考、知覚、自我意識、意志・欲望、感情など、多彩な精神機能の障害が見られる。大きく陽性症状と陰性症状の二つがあげられ、その他の症状に分けられる。
@思考過程の障害
・連合弛緩、滅裂思考 (話の脈絡がなくなる)。顕著になると言葉のサラダ (意味のない単語の羅列を発する)といわれる状態になる。
・的外れな応答 (他人の質問に対し、的外れな答えを返す)
・思考内容の障害(妄想)
 他人にとってはありえないと思えることを事実だと信じること。妄想には以下のように分類される。一人の統合失調症患者において以下の全てが見られることは稀で、1種類から数種類の妄想が見られることが多い。また統合失調症以外の疾患に伴って妄想がみられることもある。関連語に妄想着想(妄想を思いつくこと)、妄想気分(世界が全体的に不吉であったり悪意に満ちているなどと感じること)、妄想知覚(知覚入力を、自らの妄想に合わせた文脈で認知すること)がある。
・被害妄想 (他人が自分を害しようとしていると考える)
・関係妄想 (周囲の出来事を全て自分に関係付けて考える)
・注察妄想 (常に誰かに見張られていると感じる)
・追跡妄想 (誰かに追われていると感じる)
・心気妄想 (重い体の病気にかかっていると思い込む)
・誇大妄想 (患者の実際の状態よりも、遥かに偉大、金持ちだ等と思い込む)
・宗教妄想 (自分は神だ、などと思い込む)
・嫉妬妄想 (配偶者や恋人が不貞を行っている等と思い込む) ⇒特徴的な症状とは言い切れない。
・被毒妄想 (飲食物に毒が入っていると思い込む)
・血統妄想 (自分は天皇の隠し子だ、などと思い込む)
・家族否認妄想 (自分の家族は本当の家族ではないと思い込む)
 また、上記の妄想に質的に似ているが、程度が軽く患者自身もその非合理性にわずかに気づいているものを〜〜念慮(被害念慮、注察念慮)という。
A知覚の障害
 実在しない知覚情報を体験する症状を、幻覚(hallucination)という。幻覚には以下のものがあるが、統合失調症では幻聴が多くみられる。また、統合失調症以外の疾患(せん妄、てんかん、気分障害、痴呆性疾患など)、あるいは特殊な状況(断眠、感覚遮断など)におかれた健常者でも幻覚がみられることがある。
・幻聴(auditory hallucination):聴覚の幻覚
・幻視(visual hallucination):視覚性の幻覚
・幻嗅(olfactory hallucination):嗅覚の幻覚
・幻味(gustatory hallucination):味覚の幻覚
・体感幻覚(cenesthopathy):体性感覚の幻覚
 幻覚を体験する本人は外部から知覚情報が入ってくるように感じるため、実際に知覚を発生する人物や発生源が存在すると考えやすい。そのため、「悪魔が憑いた」、「狐がついた」、「霊が話しかけてくる」「宇宙人が交信してくる」「電磁波が聴こえる」、「頭に電波が入ってくる」、「脳の中に装置を埋め込まれた」などと妄想的に解釈する患者も多い。また、幻味、幻嗅などは被毒妄想(他人に毒を盛られているという妄想)に結びつくことがある。
B自我意識の障害
 自己と他者を区別することの障害。自己モニタリング機能の障害と言われている。すなわち、自己モニタリング機能が正常に作動している人であれば、空想時などに自己の脳の中で生じる内的な発声を外部からの音声だと知覚することはないが、この機能が障害されている場合、外部からの音声だと知覚して幻聴が生じることになる。音声に限らず、内的な思考を他者の考えと捉えると考想伝播につながり、ひいては「考えが盗聴される」などという被害関係妄想につながることになる。
・考想吹入 (他人の考えが入ってくると感じる)
・考想奪取 (自分の考えが他人に奪われていると感じる)
・考想伝播 (自分の考えが他人に伝わっていると感じる)
・考想察知 (自分の考えは他人に知られていると感じる)
・意志・欲望の障害

(5)治療
 外来治療と入院治療に分けられる。薬物療法が大きな柱となるが、その他の治療法も病相の時期(急性期、慢性期など)に応じて適宜選択される。いずれにせよ、専門医(精神科医など)に受診、相談することが望ましい。
 統合失調症のみならず精神障害の治療や保護、社会復帰などは、一般に精神保健福祉法にのっとって行われなければならない。
@薬物療法
 主にドパミンD2受容体拮抗作用を持つ抗精神病薬(日本では20数種類が使用できる)の投与が、陽性症状を中心とした症状の軽減に有効である。近年、従来の抗精神病薬よりも、副作用が少なく陰性症状にも有効性が高いなどの特徴をもった非定型抗精神病薬と呼ばれる新しいタイプの薬剤(リスペリドン、ペロスピロン、オランザピン、クエチアピン)が開発され、治療の主流になりつつある。さらに、最近アリピプラゾールが加わり、わが国では現在5種類の非定型抗精神病薬が使用可能となっている。ただ、非定型抗精神病薬が治療の質を向上させたのは事実であるが、新たな問題もある。副作用面では、オランザピン、クエチアピンが稀に高血糖・糖尿病を誘発することがあるなどの新たな副作用にも注意が必要である。また、医療経済的に見るとオランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなどの薬価が非常に高く設定されていることにも批判的な意見もある。
 精神病薬の一般的な副作用として、黒質線条体系のドパミン拮抗作用によるパーキンソン症候群、錐体外路症状、アカシジア、ムスカリン拮抗作用による便秘、口渇、眼のかすみ、抗ヒスタミン作用などによる眠気、体重増加など、抗アドレナリンα1拮抗作用による低血圧が生じることがある。また、統合失調症に抑うつ症状や強迫症状を伴う場合などに抗うつ薬を、不安症状が強い場合に抗不安薬を、不眠が強い場合に睡眠薬を併用することもある。
A心理教育
 薬物療法によって陽性症状が軽減しても、自らが精神疾患に罹患しているという自覚(いわゆる「病識」)を持つことは容易ではない。病識の不足は、服薬の自己中断から再発率を上昇させることが知られている。病識をもつことを援助し、疾患との折り合いの付け方を学び、治療意欲を向上させるために心理教育を行うことが望ましい。また、患者本人のみならず、家族の援助(家族教育)も行うこともある。
Bソーシャル・スキル・トレーニング(SST)
 統合失調症を有する患者は、陰性症状に起因するためと、社会的経験が不足しがちなことにより、社交、会話などの社会的技能(ソーシャル・スキル)が不足していることが多い。それらの訓練として、ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)を行うことがある。デイケアプログラムの一環として行われることが多い。
C作業療法
 折り紙、手芸、園芸、陶芸、スポーツなどの作業活動を主体として行う治療。非言語的な交流がストレス解消につながったり自己価値観を高めたりする効果がある。デイケアプログラムの一環として行われることが多い。
D心理療法
 薬物療法と並行して、疾患の心理的な受容、疾患や治療に伴い経験した喪失体験の受容などを援助するために個人精神療法を行うこともある。
E社会的援助
 治療や社会復帰をすすめるために必要な福祉制度、精神保健福祉法の活用、様々なアドバイスなどの社会的援助を、精神保健福祉士(ソーシャルワーカー)などの援助を得て行うことがある。訪問看護など。
Fその他の治療法
 難治例や緊張病などで興奮が著しく緊急を要する場合や、重篤な抑うつ症状を伴う例では電気けいれん療法を行うことがある。その他、認知行動療法を行うこともある。

(6)予後
 統合失調症の予後については、「進行性経過を取り、ほとんどが人格の荒廃状態に至る」というイメージないし偏見が今日もなお残っている。これは事実に反している。
 科学的な長期予後調査によれば、統合失調症の長期予後は極めて多様であることが明らかとなっている。おおむね、約3割の患者が元の生活能力を回復し、約5割の患者が軽度の残遺症状持ちつつも生活能力が若干低下する程度に安定し、約2割の患者は中等度から重度の残遺症状を残し生活に支障をきたすとされている。過去(特に薬物療法がなかった時代)に比べ、全体的に予後はかなり向上しているといわれている。
 病型別に予後を見ると、緊張型や妄想型では、幻覚妄想などの症状の方が抗精神病薬に反応しやすく、予後がよく、破瓜型や単純型などの陰性症状には、治療の効果が得られにくいため予後が悪いと一般的に言われている。ただし、こうした傾向はあるが、妄想型などでも治療に反応しない例も稀ではなく、病型により機械的に予後が予測できるようなものではない。


2.陰性症状が与える社会復帰への影響
 統合失調症では上記で示したように、思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめていく能力、すなわち統合する能力が長期間にわたって低下し、その経過中にある種の幻覚、妄想、ひどくまとまりのない行動が見られる病態である。能力の低下は多くの場合、うつ病や引きこもり、適応障害などに見られるものと区別しにくいことがあり、確定診断は幻覚、妄想などの症状によって下される。幻覚、妄想は比較的薬物療法に反応するが、その後も、上記の能力低下を改善し社会復帰を促すために長期にわたる治療、支援が必要となる。
 ある目的に沿った、一貫した思考や行動をすることは、実は健常者でもあまりできないことがある。とりわけ疲労、ストレス、不安、身体疾患の時などには、こうした統合機能は動揺しやすい。そうした不安定な状態が長引いて経過中に幻覚や妄想が出現し、その鎮静化のために投薬を必要とし、再適応のために心理社会的なリハビリテーションを要する状態が、統合失調症である。確定診断のためには、下記に述べるように幻覚や妄想などの重い状態を手がかりにすることが多い。しかし実際の治療においては、そうした急性状態の続くことはむしろ少ない。多くの患者は、健常者でも経験し得る統合失調という状態のなかで、社会復帰のための努力をしているのが現状である。
 統合失調という症状によって最も影響されるのは、対人関係である。複数の人間の話し合う内容が、いったい何を目指しているのか、その場の流れがどうなっているのか、自分はどう振る舞ったらよいのか、ということが分かりにくい。そのために、きちんとした応対ができなかったり、時に的はずれな言動をしたり、後になってひどく疲れたりすることがある。また、ある一連の行動を、自然に、順序立てて行うことが苦手となる。着替えをする時の順番を忘れたり、料理が得意であった人が、その手順を思い出せなくなったりする。
 この病気の原因は十分明らかにされておらず、単一の疾患であることにさえ疑いが向けられている。
しかしながら、何らかの遺伝的な脆弱性と環境的な負荷、とくに対人的な緊張が重なって発病に至ることは、ほぼ認められている。とくに再発に関する研究では、家族のなかで、人を批判するような内容を強い口調で言い合うことが、患者の緊張を高め、再発率を上げることが知られている。ただし、親の育て方が悪かったというようなあまりにも単純な説明は、今日では受け入れられない。好発年齢は思春期から20歳代半ばであるが、それ以降の発症も多い。一生の間にこの疾患になる率は、諸外国でも日本でも約1%である。
 治療の基本は抗精神病薬と、心理社会的なリハビリテーション、ならびに社会復帰のための福祉、地域での支援である。治療薬について言うと、従来は脳内のドーパミン神経系に作用する薬物が用いられてきたが、最近ではセロトニン神経系にも作用する非定型抗精神病薬が導入され、治療効果を高めている。従来の抗精神病薬は、幻覚や妄想、興奮を抑えることはできたが、自発性を高め、考えや感情の筋道をまとめさせることはあまりできなかった。これに対して非定型抗精神病薬は、社会復帰に関わるこうした症状の改善に効果がある。治療の後で陰性症状だけが残ることは非常に多く、社会復帰のためには、この症状の改善が重要であるからである。
 陰性症状は、感情の平板化、無気力、社会的引きこもり、などの症状を示す。社会的な引きこもりは発病当初からみられることも多くある。初期には同時に陽性症状がみられるタイプが多くみられるが、陽性症状は治療により消失したりしてあまり目立たなくなる(疎隔化する)のに対し、陰性症状は一般に長く継続して残り、これが社会復帰の大きな妨げになる。
 社会復帰をしていくためには、心理社会的なリハビリテーションと支援が必要である。リハビリテーションというのは、作業や仕事、社交などの能力を高めることが目的だが、それと同時に、人間の集まる場のストレスに順応し、対処能力を高めることも必要である。
 


(2007年10月作成)



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