高次脳機能障害の方への福祉のあり方

 
<事例>
 50歳代。 本人、家族とともに総合病院の内科からの紹介状をもって精神科に来院。本人は病識はなく、治療意欲もないが、家族は入院による治療を希望。現病歴は、低栄養低酸素状態により記憶障害が残ってしまっており、5分前のことすら覚えておらず、散歩に行っても家に帰れないなどの重度の記憶障害がある。ADLはほぼ自立で、暴力などの問題行動もない。記憶障害は作業療法等のリハビリによっても若干の回復は期待できるレベルであり全快の見込みはない。診察の結果、本人が入院希望はしないこと、及び医療保護入院の対象とはならないこともあり入院とはならなかった。また、治療薬も特にないため、そのままお帰りいただくことになった。
 

<高次機能障害の概要と問題点>
 高次脳機能障害は、主に脳の損傷によって起こされる様々な神経心理学的症状が現れる。その症状は多岐にわたり、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害等で脳の損傷部位によって特徴が出る。 損傷が軽度の場合にはMRIでも確認できない場合がありPETという特別な機械でなければ正確な診断は出来ない。その障害は外からでも分かりにくく自覚症状も薄いため隠れた障害と言われている。伝統的、学術的、医学的な定義による高次脳機能障害は、脳損傷に起因する認知障害全般を示すものである。例えば失語症として知られている障害であり、また認知症も高次脳機能障害と言える。
 これに対し、厚生労働省は平成13年度から本格的に研究に取り組んでいる『高次脳機能障害』は、行政的に定義されたものといえる。これについては少し説明が必要である。 脳血管障害(いわゆる脳卒中)や、交通事故による脳外傷後に身体障害となる場合がある。身体障害が後遺障害として残る場合と、時間の経過とともに軽快していく場合がある。しかし、身体障害が軽度もしくはほとんど見られない場合でも、脳の機能に障害が生じている場合がある。それが今回の事例の認知障害(記憶障害)、つまり行動に現れる障害である。日常生活、社会生活への適応に困難を有する人々がいるにも関わらず、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立していないため早急な検討が必要である。


<福祉制度の狭間>
@身体障害とは認められず
 失語症は身体障害者手帳の交付対象となるが、身体の障害を伴わない高次脳機能障害は、身体障害者手帳の対象とはならず、身体障害者の制度も受けられず。
A知的障害も認められず
 記憶や判断力などの知的能力が低下しても、成人になってからの知的能力の低下は一般的に知的障害者が受けられる療育手帳を取得できず。
B精神障害とも認められない
 症状が目立てば『器質性精神障害』として『精神保健福祉手帳』の対象者とるが、記憶障害や注意障害だけでは対象となりにくく、この手帳の該当ともならず。
C介護保険制度の外
 介護保険制度においても年齢的な制限もあり、高次脳機能障害が対象になることはまれ。



<このケースにおける対応>
 50歳代ということ、ADLがほぼ自立ということから介護保険制度におけるサービス利用は難しい。そのため、障害者自立支援法に基づくサービス利用が妥当と思われる。しかしながら、障害程度区分の判定基準では給付の対象とはならず、結果的に利用できるサービスはない。
 精神科病院における作業療法ににてリハビルを行なうことは可能であるが、あくまで本人の主体性を重視せざるを得ないため、こちらも利用に結びつくとは考えにくい。家族が旅行や冠婚葬祭など短期的にでも利用できるショートステイなども介護給付の対象とならなければ利用できないため絶望的である。
 この時点でまず考えなければいけないことは、家族への対応とともに本人に対しての対応であろう。自分の病気に対する理解がなければ今後の対応の仕様がないからである。病識の芽生えがあってこそ、初めて作業療法などのリハビリへとつながる。しかし、根本的な対応策は…。。
 

<最後に>
 なかなか現状では対応の困難なケースである。今後、こういった抜け穴となりがちな方への対応が増加するように思われるが…。。。




(2007年2月作成)

あなたは 人目の訪問者です。