癲癇(てんかん)


 
 痙攣(けいれん)はてんかんでみられる症状のひとつであり、強直性、間代性などの不随意運動であるが、痙攣を伴わない発作もある。また、意識障害として突然意識を失う・記憶が飛ぶ・急に活動が止まって昏倒する場合もあるが、発作の大半は一過性であり、数分〜十数分程度で回復するのが一般的である。
 発作に拠って影響を受ける部分は、主に意識と随意運動で、呼吸や瞬き・瞳孔反射といった通常の場合における不随意運動はあまり影響されない。てんかんの発症は先天的なものと腫瘍による脳の圧迫などや事故による後天的なものがある。また腫瘍の切除などによる脳外科手術では、低い確率ながらもてんかんを発症する可能性がある。


<病状と対応>
 てんかんは特に全般発作時の激しい全身の痙攣から、医学的な知識がない時代には狐憑きなどに代表される憑き物が憑依したと誤認され、近代においても痙攣の激しさから対処法を知らぬ者で、患者が困惑させたり、時に周囲がパニックを起す事もあり差別の対象と解する者がいるのも否めない。
 強直性の発作時には口の中や舌を噛んでしまう事があるため、以前はマウスピースの代用品に清潔なハンカチを巻いた鉛筆や箸を噛ませると指導されていた時代もあるが、現在では、歯を損傷したり破片で怪我をする、または施術者が受傷する等の危険もあるので、絶対に避けるように指導されている。発作時に暴れて、段差から落ちたり壁などに体をぶつけて怪我をしない様に周囲の安全確保をするのが先決である。余裕があるようなら、発作時の症状を観察しておくと、治療に役立つことがある。 発作が断続的に持続する場合にのみ、救急車を要請する。
 かつてはロボトミー等の外科的な手法に拠る治療も試みられたが、現在では大半が投薬により症状を抑える事が可能で、余程重篤な場合を除き、外科的な処置が行われる事は無い。また、脳ペースメーカーによる深度てんかんの治療も行われつつある。


<てんかん発作の分類>
 てんかん発作は異常発火の起きた部位や、広がり方によって異なる症状を示す。発作の起こり始め(起始)における異常発火の広がりによって大きく全般発作と部分発作の2つに分類される。

1.全般発作
 発作の起始から大脳皮質全域にわたる発火の場合を全般発作と呼ぶ。全身の痙攣を引き起こす全般性強直間代発作(いわゆる大発作)や、意識消失が主体でけいれんを伴わない欠神発作が含まれる。他に汎ミオクロニー発作、強直発作、脱力発作などが含まれる。

2.部分発作
 脳の一部のみで発火が始まる場合を部分発作と呼ぶ。さらに、意識障害を伴わないものを単純部分発作、意識障害を伴うものを複雑部分発作と呼ぶ。なお、発作の起始には脳の一部から発火が始まり、その後発火が大脳皮質全域に広がる場合を二次性全般化発作と呼ぶ。二次性全般化発作はいわゆる大発作と類似の症状を呈するが、発作初期の発火様式から部分発作に分類される。
 側頭葉内側の発火の場合などには、意識がないままに単純な動作を続ける自動症と呼ばれる現象がみられることがある(ただし、自動症は部分発作には限らない)。


<治療開始時の抗てんかん薬の選択(第1選択薬)>
 現在本邦で一般に使用可能な抗てんかん薬は次のとおりである.
フェニトイン(phenytoin, PHT),カルバマゼピン(carbamazepine, CBZ),バルプロ酸(valproic acid, VPA),エトスクシミド(ethosuximide, ESM),トリメタジオン(trimethadione, TMD),フェノバルビタール(phenobarbital, PB),プリミドン(primidone, PRM), クロバザム(clobazam, CBM),ゾニサミド(zonisamide, ZNS),クロナゼパム(clonazepam, CZP),ジアゼパム(diazepam, DPM),ニトラゼパム(nitrazepam, NZP),スルチアム(sultiame, STM)である.

1.部分発作
 カルバマゼピン,バルプロ酸およびフェニトインは3薬とも,二次性全般発作をおこす患者の部分発作を同程度に抑制する効果がある。
 カルバマゼピンは単純および複雑部分発作患者にはバルプロ酸より効果があるとされる。カルバマゼピンの長期服用による副作用はバルプロ酸の副作用(体重増加,振戦,脱毛症)より少ないが,短期の副作用である皮疹の頻度は多い。フェニよりトインにも相当な副作用(眠気,記銘力障害,運動失調,霧視,複視,歯肉増殖,ニキビ,容貌変化,肝機能障害など)があり,これらの副作用と服薬効果とを考慮すべきであり,特に若い女性では美容上の配慮が必要である。
 バルプロ酸と比較して,フェニトインがより有用であるとして部分発作に優先して使用する根拠はない。
 またフェニトインとフェノバルビタールとの比較では,部分発作のみならず全般性強直性間代性発作に対してもその効果に差はみられないが,フェノバルビタールの方により多く中途服用中止例がみられることは,その副作用によるものと推測される。

2.全般発作
 バルプロ酸は全ての全般発作に効果的であり,一方カルバマゼピンとフェニトインは欠神発作,ミオクローヌス性発作には効果がなく,若年性ミオクローヌス性てんかんでみられる全般性強直性間代性発作にも比較的効果は少ない。エトスクシミドは欠神発作には効果的だが,強直性間代性発作には効かない.クロナゼパムはミオクローヌス性発作と強直性間代性発作の両者に有効であるが,鎮静効果の可能性があり,また薬物耐性の出現と関係する。若年性ミオクローヌス性てんかんの約80%は,それまで処方された抗てんかん薬の治療効果の有無に関らず,バルプロ酸治療により発作がなくなる。しかしフェニトインとバルプロ酸のメタ解析による比較では,バルプロ酸を全般性強直性間代性発作に使うべきとする根拠はみられていない。

3.未分類てんかん発作
 特発性全般てんかんは,25歳以降の患者では稀にしかみられない.それ故,25歳未満で発症した分類不能の発作の場合は,全般発作として治療し,また25歳以降で発症した分類不能の発作の場合には,部分発作として治療する。

4.若い女性における抗てんかん薬の選択
 若い女性の患者には投薬に当たり,特段の考慮が必要である。カルバマゼピン,フェニトインは経口避妊薬の用量を増加させる。カルバマゼピン,フェニトイン,バルプロ酸には,全てある程度の胎児催奇作用があることを念頭におくべきである.。

5.血中濃度モニタリング
 抗てんかん薬の血中濃度モニタリングは明らかな臨床適用なしに行うべきでない。主な適用は,治療抵抗性の患者でそのコンプライアンス(薬物服用)や十分量を服用できているかの確認や,フェニトイン用量の決定,および中毒症状が疑われる場合である。
 一般に使用されている治療域は,おおよその目安としてのみ使用すべきである.患者により治療域以下でも発作が良好にコントロールされる患者もあれば,治療域上限以上の血中濃度をコントロールに必要な患者もいる。フェニトイン血中濃度は肝臓におけるその代謝が変動しやすいため,ときに僅かの増量が血中濃度の大きな変動増加を来たすことがあり定期的にモニタリングすべきである。
 バルプロ酸の効果は必ずしも血中濃度と相関しない。各検査室ではバルプロ酸の治療域を決めているが,血清濃度測定は患者のコンプライアンスをみたり,その中毒の可能性,十分量の服用の確認診断にのみ有用である。エトスクシミド濃度は臨床的に有用であるが,成人患者での使用頻度は低い。
 血中濃度測定は多剤の抗てんかん薬の間に相互作用があるときには有用性がある。カルバマゼピン,フェニトインおよびバルビツール酸は肝酵素誘導作用があり,バルプロ酸は酵素を阻害する.これらの多剤投与中に1剤の量が変ると他の薬物血中濃度も容易に変動しうる。
 血中濃度測定は,用量変更直後でまだ新たな濃度の平衡状態に到達していない時には行うべきでない。新たに安定した血中濃度に達するには,慢性カルバマゼピン療法で投与後3〜4日,フェニトインで4〜5日かかり,薬物半減期のほぼ5倍を要する。


<成人におけるてんかんの診断>
 診断の過程において重要なことは,個々の患者についててんかん発作およびそのてんかん症候群を診断・分類することである。てんかん発作の分類は,その後の患者の取り扱い,検査および抗てんかん薬の選択に不可欠である。
 またてんかん症候群の診断は治療には不可欠ではないが,その患者の予後を決めるのに重要であり,また画像診断を行うべきかの決定にも関係する。
 次に診断過程に考慮すべき事項を順に記す。
1.患者および発作目撃者から発作の情報を得る
2.発作の分類
3.次の事項を実際には考える
*発作型
*発症時の年齢(多くのてんかんは年齢依存性である)
*既往歴(周産期異常,熱性けいれん,頭部外傷など)
*家族歴
*誘発要因の有無(光過敏性など)
*脳波における全般性あるいは焦点性異常
*形態的病変があるか否かを画像で確認する
*代謝性異常の可能性


<鑑別>
 患者および発作目撃者からの詳細な病歴聴取がもっとも重要な情報となり,確実な診断に到達できる。そのため発作をみた目撃者に電話してでも詳細な状況を確認すべきである。患者を最初に診た救急センター医師や一般開業医は特にこの事を念頭において,必ず目撃者の記憶が鮮明のうちに状況,情報を確認する。
 一過性の意識消失発作で初診した患者においては,その病歴と身体所見(神経所見を含む)だけで患者の85%が診断できるとされる。しかし時には診断が困難で,てんかん専門医がビデオ・脳波同時モニタリングや心電図を,また偽性てんかん発作などとの鑑別のためプロラクチン定量を診断に要することもある。
 てんかんと鑑別が必要な疾患は,急性症候性けいれん,失神発作(主に血管迷走神経性失神),偽性てんかん発作,片頭痛,一過性脳虚血発作,不随意運動,チック,夜驚症などがある。
 突然発症の意識消失で救急外来を訪れる患者では血管迷走神経性失神が40%と多く,てんかんは29%とされる。血管迷走神経性失神では誘因として,暑さ,疲労,恐怖,疼痛,蹲り姿勢,背伸び,立位,排尿および咳嗽などがあることを念頭に入れておくのがよい。時に失神時の運動症状として,10秒以下のミオクローヌス,頭部回転,眼球の上方偏位や発声が起こることがある。失神発作の特徴には,発作後意識変化や疲労,倦怠感を伴うことはない。時に失禁や一過性の頭痛が失神後にみられることがある。
 心因性非てんかん発作は偽性てんかん発作,ヒステリー性てんかん発作とも呼ばれ,てんかんの診断のついた患者でもみられる。女性,幼児期性的虐待,性的不適応や鬱・不安症状などがその素因となりうる。偽性てんかん発作でも時に,外傷や失禁もみられることがある。協同性のない四肢運動,腰の前方突き出しなどは全般性強直性間代性発作ではみられない運動症状である。しかし稀に部分発作でも偽性てんかん発作様の奇異な四肢・体幹運動がみられることがあり,特に前頭葉補足運動野を起原とすることが多い。
 種々のてんかん発作およびてんかん症候群は年齢依存性であり,血管迷走神経性失神や心因性偽性てんかん発作も一般に思春期か成人初期に最初の発作がみられる。また特発性全般てんかんが25歳以降に初めてみられることは稀である。部分発作はいかなる年齢群でも起こりうるが,その頻度が相対的に増加するのは60歳以降の患者で,その原因の殆どは脳血管障害,脳腫瘍である.
 家族歴に関しては,特発性全般てんかんにおいて遺伝性発症メカニズムは不明確であるが,家族内てんかん発症の危険性は局在関連性てんかんに比較して高い。家族内で15歳以前に特発性てんかんをもつ人がいれば,兄弟姉妹にもてんかん発症がみられる危険率は約5%,一方家族歴のない一般人ではその累積危険率は1.7%である。もしその人の親にてんかんがあり,あるいは脳波上で 全般性発作波があれば,その危険率はさらに高く6〜12%になる。25歳以上で将来症候性てんかんになる危険率は一般人の危険率に近く2.5〜3%である。また子孫全体のてんかん発症危険率は2.4〜4.3%である。
 既往歴では,頭部外傷受傷後1週以内に急性けいれんを起こした患者では,将来てんかんを発症する全体の危険率は約25%,16歳以下では17%, 以上では33%とされる。陥没骨折,脳内血腫の無い人で,外傷直後に急性けいれんがなかった人の遅発性てんかんの頻度は1%,また骨折,血腫なく,急性けいれんのあった人の遅発性てんかん頻度は31%と極めて高率となる。早期に急性けいれんの無かった人で,将来遅発性てんかん発症の危険性は,外傷性脳内血腫38%,陥没骨折13%である。熱性けいれん後に慢性てんかんとなる危険率は2〜7%である。遷延する熱性けいれんは,側頭葉てんかん発症と関連し,その基盤となる病理変化は内側側頭葉硬化である。
 発作誘発因子としては,視覚刺激,薬物服用,睡眠不足および,低ナトリウム血症,低血糖や低カルシウム血症などの代謝性異常がある。最近話題になったテレビ漫画ポケモンによる視覚性反射性てんかんはその一つであり,コンピューターゲームや読書性反射性てんかんもある。一般に光過敏性は加齢とともに減弱する。7歳から19歳でてんかん発症をみる患者の10%に光過敏性があると言われている。
 てんかん発作はアルコール濫用と関連しており,とくにアルコール禁断に関連することが多い。発作促進薬物としては,アミノフィリン,アミトリプチリン,抗コリン薬,気管支拡張薬,抗ヒスタミン薬,クロルプロマジン,コカイン,インスリン,イソニアジド,塩酸メペリジン,ペニシリン,パーフェナジン,プロクロルペラジンなどがある。



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